ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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混じり合い

 

 放課後になれば、玄斗は生徒会室に向かう。文化祭準備が始まってから通例のコトだ。大抵はそのあとを教室からばらばらと出てきた逢緒やら鷹仁やらがついていくのだが、今日は珍しくひとりである。たまにはそういう日もあるか、なんて思いながら生徒会室の扉を開けると、これまた珍しい先客がいた。

 

「灰寺さん」

「あら……会長」

 

 表情ひとつ変えず、どころか目をそっと伏せて、灰寺九留実は体をこちらへ向けた。窓の外を眺めていたらしい。なにか見えるのだろうか、と入り口から覗いてみたが映るのは青い空。白い雲。ついでに校庭に生えた木々の枝ぐらい。まあ、いつもどおりの景色みたいだった。

 

「早いですね」

「ええ。寒かったから」

「ああ……」

 

 彼女の足下にあるストーブを見て、合点がいく。教室はエアコン完備だが、窓際や廊下側は寒さも大概なものだ。下校時に扉が開閉される都合もある。その点を考えれば、ちいさな室内であるこちらのほうが良いのだろう。

 

「…………、」

「…………、」

 

 そこで、会話が途切れた。特別仲が悪いわけではないが、特別仲が良いというコトもない。いわゆる普通の生徒会仲間、というのが玄斗から九留実への認識だった。これが思いっきりズレていたのが紫水六花になるのだが、彼女はいまのところそれで合っている。

 

「……最近は、冷え込んできましたね。もうすっかり冬です」

「まだ一歩手前よ。あと二月ほど、あるわ」

「……ああ、それぐらいだと、もう十二月の終わりになりますもんね」

「ええ。そのぐらいが、冬よ」

「冬ですか」

「冬ね」

 

 冬、とちいさくうなずいて九留実は定位置についた。コの字型に並べられた机の〝いつも〟の席である。玄斗も習って、いつぞやの、最近付き合いの戻った誰かさんが座っていた席へ腰掛ける。彼女はいまのところコッチの業務に口を挟むつもりはないらしい。曰く、「折角のあんたの生徒会なのに、私が動いちゃ面白くないでしょう?」とのこと。

 

「(別に、僕は気にしないんだけどなあ……)」

 

 絶対赤音さんが回したほうが上手くいくし、とはこれまでの経験上から導き出した答えである。やはり調色高校生徒会長は彼女でなくてはといったところか。玄斗には正直、やはり荷が重い。

 

「……季節が移るのは、早いな……」

 

 なんとなく。青い葉を散らした窓の外の木を見て、そんなことをぼやいた。気付けば文化祭だってもう目前に迫っている。慌ただしいが、そこまで大きな問題というのもあがっていない。トラブルが起きるとすれば当日で、それをどうにかするのが自分たちの仕事にもなる。両校初の合同文化祭。向こうの生徒会長のことを考えても、迷惑はかけたくないものだ。

 

『もう、夏も終わりだ。……季節が移るのは、早いな……』

「……そうですね」

「?」

「いえ、なにも。……冬は、いいわ」

 

 一言だけ呟いて、九留実はペットボトルの紅茶に口をつける。なんだろう、と玄斗は考え込んでハッとした。まさか、いまの一言は。

 

「(――聞かれるにきまってるか、独り言……ちょっと恥ずかしいな)」

 

 頬をうっすらと赤く染めながら、気を紛らわすために仕事へ取りかかった。そうなれば、とくに会話の必要もなくなる。ぱっぱと処理をしていく生徒会長と、それを気にもとめずお淑やかに紅茶を飲む庶務。

 

「…………、」

「…………、」

 

 会話がない。居心地は、まあそこまで悪くもない。玄斗は自分の手元に集中している。背を傾けるよりは、目をこらして難しい顔をしている。自然とそうなるのだろう。とても様になっていた。ちらりと視線を向けた九留実が、ぽつりと漏らす。

 

「……会長」

「? はい。なんですか?」

「顔が怖いわ」

「あ……すいません」

「いつものこと、だけれど」

「…………、」

 

 恥じらうように、玄斗はそっぽを向いた。くすりと九留実が笑う。いつも静かな少女が、珍しくからかってきている……のだろうか。ゆるく口元に笑みを携えた姿は、次のメンバーが入ってくるまで変わらなかった。

 

「(……本当、あの人みたい)」

 

 ◇◆◇

 

 

「調子、どう?」

「いい感じですよ。うちの子たちも盛り上がってるみたいで」

 

