ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
――正直、よく分からない。十坂玄斗の考えは、いまいち彼の思考とズレていた。たったひとつ。大事な何かがあれば良くて、それ以外がどうなろうと知ったことではない。たったひとつ。大事なものがあって、けれど、それ以外の余計なモノにも目を向けて囚われている。それは、どちらが正しいのだろう。
「(……そんな、抱えきれる器でもないだろうに)」
馬鹿なのかと、思わなかったワケではない。なにせ自分のコトだ。それぐらいのことは、彼でも思う。けれど馬鹿ではない。決して考えなしなワケではない。思い悩んで、もがき苦しんで、必死に掴み取ったその先に、多くの誰かがいる。奇跡みたいな、都合のいい現実だ。
「(でも、だからこそ……)」
予想はすでに確信へと変わりつつある。トオサカクロトの届かなかった場所。伸ばした手が空をきったソレを、彼ならどうにかできる。なにせクロトからみてこれほどまでのものだ。十分にすぎる。ならば、もしかすると彼女をどうにかできるかもしれないと。
「……会長クン……?」
「――――――」
気付けば眼前に空が見えた。ぼうっとしているうちに、屋上まで辿り着いていたらしい。くるりとふり向いて、紗八のほうを見る。
「……紗八先輩」
「あ、うん……えと……」
「……なに、か……?」
「その……手、繋いだ、まま……?」
「――ああ、すいません」
ぱっと手を離して、クロトは二歩下がった。近寄られてもどうだろう、という彼なりの気遣いである。その行動にそれ以外の思惑は一切混ざっていない。よくも悪くもまっすぐ純粋。だから、繋いだ手が離れた瞬間。距離があいた瞬間、少女がどんな顔をしていたのかも気付かない。
「……、平気ですか?」
「あ、うん……大丈夫、かな……」
「そうですか。なら、良いのか……」
「そう、だね……」
苦笑する紗八は、そこでようやく違和感の正体を掴んだ。この前よりも一段階ほど低い声。なんとなく沈んだような雰囲気と、どうにもブレない芯の濃さ。どこか懐かしくて、どこか似通っている――誰かの面影。
「……会長クン、だよねえ……?」
「そうですよ。生徒会長、十坂玄斗です」
「……なんだか、おかしいなあ。君、この前までは……」
「この前まで? なんです?」
ざあ、と風が吹いた。校舎の屋上はそれなりに高い。揺れる桃色の髪と、耳朶を震わせる風切り音。すっとぼけた彼に、紗八は曖昧に笑うだけだった。理由は単純。それでいて自分なりの絶対的なモノだった。近くても、触れても、話しかけられても。なにひとつ取っても。傷を負ったこの身体と、心が、反応しない。
「……ううん。なんでもない。よく、分かんないなあ。うん。よく、わかんない」
「……そうですか」
分からないならどうしようもない。他人のコトなら尚更だ。それに関して、クロトは考えようとはしなかった。あるべきものはある。そうあるのなら、そうあるべきだ。変に考え込んで、無駄に悩むつもりもなかった。
「――僕なりに、考えてみました」
「……うん」
なにせ、答えはもう知っている。他人のものと言えばそうであるし、自分ではないのかと言われると違う。けれど、別物といえばそのとおりだ。だから、ハッキリ言って借り物のハリボテ。誰が言おうと意味は変わらない。ならば、自分が言っても変わりないだろうと。
「無理なんて、しなくて良いんですよ」
「……どういう、こと?」
「そのままの意味です」
ゆるく微笑みながら、クロトは息をついた。意味なんて、しっかり把握したワケでもないのに。けれど、答えが〝そう〟なのだから〝そう〟伝えるしかない。それ以外のなにを彼が知るわけでもない。単純に、十坂玄斗の導いたモノなのだから。
「紗八先輩は、紗八先輩です」
「いやあ……それは、そうだけどねえ……」
「だから、まず、先輩が笑わなきゃ、意味がないんだと思います」
「……えっと……?」
〝……あ、れ?〟
なんだろう、と彼は内心で首をかしげた。答えは合っている。これで良いはずだ。そうなのだと出した結論がそれだったはずだ。ならば、それを率直にぶつければ良いのではないのか。そうすれば、どうにかなるのではなかったのか。
「アタシは……笑ってる、けどぉ……?」
「いや……そうじゃ、なくて……」
「じゃあ、なに……? 会長クンが言いたいこと、いまいち分かんないなあ……」
「えっ、と……」
冗談だろう、なんて狼狽えている場合でもない。冷静に、冷静に。それだけは変わらない十坂玄斗の取り柄だ。けれど、どうだろう。答えが合っているのに正解しない。理想と綺麗に結び付かない。そうなるべきだと思い浮かべた予想図にすら掠らない。ならば、一体、どうすれば良いのだろう。
