ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
そっとお茶を差し出すと、紗八はぎこちなく笑った。
「……ありがとね」
「いえ」
短く答えて、玄斗は彼女の隣に腰掛ける。立ち寄った近くの公園のベンチ。夜になれば十分な寒さだった。自分なりに気を遣ってホットにしたのだが、どうにも間違いではなかったらしい。両手でかわいらしく持ちながら、ほう、と紗八がひとつ息を吐く。
「……なんか、ごめんね? 変なところ見せちゃって……」
「いえ」
生返事、というワケでもないけれど。玄斗にはこういうときに、野次馬根性を見せるような真似はできなかった。事情がある。人には隠したい過去がある。それに踏み込むのがどれほどなもので、踏み込まれた衝撃を知っているからこそだろう。いまは解決したとはいえ、父親に邪魔なモノと扱われていた時代は彼にとっても地雷だった。
「……はあ。よりにもよって、君の前で、ねえ……」
「……僕だと、なにか問題が……?」
「いや、さあ……ああ、うん。十坂クンは……あはは……」
「…………?」
なんなのだろう、と玄斗は首をかしげる。〝僕〟と〝俺〟の差なんて行動自体はあまり変わりないものでもある。結果が大分ズレているだけで、そこまで道が外れていることもない。結局、明透零無は明透零無。そういう結論を、玄斗は思い描いているのだが。
「……聞かないの?」
「なにを、ですか?」
「さっきの。……アタシ、挙動不審だった……じゃない?」
「まあ……でも、僕は別に」
そこまで気にはしていませんけど、と玄斗は笑う。つられて、紗八もすこしだけ口の端をつりあげた。貼り付けていた仮面があったのだろう。それが剥がれてしまえば、なんてコトはない。……本当に、よく、
「そっか。……まあ、言っちゃうと、ねえ……」
「……、」
「駄目なんだよねえ……男の子」
はあ、と大きなため息だった。駄目などころかむしろそのスキンシップの多さは慣れていると言ってもいい少女である。意外といえば、まあ意外。知っていたかと言われると、つい先ほどには気付いていた。
「話したり、近付くのは良いんだけどね……なんだろ。触っちゃうと、どうしても」
「……吐き気とか、痙攣は?」
「たまに、かなあ。……十坂クンは比較的大丈夫なんだよ? ほら、口調が丸いから」
「はあ……?」
丸いだろうか、と玄斗は首をかしげる。身近な男子を思い浮かべた。
『黙れホモ野郎! てめえケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせるぞあぁ!?』
『うっせー親の七光り! なにがケツの穴だ馬鹿野郎おまえ俺は勝つぞお前!』
天下無双。
「(……駄目だ比較対象が色んな意味で酷すぎる……っ)」
泣きたい玄斗だった。たしかにあのふたりと比較すれば大抵の、それこそ八割がたの生徒が口調が丸いと分類される。それでだろうと勝手に納得した。実際本人の自覚はなくともキレた玄斗の声はわりと低い。
「でも、それならなんであんな……」
「いやあ……知られたら、あれじゃん。無理して返ってくるのはアタシだけだし。わりと、じんましんぐらいならなんとかなるし」
「……それは」
「そういうフリ? しておくだけで、わりと……変わるんだよねえ……」
「…………、」
当人の問題だ。余人が……ましてや彼が介入するのはお門違いか、と口を噤む。それでも、言いたいコトがなかったと言えば違うもので。駄目なものが駄目だとはっきり言えないのは、それは。
「……辛く、なりませんか?」
「あー……まあ、辛いよ? でも、もっと辛いコトだってあるし。お姉さんこう見えてねえ、中学の頃はそりゃあもう酷くって。……物静かってだけで、好き放題やられちゃってさあ……」
「……………………、」
「だから、変わろっかなって思ってさ。似合ってるでしょ、コレ」
「……そう、ですね」
「うんうん。で、うまく行ったのかな? まあ、そのときにはもうばっちり
遠くを見ながら紗八がいま一度息を吐く。玄斗にはいまいち、経験の足りない問題だった。なにせ彼が受けてきたのは個人の悪意のみで、集団の悪意に晒された回数はすくない。無論、その分を払っている人生でもあったが。
