ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

106 / 141
もうちょっと厳しくいっても良かったかな、とは思う。


過去がどんなに酷くても

 

「……え」

「驚いたろ」

 

 にっと笑って、逢緒は机に腰掛けた。鞄を放り投げるように置いて、やれやれとわざとらしく疲れたように伸びをする。強がりなのは、見ていて分かった。

 

「小学生のときだよ。ある日俺は優しいお姉さんに声かけられた。ボク、道を訊きたいんだけど……てな具合だったかな。純真無垢な少年はまんまとそれに騙されて、ほいほいとさらわれました。おしまい……とはいかなくてなあ」

「…………、」

「町外れの寂れた廃工場に無理やり縛って連れてかれてよ。変な薬かなんかいっぱい注射してきやがって、そりゃあもう口にするのもアレなアレをアレでさあ……」

 

 まじ最悪だわー、と逢緒はからからと笑いながら言う。玄斗はいったいどういう反応を返せばいいのか分からない。

 

「……で、そのままずっと満足してりゃ、まだマシだった」

「まだ、マシ……?」

「おう。三日目だ。思いついたのかなんか知らねえけど、そいつ、マジで頭のネジぶっ飛んでたんだろうな。アッチアチの鉄パイプを直に当てて来やがってよ。はは……あ、人ってまじで失神するんだな、ってそのとき知った」

「……っ」

「そっからはもう酷いもんよ。殴る、蹴るは当たり前。無理やりそういう行為に及んで散々好き勝手。でも死なないように優しく応急処置だけしてきて。んで、まだ無事なところを探してやりやがる。歯とか一・二本持っていかれたし。そのときは知らなかったけど、見つかったときには両足とも骨折って立てなくしてたみたいだわ」

 

 まじで用心深いよな、と彼はひとりごちる。それだけお気に入りだったのか、せっかくの獲物を逃がしたくなかったのか。なにはともあれ、玄斗には想像もつかないぐらいなものだ。一体、どんな人間だったというのだろう。

 

「……ちなみに、その、人物って……」

「捕まってないんだよなー。そういう話も聞かねえし。どっかで同じコトして刑務所にぶち込まれてるか、ぽっくり逝ってくれてると良いんだけどなー……」

「そう、なのか……」

「……おいおい少年、暗いのはよそうぜ? 折角俺様が偉大なる過去の偉業を話してやったというのに。まったくけしからん」

「…………ごめん…………」

「(…………ったく)」

 

 真面目に捉えすぎだ、と逢緒は息を吐いた。真面目もなにもすべて真実なのが余計に文句を言いづらい。あの女の顔はいまも覚えている。ときどき夢だって見る。喜色に満ちた笑顔を浮かべながら、ペンチをカチカチと鳴らして、まだ生えかわって間もない歯を――

 

「(……っと、危ねえ……いや、いかんわコレ……)」

 

 ズキズキと差し歯が痛んだ。傷は殆ど消えている。焼け爛れた痕も、残ってはいるが生々しくはない。とうに彼にとっては過ぎたコト。それぐらいの感覚でなければ、こうしていまを生きていられはしない。トラウマ自体の払拭は、もっとかかるだろう。

 

「……ま、そんな感じで俺は女性恐怖症こじらせて、童貞インポなんて不名誉なあだ名をもらっちまったんだな、おまえの妹ちゃんに」

「……ごめん……いや本当ごめん……真墨には、きつく言っておく……」

「いやいいけど。インポは事実だしぃ? まあ、童貞じゃないけどネ!」

 

 あっはっはー、と逢緒がなんとはなしに笑う。初めての相手は無論その女である。そういう行為をしたのも、唇を合わせたのも、舌を絡ませたのも、しごかれたのも、弄ばれたのも。

 

「なあなあ知ってるかあ十坂? ファーストキスって埃っぽいんだぜ?」

「…………、」

「ノリわりいなー! ほら、もっと軽く受け止めろって。たかだかガキが大人の女にやられただけのコトだぞ? なんで抵抗しないのかって話じゃん?」

「いや……でも……」

「まあ、そう言われたんすけどね!」

「――――」

 

 はあ、と少年はため息をつく。それは、どういう本心からなのか。

 

「……俺だって悪いんだよ、結局。なんにもしなかったから。なんにもできなかったから。男のくせにって。散々言われたわ。ふざけろって思ったよ? 最初はさ。でもさあ……親父にまで言われたら、正直、なんか、ぽっきりいったわ」

「……飢郷、くん……」

「情けねえよなあ……女相手に良いようにされて。男なのに黙ってやられるしかなくて。本当だせえし情けなかった。くそ怖くてさ、もう震えてんのに、身体だけ火照ってやんの。ワケ分かんねえし。正直死にたかった。メシも食いたくなかった。でも無理やり詰め込まれた。点滴まで用意しやがってな。……いいおもちゃだったんだろうなあ、俺」

