ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
気付けば家の前。ふらふらと玄関をくぐって、玄斗はそのまま二階へあがった。
「お兄?」
「…………、」
「おーい? 無視かよぅ? かわいい妹を無視かよこのやろう?」
「……………………、」
「(やべえ重症だわこれ)」
無言で自室へ入っていった兄に、真墨は確信した。久方ぶりのヘヴィー・オブ・トオサカクロトである。今更そんなコトなんてなるわけねえだろJKと余裕をぶっこいていたのにこの様だ。彼女はすぐさまリビングまで駆け下りた。
「お父さーん! お兄がなんかめっちゃ落ちこんでるー!」
「なにい!?」
「うるさいわよー、ふたりともー」
十坂邸は、ひとりを除き今日も平和だった。
◇◆◇
「…………、」
ベッドに倒れると、自然とため息が漏れた。思考がままならない。なにがどうなっているのか、さっぱり理解も及ばない。零ではない。いつしか父から聞かされた言葉を、灰寺九留実は知っていた。
「(どうして……灰寺さんが……?)」
過去に関係があった? ……ないだろう。なにせ遠い遠いどこかの記憶だ。彼女の名前を聞いたのは真実彼女とはじめて会ったときになる。それまではなにも知らなかったのだ。だから、知人というワケではない。第一、明透零無に知人というのは極めてすくない。
「(いや、違う。名前の由来。それを、知っているっていうことは……)」
両親の関係者、なのだろうか。いまいち思い浮かばない。玄斗にゲームをすすめてきたかの秘書なら知っているのだろうか。父親の知っていたことだ。けれど、零無の生前には知らなかったようにも思える。ならば、後から誰かに聞いたのだろう。では、誰に。
「(……二羽、さん……?)」
……似ても似つかない。彼女はもっと柔らかい雰囲気で、どこか間延びした口調が特徴的だった。優しく微笑みながらアキホメを差し出してきたのが懐かしい。言わば、少女の正体がそれかと言えば……おそらくは、違うはずだ。
「(……いや、そもそも、同じ〝コト〟で考えるのはどうなんだ……? それこそ、この世界には
「玄斗、大丈夫か?」
コンコン、とドアがノックされた。父親の声だ。ゆっくりと起き上がって、うん、と短く答える。数秒して、ひっそりとノブが回った。
「入るぞ……っと、電気ぐらいつけないか。目が悪くなるぞ」
「……ごめん」
「まったく……どうした? また」
パチンと部屋の明かりをつけながら、父親が切り出した。殆ど考え事に夢中でスルーしていたが、たしか部屋までの道程に妹の声を聞いた気がしてくる。そこから情報が渡ったのだろうか。心配するほどでもないのに、と思わず苦笑する。
「なんでもないよ。ちょっと、驚いたことがあって」
「驚いたこと?」
「うん。……同じ学校の人がね。父さんから教えてもらった秘密を、知ってたんだ」
「……ま、まさか私が行為の最中に他の女の名前を呼んだことが、か……!?」
「あ、違うから。そうじゃないから」
「そ、そうか」
よかった、と父親がほっと胸をなで下ろす。たしかにそれはやばい。知られたら父親どころか玄斗もろともダメージがくる。いや本当どうして結婚まで来られたんだろう、と玄斗は不思議に思うばかりだった。
「……零じゃないって」
「む?」
「なにかあるんだって、そういうおまじないをかけたって……言ってたんだ。なんのことまでかは、分からないんだけど……」
「待て。……それは、本当にそう言ったのか?」
「うん。……なんだっけ、僕が、初恋の人に似てるだっけ。死んじゃうかも、なんて言葉を本気で受け取る人だったらしいよ」
おかしいよね、と玄斗が笑う。
「あ、ああ……おかしいな、それは」
「あと、なんだっけ。不器用とか、冗談が通じないとか、言うのも下手とか、考え込んで周りが見えなくなるとか……」
「なんとも……はは、とんだ初恋の相手だな」