「……や、本当ごめんね! ちょっと、嫌なこと話しちゃったねえ。忘れて忘れて! ほら、お姉さんぜんぜん今はこうだし! 堪えてないし!」
「……紗八先輩」
「そんな顔しないの♪ ほらほら、送ってくれるでしょ? そろそろ行こうよ、
「…………はい」
促されて、玄斗も立ち上がる。ひとりの少女の問題。済んだようなコトと、いま実際に残っているもの。それをどう触れていいものかと迷って、結局、考えても答えが未だ出ていない。彼が知っていたものなら勿論のコト。用意されている何かなら、なんとでも言えようものなのに。
「(結局、僕は――)」
なんてコトはない。彼は、彼でしかないだけの現実だった。
◇◆◇
はじまりなんて、些細な問題。その日、たまたま友人と夏祭りに行って、はぐれて――引き攣るぐらいのモノと相対した。
「ねえ、いいじゃん?」
「俺らと遊ぼうよー」
「あ、あははー……?」
ケラケラと笑う男たちは、お世辞にもいい格好とは言えなかった。じゃらじゃらとしたアクセサリーと、雑に染められた頭髪の色。いまも濃く記憶に残る彼らと同じ雰囲気に、思わず萎縮してしまっていた。
『おい、本当に良いのかよ?』
『大丈夫だって。コイツ、誰にも言ってないし』
『――、――!』
『おいおい、暴れんなっての』
『はは、涙目。ウケる。動画とろ』
『いいなそれ。つか桃園震えてるし。――なあ、おい。絶対誰にも言うなよ?』
あのときは寸前で、教師に見つかって事なきを得た。が、今回はどうだろう。人気のない一角だ。とても逃げ場があるとも思えない。むしろ逃げ場を塞がれている。
「あー、ちょっと、友達待ってるから……ね?」
「友達? じゃあ友達も一緒にさ、ね?」
「いやまじ大勢のほうが楽しいじゃん? お祭りなんだしさ」
「っ!」
なんて、腕を掴まれた。虫酸が走る、というのは比喩表現でもなんでもない。近すぎていて――というか過去を彷彿するに十分な状況で、考えるなというほうが難しい。もう指先が震えている。ちくちくとした痛みが、肌を走って――
「――なにしてるんだ?」
「……あ?」
ぱっと、男の手が離れた。ついでに、割り込むように誰かが前に立っている。
「嫌がってるだろう。この子、どう見ても」
「なんだてめえ……?」
「……って、うん?」
くるり、とその誰かがこちらを向いた。真っ当にすぎる黒髪。吸い込まれるような瞳と、男子にしては綺麗すぎる肌。私服だからか、一瞬、本当に分からなかった。けれど、よく見てみれば知った顔で。
〝――生徒会長……?〟
「……なんだ。それなら、まあ」
「ああ? んだよ、さっきからワケ分かんねえこと」
「いや、事情が変わった。悪いけど、大人しく引いてくれなきゃ困る」
「はあ?」
「うちの生徒みたいだから。手を出されるのは、俺としても非常に困る」
――年下、普段着、おまけに肩書きなんてそれだけ。それでも彼は、とんでもない笑顔のままそう言い切った。たったひとり、なんの関わりもなかった同校の少女を背に隠して。
「(――――――――!)」
「……ちっ。興が削がれた。行くぞ」
「んだよー……センコーが来んなよマジ……空気読めねー!」
「……まだそういう歳でもないんだけどね、俺は」
そんな老けてるように見えるか? と苦笑しながら少年が身体を向ける。うちの生徒、なんて一言が勘違いを生んだらしい。たしかにまあ、生徒なら彼だけが口に出来る言葉ではあるのだが。
「大事ないですか?」
「あ、う、うん……」
「なら良かったです。こんなところに居ると危ないですよ、またああいうのに絡まれますし」
「ご、ごめ――」
人肌があたる感覚。見れば不意に、自然と彼が手を引いていた。
「(あっ――!)」
「行きましょう。こっちもちょっと、知り合いを待たせていまして」
「え、あ、や、それはいいん、だけど……っ?」
「?」
〝――あれ?〟
気付いたのは、そのとき。はじめてだった。すこしでも反応する自分の身体が、アレ以降はじめて鈍った。痛くもない。痒くもない。ましてや、拒絶感すら薄いモノで。