「…………っ」

 

 まだ、そういう歳でもない。知識も経験もさっぱりない。そんな幼い時分に、知らない誰かに攫われて、抵抗のしようもなく好き放題にされる。それがどれほどの恐怖を持つのか、玄斗には当然考えても分からない。きっと、逢緒だけが理解できる恐怖だ。

 

「一週間だ。それ繰り返して、そいつが離れた隙に、勝手にひとりで探しに来てた妹に発見された。……裸で、傷とか痣とかいっぱいつくって、手足の自由が奪われた芋虫みてえな兄貴見てさ。あいつ、なんて言ったと思う?」

「…………、」

「私ですって。天使だったなあ、いま思えば。そんときはまあ、悪魔にしか見えなかったけど。なんせずっとそういうことを女にされてたワケで。おんなじだ、って思った瞬間、もう震えがとまんなくて。俺、発狂したっぽいわな」

 

 ぐっと拳を握りながら、逢緒は続ける。さっきまでの気の抜けた感じとはまた違う。自分が酷い扱いを受けたことよりもそれが重要なのだと、言外に言っているようだった。そんなコト、ある筈がないのに。

 

「近付いてくる妹に必死で逃げて、抵抗して、あまつさえ傷まで付けちまった。……あいつの背中、相当すごい痕があるんだよ。俺が爪で引っ掻いた痕。良い人もらって嫁に行ってほしいんすけどね。それ原因で断られたりしたら、もうさ、俺、死んだほうがマシじゃん?」

「そんな、ことは……」

「あるよ。そんだけすげえ奴なんだ。……馬鹿みたいにわめくガキに抱きついて、大丈夫ですって。ずっと背中さすられて。肉が裂けるほど背中に爪たてられてんのに、泣かずにずっとそれで居てくれて。……あれから、妹だけは大丈夫になった」

 

 粗治療ってああいうのを言うんだろうな、と逢緒は遠くを見つめた。真墨と同類のように見えた飢郷揚羽のワケ。きっと、酷い状態の彼をずっと見ていたのだろう。今まで普通だったモノが壊れて、なくなって、死んだも同然の彼を。そこから手を伸ばしたのは、やはり、兄妹だからこそなのだろうか。

 

「……こっちの俺、ずいぶんと女子に人気だったじゃん?」

「……ああ。そう、だね」

「それさ、なんとなく分かってんだよ。たぶん吹っ切れてんだ。揚羽にも聞いたかぎりじゃ、それでビンゴっぽい」

「吹っ切れた……って……」

「あいつ一筋。他の女子はアウト・オブ・眼中。んで、あいつに心配かけたくないからそんな無理までしてんの。こっちの俺もずいぶんだったみたいだわ。経歴とか同じ同じ。いやあ……どこ行っても俺、あの女に犯されんだなあ……」

 

 苦手な女子と接して、校内人気のトップにまで躍り出る。そんな生活を、身の振り方こそ違えと同じ彼として続けていけばどうなるか。……きっと、毎日のように拒絶反応が出ていたのを、必死で堪えながら過ごしていたのだろう。ただ、妹に心配をかけまいと。彼女が無駄なモノを抱えないようにと。ズレていたイメージが、それで合った。飢郷逢緒は、それぐらいの無茶を妹のためにしてしまえるのだろう。

 

「……そんだけ。俺の昔話はここまで。代金は千八百円になりまーす!」

「…………、」

「いや、いそいそと用意すんな。要らねえから。財布しまえ」

「でも……」

「要らねえっての! ……おまえだから話したんだよ。十坂ならさ、別に、悪いようには言わねえじゃん?」

「…………、」

「だから、言っちまった。……悪いな。こんな話、付き合わせて」

「いや……」

 

 悪くもなにもない、という言葉はかけて良いものか。玄斗にはイマイチ分からない。ただ、いまの話を聞いてなにも思わないというコトでもなかった。悪いのは彼なんかではない。それこそはっきりしている。その相手は、ひとつとして罪を償っていない可能性もあるのに。

 

「……ひとつだけ、良いかな」

「おう。なんだ」

「……飢郷くんは、さ。女の子、苦手だろう?」

「まあな。俺の女性恐怖症とか、まじ筋金入りの鳴り物入りだぜ?」

「似たように……男の子が苦手な女子がいたら……なんて、声をかける?」

「……そうだな」

 

 くすり、と逢緒は笑った。うつむく少年はまさに分かりやすいものだった。それが抱えていたものか、と彼にもやっと見えた玄斗の心にただ笑う。友人ならばこれぐらいしなくてはどうしようもない。それができたのなら、こんなつまらない自分の過去を披露した甲斐があったと言うものだ。

 

