ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
もう夜は遅いですよ
「~♪ ~……♪」
〝……歌?〟
ぼんやりとした意識の隙間を、音が抜けていく。綺麗な、透き通るような高い音。耳元で響く誰かの声。トントンと、軽く胸を叩かれているのが分かった。
「(…………、)」
ふわり、と雲のうえに寝転んだ感覚。暖かいなにかをじわりと感じる。その仕草が優しすぎて、目を覚ますのが嫌になる。このままずっと、ゆっくり、眠っていられたらいいのになんて。そんな馬鹿げた考えを正当化したくなる温もりだった。
「~♪ ~♪」
「(誰、なんだろう……)」
歌声はまだ続いている。玄斗はそっと、重い瞼を開けてみた。真っ暗になった夜空の下。薄明るい街灯にはかなく照らされて。――綺麗な赤色が、視界に映った。
「――――――、」
ざあ、と風が吹いて揺れる。公園の木がざわめいている。その人はそっと髪をおさえながら、ん、とちいさく声を漏らした。歌が、途切れる。
「……さむ」
こんな時季だっけ? なんて少女は首をかしげた。玄斗は見開いた目をじっと、ただひたすらに向けている。胸には彼女の右手が。頭には彼女の左手が触れていた。後頭部にある感触は、女子らしい足のそれで。まるで赤子をあやすような格好に、気恥ずかしさよりも期待が上回った。
「……げ、九時回ってる……うわあ……そりゃあ寒くもなるか……はやく帰らないといけないわね。……うん。もうすこししたら帰るわよ。もうすこししたら」
うんうん、とどこか遠くを眺めて少女が独りごちる。止まっていた手がまたこぎみよく動きはじめた。胸をトントンと、頭を優しく撫でてくる。嫌悪感もなにも一切ない。心地よすぎるそれは、少年の心を震わせるのに十分だった。
「……こんなときぐらいじゃないと、ね。折角の時間だし。……なんで、一年も先に生まれちゃったかなあ……」
あーもう本当、と少女は息をついて。
「あんたと一緒のクラスで過ごせたら、きっと最高だったのになあ」
ガン、と頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃。心臓がいやに跳ねた。目の前の少女の正体なんて、それこそ目覚めたときから知っている。よく知っている。誰よりも真っ直ぐで、強くて、綺麗で、頼りがいのあるひとつ上の先輩。そんな少女の一言に、思わず、ナニカが震えた。
「――――っ」
「?」
するり、と彼女の手を取る。きょとんと首をかしげて、視線が下を向く。そんな一瞬すら待たずに、玄斗は無理やり起き上がった。
「うおわ!?」
「…………」
「へ? ぅえっ……くろ、と……?」
じっと、その目を見つめる。いきなりの行動に混乱しているのだろうか。少女の瞳は不安げに、けれどどこか何かを期待するように揺れている。それに気付くような玄斗でもない。じっと、その手首を掴んだまま、ベンチに座る赤音へ顔を近付ける。
「(ちょっ――!?)」
それに動揺したのが少女である。いやまさか、と頭のなかは七転八倒。あっちへこっちへと思考が飛んでいく。なんか、目覚めた少年が、自分をおさえつけていきなり距離を縮めて来やがった――!
「な、なにすんのよ、この、ばか……!」
「…………、」
「い、いや、ちょっ、止まりなさいよ!? あ、あんたには壱ノ瀬さんっていう、大事な、相手、が……!」
――駄目だ、止まんない。どんどんと玄斗の顔が近付いてくる。避けようにも腕を掴まれていてはあまり乱暴もできない。殴る蹴るなんてそれこそ問題外。……いや、そもそも、自分はコレを避けたいのかと。
「(……っ、この、
期待する心がないと言えば嘘になる。求めていないのかと言われたら否だ。けれど、こんなのは許せない。許さない。目の前の少年が自分で選んで、自分で掴んで、自分で導き出した答えに泥を塗るなんて。そんなモノは、絶対に――
「(なのに)」
どうしてだろう。体が、うまく動かない。
「……赤音さん」
「ひぅっ……み、耳元で、名前っ……呼ぶなぁ……」
「…………、」
「はっ!? ちょっ、抱――!!??」
気付けば両腕を腰に回されて、強く抱き締められた。一体なんなのだろう。夢ならば覚めるどころかいっそずっと夢の中であってほしい勢いだ。なにせ彼がこんな風に甘えてくるのは、とんでもない現実で。
「……玄斗?」
「……っ、……、」
「…………、」
――不意に、気付いた。その肩が、ちいさく震えていることを。
「……なに? どうしたのよ、玄斗」
「っ、……ぅ……」
「……大丈夫だから。もうあんた、ひとりじゃないんでしょう? なにをそんなに泣いてるのか知らないけど、大丈夫よ。あんた、十分強いんだもの」
