ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
折れそうなのはきっと
――時間がない、というのはどうやら本当のコトらしい。いつしかの夢で聞いた、おぼろげな記憶の台詞。目が覚めた玄斗を襲ったのは立っていられないほどの目眩と吐き気で、そのまま呻くように気を失った。次に起きたのはそれから三十分後。心配そうに顔をのぞき込みながら、いつもの
「……うん。平気。ちょっと、気が遠くなっただけ」
「いや……すごい汗じゃん……まじで大丈夫か? その、病院とか……」
「大丈夫。……いまはまだ、そんな時間じゃないよ」
言って、ぺたりとベッドに座り込んだ真墨をよそに部屋を出た。すこし寝れば治る、というものでもないらしい。壁伝いにどうにか歩いて、痛む頭をおさえながら階段を降りる。寝起きだから、なのだろう。体調はとんでもなく悪い。
「ちょっ……ちょっ、ちょっ!? なにしてんの!? まさか学校行く気か!?」
「……? そりゃあ。休むほどでも無いし」
「いやどう見ても無理だろ!? お兄アホか?」
「アホは真墨だ。まったく、こんなぐらいで大袈裟な……」
ごつん、と揺れた頭を壁に打ち付けた。おかげで薄れていた意識を取り戻す。なんともラッキー。幸運。もしくは天運の類いだ。よしと踏ん張って玄斗は歩き出す。こんなことは当初はなかった。真墨がああなってからすこしずつ顔を出して、六花や碧と話すようになって次第に強くなり、いまにまで至る。なんてコトもない。単純な時間の問題だ。
「大袈裟じゃないじゃん……ほーら、あたしがまた看病してあげるから休めって」
「だからそれほどでもないって。真墨に看病してもらえるのは嬉しいけど、本当平気。このぐらいなんてことないよ」
「……死ぬぞ、お兄」
「死なないよ、まだ」
兄妹の会話はそこで途切れた。玄斗がさきにリビングへと足を踏み入れる。出勤時間の都合か、父親はもういなかった。母親もすでにパートへ出かけている。ちょうど誰もいなくなったところで、ほうと息を吐いた。
「(……なんてことないってのは本当だけど、やっぱりここ最近酷いな。だいぶ、身体も弱くなってきてるみたいだし――)」
椅子に腰をおろして、やっとリラックスできた。熱はない。思考回路は正常だ。それこそ、いつもより冷めていると言っても良い。なにせこういう状態が慣れっこで、こういう状態でこそ玄斗の本領とも言えた。死にかけてこそ輝くモノだってある。明透零無は、そういうなまじ他人が経験しないようなコトに関しては特別だった。
「(にしても……)」
ポケットから一枚の紙を取り出して、じっと見る。ノートの端切れだ。見慣れた字で綴られたそれは、間違いなく玄斗が書いたのだと分かる。けれど彼自身にこれを書いた記憶はない。つまりは、この十坂玄斗が残したメモで。
『病院には行かなくていい。結果は分かりきっている。きつかったら無理せず休め。たぶん、そのほうが楽だ』
「……こういう書かれ方されると、薄々分かっちゃうよ。〝俺〟」
くり返し。その言葉がよく似合う男だと、玄斗はそう思った。なにもかもがくり返し。それしかしらないからくり返し。そのループを崩したものにただ目を向けて、それ以外なんて眼中にもない潔さ。まさに彼は、
「(もう一回か……おまえ、そんな度胸なんてあったのか。入院生活とか、二度とごめんだって思わないのかい?)」
玄斗ならノーだ。あんな寂しい生活はもう経験したくないと思っている。でも、実際どうか。そんなコトを考えられるようになったのはいつ頃からか。もはや覚えてもいない。けれど、はじまりさえ無ければ思うこともなかったのだという確信がある。十坂玄斗として生きていこうという決心がなければ。
「(……どれぐらいかな。まだマシだけど、たぶん、一年も保たないぐらいじゃないか? 僕の感覚が正しければ)」
悪い身体というものを知っている。真っ黒な〝死〟が伸びてくる猶予を知っている。それでこそ導き出せた答えだった。ならば、きっとこちらの自分もそれを知っているはずだ。ぜんぶ分かっているはずだ。それでいて、まさか〝そっち〟を選んだというのか。
「(正気の沙汰じゃない――〝俺〟、まさか、最初から……)」
「……目、焦点あってないよ」
思考の海から意識を持ち上げると、目の前に真墨の顔があった。なみなみに注がれたコーヒーカップをコトリと置きながら、複雑な表情を投げている。いつもは「お兄♡お兄♡」とやかましい彼女が、静かにこちらの様子を伺っている。それは偏に兄妹という関係の長さで気付いた、どうしようもない部分だった。
「ちょっと考え事してただけ。ああ、真墨は先に行ってて。僕はちょっと、白玖と途中まで行くから」
「は? ふざけんなよ。おまえその体調で彼女とラブラブチュッチュ登校か。せめてあたしを選べクソ野郎」
「しいたけ」
「ハッ」
「真墨なんて大嫌い」
「っ……ぜ、ぜんぜん、効か、ないし……!」
予想以上の効き目だった。ぷるぷると震えながら真墨は目尻いっぱいに涙を浮かべて拳をきゅっと握っている。決壊寸前五秒前。すかさず玄斗は彼女の頭に手をやって、笑顔を浮かべながらそっと撫でた。
「ごめんね。嘘。大好きだよ、真墨」
