ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「それじゃあ、また」
「…………ふん」
家に入っていく蒼唯を見送って、玄斗も帰路につく。図書館であれやこれやとしている間に白玖はすでに帰ってしまっていたらしい。大変なんですか? というメッセージに大丈夫だよとだけ返して歩いていく。夜道はすっかり暗かった。
「…………、」
ほう、と息をひとつ。早いもので、十一月に突入する。文化祭はその初週だ。うまくいけばいいな、という気持ちが三割。何事もなければと心配な気持ちが二割。残りの五割は、久方ぶりの白玖との時間への期待だ。
「(……背中を押してくれる人も、できたんだし)」
本当、なんというか、申し訳ない……なんて思ってはいけないのだろうと。玄斗は一瞬よぎった考えを頭を振って捨てた。二之宮赤音は、二之宮赤音だ。正しくあろうとして、実際に強く美しく生きている少女である。それに対して、変なコトを考えるほうが駄目だ。きっとそんな内心を知られれば殴られるのは確実で。
「(……かなわないなあ、本当)」
芯がブレない。その強さはいつでも変わらない。彼女は彼女として、まっさきに自分が胸を張れる生き方をしている。それはときに鮮烈で、強烈で、どこぞの誰かにとって劇薬じみた答えすら突きつけるのだけれど。でも、たしかに玄斗から見て、二之宮赤音という人間は綺麗だった。
「(まあ、ときどき子供みたいなワガママも貫き通す人だけど……)」
そこはギャップだ。理不尽なまでに凶暴な面も、誰かを導く優しい面も、ふざけてのらりくらりと生きていく面も、どれもそろって赤音だ。良くも悪くも身勝手で自分勝手。けれど正しさだけは見失わずに。……まあ、見失ってしまった結果とかを、玄斗や鷹仁は身をもって経験したコトがあるのだが。
「(――……と、あれは……)」
なんて、考えていたときに向こう側から歩いてくる少女の姿を見た。足音は静かに。街灯に照らされた肌は真冬の月を思わせる白さで、そっと目を伏せている姿がいやに似合っている。
「……灰寺さん?」
「! ……会長」
「こんばんわ。いま、帰りですか?」
「……ええ。病院へ行っていたの」
「え……どこか、悪いんですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
と、言葉を切った九留実がかわいらしくクシャミをした。口元をそっとおさえて、堪えきれないように玄斗のほうをうかがうように見る。……これもまたギャップだ。思わず苦笑しながら、彼は近くの自動販売機を指差した。
「おごります。なにが良いですか?」
「…………紅茶で」
「はい」
よく見てみれば、彼女の服装はほぼほぼ学校指定の制服そのままで、マフラーを巻いたぐらいなものだった。時期的にはともかく、夜中の寒さではちょっと厳しいものがある。ホットの紅茶を買って差し出すと、九留実は大事そうに両手で受け取ってほうと息をついた。
「……あたたかい……」
「ですね」
と、玄斗も自分用に購入したホットコーヒーを手のなかで転がしてみる。ある程度の寒さ対策をしている彼ですらすこし冷たさは感じるのだ。九留実の格好ならもっとだろう。
「……微糖の、缶コーヒー」
「? あ、はい。昔から好きなんです」
どうしてブラックではないのか、と聞かれればなんとなく。舌に馴染むというか、いちばん彼にとって飲みやすいというか。己の味覚に合っているのがそれだった。笑いながら言って、一口だけ飲む。……じっと、九留実はその様子を見ていた。
「……ブラックじゃ、ないのね」
「まあ……すこしぐらい甘いほうが、良いんじゃないですか? 何事も」
なんて、冗談交じりに言ってみてから、ふと気付いた。彼女は一度も、紅茶に口をつけていない。
「……灰寺さん?」
「――――――、」
「あの……もしかして、違いました? 飲み物……」
「――有耶さん……」
「え?」
声が掠れていて、聞き取れなかった。ただ、じっと九留実が見つめてくる。自分ではない。おそらくは、どこか、遠くの誰かを重ねるみたいに。きっとそれは十坂玄斗なんて皮を被っていて、思いっきり剥がされて、モノの見方というものに盛大な衝撃を受けた彼だからこそ気付けた視線だった。
「……なんでも、ないわ。ちょっと、思い出しただけ」
「はあ……?」
「……似ていたの」
首をかしげる玄斗に、九留実がフッと笑いながら言う。本当に懐かしいもの。いまとなっては手の届かない淡い記憶。あれは奇跡以外の何物でもなかったのだろうと、彼女は確信している。だから、そんなものは一瞬でシャボン玉のように儚く消えたコトも。