「でも、天然でちょっとかわいらしい、とか……」
「なんだ、それは……男にかわいらしいだと……?」
はは、と父親が笑う。
「……そんな相手と、おまえが似ていたと?」
「らしいよ。僕は、あまりそうも思わないけど」
「だろうな。……私もそう思う」
「似たようなコト、言ってたらしいよ。なんだっけ。コーヒー飲んでて……えーっと、なんて言ったかな……そう、すこしぐらい甘いほうが」
「良い、か……? 何事も」
「え、すごい。なんで分かったの」
「……私も同じような台詞を吐いたコトがある」
照れ隠しだったがな、と父親は頬をかいて言った。そういえば、とそれで思い出した。コーヒーの好みは父親も同じだった。元より父親譲りと言うべきか。
「……どんな人なんだ? その子は」
「なんていうか……よく分からない人、かな……紅茶が好きなのは、間違いないだろうけど……」
「紅茶か。……こだわりはあるか?」
「? いや、とくに……そういうのは聞いたコトないけど……」
「そうか」
ティーバッグもペットボトルも飲んでいる彼女のコトだ。好みはあってもなにかに固執しているワケではない……というのは玄斗の予想だったが、父親はそれでどこか納得したらしい。玄斗にはさっぱりその辺が分からない。
「……零無」
「え、あ、うん。なに?」
「おまえが言うのだから、余計、だな……私は、気がふれるかもしれん」
「??」
「――その子と会わせてもらえないか、すこしだけ」
◇◆◇
「――っていうコトで……」
「どういうコトなの……?」
それは玄斗にも分からない。もしや父親が
「いや……なんなんでしょうね……ちょっと、気持ち悪いですよね……」
「ええ……どうしてあなたの父親と……」
「でも、あの、悪い人では……ないんだと……思い、ます……よ……?」
「……要するに、断言しにくい人なのね」
「あはは……」
いや、本当に悪い人物ではない。ただ、ちょっと玄斗にとっては頼れるいい父親であると同時にとんでもないトラウマの根源でもあって難しいのだ。お気楽に見えて十坂家の事情は意外と重い。
「……すこしだけなら、構わないわ」
「いいんですか?」
「ええ。……あなたの父親なら、悪いこともしないでしょうし」
「本当に? 父さんですよ? 大丈夫ですか?」
「あなたのほうが信用していないじゃない……」
わりと玄斗から父への容赦情けがないのはまあ、明透有耶だった頃のやらかしが原因なので仕方ない。半ネグレクトをやらかした父親への息子なりの割り切り方なのだろうか。
「……どんな人なの?」
「普通のお父さんです。たまに気難しくて、眉間にしわを寄せて、口数が極端に減るような人になりますけど」
「……二重人格……?」
「切り替えてるだけかと……」
まあ、どちらも父親と言えば父親なのだが。
「……とにかく、すこしで良いのでしょう? なら、問題ないわ」
「じゃあ、そう伝えておきます。詳しいことは、追って」
「そうね。……おかしな勘違いをされていないことを、祈っておくわ」
「?」
九留実の言葉に首をかしげながら、玄斗は早速父親へメールを送る。彼にはなにもかもがどうなっているのかも不明なままだ。ただ父親がなにかに確信を持って行動しているコトと、目の前の少女がその鍵を握っているのはなんとなく察した。一体なんだというのだろう。携帯を仕舞いながら、ふと九留実の顔を見る。
「……なに?」
「あ、いえ。……灰寺さんって、うちの父親と接点とか、あったんですかね……?」
「ないから私も困惑しているの。……本当、ワケが分からないわ」
はたして、少年はまったく気がつかない。なにも知らない。なにも分からない。過去から引用できる事実はひとつとしてない。なにせ、物心がついた頃には、すでに――
>僕玄斗(アトウレイナ)
母親が死んで生まれた子、という点。なにも知らないよ。
>灰色ちゃん
ところでコレは彼が本来生きてきた世界とは別なんだけどそれって全部元に戻るとどうなるんだろうね?