「……っ、はい……すいま、せん……っ」
「ん」
短く答えて、赤音は玄斗の背中をそっと撫でた。一年先に生まれて良かったものと言えば、こういうところぐらいなものだ。
「(……ったく。本当、ため込むんだから。これから先、うまくやっていけるか心配でしょうがないじゃない……)」
いずれは彼の選んだ彼女が、それを取り除いてくれるようになればと願いながら。赤音はゆるりと微笑んで、この不器用な後輩を優しく宥め続けた。
◇◆◇
「ままならんものだ」
「ぅ……」
どん、と缶ビールを置いて父親が言う。時刻は夜の十時過ぎ。久方ぶりの彼のよく知る生徒会長と話をして、いまがどうなっているのかなんて簡単に説明して、とりあえずまた明日からと別れた後。家に帰った彼の目の前には、トラウマがいた。
「門限など不要だ。だが、限度というものがあるだろう。おまえ、時計は見なかったのか?」
「……ごめんなさい」
「謝ってどうなる。私はおまえのそんな言葉が訊きたいのではない。分からないか? なぜだ。おまえはどうして――」
「……おかーさん、おかーさん。うちのパパがマジギレしてる」
「そうねえ。珍しいわねえ。素が出てるわ」
「うそお……まじぃ……? こわっ。戸締まりしとこ」
「あ、待ってお母さんも逃げるわ」
「(見捨てられてる……!)」
父親がこういった固い話し方をするときはもれなくマジだ。というか玄斗にそれをしているのだからマジ以外の何物でもない。案外気を遣うこの父親は、彼の前で心の傷を抉るような真似をなるべくしないよう心がけている。つまりは昔の自分の〝雰囲気〟を出すというコトを滅多にしない。それが、もう、震えるぐらいに滲み出ている。いまの彼は、正真正銘――明透有耶だ。
「おい、聞いているのか」
「き、聞いてますっ!」
「…………、」
はあ、と大きなため息をつかれた。父親が怖い。そう思うのは、真実初めてだ。なにせ昔はそういうものだと認識していた。冷たくて、厳しくて、なにもおまえに居るものかと教えられてきたが故だった。
「――面倒をかけさせるな」
「っ」
記憶が震えている。違うと分かっていても、どうしても思い出す。おまえなんてそれで十分だと言われた過去が、不意に手を伸ばしていた。違うと理解して、そんなものは嘘偽りだと分かっているのに。目の前にいる相手がどうしようもなく、傷を浮かび上がらせている。だから悩みではなく、トラウマなのだ。
「おまえに居なくなられると、私が困る。……二度も、失いたくないのだ」
「……お父さん……」
「せめて、連絡のひとつでもしろ……この、馬鹿息子め」
「……はい。ごめんなさい」
もう一度謝って、玄斗はぺこりと頭を下げた。酒が回っているのか、それとも違うものか。父親の声は、若干震えていた。意外だった。たしかに十時過ぎは遅すぎる帰宅だが、もう男子高校生なのだし、流石にそこまで心配するのはと。
「――似たな、零無」
「え?」
「その、なにか言いたげな顔だ。
「……それは、感動していい話なのかな……?」
「納期二日前という修羅場だったな」
くつくつと笑う父親に、玄斗はあいまいに笑い返した。もしかして母親が体を壊したのは、すくなからずそういう部分もあるのではないかと。
「私がカンヅメのお目付役として任されたコトがあってな。思えば、誰かの差し金だったのだろう。こっちを盗み見てはなにかを切り出そうとしていて、まあ、なんとも。……若気の至りだな」
「ああ……そういう……」
「そうして生まれたのがおまえだよ。我が子」
「そこまで言わなくていいから……!」
そういう両親の事情は思春期の男子的にノーセンキューだった。
「極度に緊張するとペットボトルでラッパ飲みをしはじめるからな。笑えるだろう?」
「どうしよう、僕の純粋なお母さん像がボロボロなんだけど」
「安心しろ。私が惚れたのはそういう女だ」
「リアルおもしれー女とかそういうのは聞いてない……っ」
血のつながりや、体がどうこうではない。きっと魂レベルでおまえは息子なのだと、父親は言いたかったのだろうか。なにはともあれ、ふたりで談笑する姿にかつてのわだかまりはない。親子関係は、円満だった。
◇◆◇
「……くしゅっ」
「(む……風邪? 体には気を遣ってるつもりだけど……)」
「…………はあ」
「…………、」
「……ままならない、かしら」
「(
ぼかしてるところは読まないほうがいいですヨ!
というわけで新章開幕。初期のボツ案を引っ張り出してきました。……いや、本当最初は僕玄斗をそのままブチ転がして終わりだったのになあ……なんでこんな続けてんだろうなあ……