「妹さえいればいい!」

「え……?」

「――ってのは、まあ、ネタだけど。うちの妹だけはさ、大丈夫なんだよな。じんましんも、動悸も、震えも、ぜんぜんない。……だから、十坂。もしおまえがそんな相手にさ、もし、だけどよ? ……手こずってんなら、俺の妹みたいになってあげてくれ」

「……妹さん、みたいに……?」

「おう。……そいつだけは大丈夫で、安心できて、ちょっと、ああ、生きようかなって思えるような――そんな、相手になってやってくれよ」

 

 無茶を言うのは承知だけどな、と逢緒。玄斗は、黙って聞いている。

 

「そのひとつ。たったひとりだけ。でも、居たらさ……変わるんだよ。頑張ろうって思える。俺は、十坂がそうしてくれたら、すげー……嬉しいよ」

「…………そっか」

「ああ」

「そう、なのか……」

「だから、そう言ってる。……な、十坂」

 

 事情は知らない。相手も分からない。けれど、そんなのはどうでも良くて。結局、彼は自分がどうこうよりも目の前の友人が困っているのを見捨てられなかった。たったそれだけ。飢郷逢緒は、そういう人間である。

 

「気遣いなんて、俺みたいなのに要らねえよ。おまえの気持ちでも伝えりゃいいんだ。……そんだけでもな、ずいぶん効くはずだよ。その誰かさんには」

「……うん」

 

 うなずくと、逢緒はニッとはにかんだ。とても、暗い過去を持つ少年とは思えないぐらい綺麗に。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 時間がすぎて、玄斗が去った生徒会室。よっと立ち上がった逢緒に、ふと声がかけられた。

 

「――無理をしますね。震えるぐらいなら、話さなければいいでしょうに」

「……いつから居た?」

「驚いたろ……ぐらいから」

「ほぼ最初っからかよ……揚羽さん諜報能力パネエっすね……」

「兄さんに限ります」

「でも十坂妹ちゃんには負けると」

「あの人にはいつか絶対制裁をくだしますが?」

 

 思わず凍りつくぐらいの笑顔だった。どうにも因縁が深いらしい。

 

「まったく……無理のしすぎです。こんな。発疹まで出して……」

「いいじゃんいいじゃん。十坂なんか悩み晴れたみたいだし。良いコトでしょうよ」

「……兄さんがよくありません」

「俺なんてどーでもいーの! ホント、気にすんなよ、揚羽もさ」

「……っ」

 

 まともな心配なんて受けたことは……ままあるが、だからといって全部が全部そうだったワケでもない。情けない。男のくせに。おまえも悪い。おまえが悪い。どうしてなにもしなかった。むしろそう望んだんじゃないのか。そんな声を、覚えている。

 

「気にします!」

「……揚羽サン?」

「兄さんはっ……兄さんは、だって……!」

「……あー、いいから。まじでさ。どうでもいいのよ。俺はさ……同じようにくっそ重いモノ引き摺るような奴がいなくなりゃ、それでいいの。だって、そのほうがみんな幸せじゃん?」

「兄さんはどうなるんですか!? ひとりだけ仲間はずれですか!」

「いや……仲間もなにも俺はさあ……」

「俺は、なんなんです!?」

「…………おまえが居たら良いんだよ。揚羽」

「……………………へ?」

「だーかーらっ」

 

 がしがしと頭をかいて、逢緒は言う。

 

「おまえがずっと無事に居てくれたら、いいんだよ。……ただ、そんだけ」

「――――なん、ですか……それは……」

「んだよ……文句あんのかよ……」

「あります。……そんなコト、言われたら。兄さん以外、見えなくなっちゃいますよ……?」

「うわ。それ困るわ。余所のイケメン見つけて? ね?」

「嫌です。兄さんと結婚します」

「うーわ……ガン決まってるよこの子……」

 

 言いながら、逢緒もつられて笑った。なんだかんだでまんざらでもないのはしょうがない。なにせ彼にとって、唯一、自然と接するコトのできる異性なんてたったひとり。

 

「――本当、後悔するぞ。揚羽?」

「しません。私、兄さんなら絶対しないって誓います」

「本当っすかねえ? ま、一か月ぐらいかな」

「一生涯の間違いでは?」

「あはは。……揚羽ちゃん重くない?」

「四十八キロです」

「おおう……妹の体重がリアル……」

 

 飢郷揚羽は、おそらくずっと、彼のもとを離れないのだろう。  






>揚羽ちゃん
トラウマ発狂お兄ちゃん抱き締めながら「大丈夫、大丈夫」してシズメシズメしたクソ強妹。逢緒くんを攻略するには彼女を上回らないと無理です。実質無理ゲーでは? ちなみに背中の傷はお兄ちゃんが責任をとってくれるので問題ない。たぶん。



>やべー女
再登場・報い・ザマア展開とかないので安心して逢緒くんを笑ってさしあげろ。ちなみにまだ生きてるし捕まってもないという隠れた地雷です。なお起爆はしない模様。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。