ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……ないなあ」
やはりか、と父親が苦笑する。街中のそこそこ大きいゲームショップ。そこにずらりと並んだタイトルを眺めて、どうにもいった様子に呟いていた。
「……なにが、ないんですか?」
「いや、まあ、当然なんだがな……灰寺さんは、絵を描くのだろうか」
「……いえ、いまは」
「ということは、昔は描いていたのだろう」
言い方で分かる、と彼は九留実のほうを向いた。図星だ。描いていた。その言葉に否を唱えるつもりはない。でも、関係のない話題だとも思う。なにせ、すでにその絵をたしなんでいた人物は生きていない。
「……女の子の指だな」
「は……?」
「うわマジでキモい一言を吐きやがった!? あんなのお兄でもそうそう言わないのに!」
「僕でもそれは引く」
「おまえが人のコト言えるかよう!?」
「ごめんなさい」
遠くでなにやら聞こえた。なんだろう。九留実は首をかしげながらも、いまの言葉をゆっくりと脳内で反芻する。先ほどから、目の前の男性の得体が知れない。正体が掴めない。本当になんなのだろう。悪戯なら、今すぐにでもやめてほしいぐらいだ。
「君の指だ。灰寺さん。綺麗な指をしている。おそらく、筆を握ったのはすこしか」
「……それが、なにか……?」
「なんでもないが。……ああ、ひとつ言うなら、勿体無いと。道を閉ざされた才能が残念でな」
「――っ」
ぎり、と奥歯を噛んだ。なにがどう、よりも純粋な感情がわき上がってくる。まだ誰かも確信できていない今。爆発するならそこでしかない。一体全体、目の前の男になにが分かるのかと。彼女は一言反論しようと口を開きかけて――
「……ペンだこだらけの指は、嫌いではなかったのだがな……」
「――――、」
また、固まった。……これだ。これだけが、不可思議で、不気味で、許しがたくて、分からない。
「……っ、あなた、に……!」
「すまない。が、勿体ないだろう。誰も並ぶものなんていなかったんだ。それを私はよく知っているとも」
と、彼はひとつだけソフトを取り出した。パッケージには金髪の少年と黒髪の教師らしき人物がなにやら密着して描かれている。きらん、と九留実の目が光った。くすり、と父親が笑う。
「これだって、比べれば足下にも及ばない」
「……なにと、比較を?」
「さあ、なんだろうな。だが、それは本心からか? 君の」
「……言っている意味が、分かりません」
「……そうか」
はあ、と父親がため息をつく。そのままソフトを棚に戻して、店を後にした。次の目的地はすでに決まっている。九留実の頭の中にも、自然とそれだけは思い浮かんだ。でも、だからこそ、それ以上はいけないものだ。なにせ、そんな、馬鹿な現実は。
「……相も変わらず会話が下手だ。私は」
「――――――っ」
あるわけが、ないのに。
「……っ、あ、の」
「……なんだ?」
「……もう、やめませんか」
「なにをだ」
「こ、こんな……っ、ど、どこの、誰に聞いたかも、分からない、ような……っ」
「……なに?」
会話は形になっていない。なにを言っているのかも分からない。だから、それは独り言のようなもの。話しかけている相手に伝わらなければ、すべてが彼女の独り言だ。そう信じて、続けた。決して相手からの返答なんて、望んでもないまま。
「誰、だか……知り、ませんけど……こ、こんなコト、したって……無意味、ですから」
「……なにが、無意味なんだ?」
「あなたが、そうやって見ようとしている人は……っ、もう、いないんですよ……!?」
「……ああ、そうだな」
――意外と。呆気なく、否定するでもなく。男はそれを認めた。なぜだろう。頭にくるぐらいズレた反応なのに、それが様になっていて言葉が繋がらない。所詮はただのニセモノなんて、思い込めるぐらい脆ければ良かったのだろうか。
「わかって、いるのなら……やめてください。馬鹿、なんですか……? もういいじゃないですか。放って、おいても」
「ここまでやっていいもなにもあるものか。……だいたい、馬鹿は君だ」
「なっ……」
「無意味だと君が言うのか。おかしいな。意味なんて、有るに決まっているだろう。そうでなくては、なにが願いか」
「――――――」
