ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
人間、慣れてしまうと脅威というものを正しく認識できなくなる。いまの十坂玄斗がそれだった。ふらふらと廊下を歩いていたところへ、ちょうど前から来た人物に気付いてそっと近付く。触らぬ神に祟りなし。たとえ向こうと立場が違ったとしても、彼女へ不用意に話しかける人間はいないのだという事実にすら考えが及ばず。
「赤音さん」
「……はあ?」
思いっきり、少女の機嫌を損ねていた。
「なに? 生徒会長サマがなんかよう?」
「いえ、特には」
「は?」
「……そんなに怒らなくても」
いかにも、という感じで嫌悪感をあらわにする赤音に玄斗が表情を曇らせる。なにも最初から好いてくれていたというワケでもないが、彼にとっては立派に頼れる人物のひとりだった。いつでも、どんなときだって、二之宮赤音の立ち姿はぶれなくて、まっすぐで、どこか見惚れるような美しさがあったのだ。
「荷物、重そうですね」
「ええ。重いわ。これ教室の持っていかなくちゃいけないの」
そういう赤音の腕には、大量のプリントが重ねられている。けれど、どこをどう見ても見慣れた黄色い腕章は見えない。調色高校生徒会長二之宮赤音は、この場に欠片として存在してはいない。ただそれだけの変化である。それだけのはずなのに――妙に、玄斗としてはとんでもないモノのように思えてしまった。
「……手伝いますよ」
「いらないわ。意味、きちんと理解してないみたいね? ――邪魔よ。退きなさい。あと馴れ馴れしいのよ、あなた。下の名前で呼ぶな」
「え、いや、でも……」
「うっさいわね。なに? 殴られたいならそれでもいいのだけど?」
「……すいません」
「分かればいいわ」
とてつもなくイイ笑顔でいって、赤音は去っていく。残された玄斗はひとり、ため息をつくばかりだった。なんともまあ、むしろ清々しい。徹底的なまでの拒絶。拒否。嫌いだという目の輝き。全身すべてでこちらを否定していると言っても良い。どうにもこちらの十坂玄斗は、それほど彼女のお気に召さなかったらしい。
「(……まあ、薄々分かってたコトだけど。なんていうか、逆に尊敬しそうだ。〝俺〟……本当にブレないな……)」
ブロークンハートである。なんだかんだ言って二之宮赤音は玄斗の大事なひとりだ。そこは間違いない。間違いがあるはずもない。彼が知る由もない事実で玄斗自身が赤音の大事なひとりであるのだが、こちらでは違うのでもちろんそれもない。そんな彼女からおざなりな態度をとられるのは、やっぱりこう、クルものがあった。
「――フラれちゃった?」
「っ!?」
と、唐突にかけられた声に直ぐさま後ろをふり向いた。見れば、そこにはいつぞやの女の子。手入れの行き届いたウェーブの桃髪。どこか大人っぽさを感じさせる身嗜みと、女子高生らしい在り方がミスマッチでなお目立つ。桃園紗八。向こうでは夏祭りの日にあった、玄斗のことを〝キープ君〟と認識していた少女である。
「え、と……?」
「あははっ……もう、そんなに驚かなくてもいいんじゃない? 会長クン?」
「あ、や、はい……すいません……?」
「謝る必要もないよー? ほらほら、お姉さんがなぐさめてあげよう」
「え……? え……?」
よしよーし、と頭を撫でられる玄斗はさながら借りてきた猫状態だった。ぴくりともせずに目の前の少女がわしゃわしゃと髪をかき乱すのをじっと耐える。されるがままである。きっと彼の妹が見ていたならこう言うだろう。
『なんて言うか小動物的なお兄の態度はつい、こう、手が伸びてしまうのも仕方ないのでは?』
仕方ないワケなかった。都合五回。玄斗が真墨の手によって貞操の危機に陥った回数である。この妹、とんでもない。
「二之宮さんはきついからねー……いやさー、お姉さんもどうかと思うんだけどね? 会長クンにはまあ、ほら、助けてもらっちゃったし?」
「……夏祭りの?」
「そうそう! いやあ、覚えてくれてたんだあ。えらいねー、会長クンは」
「はあ……?」
すりすり、さらさら、と。玄斗は依然頭を撫で続けられている。いつまでやるのだろう。そう気になっていたところで、ぴっと弾けるように少女――紗八の手が退いた。ちょっとばかし驚くみたいに、自分の手を見つめている。
「……うわ、やっぱあるね……」
「? えと……」
「あー、ううん! なんでもないよ、会長クン。それじゃあね! 二之宮さんにフラれたからってあんまり気落ちしないでね!」
ひらひらと手を振りながら歩いていく紗八に、玄斗は首をかしげながら手を振り返す。なんとも脈絡がない、というか。ペースの掴めない相手だった。本来は振り乱す側のはずである玄斗が逆に振り乱されていた。気になる部分といえばそのあたり。自分を会長といっているあたりも、忠犬だなんだと言ってこなかったあたりも、はっきり理解している。
「(……というか、別にフラれたわけではないんだけど……)」
