ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「ちょっと」
廊下を歩いていると、不意にそう呼び止められた。なんだろう、と玄斗は後ろを向きながら小首をかしげる。鋭い目付き。背筋を凍えさせるような威圧感。ずーん、と腕組みをして、四埜崎蒼唯はそこに立っていた。
「先輩?」
「訊きたいことがあるの」
「??」
珍しい……というよりは、予想だにしない一言だった。いまの彼女と玄斗の接点はそこまで特筆するべきものでもない。だからこそ、余計に首をかしげた。なんだなんだ、と内心では思考回路がぐるぐる回っている。
「ついて来なさい」
「あ、はい……」
「お、会長クンだー」
と、そんな刹那に割り込んできた声がひとつ。ふんわりとした高い声音で、桃園紗八はひらひらと手を振りながら彼の腕を掴んだ。
「え、あの」
「うーん? ……なるほど。あれは偶々かなあ。うん。でもまあ、それもアリかもねえ。あはは、なんでもないよー?」
「???」
こちらも意味が分からない。いや、分かってはいるがなんとなく掴めない。どういうコトなのだろう、とさらにぐるぐると脳みそが回る。目を回しそうな勢いだった。
「……桃園さん。用は、終わり?」
「あ、うん! どうぞどうぞー、四埜崎さん。やっぱり、そっちの十坂クンは四埜崎さんのほうが似合ってそうだしね?」
「……どういう意味なのかまったく分からないのだけど」
「あと二之宮さんもかなー」
「さらにどういうコトなのか意味が分からないのだけど」
なんでもなんでも、と話を打ち切った紗八になにを思ったのか。じっと二秒ほど彼女を見つめて、蒼唯はくるりと踵を返した。ぱしっと玄斗の手首を掴んで、そのままズンズンと歩いて行く。普段は静かなくせに、やるときはやる。こういう行動力がその評価に実際繋がるのだろう。やはりなんだかんだで見ているんだな、と玄斗は赤音の言葉にほっこりとしたものを覚えた。
「……このあたりで良いかしら」
「このあたり、って……」
そう言って彼女が連れて来たのは、校舎裏の花壇の前だった。生徒の間ではよく告白の場として使われる。アキホメ本編においても、特定の条件が揃えばイベントが発生する場所だ。……もっとも、そのイベントというのが告白ではなく主人公の過去をプレイヤーに突きつけるものなのだが。
「(……懐かしいなあ。壱ノ瀬白玖っていう人間のおかしさを、そこで叩き付けられるんだっけ)」
いまとなっては遠い記憶のゲームを思い返す。ちょうどシナリオでは中盤よりすこし後に位置するシーンである。いつも親のいない家。他人への無償の奉仕。どこか機械じみた優しさの塊。それら全部が、壊れかけた少年の心の叫びだったという……
「――生徒会長」
「……あ、はい」
呼ばれて、はっと蒼唯のほうを見た。彼女は相変わらず面白くなさそうな顔でこちらを睨んでいる。なにか言いたいコトがある、というのは聞かずとも分かった。
「単刀直入に言うわ」
「……はい」
「最近私の幼馴染みの様子がおかしいの。あなた、なにか知っているんじゃない?」
ズバリだった。とんでもない直感である。知っているもなにも、玄斗には自覚もなければ記憶もないが、ちゃっかりソレを起こした張本人だった。寝て起きたらとっくに二之宮赤音だった。ただそれだけの事実しか知らない。
「あー……僕は、あまり……」
「嘘よ。すこし、耳に挟んだの。あなたと赤音がなにか話していたって」
「…………、」
なるほど、と玄斗はうなずいた。これまずい奴だ。しかもちょっとイラついている。いつもどおりの声のトーンだが玄斗には分かる。蒼唯は間違いなくイラついている。腕を組みながらとんとんと指で叩いている様子は勘違いのしようもない。流石の鈍感少年にも危機感というものが働いた。
「……えっと、釘を、刺されまして」
「釘?」
「……これ以上先輩に近付いたらぶっ飛ばす、と……」
「……まったくあの子は……」
こめかみをおさえながら、蒼唯がはあ、とひとつため息をついた。余計な心配だとでも言いたげである。玄斗としては嘘は言っていない。釘を刺されるどころかぶちのめされる寸前だったとか関係ない。とにかく嘘は言っていない。だからといって、罪悪感が刺激されないというワケでもなかったが。
「……なら、どうして最近おかしいのかしらね?」
「さあ……?」
「…………、」
「…………、」
「やっぱり知っているんでしょう」
「いえ、そんなことは」
ない、と言い切れないのが辛かった。だって玄斗は徹頭徹尾完璧にいまの彼女がどういう状態なのかを知っている。蒼唯と犬猿の仲だった赤音である。竜虎相摶つとでも言うべき関係だった人間だ。それが無理をして〝仲良し〟を演じているのだから、おかしくも思われるというもの。……こんなところで完全無敵な生徒会長の弱点を発見してしまった。