「私の……初恋の人が、そうだった」
「灰寺さんの、初恋……ですか」
「……ええ。本当、よく似てる。あの人も、同じようなことを言っていたから」
『いや、なに。……すこしぐらい甘い方が、いいだろう。何事も、な』
初恋。玄斗の初恋は……まあ、十坂玄斗とするなら壱ノ瀬白玖で。明透零無とするなら、四埜崎蒼唯がそれに近い。初恋というには、どちらも凄まじいモノだったような気もするが。淡い恋心なんていずこへ、という感じだ。
「そうでしたか。……いま、その人は?」
「どうかしら。遠く、離れてしまったから。……もう二度と、会うこともないのでしょうね」
「それは……」
「……でも、いいの。結局、そういうことだと思うから。私には過ぎた人で、釣り合う人でもなかった。それが……ただ偶然、なにかの間違いに恵まれただけ」
らしくもなく、九留実がはにかんだ。普段からは考えられない表情が、けれども妙に慣れた表情の作り方で。ああ、笑うときはそうやって笑うのか、と少女の真実を垣間見た気がした。……どうしてか、それが玄斗にとっては、意外でもなんでもない。
「……好きなんですね、いまも」
「さあ、どうかしらね。……心配では、あるけど」
「……心配?」
「あの人、とても不器用だったし」
言葉には、感情が込められている。初恋の人。本当にそれだけなのだろうか。九留実の言葉の端々には、それ以上のなにかがあるように思えた。きっと、目の前にいるまだ二十にも満たない少女が抱えるには、壮大な想いが。
「冗談が通じないし、言うのは下手だし、すぐ考え込むから周りが見えなくなるし。……でも、凄い人だった。なんでも出来て、なんでもこなせたの。……ちょっと、かわいらしい部分もあったのよね」
「かわいらしい……ですか」
「
と、そこでなにかに気付いたように九留実はハッとして、玄斗のほうを向いた。
「ご、ごめんなさい。つまらない話、しちゃったわね。……その、忘れてちょうだい」
「ぜんぜん。大丈夫ですよ。なんか、新鮮でした」
灰寺九留実という少女の新しい一面……とでも言うべきなのだろうか。それが、まあ、思っていた以上に悪くはないというか、良かったというか。なんだか玄斗としては、温かいものを感じてしまって。
「……そうね。きっと、あまりにも似ていたから、口がすべったの。……もう、忘れてもいい、要らない思い出なのにね……」
「――でも、きっと、間違いなんかじゃないですよ」
「…………え?」
「そこまで想われていたなら、きっと間違いじゃないです。残るものがあって、それで……それがいまも続いてるんじゃないですかね。僕は、そうだったら良いなって、思います」
「残るもの……」
と、九留実は目を伏せて、
「――零じゃ無い。なにもなくなんかない。きっとなにかがあって、消えちゃわないぐらいしっかりとしてる」
「………………え?」
「……なんでもないわ。ただ、そんなおまじないがあったの。それだけはと思っていたから。……あれは、残ってくれたのかしらね」
どうして、それを、目の前の少女が知っている?
「……変な話をしてごめんなさい。紅茶、ありがとう。私は先に帰るわ。それじゃあ、会長」
「ぇ……ぁ……」
まずい。声が出ない。体が震えている。頭がどうにかなりそうだ。いや、違う。そんなのじゃない。なにも分からない。なんなのだろう。これは、どういうコトなのだろう。彼女は灰寺九留実だ。ならば、どうなる? どういうコトだ? なぜ、
「は、はいでら、さん……?」
「もう遅いわ。はやく、家に帰ったほうがいいでしょう。ご両親、心配してるんじゃないの?」
「ぁ……い、ゃ…………は、ぃ……」
ただの偶然。別のなにか。そういうコトなら簡単だ。彼にはなんの関わりもない。思い違いの勘違い。だが、けれど、もしも。ありえないぐらいの話で、ありえないぐらいの現実で、ありえないぐらいの奇跡として。それが、
「(……どういう……いや……君、は……)」
遠ざかっていく背中を見ながら、ふらついた足を街灯にすがって支える。体調不良、ではない。何度経験しても慣れないものだ。いや、慣れもなにもない。叩き付けられたのではない。ちょっと、驚くべきコトに気付いてしまっただけ。
「(なん、なんだ――?)」
十坂玄斗は、混乱している。
わけも わからず じぶんを こうげきした !
透明くん「ボクは生まれてきちゃだめだったの?」
お父上「そうだよ(錯乱)」