ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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不意に目を向けた

 

 それから、一日経って。逢緒からの衝撃的な告白と、じっくり考えた自分なりの答え。それらを抱えながら、玄斗は目を覚ました。瞼を開ける。ゆっくりとベッドから上半身を起こす。――不意に、ズキリと頭痛が走った。

 

「(っ…………!)」

 

 ぐらり、と視界が揺れる。そのままベッドへ横になった。彼がそうしたのではない。真実、意図もなにもなく目の前が反転した。倒れたのだ、と気付くまでに数秒。薄れていく意識を繋ぎ止めるのに、また数秒。

 

「(ま、ず……っ)」

 

 例えるなら、脳みそに思いっきり釘を打たれたような痛み。今日は本当に酷い。時計は普段に家を出る一時間と三十分前をさしている。いつもなら当然のように着替える時間に、けれど、まともに立つコトすらままならない。

 

「(……っ、真墨、は……いないの……?)」

 

 ベッドのうえで這いずるように回ってみたが、誰かがいた痕跡も、人肌の温もりも感じられない。色々と怒りすぎた弊害だろうか。いつもなら潜り込んでいる妹が珍しく自粛していた。因果応報といえば、それもそう。邪険に扱いすぎたのだろうと、玄斗はいまさらながら後悔した。

 

「(ごめん……もっと、大事、に……でも、駄目だ……っ、いま、倒れ、たら――)」

 

 十坂玄斗として出した結論。それはしっかり胸に秘めている。だから、あんな()()()顔で笑う少女をどうにかできるかもしれないと。そう、思っていたのに。

 

「(ぅ、ぁっ…………!)」

 

 身体がどこまでも不便だった。無理がきかない。否、無理をしたからこそのコレなのか。なにはともあれ、いまの玄斗にどうにかする気力は残っていない。もがきながら、起きたばかりのベッドのうえで緩やかに沈んでいく。己のやる気とは裏腹に、おだやかに、ゆるやかに、底なしの沼へ。

 

「(言いたい、ことが……ある、のに……っ)」

 

 これじゃあ、言えることも言えない。ついぞ我慢できなくなって、玄斗は意識を手放した。ぼすん、とベッドに全体重を預けて目を瞑る。ひとりきりの部屋は身体と同じく沈み込むような静けさだった。朝の低い気温が、さらにそれを助長している。

 

「――お兄?」

 

 そんな空気を打ち破ったのは、真墨のそんな声だった。部屋の主にかけられた言葉だ。無論、気を失った彼には届かない。届くはずもない。ひかえめにドアを開けて問いかけた少女に、少年はなにも言わないまま、

 

「……うん。どうした?」

 

 ――眠っては、いなかった。

 

「いや、もう起きる時間……なん、だけど」

「そっか。ごめん。いま行くよ、真墨」

「…………お兄?」

「? どうかしたか?」

 

 にこりと笑って、玄斗が上半身を起こす。少女は知らない。けれど、直感というものがあったのかどうなのか。怪訝な顔で自らの兄を睨みつける彼女は、とてもいつも玄斗の貞操を狙っている誰かと同一人物だとは思えなかった。

 

「え……あれ……?」

「なに不思議そうな顔してるんだ。狐につままれたみたいな」

「いや……うん……?」

「とにかく分かった。さきに行っててくれ」

「あ、はい……あれぇ……?」

 

 なんだろう……と呟きながら、真墨がゆっくりドアを閉めた。ほう、とひとつ息をつく。なるほど、鋭い……というのはあながち間違いでもないらしい。本当に()()()()()()。であれば、その世界はどれほどのものだったのだろう。考えて、あまり意味のないことだと頭を振る。

 

「(……まさか、こんなコトがあるなんて)」

 

 ぐっぱと手を開閉しながら、ふむと彼は考える。おそらくは偶然が重なったのかなんなのか。一方が沈んだからこそ成立した奇跡か。なにはともあれ、現実は小説より奇なりとはよく言ったもので。

 

「(……知識と、経験と、技術は見たけど。だからって、そんなのできるワケ、ないだろうに……)」

 

 同じであって、すべてが違う。そんなものだ。そういうものだ。なにせはじまりが一緒でも、進んできた経緯が違う。作られてきた過去が違う。あんな心を揺さぶられるような粗治療なんて、彼はひとつも受けたコトがなかったのだから。

 

「(――分かってる。答えも、なにも、見てたから分かってる。……それを、伝えたらいいんだろ? 折角だから……それぐらい、やるさ)」

 

