ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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赤いしずくが落ちました

 

 すこし歩いて、ふらりと公園に入った瞬間。なにを言う暇もなく、玄斗は胸ぐらを掴まれた。

 

「どういうつもり?」

「……えっと、それは、……こっちの台詞、なんじゃ……?」

「へえ? いい度胸してるわね。生徒会長クン? 女子に散々言い寄られていい気にでもなってるのかしら。でも、ちょっと、度が過ぎたわね」

「…………、」

 

 いい気になる。その感想は、決して十坂玄斗という人間を知っていれば出てこないものだ。無論、二之宮赤音なら尚更である。かの少年が女子に囲まれてにやけるどころか、むしろなにも思わずにそういうのを切り捨てて地獄へ転がっていくような愚か者であるのを知っている。

 

 〝……本当に、なにもかも、なんだな……〟

 

 ひとつだけ、そっとため息をついた。なんてことはない現実の再確認。二之宮赤音という少女はどこまでも綺麗で、真っ直ぐで、迷いがなくて、美しい。その鋭さを持って切り込まれた隙間に、一切の間違いはない。何を知らずとも名前に縛られた自分を解き放った、正真正銘ヒーローみたいな少女だった。いや、女性であるならヒロインか。

 

「何度も忠告したわ。あの子に手を出したら許さないって」

「……あの、僕は、そんなことぜんぜん……」

「へえ。こんな時間に? ふたりで? 並んで帰ってきて? 無理があるんじゃない?」

「(……たしかに……)」

 

 そう言えばそうだ、と玄斗は内心で納得してしまった。たしかに勘違いをされてもおかしくない。というか何も言えない。夜遅く男女がふたりで歩いていれば、まあ、そう受け取られても仕方なかった。

 

「……でも、本当なんですよ。僕、なにもしてません」

「なにもって、なにを?」

「だから、なにも」

「ふざけてるの?」

「ぜんぜん」

 

 ふるふると首を横に振って玄斗が答える。赤音のイライラは益々増しているようだった。彼が知る限りでは犬猿の仲といってよかったふたりだ。それがなにをどう間違えればこうなるのだろうと不思議に思うばかりである。……もしくは。彼の知る関係性こそが、一歩間違えた結末なのだろうか。

 

「……あの、赤音さん……」

「とにかく、金輪際あの子に近付かないこと。あと名前を呼ぶな。あんたに気安く名前を呼ばれるほど、私とあんたの間になにかあるわけでもないでしょう」

「……すいませ――」

 

 と。

 

「(あ……)」

 

 最悪のタイミングで、目眩がきた。思えば病み上がりもいいところ。どこかの誰かは気にせず身体を使っていたようだが、彼にとってはいまだ慣れない部分も多い弱りきった十坂玄斗だ。心が脆くなった隙を掻い潜るように、視界がゆっくりと傾いていく。

 

「……あ?」

「――っ」

 

 低い声が耳朶を震わせる。体重を預けた相手は近くの少女だった。ちょうど、肩を掴むような姿勢になってしまっている。まずい、と思うと同時に堪えようもないモノがこみ上げてきた。前世の経験からどうしても理解する。これ、口開けたら、終わりだ。

 

「なにを――してるワケ? あなた?」

「……っ、……」

「死にたいの? なら、そう言ってくれれば――」

 

 無理だ。これ以上は。

 

「――――っ、ぅ、げほっ!」

「……へ?」

 

 がくん、と膝が曲がる。やらかした、と認識した途端に力が抜けた。久方ぶりの喉から苦いものが通っていく感じに顔を歪める。口をおさえた手の隙間から、ボタボタといくつか赤いものがこぼれ落ちた。昔の己と比較すれば、まだまだ軽い方だった。

 

「ぅ、っ……えほっ、げほっ……ぉえっ……」

「ちょっ、私まだなにも――てか血ぃ吐いてやがる……!?」

「だ、だいじょうぶ、で……ごぼっ」

「うわあ!?」

 

 びくんっ、と体を痙攣させて玄斗が倒れる。意識がぼうとしていた。なんともまあ、本気でどうかするタイミング。まだ言いたいコトも、話すべきコトも、聞きたいこともひとつとして叶えていないのに。手を離れていく意識を、掴んでいることができない。

 

「(ぼく、は……)」

 

