ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……息子は、よくやっているかな」
喫茶店に入って、父親はそう切り出した。静かな音楽の流れる小洒落た店内だ。すこし離れた席で聞き耳を立てていた真墨がミルクティーを噴き出していた。
「……ちょっと真墨」
「だ、だって……っ、こ、コレは、反則でしょ……っ……会話下手かって! お見合いか!」
バンバンバン、と机を叩きながらゲラゲラと腹を抱えて笑う妹。そんな家族の冷たい反応に気付かない父親。それにどう対応していいのか分からない兄。奇妙な家族関係がここにあった。十坂玄斗の奇妙な冒険である。
「ええ……彼は、生徒会長としてよく……」
「そうか……」
「――――っ、――――!!」
「……すいません。ミルクティーもうひとつ」
「か、かしこまりました」
爆笑する妹に店員が若干引きながらカウンターまで戻っていった。非常に申し訳ない。慌ただしいふたりをよそに、父親と九留実の会話は続いていく。
「……君から見て、どうだ?」
「……どう、とは……」
「いや……うちの息子は。よく、見えるだろうか」
「……悪い人では、ないと思います」
「そうか……」
いや、安心した、と父親が笑う。とても下手な笑顔だ。すくなくとも、九留実からしてみればそう思う程度のモノ。その裏側に隠した気持ちがあるのが丸分かりだ。
「……息子さんが、気になられるんですか……?」
「いや……まあ、そうでもある。そうでも、あるんだが……」
「…………?」
「……今日は、個人的に君と話してみたかった」
「え……」
九留実はちょっと鳥肌がたった。百十番するべきだろうか。真墨もちょっと鳥肌がたった。警察を呼ぶべきだろうか。玄斗はただひたすらに嘆いた。この父親、言葉足らず過ぎる。
「だから、本当にな。慣れないことなんて、するものではないな、と」
「……あの、えっと……」
「……すこしだけ、付き合ってもらいたいんだよ。なにをする、というわけでもなくて……ああ、いや。……いまぐらいは、しょうもないか」
「はあ……?」
意味が分からない、という風に九留実が首をかしげる。真墨も小声の父親を怪訝に思っているようだった。ただ、玄斗だけが理解する。なるほど、そういうことなら、真相が見えてきた。父親は、灰寺九留実のなんたるかを知っている。……玄斗にはさっぱり、見当もつかないなにかを。
「……一日だけ、
「ぇ…………」
「……駄目だろうか?」
「あ……い、いえ……もとから、その、つもりでしたので……」
「……そうか」
胸をなで下ろすように、ほっと父親が息をついた。九留実はどこか、混乱するようにキョロキョロと視線を泳がせている。いまさっきの言葉のなにかに、そこまでの衝撃があったとは思えない。やっぱりさっぱり、玄斗には分からなかった。
「……ああ、それとひとつ」
「は、はい……」
「――無理はしなくて構わない。そういう話し方は、どうにもな」
「…………どうして」
「どう、と言ってもだ。……私は、私の感性と、経験に従っただけだからな」
無理をしている。灰寺九留実の言葉遣いにそう感じたことはない。すくなくとも玄斗は一度だってなかった。だから、父親の台詞には素直に驚いていた。出会って一時間も経っていない。交わした会話の数はそれこそ少なすぎるほど。なのに、その無いにも等しい違和感に気付いたのだろうか。
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ああ。……それが良い。でなくては、というものか」
「えっと……?」
「いいや、なんというか、な。……なんでもないな。別に、わざわざ口に出すまでもなかった」
「そうですか……」
なんなのだろう、と九留実は眼前の男を見つめる。フランクな口調が消えて、見えてくる形がしっかりとした。ブレている部分がひとつもない。鮮明になった完成形。それがどこか、過去と重なる部分があった。……なんの過去かは、いまいち分からないが。
◇◆◇
はじめ、ふたりはショッピングモールまで足を運んだ。適当に物色しながら、これがどうであれがこうでと至って普通の会話を繋いでいく。初対面特有のギクシャクとした空気は、開始数分でおかしなぐらい消えた。口を開いてみれば、慣れたように言葉が出てくる。
「これなんかどうだ?」
「あ、それはちょっと、使い勝手が悪いかと……」
「む、そうか。……こういうのは君のほうが上手だな」
「いや、そこまでは……」
不思議と、油をさしたように口が回った。たかだか後輩の父親。なにを勘違いされているのかは知らないが、こうして会って一緒に休日を過ごしている。冷静になってみると、どうしてかまったくワケが分からなかった。