 順調です、と白玖が笑いながら言った。ふたり並んでの帰り道。お嬢様学校の生徒会長は、おそらく玄斗よりも大変であろうに平気の平左といった表情。幼馴染みの規格外をすこし垣間見た。もっとも、規格外でもなければ本編で()()()()を相手にするコトもできなかったというコトか。

 

「ここまで来たんですから、うまくいってほしいですね」

「そうだね。それはまあ、言えてる」

「はい。……あ、当日、どうします? 十坂さん、ウチに来ますか?」

「あー……どうだろう。僕は一応、生徒会長だしね……」

「あ、ですよね。そうですもんね……」

 

 その雰囲気でちょっと忘れていたのは秘密だ。あはは、と笑う白玖に、玄斗が露骨にため息をついていても秘密だ。いったいどうして他校にまで足を運んで打ち合わせなんて行う普通の生徒が……まあ、居ないワケでもないだろうが。

 

「そっかあ……じゃあ、十坂さんと一緒には回れませんね」

「……回りたかった?」

「え、いや、あの、それはっ……………………まあ、すこし

「――――」

 

 照れながらいう白玖は、正直いって可愛かった。とんでもなく可愛かった。それはもう可愛かった。体が弱くなった玄斗をして別の意味でクラッとくる可愛さだ。思わずテンションがブチ上がった。いい。実にいい。なんていうか、もう、語彙力が消滅しそうなぐらい()()。壱ノ瀬白玖は、いい。

 

「じゃあそうしようか」

「え……?」

「挨拶ってことでそっちにお邪魔するとかいいかもね。うちのほうは……副会長になんとかしてもらおう」

 

 どこかで友人がくしゃみをした。まさかこんなナチュラルに仕事が増えているとは思うまい。適任なのがまた悲しかった。やれと言われれば余程の理不尽でもないかぎり文句を言いつつもやってしまう調教済みの元生徒会メンバーだ。

 

「……もう、いいんですか? そんな勝手して……」

「すこしぐらいなら良いんじゃないかな。なんなら、壱ノ瀬さんもこっちに来る?」

「……うちの子にも、任せてみましょうかね」

「同じじゃないか」

 

 くすくすと笑い合う。実際、始まりか終わりの挨拶で相手校へ顔を出すというのは案のひとつとしてあったものだ。そのついでにちょっと寄り道をするぐらいなら、まあ、そこまで問題にもならない。……周りがどういう反応をするかはともかく。

 

「いいですね。ちょっと、楽しみが増えました」

「なら良かった。壱ノ瀬さんと回れるのは、僕も嬉しいから」

「……またそんな、歯の浮くような台詞をさらっと……」

「本心だからね」

「……っ」

 

 一瞬だけ瞠目して、白玖がうつむく。隣を歩く少年は、真っ直ぐ前を向いていてそんな様子には気付かない。

 

「(そういうところが……ああもう、本当この人って……)」

 

 なんなのだろう、とため息をつきながら彼の横顔を盗み見た。そのまま受け取れば、まあ、そういうコトになるのだろう。ただ、その理由がいまの白玖にはさっぱりだった。偶然おかしな出会い方をして、偶然何度か会う機会があって、偶然こうなっている。……のだと、思う。

 

「(一目惚れ……にしては、こう、見た目に頓着してない気がするし……うーん……十坂さんって、なんで私なんかに、こんな、言ってくるんだろう……?)」

 

 疑問だ。なんだかんだで十代の乙女である。恋愛ごとに関してはぜんぜん縁のなかった白玖からして、その疑問はとてつもない難問だった。十坂玄斗の好意の理由。そこにあるものは、一体なんだというのだろう。

 

「? どうかした。僕の顔になにかついてる?」

「あ、いえ……なんでもないですよ?」

「そう?」

 

 ならいいけど、と玄斗は笑って前を向き直った。

 

「(あ、でも――)」

 

 そう。その動作で、ひとつだけ分かった。些細なコトだが、決定的なまでの違い。

 

「(この人、私と居る時だけ、笑顔の()が違うよね……?)」

 

 自意識過剰だろうか。とは思いつつも、見れば分かるレベルなのもあって。そこのところに気付いているのかいないのか、少年はニコニコと笑顔のままに歩いていく。なにせ、そんなコトは当然の事実。一度心が通じ合った相手といて、心の底からの笑顔にならない人間なんてそうそう居ないのだ。






>白玖ちゃん
だいぶ髪色が元に戻ってきてます。





最近隠しネタが瞬獄殺されることになれてきたけど私は元気です(天)

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