 そうして、目を閉じる刹那。最後に見たのは、似合うぐらいにあわてふためく、赤音の困惑に染まった顔だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「(もう、なんなのよ……こいつ)」

 

 血のついたハンカチを洗いながら、赤音はがっくりと肩を落とした。最近幼馴染みに接触を図ってきた悪い虫をこらしめてやろう、なんて軽い気持ちで向かった夜の公園。突き放した少年は、怒り狂って向かってくるのでも、その場で崩れて涙を流すのでもなく――脈絡もなくふらついてあまつさえ吐血した。しかもわりと洒落にならない量を。

 

「(最悪だわ……どうしてこんなやつの看病なんか……)」

 

 ベンチに寝かせた彼は、すうすうと静かに寝息をたてている。さすがの状態に意識がぷつりと切れたらしい。もたれ掛かってきたのは、その直前ということになる。ならば悪気もなにもない。意図的ではないどころか、仕方なくでさえなかったやもしれない。そんな部分に今更怒るほど、彼女は血の通っていない考えはしていなかった。……たぶん、おそらく。

 

「(てか軽すぎ……男子でしょうに……女子の私が抱えられるって、相当よ? そりゃあ体も悪くなるわ……)」

 

 無理をしすぎているのか、生来の事情なのか。そのあたり、赤音は一ミリとて知るよしもない。大体こんな男のなにを知ってどうなるというのか。それこそ記憶力の無駄遣いもいいところだろう。

 

「……ったく、すっかり眠っちゃってまあ……」

 

 呆れるように言って、赤音は彼の頭から数センチ離れて腰を下ろした。膝枕なんて上等なものは残念なことにしてやるつもりは欠片もなかった。勝手に寝てろ、という風なものである。

 

「(このまま放っておいて帰ろうかしら)」

 

 むしろそのほうが良いのでは、と思える良案だった。そっと少年の寝顔をのぞき込みながら、むうと唸ってみる。

 

「(…………、)」

 

 正直、好きではない。なにがどう、というワケでもないけれど。どうにも好かないものだという感覚があった。そんな人間に親切などできるかどうか。倒れた体をこうして綺麗にしてはいるが、それですら当たり前のコトをしただけだ。これ以上のお節介など、焼いても仕方ないし焼きたくもない。

 

「(……悪く思わないでよね。だいたい、あなたが勝手にぶっ倒れたんだし――)」

「…… 、く……」

「……!」

 

 するり、と腕を掴まれる。トリハダがたった。彼はぐうぐう眠っている。寝言、なのだろうか。知らない誰かの名前を呼んでいるようだった。

 

「いか、ないで……」

「(……いまだにガキみたいな寝言いうやつ、いるもんなのね……)」

「ぼくは……まだ……」

 

 どんな夢を見ているのだろう。すこし前までとは変わった、なんて話をここらになってよく聞く調色高校生徒会長様だが、赤音にはその変化がイマイチというものだ。なにがどうなろうと同じならどうでもいいだろうと。

 

「まだ……きみと……」

「…………、」

 

 なにを考えているか分からない、というのが以前までの十坂玄斗への評価だった。それが、一枚剥けばただの少年……ということなのだろうか。夢にでも想う人物がいる。そうしてそれは、赤音の知らない誰かで。なんだかそれで、ちょっとだけ心の余裕が持てた。あんがいこいつも人らしいと。

 

「……まあ、それはそれとして。いい加減に離しなさいよっ」

 

 しゅばっと手を引っこ抜く。ちょうど彼が抱えるようにしていた赤音の右手。その甲が、なんの偶然か、うっすらと唇に触れた。

 

「……っと、これでようやく帰れ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝――手伝いましょうか?〟

 

 〝はい、喜んで〟

 

 〝赤音さん?〟

 

 〝ちょうど、黄昏時だったので〟

 

 〝僕もいつか、そんな風に思える時が来ますかね〟

 

 〝……うまく、出来るのかなって〟

 

 〝ちょっと、かわいいです〟

 

 〝夜空って、こんなに素敵だったんですね〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――、」

 

 記憶が、爆発した。

 

「…………くろ、と?」

 

 ガチリとなにかが切り替わる。否、もとよりズレていた歯車が噛み合ったような感覚。二之宮赤音は、目の前で眠る少年を視認した。闇のように濃い黒髪。日にあたることのすくない白い肌。細い体つき。……そっと、混乱も冷めやらぬままに、彼女はベンチへ座り直した。

