ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
夢を見ていたような気がして、目を開けた。ぼんやりと映る景色はやけに暗い。もしや寝過ごしたか、と枕元の目覚まし時計を探ろうとして、
「っ……」
ちいさな、どこか覚えのある声を聴いた。
「この……! いい加減起きなさい!!」
「っ!?」
耳元で怒鳴られて、意識が覚醒した。飛ぶように跳ね起きる。あたりには見渡すばかりの本の山。遠くまで綺麗に立ち並ぶ本棚と、所々に設置された机に椅子。すぐに合点がいった。自分の記憶に間違いがなければ、そこは学校の図書館である。しかもちょうど全体を見渡せるカウンターの奥。であれば、いま隣からかけられた大声は。
「……先輩?」
「……おはよう、会長さん。そしてさようなら」
すっくと立ち上がって、蒼唯はそのまま通り抜けるように去っていく。にべもない。相変わらずな様子は新鮮だが、彼としても面白いものではない。けれど不思議と、黄泉のときみたいに理不尽な怒りは沸き上がってこなかった。それは偏に、一度経験したからか。それとも彼女だからなのか。
「あ、待ってください。戸締まり、しなきゃならないでしょう」
「……そうだけど、それが?」
「手伝います」
「いらない」
「そこをなんとか」
「二度も言わせないで。……だいたい、生徒会長のあなたがどうしてここの事情を知っているのよ……」
「? おかしいですか」
むしろ知らないほうがおかしいのでは、とも言いたげに玄斗が首をかしげる。蒼唯は知らない。この裏返ったような少年が、別の彼女と懇意にしていて、委員会でもないのに一緒に図書館のカウンターで仕事をして、あまつさえ一応キスまでした関係であることを。
「……桃園さんが抱えてきたと思ったら……なんてコトもないじゃない……」
「? 紗八先輩が……?」
「……そうよ。一時間ぐらい前。眠ったままのあなたを無理やりこっちに渡してきて、とても、ええ。とても困ったわね。おまけに変なコトまで言い残していくのだし。なによ、〝私をありがとう〟って」
「あ……――――」
「……?」
夢だ。なるほどと、思わず玄斗は笑った。私を、というのはそういう意味合いだろう。すこし長い夢見だった。他人のような誰かが、なにも分からないまま我武者羅に役目を成し遂げた夢。これが笑わずにいられるものかと、彼はくつくつと喉を鳴らす。
「……なに? いきなり……気色悪い……」
「いえ……すいません。でも、ああ、そっか」
「……?」
「……ふふ。適任は君だったな、〝俺〟?」
「……なんなの、この男……」
心底不気味なものを見るような目で蒼唯が見てくる。たとえ真似事だとしても、そこになんのワケもなかったとしても、真実彼は誰かを救った。ならば、〝玄斗〟としてのやりようも出来てくる。ずっとずっと、考えていたこと。託したものだとアレは言うが、果たしてそれは本当に良いものか。その答えが、やっと出た。
「……帰りましょう、先輩」
「さっきから私はそのつもりよ」
「じゃあ、僕も手伝います。そのほうが早いですから」
「……勝手にしてちょうだい」
面倒くさい、と蒼唯は踵を返して東側の窓に向かっていった。そちらから鍵を閉めていくらしい。ならばと玄斗も反対側に回って、ひとつずつ施錠していく。人の居る居ないに拘わらず、図書館のなかは静かだ。静寂のなかにカチリと鍵を閉める音だけが響いていく。それもまた懐かしい。昔はよくこうして彼女とふたりでやっていたもので、
「あ」
「っ!」
ちょうど、こんな風に。真ん中まで来たところで、手が触れ合うことも何度かあったか。似たような気質、といえばそうなのだろう。ひとつの作業に集中すると、周りが見えなくなるコトがあったりする。そんなふたりだからこそ起きる、何気ないハプニングだった。
「すいません。僕がやっておきますよ」
「……そう。じゃあ、お願いするわ」
「はい。お願いされました」
「…………、」
怪訝な顔をして蒼唯が離れていく。玄斗は相変わらずニコニコと笑っていた。なにが楽しいのか、なんて言われてもひとつしかあるまい。なにもかもが変わってしまったからこそ、こうした些細な思い出を刺激されるのが最高に楽しいのだ。