「なんだか妙にあなたの話題は避けるし」
「その、嫌われてますから……」
「そのくせフォローはするし」
「よ、よく思われてませんから……」
「でもって笑顔が引き攣ってるし」
「あ、赤音さんも色々と……」
「 あ か ね さ ん ? 」
やらかした、と思ったときには既に遅かった。とき既にお寿司。玄斗はさばかれて店頭に並ぶ自分の姿を幻視した。発想の源が狂っている。
「……まさか、そういうつもり?」
「そういう……とは……?」
「言わなきゃ分からない?」
「……いえ、大丈夫です。違います。はい。間違いなく」
「そう……」
むう、と蒼唯が眉間にしわを寄せながら考え込む。ちょっと本気でマズい。冷や汗ダラダラである。白玖を除けば一番馴染みのある相手だからこそ分かっている。本気でキレた蒼唯は、それこそ赤音がマジギレしたときの五倍は恐ろしい。
「……仕方ないわ。十坂玄斗」
「は、はい」
びしっ、と気をつけをしながら答える。蒼唯は何事かと怪訝な視線を向けている。南無三、と玄斗は内心で唱えた。
「変なことを訊いたわね。なにもなかった。それで、あなたの解答は終わりでしょう?」
「あ、はい。そうです。……よかった……」
「ただし」
「……?」
そして、ぞっと。彼女は底冷えするほどの笑顔で。
「――私の幼馴染みになにかしてみなさい? 千切るわよ」
「…………なにを?」
今度は訊くことができた。対して、蒼唯はくすりとひとつ笑い声を漏らして去っていく。なぜか。本当に不思議となぜだか、股間にひゅっと変な感覚が舞い降りた。千切る。千切る。千切る。ともすればそれは、死ぬコトよりも恐ろしいのでは? と玄斗はちいさくなっていく背中を見続けながら考えた。
◇◆◇
なんてことがあった、翌日。
「私、あなたの胆力をなめていたわ……」
「?」
こてんと首をかしげる男は、ちゃっかり調色高校図書館のカウンターで、蒼唯の隣にさも当然のごとく「当番です」面をして腰掛けていた。
「なんでわざわざ来るのよ……」
「ちょうど一段落ついて手が空いたので……」
「なんで私のところなのよ……」
「ちょうど図書委員の子に頼まれて……」
「当番ぐらい私だけでもできるわよ……!?」
「でも先輩、寝るじゃないですか……」
「……っ!」
ギロッ、と効果音がつく勢いで蒼唯が睨みつけた。玄斗はそれをスルーしながら本の貸し出しを捌いていく。順番の回ってきた生徒が若干びびっているのに、真横の視線を向けられているとうの本人は何食わぬ顔。流石は生徒会長……なんて意味の分からないささやき声まであがっていた。
「そもそも、この前のあれはなに? 勝手にしてくれて。しかもキザったらしいコトに書き置きまでして。なんなの。あなた、ナルシストなわけ?」
「いえ、パソコン、ロックかかってたので。データつけなきゃいけないでしょう」
「そういう事情をどこから入手してるのよ……っ!」
「あはは……」
そりゃあまあ、一時期していたのだから知っている。無論、そのノリでパスワードを打ち込んだら案の定間違っていたワケだが。
「まったく不気味……あなた、そんなんで生徒会長がよく務まるわね……」
「まあ……本当は違いますし」
「はあ? どういう意味よ」
「あ、三冊ですね。はい。返却期限は二週間後になります。はい、次の方どうぞー」
「聞きなさいよっ!」
今日はいつもよりカリカリしてるなあ、なんて思いながら玄斗はからからと笑う。なんだかんだでこういうのも新鮮……というよりは懐かしい……というべきか。昔はもっと鋭くてそれこそジャックナイフみたいなものだったなあ、とあまり仲がよろしくなかった頃の蒼唯を思い出す。あれもあれで、まあ、四埜崎蒼唯のイメージそのものなのだが。
「(……ホント、変な男……)」
内心でぼやきながら蒼唯が机に突っ伏すと、声の大きさが徐々に小さくなっていく。瞼を閉じてまだ数秒。意識が遠退いたわけではない。ただ、どこかの誰かがそうしたのだ。……本当、変な男だと彼女は再三思う。
「(気に喰わないくせに……どうしてこう、私との、すごしかたを……しって、いる……みたい……に……)」
都合よくいられるのだろう、と。
「……おやすみなさい、蒼唯先輩」
「(うるさい…………)」
沈んでいく思考の片隅で、最後の一撃を放ちながら眠りにつく。くすりと笑った少年の声は、すんでのところで届かなかった。今日も調色高校図書館は、平和に業務を続けている。
>対ブルー特攻ブラック
身に付けたスキルが先輩限定で突き刺さるとかコイツ本当に白玖のこと幸せにする気あったのかという。まあなかったらまず先輩とくっついてるんですけどね!
>変な男
蒼唯パイセン的に“変“というのはそこまで悪い評価でもないという。