 

「…………、」

 

 玄斗は依然眠っている。赤音はわけが分からない。ただ目の前で、想い人が隙の多い姿をさらしているというコトだけが事実だった。頬をつねってみたが、しっかり痛い。ので夢でもないらしい。我ながらその確認方法は如何とも思うが。

 

「……なにが、起きてるのよ……」

 

 はあ、と息を漏らしつつ彼の寝顔をのぞき込む。すこし前にもしていた行動だった。なにが違うかと言えば、彼を見る瞳がまったく違う。どこか、熱に浮いたような視線だった。

 

「……ね。ちょっと、貸して」

 

 そう独りごちて、赤音はそっと玄斗の頭をあげた。器用に座っていた位置を動いて、彼の後頭部をふとももの上に乗せる。なにもかも、わけも分からないが、なにはともあれ役得だった。いけすかないどこぞの蒼い女もいない。ひとり見事にかっさらっていった少女もいない。ましてやライバルだった他の少女たちもいない。――完全な、ふたりっきり。

 

「……こうして見ると、かわいいわね。寝てるときは本当、子供みたいなんだから……」

 

 いや、あんがい起きているときも子供っぽいか、なんて赤音はひとり笑う。少年はまだ夢の最中。きゅっと少女の服を弱く掴みながら、規則正しい寝息を続けている。

 

「――ね、玄斗」

 

 その額にコツン、と自分のおでこをぶつけた。静かに目を閉じる。聞こえてくるのは彼の寝息と、わずかな衣擦れの音。それ以外の雑音がまったくなくなったような奇妙な感覚。夜の公園には、不思議な雰囲気が漂っていた。

 

「あんたは、私のこと……完全無欠な生徒会長、なんて思ってるのかもしれないけどね」

 

 ぜんぜん違うのに。それこそ何度も見せたはずなのに。きっと彼から見た自分はどうしようもなく見事なのだ。それが嬉しくなかったワケではない。むしろ舞い上がるほど良かった。だから、弱みなんてそれこそ見せられなくて。

 

「そんなんじゃ、ないんだから。……だから、ね。ひとつぐらい、いいのよ。傷、つけちゃったって。……私に、そういうコト、しても……いいんだからね……?」

 

 なんて。ちょっとした願望なんて混ぜ込んだヒトリゴトを、つい言ってしまった。……本人が起きているときには絶対に言えない。彼の目の前では頼れる女でありたいのだ。それが乙女心というものである。

 

「そりゃ、恥ずかしいし……ぜったい、嫌って言うけど……その、ね。ややこしくて、なんだけど……嫌じゃ、ないのよ……? ただ、その……素直に言うのも、なんじゃない……だ、だから。……ちょっとぐらい、いまの、あんたなりに……私のほう、向いてくれても、いいんだから」

 

 ……たぶん、その可能性は、ある。前の彼ならともかく、いまの少年には余裕が生まれている。本気で奪い取りにいけば……と思うものの、行動には移せまい。なにせ、彼がはじめて掴んだ幸せだ。それは安易に踏みにじるのは、二之宮赤音としていちばんやってはいけないことなのである。

 

「……それだけ。なんだかんだ、私も女々しいのよね……あんたのこと、そこまで諦めきれてないみたい。……だから、絶対あの子と別れるんじゃないわよ? そんな隙見せたら、すぐ私のものにして、一生私の隣にいることになるんだから」

 

 くすりと笑って、赤音は――ふわり、と。優しく、優しく。触れるようなキスを、彼の頬に落とした。たぶんそこが、いまの自分がやっていいラインだろうと。

 

「……いまはこれで勘弁してあげる。ズルいなんて、言わないでよ? ズルいのはそっちなんだから。……私の初恋を、まあ、綺麗さっぱり持っていってくれちゃって……」

 

 吐いた息は熱かった。独り言でも恥ずかしいものは恥ずかしい。気を紛らわすために、わしゃわしゃと玄斗の頭を撫でた。彼が何気ない所作で目覚めたとき。いつもと変わらない堂々とした態度と表情で、「おはよう?」なんて余裕たっぷりな笑みをするために。







久々に赤会長書けて楽しかった(小並感)

こんな清純派美少女がえっちな夢なんて見るわけないんだよなあ……(目逸らし)

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