 せめてもの助力だ。そこに関して無駄に足を引っ張ろうというつもりもなかった。本当の本心で言えば、今すぐにでもしてもらいたいコトは他にもあったが……いまの十坂玄斗は、決して彼だけのモノでもない。

 

「……俺は、あんまりそういうの、得意じゃないんだけどな」

 

 苦笑する彼の表情は、いつもとすこしだけ違っていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 たとえば、十坂真墨の場合。

 

「……お兄?」

 

 たとえば、紫水六花の場合。

 

「あら……十坂、くん……?」

 

 たとえば、五加原碧の場合。

 

「……なーんか、違うんだよねえ……」

 

 たとえば、橙野七美の場合。

 

「む? 誰だ? ……玄斗? いや……うむ?」

 

 たとえば、三奈本黄泉の場合。

 

「せ、せせせせんぱいッ!? えッ!? な、なんですか!? えぇ!?」

 

 このように、とんでもない反応を返してきたのが以上五名である。ちなみに白玖とは会っていない。いつもなら一緒に登校するところをさらっと流していた。あの十坂玄斗が、と言えばそれほどのレベル。でも、()()()()だった。

 

「(いや……外見もなにもまったく同じなのに、気付くのか……? 向こうの〝僕〟はどんな生活をしてたんだ……?)」

 

 思わず呆れてしまうぐらいの勘の鋭さ。それもそのはず。十坂玄斗――もっといえば明透零無に関わった彼女たちは、中身という点において人一倍感性が磨かれている。無論、色々と思い悩んで苦しんだ、誰かさんのおかげもあって。

 

「……あ……、」

「……紗八先輩」

「か、会長クン……?」

 

 放課後のチャイムが鳴って、五分も経たない頃だった。三年生の教室から廊下を渡って、階段までの道の途中。先回りしていた玄斗の予想はあたったようで、見事桃園紗八が姿を見せた。

 

「な、なに? お姉さんになんか用でもあった?」

「ええ、まあ」

「そうなんだー……あー、えっと……」

「……すいません」

「えっ」

 

 そっと、手首を掴む。話はどこか遠くのほうで聞いていた……ような気がする。だから、彼女の事情も知っていた。〝あの子〟とは比べものにならなくても、相当な事情があったのだというのは知っている。それでも、記憶を頼りにするのならそれが大事には至らないという確信があった。なにせ、彼は――

 

 〝あ――――〟

 

「……先輩?」

「あ、や……ううん。なんでも、ない……よ……」

「……本当にごめんなさい。屋上まで、ついてきてもらえれば」

「う、ううん! 良いん、だよ。……君なら、ねえ……」

「……ぉ、()、ですか?」

「……うん」

 

 くすりと微笑む紗八に、玄斗が首をかしげた。当たりだ。引っ掛かっていたなにかを飲み込むように、彼女はすっきりとした笑顔を浮かべた。壊れた心と、引き摺られている身体。それらが反応を示さなかった、同じように壊れた誰か。きっともう元に戻らない、真っ当ではない形のモノ。実に分かりやすい。

 

「そっか……なんか、ちょっと違和感あったんだよねえ……そっかあ……君、だったんだねえ……」

「?」

「……会長クン、だったんだねえ……」

 

 言ってしまえば、きっと駄目だったのだろう。彼では言葉を伝えられても、奥に秘めたものこそをどうにもできなかった。偶然にしてはできすぎな、けれど同時に偶然でなければなし得なかった問題。他の何にも目を向けていなかった少年は、なにかを通してそれを見て。そして少女は、そんな誰かに繋がりを保たれた。たったそれだけの、掛け違えていたボタンを直しただけの話。

 

「(――良かった)」

 

 きゅっと握られた手首をうかがう。白い肌には、ほんのりと赤い斑点。けれどもいつもと比べれば薄いもので、痛みも痒みも気にならない程度だった。

 

「(やっぱり君だったんだよ……私、の――)」

 

 なにせ彼は、トオサカクロトなのだから。  






>中身
人間的ぶっ壊れ野郎がトラウマセンサーすり抜けた良い例。僕玄斗もまあ数ヶ月前ならワンチャンあったのでは? という具合。……ちなみにそんなヒロインを原作で攻略した主人公がいるということになるのは、まあ、うん。ね!




>ブラック誰かさん判定精度
蒼>>>>>>>墨>>>>>>赤>橙>>黄>碧>>>紫>>(超えられない壁)>>>>>>白(現在)

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