◇◆◇
『……この子にはアタシじゃないんだよねえ……でもって、アタシもこの子じゃないのかな。あんがい恥ずかしがり屋かなのかも。引っ込んじゃったから。……だから、四埜崎さんが待っててあげて。アタシはもう、いいんだ』
そんなワケの分からないコトを言って、クラスメートは彼を預けてきた。邪魔にならないよう適当にカウンター席の隣に置いて、寝顔を時折眺めること一時間弱。起きた少年は別になんともない様子で、どうにも奇妙な言動を繰り返した。これで警戒するな、というほうが無理なものである。
「あ、見てください。星が綺麗ですよ、先輩」
「……うるさい。夜なのだから星ぐらい見えるでしょう」
「そうですね。そうでした。でも、綺麗です」
「山奥のほうが綺麗でしょう。経験が浅いのよ」
「ああ、それ、知ってます。見てみたいなあ……いつかは、ですけど」
そうしていまは、なんでもない会話のやり取りをしている。真っ暗になった帰り道。夜道は危険ですから、と同行を買って出たのは彼のほうだった。はじめは「いらない」と拒否していた蒼唯だが、押しに押されて結局は「好きにしろ」と言ってしまった結果だ。好きにさせたらこうなるのである。まったくもっておかしな少年だった。
「……あなた……」
「? はい。なんですか?」
「どうしてこうも付きまとうのかしら。……言っておくけど、あなた程度の人間に好意を向けるほど暇ではないのだけれど」
「……いや、別にそういうのじゃなくて……」
「……?」
ならば、それはどういう意図があってのものなのだろう。自分狙いならば切り捨てよう。赤音狙いならば、二度と立ち上がれないぐらい心をへし折ってやるつもりだ。けれど、そのどれでもないと彼は言う。では、その理由とはなにか。
「……理由がなくちゃ、やっぱり駄目、ですかね……?」
「……理由がなかったら、意味が分からないじゃない」
「そうですよね……でも、とくにないんです。本当に。……しいて言うなら、僕がたぶん、そうしたいだけなのかもしれません」
「…………そう。本当、分からない男」
呆れるように言って、蒼唯が歩いていく。すいません、と彼は一言だけ謝った。
「(それ、なんに対しての謝罪よ――)」
〝だから、何に謝ってるか分からない〟
「っ――……」
「……先輩?」
ズキン、と頭の奥が痛んだ。脳裏をよぎった見えないなにかだ。本当になんなのだろう。この男が現れてからというものの、なにか変だ。蒼唯はじろりと玄斗を睨む。
「……なんでもないわ。ここでいい」
「あ、はい。……
「……あなたも精々、誰かに刺されないようにね」
「いや、どんな状況ですか……」
「そういう態度をとってる、って意味よ」
皮肉交じりに返して、蒼唯はそのまますこし進んだ家についた。玄関のドアを開けて、痛む頭をおさえながら靴を脱ぐ。……にしても、
「(そうですねって……なによ……)」
最後までよく分からない、気味の悪い少年だった。
◇◆◇
蒼唯を見送って、自分も帰ろうかと踵を返したときだった。
「――こんな時間に、お見送り?」
「!」
耳朶を震わせた声に、聞き覚えはもちろんあった。そういえば幼馴染みという間柄だ。玄斗と白玖とはまた違った、隣同士で家の近い者同士。さすがに、無警戒というのはあまりに考えが足りていない。
「赤音さん?」
「名前で呼ぶな。……ここじゃアレだし。移動しましょうか。ついてきなさい」
「えっと……」
「――私の幼馴染みに手を出したこと、後悔させてあげるわ」
ぞっと、底冷えするほどの視線だった。どうやら勘違いをされているらしい。こちらでは特に仲の良かったふたりだ。ならば、思うところがあるというコトなのだろうか。制服姿のまま力強く歩いていく赤音の背中を、玄斗はすこし遅れながら追っていく。
「(……痛いのは、勘弁してほしいなあ……)」
かつて受けた脚撃を思い返しながら、憂鬱な気分になるのだった。
ちなみに俺玄斗の性質上本当に大切なモノ以外はあっさり切り捨てられます。頑張れ桃色パイセン。
僕玄斗は折れないからいじめ甲斐がないし俺玄斗はそもそもボッキボキに折れてるからいじめ甲斐もなにもなくてフラストレーション溜まりますわよ(謎のお嬢様口調