「……ぅぇ、ひぐっ……知ってる、もん……!」
「ごめんって。……だから大丈夫。意地悪するような悪いお兄ちゃんは無視して先行ってて」
「倒れたら、どうするのっ……」
「そのときはそのときで。平気、へっちゃらだよ。真墨を置いては死ねないって」
「…………うん」
「あと白玖と結婚してないのに死ねないって」
「うぜえわクソリア充。死ね。さっさと死ねっ、爆発しろーーー!!!」
叫びながらドタドタと妹が家を飛び出していく。まったくもって出来た家族だった。バタンと扉が閉まったのを聞いて、玄斗はそのままテーブルに突っ伏した。胸を締め付けるような痛みは、真実感情だとか感覚だとかいう幻想的なものでもない。もっと現実的な、命に直接触れる痛みだった。
「――ッ、――……っ!」
歯を食い縛りながら痛みに耐える。およそ十五分。胸を押さえつけながら悶える行為は、あんがいそんな短時間で終わりを告げた。顔中いっぱいに浮かんだ脂汗を拭いながら、玄斗はゆっくり立ち上がる。すんなりと歩く事はできた。ならば、まだ、ぜんぜん大丈夫みたいだ。
◇◆◇
「おはよう、壱ノ瀬さん」
「…………、」
〝…………あれ?〟
返ってこない挨拶に、玄斗が片手をあげたまま首をかしげた。白玖は自分の家の鍵をがちゃりと閉めながら、くるりとふり向いてスタスタとそのまま歩き出す。完全スルー。ともすれば見えてもいなければ聞こえてもいないような態度。
「えっと……壱ノ瀬さん?」
「…………、」
「おはよう。いい天気だね」
「…………、」
「ほら、あれ見て。紅葉。やっぱりもう秋だね」
「…………、」
「…………なんか、怒ってる?」
その一言に、ピタリと白玖の歩みが止まった。ななめ後ろから声をかける玄斗のほうを向かずに、顔を隠すよう真っ直ぐどこかを見つめている。
「――土曜日」
「土曜日? ああ、うん。それが、どうか――」
「女の子と水族館に行っていたみたいですね。ふたりっきりで」
「…………、…………。……………………!?」
玄斗の脳は沸騰した。
「えっ、いや、あの……」
「彼女さんですか? それとも、本命かなにかで? なんにせよ、はっきりしましたね」
「ちょっと、ちょっと待って。い、壱ノ瀬さん……?」
「女たらしなんですね、十坂さん。最低です」
ガン、とハンマーで頭を殴られたような衝撃。最低です、最低です……、最低です…………。エコーのように玄斗の脳内で白玖の声が響いた。実際最低かどうかと言われると十二分は超えて二十分ぐらいに最低だった。ダブルで役満ウルトラアンハッピーである。
「い、いや、違うんだ壱ノ瀬さん。それは、あの、誤解で……!」
「なにが誤解なんですか? 女の子と、ふたりっきりで、チケットまでとって、水族館に行ったらしいじゃないですか。うちの生徒が教えてくれましたよ。ふふ、楽しかったですか? 楽しかったですよね。こんな堅苦しい私の相手をしてるよりよっぽど楽しかったでしょうね。じゃあさようなら」
「ま、待って! 待って壱ノ瀬さん!」
「待ちませんから。だいたいこの朝の時間だって私よりその人と一緒に居ればいいじゃないですか。私、あなたみたいな人の都合のいい相手になる気なんて一切ありませんから」
「ちょっ、違っ……そんなコト思ってないよ!?」
思っていなくても事実は事実である。十坂玄斗は熱烈猛アタック中の彼女を放って休日に他の女子と遊びに出かけていた。しかもふたりっきりで。わざわざチケットまで用意して。細かい部分の差異はあれど、おおむね真実には違いなかった。
「ふん。……なんですか、一度も私は誘わないくせに」
「……なら今度一緒にどこか行こう。壱ノ瀬さんと一緒ならきっとどこでも楽しいから。だから……」
「いや今更なに言ってるんですか頭大丈夫ですか? 幻滅しましたもう事務的会話以外で私に話しかけないでください」
「うわあ待って!? ごめん話を聞いてほしい! あの、あれには、えっと、その、色々と事情が……」
「事情……ですかあ……」
「やめてその何も期待してないようなジト目はやめて辛いよああもう白玖ぅ……!」
「気安く下の名前で呼ばないでくださいません?」
「心がもう息苦しい……ッ!」
思わずシャウトしそうになる玄斗だった。コノザマである。結局なんにせよ自業自得に変わりないあたりが少年の酷さを表していた。だから彼は知らない。そんな少女にちいさく微笑みが浮かんでいたのを。そして少女もまた知らない。目の前の少年が、ふざけているフリをしながら必死に、いまにも消えてしまいそうな意識を繋ぎ止めていることを。
以下ネタバレ反転。
>俺玄斗
享年十九歳(確定)そのまま生きてたら死にそうだし死ぬか的な感覚でここまできたヤベー奴。なお目標ができてからは自分が死ぬか“彼女“を救えるかのチキンレースで精神すり減らしていた。死ぬこと自体に「リミットがあるせいで足りない……!」とは思いつつも「まあ死ぬぐらいなら……(慣れ)」と受け入れてるあたり本当明透少年ですね! こいつは絶対殺す(漆黒の意思)ハッピーエンド迎えても死亡エンドにする。(揺るぎない意思)
>僕玄斗
調子にのった報いは受けてね? でもおまえは殺さないからな覚悟しとけよ……