世界とは残酷だ。現実なんて非情だ。神様は意地悪だ。どこまでもこの世は不条理に満ちている。望んでもいなかった二度目の生で、望んでやまなかったものが、望むべきでもないタイミングで転がってきている。そんな幻覚を見せられたような気がした。容姿も、体格も、声音も、ぜんぶ違う。なのに、その言葉遣いが。口調が。音のトーンが。耳について、離れない。
「それに、勘違いだ。誰から聞いただと? いい加減にしてほしいな。ならば、こちらにも秘策がある」
「っ」
「たしかあれは……満月の夜だったな。ちょうど、春先になった温かい頃だ」
「…………え?」
「こほん。……『わ、わたしの処女と、締め切りと! ど、どっちを破るんですかっ!?』……だったか」
ぽかん、と口をあけて九留実が固まった。一秒たって、目をぱちくりとしばたたかせた。二秒たって、ぷるぷると小刻みに震えだした。三秒たって、ついぞ顔が林檎のように赤くなった。
「なっ、えっ、ちょっ――……!!??」
「いや、あの誘い方はずいぶんと驚いた。なにせもう一週間をきっていたからな。本気でこの女はイカれたかと思ったものだ」
「い、イカれてませんっ!」
「しかしな。うむ。結局どちらも守り切れなかったのはどうなんだ?」
「そっ、それはお墓まで持っていく約束だったじゃないですか――!!」
……と。ぜえはあ肩で息をしながら言い切った九留実は、ふと男が笑っているのに気付いた。……人の気持ちも、知らないで。
「……持っていった。だから時効だろう。君の思う誰かも、そういうことになる」
「あ…………」
「……そういう顔は、しないでもらいたい。詮無きことだ。なにせ、最期の最期まで君以外の人間を側に置こうとしなかった。……青かった私の、最初で最後の意地だな」
「…………っ」
男が笑う。どこかぎこちない笑顔を浮かべて、いままで見せたどの笑顔よりも下手に笑う。まったくもってそれは
「……ぁ、……ぇ……」
「…………、」
「っ……ぶ、不器用……です、ね……っ」
「……そうだな」
声が震えていた。認めたくない。のに、認めるしかない。だって、そうだ。認めてしまえば、いままで作り上げてきた仮初めの自分が崩れてしまうようで。ただ生きてきただけの自分にとって、今世での逢瀬はあまりにも衝撃が大きすぎた。なのに、震える声が、とまらない。
「わ、たしの……っ、代わり、なんて。いくらでも……いた、のに……っ」
「居るものか。私にとっての君とは、そういうものだ。――ああ、本当に、たった
「――――っ!!」
それは、いつの日か。式場の控え室で彼が恥ずかしがりながら言った、気障ったらしい台詞のひとつ。
「もう、なんなん、ですかあ……!」
「……なに、と言われてもな。私は、私だが」
「どうして、そっちまで、来ちゃうんですかあ……! もう、だって、ああ、うぇ……あああああああ無理ぃぃぃいいいいい」
「あ、いや、待ってくれ。ちょっと……いや、ここで泣かれるのはまずいぞ……!?」
「ふええええええええ! うふぇえぇえええ! ゆっ、ゆうっ、んぅっ……ゆうやざあああああああああああん!!!!」
「お、落ち着け!? いや、気持ちは大変嬉しいが落ち着いてくれ!? 君はもうちょっと感情の振れ幅を抑制しろと前も――」
街中の片隅にて、少女の慟哭が響きわたる。近くを通っていた人が思わず振り返るほどの声だった。――刹那、一陣の風が抜ける。
◇◆◇
『……お兄』
「ああ、分かってる」
『あたしは九時から回り込む。お兄は三時から挟み撃ちを狙って』
「平気か? ……なんて、聞くもんじゃなかったね」
『当たり前だよ、あたしを誰だと思ってんの? ……いやさ、参るね。まさか、こんな結果になるだなんて』
「ああ、残念だ」
『本当に残念だよ』
『でも、しょうがないんだよね……』
「うん、しょうがない。だから……」
『そう、だから――』
「『――あの父親は、ここで始末する』」
家族の癌だ。ふたりはそう確信していた。
以下没になった会話。
『ダーリン、準備はいい?』
「できてるよハニー。だから仕事はさっさと終わらせてティータイムにでもしよう」
『ティータイムでいいの? お茶の他に飲みたいものがあるんじゃないのかね、ミスターブラァック……』
「白玖の味噌汁」
『
「口が悪いよお姫さま。……さあ、行こうか。ここは僕らで片付けなくちゃいけない」
『分かってるよお兄様。あれを放っておくわけには、いかないもんね……』
「そうだ。いま、ここで」
『あたしたちの手で』
「『――あのくそ親父を始末する』」