ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……あの先輩」
「なにかしら。まだ行きたいところは沢山あるけれど」
「……見られてます」
「ええ、そうね」
贔屓目抜きに見ても、四埜崎蒼唯は大層な美人だ。制服から着替えているというのも相まって、年頃の少女らしい可愛らしさに加えほんのりと大人の色気が交じっている。目を引くのも仕方ない、という容姿。そんな彼女と
「言ったはずよ。私の言うことを聞いてもらうって」
「でも……流石に、これは」
「なに、反抗するの。それはどの口で? 十坂くん?」
「……すいません」
「はい五回目」
「うぅぅ……」
唸る玄斗にくすくすと笑いながら、楽しげに蒼唯はスマートフォンへ「5」というメモを書き込んだ。カウントに不正はない。本日五度目の謝罪は、彼の今日を無事に乗り切るハードルを天高くまであげていた。
「意識しないからそうなるのよ。絶対言わないって思ってなさい。謝るものかって」
「でも、謝らないのは、それはそれで」
「ええ、そうよね。酷い男よね。謝罪のひとつも言わないなんて」
「……すいません」
「はい六回目」
「うぁあ……!」
ついぞ頭を抱えはじめた玄斗に笑みを深くしながら、先ほど書き込んだ「5」の数字を「6」に書き換える。面白いぐらいに引っ掛かってくれる男に、朝一番からあがっていた溜飲もすこしは下がった。まあ、そんな男でもなければ自分はこんな提案をしていないんだろうけど、と内心で蒼唯は自嘲する。
「さて、とりあえずひとつは今消化中だとして、残りの五つはどうするのかしらね?」
「……待ってください。消化中って、あの、もしかして今日一日このまま……」
「そうに決まってるでしょう。あなた何考えてるわけ? ばかなの?」
「すいませっ――」
ばっ、と今度はすべて吐き出す前に口をおさえられた。恐る恐るといった様子で蒼唯を見ると、顎に手をあてながらふむと頷いている。果たして、判定は。
「……ぎりぎりセーフにしてあげるわ。特別にね」
「……ありがとう、ございます」
「今回だけよ。いい? 次からはないわ、まったくあなたは」
「……はい、すいません」
「七回目」
「――――!」
いきなりはじまった蒼唯とのショッピングは、どうやっても前途多難だった。
◇◆◇
「(腕が痛い……)」
コインロッカーにひとまずの荷物を入れながら、玄斗は疲労のたまった左腕をぷらぷらと振った。片手で買い物袋を持ち続けるのは意外な重労働で、予想以上のものにすこし汗まで出てきていた。
「ほら、預け終わったのならはやく行くわよ。時間は有限でしょう」
ちなみに、右腕はしっかりと彼女に握られたままである。
「……先輩。あの、せめて、ちょっと離すぐらいは、ダメですか」
「ダメよ。どうして?」
「いえ……手汗が」
「…………、」
「にぎにぎしないでください……」
なにか確かめるようにぎゅっと力を込める蒼唯に抗議の視線を送ってみるが、彼女は手の感触をたしかめるのに集中していた。なにが面白いのか、ふんふむと唸りながら握ったり緩めたりをくり返している。ちなみにこの途中でするりと抜こうものならいまよりもっと酷い惨状になるのが目に見えているので、大人しく待つしかない。
「平気よ」
「……なにがですか……?」
「平気よ。二度も言わせないで」
「……すいません」
「八回目」
「……! …………!!」
「さあ、行くわよ」
ロッカーから離れて、いまいちどモール内を散策する。平日の昼間、天候が悪いのもあいまって利用客自体はわりと少ない。そのなかでも学生といえば自分たちふたりぐらいなものだ。大体、善良な学生ならば学校で授業を受けている。
「次はどうしようかしら。どう思う、十坂くん?」
「……先輩の好きなところに行ってもらえれば」
「じゃあ三択。そこの書店か、向こうのお酒売り場、そして後ろのランジェリーショップ」
「すいません、書店でお願いします」
「九回目。じゃあ、そっちに行きましょう」
「……もう、何度でもカウントしてください」
「潔い人は好きよ」
くすりと微笑んで、蒼唯は書店に足を向けた。かなりの読書好きである彼女のことだ。購入する本の量は一冊や二冊ではないだろう。すでに限界気味の腕が明日は筋肉痛で動かなくなるであろうコトを覚悟しながら、玄斗は蒼唯に続いて入店した。
「これと、これと。あとこれ。あら、これも新刊出てたのね。あと……こっちも」
「…………、」
どさどさどさどさ。一気に五冊積み上がった。予想を遥かに上回るスピードである。
「……先輩、色んなジャンル読みますよね」
「今さらね。昔から知っていたと思うけど」
「すいませっ……、……、………………すいません」