「次の行き先はもう決めてあるんですか?」
「次は水族館だ。この時間なら、あまり混んでもいない」
「……下調べ、してきたんですね?」
「……当然だろう。そのぐらい」
どこか、灰色の音に重なるやりとりだった。遠い昔に聞いたような覚えがある。たしか彼が初デートのときに顔を赤くしながら言ったのだったか。ちらりと確認すれば、玄斗の父親も仄かに頬を染めていた。なんとなく、気分が引き戻される感覚。
「……綺麗ですね」
「ああ……、……。ああ、そうだな。これは、使えるかもしれん」
「……使えるって、何に、ですか?」
「いや、次の……」
『使えるって、なにがですか?』
『いや、次の新作に……』
瞠目して、どうしようもなくて、笑った。まだまだ些細なコトで引き摺っている事実を叩き付けられる。馬鹿げた思考回路だった。無関係なものを、無理やり繋げようとしている。
「『……もう、こんなときまでお仕事の話ですか?』」
「――――――、」
彼は、ゆったりと目を見開いた。どこか、驚くみたいに。その理由が九留実にはイマイチ読み取れない。そこまで衝撃的だったかと言えば、なんてこともない、意味不明な一言だろうに。
「『……ああ、すまない。悪いクセだ』」
「『本当、そうですね』」
本当、一体、なにを言っているのだろう。
「……あっ、えっと、あの……い、いま、のは……」
「君と私は初対面の筈なのにな。よく分かっている。……水族館を抜ければ次だ。どこへ行くか、分かるか?」
「……ま、まったく……」
「ゲームショップだ。そこで、まあ、適当に漁ってみるのもありだ」
「な――――」
なんて浪漫のない……とは、思っても言えない内容だったけれど。でも、思い返せば。
『次は、どこがいい?』
『げ、ゲームショップ! 行きたい、です!』
『……いや、それは……良いのか……? 君は……』
『だ、だだ、だって、あのあの、明透、社長との、ははは、初、デート、ですし……っ!』
〝……ああ、そうだ。あのときは私もそんなこと言ったんだっけ〟
遅れて行った待ち合わせに笑顔で返されて、近くの複合商業施設で軽い買い物なんてして、そこから気分が向かうままに歩いて、ちょうど立ち寄った水族館なんかに入って他愛もない会話をして、空気の読めない自分がぐいぐいと彼を――
「(……あ、れ?)」
ふと、それで首をかしげた。わざわざ日時指定までされて行われた待ち合わせ。はじまって早々のショッピングモールでの物色。バスやタクシーを使わずに徒歩で向かった水族館。それでこの後に行くのは、ゲームショップだ。
「(……なん、で……)」
偶然、なのだろうか。前を歩く男性の背中を見る。十坂玄斗の父親。そう名乗る彼の姿を捉える。どうして、その順番なのだろう。どうして、私なんて言っているのだろう。どうして、妙に似合った歩き方をするのだろう。どうして――不安げに、時折こちらを振り返ったりするのだろう。
「……? なにか、あったか?」
「い、いえ……あ、あの……」
「?」
角度、雰囲気、問い方、視線、仕草、動作。どれひとつ取っても、どれひとつ選んでも、遠い遠い記憶が震えていく。こんなのはおかしい。偶然にしてもできすぎなぐらい悪趣味だ。こんなものは、絶対におかしい。
「あ、……あな、たは……誰、なんです……か……?」
「む? 私は、十坂真斗なのだが……」
「そ、そう……じゃ、なくて……っ」
「……そうではなくて、なんと言うのだろうな」
ほう、と彼はひと息ついて笑った。
「……つまらない疑問など、後でも良いだろう。一先ずは、行かないか」
「つ、つまらなく、は……!」
「いいや、つまらんだろう。……悪いが、しばし、不器用で、天然で、あまつさえ心配ばかりされていた男に付き合ってもらうからな」
「――――――、」
「……まったく、台無しだ。途中でギミックを解消するのは、君の悪いクセだな……」
男はそっと、そう呟いた。妙に聞き覚えのあるトーンで。妙に聞き覚えのある台詞を。いつだったか、隠しキャラをルート一発目でぶち抜いてしまった彼女に、どこかの誰かがそう言ったのだった。
◇◆◇
「――真墨」
『どしたのK。あとM』
「僕、分かったかもしれない」
『……なにが?』
ごくり、と唾を飲み込む。それはどちらの音だったのか。
「――もしかしたら父さんは、ペドフィリアなのかもしれない……!」
『ワンチャンあるわ』
父親の風評被害が甚大なんてモノではなかった。
最近「玄斗死ねぇ!」っていう感情が薄れてきててやばいやばい……転生オリ主は絶対殺さなきゃ……(使命感) あ、お父上は転生しただけなのでセーフで。