そのあたりどうなんだろう、なんて考えながら玄斗も自教室へと向かう。フラれるだのどうだの以前に脈がない、というのはああいうコトを言うのだろう。こちらを何とも思ってないどころか、敵意を向けてくる赤音の恐ろしさは知っている。容赦ない暴力は彼だって一度喰らったモノだ。蹴り抜かれた頬の痛みが懐かしい。まああれは、しっかりと彼女の黒い下着を視界におさめてしまった彼が悪くもあるのだが。
◇◆◇
生徒会室の扉を開けると、肌色が見えた。
「…………、」
「…………、」
日の光を忘れたような白い肌。細い体つき。綺麗なくびれ。そんな上半身を曝け出しているのは紫水六花――ではなく。灰寺九留実――でも勿論なく。
「…………きゃあぁああぁあぁあ~!!??」
「うるさいよ飢郷くん」
「くっ、玄斗さんのえっちぃ~!!」
「うるさいよ飢郷くん」
「壊れーかけのーレディオー」
上半身裸のまま徳○英明を口ずさむ同級生をジト目で見ながら玄斗がドアを閉める。別にどうこういうワケでもなく、単純にこの少年の肌を他の生徒に拝ませるのがはばかられたからだ。
「へいユー。フォーユー。ノリが悪いな。手巻き寿司か?」
「あはは。……………………、」
「おいやめろその無理して笑ったあとの間みたいなものを演出するな泣くぞ」
「ごめん飢郷くん」
「オーウ、イェーーー!!!」
「なんで叫んだんだ?」
「
読モになれそうなドスのきいたシャウトだった。きっと彼にはセンスがある。ため息をつきながら苦笑して、玄斗はそのまま定位置のパイプ椅子まで歩いていく。はじめてよく見たが、案外飢郷逢緒の身体は細くて綺麗だ。それこそ美少年感が漂うぐらいなものである。もっとも、本人がコレなのだが。
「? なんだ十坂。俺を見てもライザップのCMはやらないぞ?」
「……(例のBGM)」
「…………、…………!」
「ごめん文面じゃまったく伝わらない」
「おい俺の渾身のボケを
第四の壁ぐらいは超えられる。それが十坂玄斗の魂である。たぶん。
「ったく……俺はライザップするぐらいなら街中でナンパするっての」
「え、できるんだ……」
「できねえよ……はは、見ろ。想像しただけで手が震えてやがる……ッ!」
「たぶんこんな時季に服脱いでるからだと思う。ストーブつけるよ」
「ありがてえ……ありがてえ……!」
ああ天国のヌクモリティ……なんてそれこそ意味不明な台詞を吐きながら、逢緒が火のついたストーブへ手をかざす。繰り返すようだが上半分を脱いだ半裸である。
「てか服着ようよ……風邪ひいちゃうよ?」
「男はみんな風の子だから……」
「馬鹿言わない」
「あふんっ」
すぐそばの制服を取りながら玄斗が逢緒へと向かう。
「ちょっ、いや! やめて! そんなの入らないっ、入らないからあっ!」
「いやなに言ってるんだ……君の制服だろう……」
「だめぇ! 裂けちゃう! 裂けちゃうのぉ!」
「ごめんちょっと黙っててもらえる?」
「うす」
本気の玄斗のドス声についぞふざけていた少年が正座した。普段怒らない人がちょっとキレかかると凄まじい。まさしく彼はそれを体現していた。最近ちょっと怒りっぽい生徒会長である。おもに精神と身体と負担が重なりすぎているせいだろう。
「ほら、腕あげて……ていうかなんで僕が着せてるんだ……」
「ほい。あげたぞ」
「いや飢郷くんも違和感を持って……」
「十坂はよはよ」
「はいはい……」
なんだこれ、と思いながらも逢緒の腕にワイシャツを通していく。……と、その途中で、彼の左の二の腕あたりに、おかしなものを見つけた。
「……飢郷くん? これ……」
「あっ」
やべっ、とでも言うように逢緒がばっと腕を引き寄せる。中ほどまで袖を通したワイシャツも一緒にだ。隠すようなこと、なのかどうか。じっくり見たワケでもないが、それはなんだか、ずいぶん経ってもうっすら残っているなにかに刺された痕みたいな。
「いやあ、なんでもないぜ? 本当、なんでもないって。あっはっはー。……最悪だこれまだ消えてなかったのか」
「……?」
「や、まじなんでもない。忘れてくれ。ちょっとした消えない傷ってやつだ。くっ、右腕が疼くぜ……!」
「そこ左手だよ」
「左手が疼くぜ……!」
「……飢郷くん」
「なんでもねーよ。心配すんな。……こんぐらいは、どうでもねえってーの」
どこか遠くを見ながら言う逢緒に、はじめて玄斗は〝隙間〟を垣間見た。いままで一切見せてこなかった彼の弱さか。なんにせよ、それはちょっと触れただけで崩れてしまいそうなぐらい脆く見えて。
「――――失礼す、…………」
「あ」
「お?」
……最悪なタイミングで、見物人が入った。ふたりっきりの生徒会室。ひとりは半裸。ひとりはその側まで寄って行き場を失った手を伸ばしている。なおかつ半裸の彼は自分のワイシャツを抱き締めるように座り込んでいた。それは、傍から見てみると。
「…………こほん」
「……灰寺さん……」
「続けて」
「――――え?」
いや、なんて?
「構わないから。続けて」
「えっ!?」
「……なるほど。灰寺ってまったくなに考えてるか分かんなかったけど、そういう……」
「遠慮しなくていいわ」
さらっと呟いて紅茶を準備する九留実に、察した逢緒だった。
>灰寺九留実
あっ(察し)ふーん……(ミステリアスムーヴ)
>逢緒くん
ふざけている彼を信じろ
>短気玄斗
糖分が足りてない子。え? ブチ折れるフラグ? まっさかあ?(慢心)