「十回目。いまのは良かったわ」
玄斗の手元に本を積み上げながら蒼唯が言う。もう七冊を超えた。重量はまだまだぜんぜん、持てないこともないので耐える。謝るのは禁止だと言われたが、それでも謝らなければいけないだろうとは思った。
「思えば、はじめて一緒に出かけたときもこんな風に書店を回ったかしら」
「……そうですね。ぜんぶで五十冊ぐらい買ってました」
「四十七冊よ。はじめに自分から持つと言い出したのに、最後あたりで顔が引き攣っていたのが面白かったわね」
「……気付いてたんですか」
「あたりまえじゃない」
それでも最後まで弱音を吐かなかったのは、すこしだけ評価するところだ。
「次からは慣れていたわね。そのせいか」
「はい。たぶんまた機会があるだろうと思ってましたから」
「分かっておきながら断らないわよね」
「? 先輩にあんな重たいもの持たせられませんし」
「――――っ」
本を選ぶ手が一瞬止まった。そういうところだ。まったくもって腹が立つ。掴み取った書籍を乱雑に置けば、タワーを築いていた玄斗の身体はふらふらと揺れた。いい気味だと鼻を鳴らして、蒼唯は次の本を選びにかかる。
「先輩……」
「うるさい。喋るな。だから嫌いなのよあなたは」
「……すいません」
「十一回。いい加減にしてくれる? 数えるのも億劫になってきたわ」
「はい……」
ぽすん、と最後に軽い本を置いて彼女はレジに向かった。全部で十一冊、今回は気持ち少なめだった。罰ゲームの回数と同じなのはおそらく偶々だろう。さっさと会計を済ませて、ちょっとだけ長めのレシートを掴んでから蒼唯がくるりとふり向く。
「これ、持っておきなさい」
「……? 領収書、ですか?」
「見て分からない?」
「……すいま」
「謝罪禁止。いい加減覚えて。とにかく持っておきなさい」
突きつけられるように渡されて、不思議に思いながらもポケットに仕舞う。会計は終わっているし、なにかの経費で落とすというような真似もしないだろう。一体なんなのかは一切不明だが、持っておけと言われたからには持っておくしかない。
「そろそろお昼時ね。ランチにしましょうか」
「あ、払いますよ。どこにしますか?」
「……そこのフードコートで」
「分かりました」
本の詰まった紙袋を持ちながら、玄斗は蒼唯の指差したほうへ歩いていく。どうしてその気遣いを他のコトへ回せないのか、不思議で仕方ない蒼唯だった。
◇◆◇
コール音一回目の途中で、切羽詰まった様子も隠さず彼女は電話に出た。
『玄斗!? いまどこ!? 休むってなに!? 病気!? どうする!? 看病しに行こうか!?』
「……いや、平気。大丈夫だから」
焦ったようにまくしたてる幼馴染みに苦笑しつつ、携帯からすこし耳を離す。予想外の大音量だったせいか、耳鳴りが響いていた。
『もうびっくりしたよ、朝は連絡ないし。聞いたら遅刻して、でもって休みって……もうなにがあったのかと。大丈夫? 無理してない?』
「してない。ちょっと色々あってね。大丈夫だから、白玖」
「…………、」
ぴくり、とサンドイッチをかじっていた蒼唯が反応した。彼が電話越しに話しかけていた相手に、思うところがあったらしい。
『本当かなあ……? 学校終わったらそっち行って良い? あ、でも玄斗の家知らない。どこからどう行くの? ナビ代わりとかできる?』
「いや、そもそも来るだけならマップアプリに住所を――」
こほん、と隣から喉を整える声が聞こえた。なんだか、こう、嫌な予感をかきたてる感じで。
「――玄斗くんっ。はい、口開けて? これすっごい美味しいからっ!」
『……は?』
「ちょっ……!?」
がばっ、と携帯を覆って止めにかかるが、時既に遅し。蒼唯はいたずら成功といった風にクスリと笑みを浮かべて、優雅にサンドイッチを咀嚼していた。
『ねえ玄斗。いまのだれ。っていうかなに、休んでるんじゃないの。おかしいね。ちょっと、詳しく、事情……聞きたいな』
「待って、白玖。違うんだ。これは、あー、えっと……」
『ハリー。さっさと、ね? 私はいま、冷静さをかこうとしてるんだよ……』
「――ごめん、あとで説明するっ」
ぶつり、と通話を切った。断腸の思いで。
「……なにするんですか、先輩」
「十二回目。別に、そんなの私の勝手でしょう?」
「バレますよ。……白玖に、あとで謝っておかないと」
「そうね。ついでに私とデートしてました、なんて言っておかないとね」
「言えるわけないでしょう……」
がっくりと肩を落とす玄斗とは真逆に、蒼唯はどこか満足げな表情だった。
玄い人「(先輩のサボりがバレる……)」
白い人「(誰いまの!? え!? デート!? 絶許なんですけど!?)」
蒼い人「( 計 画 通 り )」