〝僕じゃなきゃ、やっぱり駄目なのか……〟
ほう、とひとつ息をついて内心でひとりごちる。所詮は色もなにもない空虚な己だ。色付いた誰かとは違う。だから、なにもかもが足りていなくて。真似事をしてもなんの意味もない。要はたったそれだけのことだった。
「……あのさ、何回も言うけど……」
「…………、」
「いいんだよ、
「いや、でも、それは……」
「アタシだけ苦労するなら、誰にも迷惑はかからないんだし……」
「――――――、」
心臓が跳ねた。正真正銘、それだけは聞き逃せない。嗚呼、なんて。なんて、それは――
『私は別に気にしないんだ。誰かがさ、笑ってたら』
――重なってしまうものなのか。
「……本当に、そう思ってますか?」
「……え?」
「誰にもって……自分がどうなってもって……思ってるんですか……?」
「か、会長……クン……?」
一歩、クロトが前へ進む。紗八が半歩後ろに下がった。必然的に距離が縮まる。決して彼なら火がつくこともない部分で、どうしようもないほど燃え上がった。だって、そうだ。その一言だけを、トオサカクロトは聞き逃すことができない。
〝――そんなの、いいワケがない。〟
「っ」
がっと両肩を掴まれて、紗八が震えた。それまで景色を映していた空虚な瞳に、たしかな熱と色が灯っている。
「誰にも迷惑がかからないなら、良いんですか。自分だけが苦しむなら、良いんですか。それで傷付いても、いいって言うんですか」
「……っ、だ、って……アタシ、は……」
「ふざけないでください。じゃあ、僕、が――……っ!」
なにが、僕だ?
「――俺が、抱えます」
一体、おまえは、なにを言っている?
「先輩が傷付いたら、俺が嫌です。迷惑です。無理して、笑って、自分だけならって、ずっと生きていくなんて、そんなのあっていいはずがない」
「え……、や……?」
「大体、先輩のまま生きてるだけで酷い目に遭わなきゃいけない理由なんてない」
「そ、れは……っ」
そうやって割り切れたら、どれだけ楽だったのだろう。そう出来なかったからこそ、仕方ないと思ってしまったからこそ、変わろうなんて考えを持ったのに。いまさらそこを突かれるなんて、紗八は思ってもいなかった。
「もういいでしょう。
「で、でもっ……こうじゃ、ないと。アタシは……わたし、は……また……っ」
「そのときは俺がなんとかします。そのために俺がここにいます。俺を、誰だと思ってるんですか」
ことごとく便利だ。流されてなった立場が、けれどもいまはなによりもの決定打になる。なんでもいい。とにかく思い浮かんだことを口から出している。自分がなにを言っているのかは、そのあとに理解している。故に、躊躇もなにもなく。
「先輩ひとり守れなくて、なにが生徒会長ですか」
「――――――っ」
指先が、震えていた。彼が言ったことはめちゃくちゃで、ともすれば一方的なもので。なのに、その意味がとんでもなく分かりやすかった。無理をするな、という言葉が繋がる。無理に笑うなと、その目が言っている。おまえのままで居ればいいと。自分のままに生きていけばいいと。無理に合わせて苦しむぐらいなら、そうしていけと言われていた。ありのままの自分なんて、誇れるものでもないのに。
「……ずるいよ……そん、なの……」
「なにが、ですか」
「わたしは、さ……っ、きみ、だけが……っ」
「……なんだろうと、関係ありません」
ああ、本当に、本当に。己はなにを言っているのだろう。ワケも分からないまま喋っている。ただ思うがままに、頭に浮かんだ言葉をかけている。用意された答えなんてどこへやら。よもや、こんな筈ではなかったのに。もっと〝彼〟の答えは違うところにあったのに。
「もう決めました。俺は、絶対に、先輩を否定する誰もを許さない」
そんな、大言を吐いてしまった。
「――っ、会長、クンは、さあ……っ! 本当、もう……」
「……それが、
「ずるすぎるん、だよ――」
だって、こんなのはあんまりだ。たったひとり平気で、たったひとり違うもので、たったひとり本当の自分を話した。そんな彼が、自分の盾になると言っている。そんなのは殺し文句だ。もうどうしようもない。涙をこらえるのでせいいっぱい。
「(……なにやってるんだろう、俺……)」
崩れる少女を受け止めた少年は、ぼんやりと空を見上げた。綺麗な茜色が、遠くまで届いている。どこまでも、どこまでも。
◇◆◇
『……ああ』
『なんだ。君、そんなふうに思えたのか?』
『いや、意外だ。……なにがって、そのまま』
『――いいじゃないか、〝俺〟』