〝平気……とか、あるんだ……〟
「……なにか?」
「うぇっ!? あ、や、な、なんでもないよ? あ、あははー……」
「……?」
不可解な顔をする少年だが、その表情はそれこそこちらがしたかった。なにせこんなコトははじめてで。動悸だけはしっかり高くなっているのに、それ以外の反応がずいぶんと抑えられている。……まったく無いワケではないのが、やはり酷いが。
〝……この人は、違うのかな……?〟
理由なんてたったのそれだけ。本当に些細な問題。そんな馬鹿げたコトが、はじまりだったのだ。
「あ、いたいた。クロト。どこ行ってたの?」
「いや、ちょっとね。……それじゃあ、ここで」
「あ、うん……」
「? 知り合い?」
「まあ、そんな感じかな……」
そんなのだから、とくに記憶に残るわけでもないだろうと思っていた。特別でもなんでもないと思っていた。本当、それだけで。
「ああ、飯咎さん。ほっぺに焼きそばついてる」
「えっ、うそっ、どこにっ!?」
「ほら、ここ」
「わっ、ちょっ、クロト! そ、そういうの禁止っ! 近いっ!」
「えー」
「えーじゃないんですけど!? まったく……」
「(…………、)」
まさかアレから自分に回ってくるなんて、思ってもいなかったのである。
◇◆◇
朝の生徒会室は静かだ。考え事をするにはうってつけの空間である。なにより、文化祭に向けての仕事もあった。ついでとばかりに椅子に腰掛けて、ぼうとひとり思考に没頭する。なにをどうするのか、というのは単純な問題のクセしてとても難しい。
「おはよ……っと、十坂」
「飢郷くん」
がらりと扉が開いて、顔を出したのは逢緒だった。思考を打ち切ってくすりと微笑む。最近の彼は仕事熱心なのかなんなのか、鷹仁にばれないようこっそりとみんなの仕事を手伝っている。鷹仁だけ除いているのは、きっと日ごろの恨みだろう。
「早いなあ。どうした? 朝起きたら妹にフェ○ されそうにでもなったか?」
「ああ、それは一週間前に経験した」
「だよなーそんなワケないよなー! ……え?」
「え?」
「あっ、いや、うん……ご愁傷さま?」
「大丈夫だから」
笑顔で答える玄斗は意外とすっきりしたものだった。涙目になるぐらい怒ったのはやりすぎだったのかどうなのか。あれ以来真墨はかわいらしくベッドに潜り込んでくるぐらいなので、その点だけは兄として嬉しい限りである。……ベッドに染みがついているのはまあ、見なかったコトにするとして。
「あれ、やばいよなあ……うん。いちばん驚いたのは一切反応を示さないムスコだよな! 臨戦態勢にすら入ってねえでやんのよコレが!」
あっはっはちくしょうッ! と叫ぶ童貞インポ。わりと切実だった。
「だよね……」
「ああそりゃ……うん? 十坂。どうして目を逸らす?」
「いや……なんでもないよ?」
「……もしかしてあれか? おまえ、妹の手でヴァンガードしたの? スタンドアップしたの?」
「…………ノーコメントで」
「まじかあ!? おいおい、とんだシスコン野郎だぜコイツ! ははは! ……泣けよ」
「すっごい悔しかったんだぞ……っ」
「気持ちは分かる」
そりゃああの妹は暴走する。そんなの目の前におさめたら歯止めとか振り切る。むしろ今まで堪えてた玄斗の危機感がやばかった。
「あーでも……いいなあ。俺、まじでムスコ死んでるからなあ……」
「あっ……」
「やめろ察するなよ? ……いや、これまじネタ要素高くて笑えるわ。ははは、うけるー!」
抜くのにすら一苦労、という彼の頑張りは称賛されるべきである。
「……それ、いつからなんだ?」
「いつからって……ああ、小学校のときになあ……」
「あ、けっこう早い……」
「まあ、うん。…………あー、十坂なら、いっかなあ……」
「?」
うなずきながら、逢緒はまっすぐ玄斗を見た。とても真剣な表情で。ふざけている色など一切ない顔で。
「――――俺さあ。ガキの頃、誘拐されて犯されたんだわ」
曖昧に笑いながら、彼はそう告白した。
>桃色パイセン
ちょろい(確信)そして散りばめてきたナチュラル玄斗最低ムーヴですねこれは……。
>女性恐怖症
くそウケるとか、そういう感じで読んでいただいて結構。