ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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第十三章 透き通っても真っ白な
そして鐘が鳴る


 

「……今日は、ありがとう、ございました……」

「……泣くな。別れづらく、なるだろう」

「だっでぇ……」

 

 ポロポロと涙を流す九留実(ひとみ)に前に、はあとひとつ息をつく。ままならない。そんな言葉が漏れてしまいそうなぐらい、懐かしい時間だった。かつて心底愛してやまなかった人への気持ちは、今とてひとつも風化していない。

 

「……だが、別れだよ。一美。……私はもう、君の隣には立てん」

「……はい」

「……なんだ、分かっていたのか」

「だって、あの子が……そう、なんでしょう……?」

 

 ちら、と九留実(ひとみ)が彼方を見た。すこし離れた街灯の下。なにやら笑いながら話しているふたりの男女の片方に、くすりと微笑む。……兄妹らしい距離感に、ちゃんとそういうのもできるのだ、と嬉しくなった。

 

「……いや、そも初めから、そう言っていたか」

「そうですよ……有耶さんは、お茶目ですね」

「誰がお茶目か。……こればっかりは、なんとも言えんよ。君がいて、こうして巡り会って、また共に過ごしたいかと言われればそうなのだがな」

「……じゃあ、どうして?」

「微塵も後悔が浮かばないからな。どうも、そういうことらしい。……いまはいまで、昔は昔だ。終わったことだと、割り切れもせんが」

「……そうですか」

 

 決して、妥協や計略があって結婚したのではない。それが良いものだと思って、良い人だと感じて、ならば良いのだと心に決めた相手のひとりだった。ならば、かつての相手を前にどういうのかなんて、初めから決まっていたようなもので。

 

「……大好きだ、一美。その気持ちは変わりない。でも、だからといっていまの妻を蔑ろにする理由にはならんし、する気もないんだよ」

「とっ、当然ですから……! そ、そんなこと言ってたら、もう、二、三発は……!」

「ああ分かった! 分かっているから! だから拳を構えるのは勘弁してくれ!?」

 

 我が子のわりとアレな過去を知った母は強かった。明透有耶は為す術もなくボコボコにされて地面を転がった。ズキズキと思いっきりぶん殴られた頬が痛む。自業自得と言えば、それまでなのだが。

 

「……だから、良かったです」

「……良いのか」

「はい。……そのほうが、有耶さんらしい、ですから。私が好きになった人、ですから。……だから、良いんです。だって、有耶さんが選んだ人が、悪いワケないじゃないですか」

「…………そう、か」

 

 言葉を失いかけて、なんとかしぼり出した。まったくもって、出来た人間である。自分にはもったいない相手だったと今更ながらに再認識した。やはり素敵な人だった。そう思っていた過去の己は、すくなくとも間違いではない。

 

「あ、あの……でも」

「?」

「と、ときどき……一緒に、ごはん、食べるぐらいなら……良い、ですよね……?」

「――ああ、良いとも。そのぐらいは、ぜんぜん」

「じゃ、じゃあ。あの、連絡先……交換、しておきませんか……?」

「そうだな」

 

 もじもじと携帯を取り出す姿に、ふと過去の記憶が重なった。思えば昔、彼女とはじめてメールのアドレスを教え合ったときもこんな感じだったか。緊張も震えもおさえこめるほどの精神力はないが、やろうと思ったコトを実行する力はとんでもない。心の壁が脆いくせに、肝心な部分だけ鋼鉄みたいに固い感じ。それはたぶん、最近の息子からも感じ取れる強さなのだろう。

 

「……本当、似てきている。あの子は君そっくりだ」

「え……? どっちかっていうと、有耶さんですよ」

「いいや、君だ」

「有耶さんです」

「君だ」

「有耶さん」

「…………、」

「…………、」

 

 見つめ合って、どちらからともなく笑った。十二時まで、なんて贅沢は言わないけれど。でも、今日の彼と別れるまでの間は、きっと幸せに包まれた灰被り姫(シンデレラ)でありますようにと。それまでは今の彼女ではなく、明透一美の時間でありますように……なんて、

 

「……それじゃあ、お別れだ」

「……はい」

 

 うなずくと、彼は不器用に笑った。それに九留実も、くすりと微笑み返す。魔法みたいな奇跡の時間は、もう終わり。

 

「……今日は有意義な一日だった。これからも息子をよろしく頼む、灰寺さん」

「……はい。分かりました、十坂さん」

 

 それでは、と片手をあげて十坂真斗は踵を返した。そのまま真っ直ぐ、玄斗たちの待っている街灯まで歩いていく。……本当に、奇跡みたいな時間だった。今日だけが、ではない。彼と一緒に過ごせた時間は、彼女にとって魔法がかけられたみたいに華やかな毎日だった。魔法が解ければ、彼女はまたそっと灰を被るだけ。

 

「(……またいつか、有耶さん)」

 

 くるりと玄関を向いて、灰寺九留実はその場を去る。彼女がいなくても、きっと問題はない。なにせ見つけ出されてしまった。ならば簡単で単純なコト。魔法の時間に残したガラスの靴は、ちゃんとあるのだから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 ――その日の、夜のこと。家に帰った玄斗が居間でぼんやり寛いでいると、洗い物を終えた母親が隣に腰掛けてきた。「疲れたー」なんて言いながらテレビのリモコンを片手にチャンネルを変えていく。

 

「お風呂は掃除しておいたよ。お湯は父さんがはってる」

「ありがとー……うーん。良い番組ないわねえ……」

「そうだね」

「そうだね、じゃないでしょもうー……」

 

 うちの息子は、と呆れたようにこちらを見てくる。明透零無の母親。十坂玄斗の母親。どちらも違う。どちらがより……なんてのはそれこそおかしな捉え方だ。どちらも良くて、どちらも母親だ。その事実に変わりは無い。

 

「……ね、母さん」

「うん、なにー?」

「母さんは、僕が生まれたときにどう思った?」

「ええー? なにー? 玄斗もそういうお年頃?」

「……じゃあ、そういうことで」

「やだやだー、もうー……そうねえー……」

 

 どうだったかしら、なんて母親は呟きながらどこか遠くを見る。

 

「……ああ、この子なんだって、思ったかしらね」

「……どういう、意味で?」

「色んな意味よ? それこそ。でも、悪い気はしなかったのよね。私自身、なんであんな人と結婚したんだろー、なんて思うぐらいだけど」

 

 口元をおさえて母親が笑う。酷い言われようだった。が、玄斗としてもあの父親がこの母親と平穏無事に結婚できた事実がさっぱり分からないので仕方ない。

 

「たしか、その、そういう最中に、他の人の名前を言ったんだっけ?」

「え? なにそれ。そういうって、なに?」

「だ、だから……って、ああもうっ、からかってるなら――」

「? いえ、からかってないけど」

「――――」

 

 それは、つまり。

 

「……ああ、いや、ごめん。おかしなこと言っちゃった」

「本当よー……うちのお父さん、最近おかしいけどね。浮気でもしたのかしら」

「あはは……」

「あらあ? なによ玄斗その反応。もしかして知ってるのー? 教えてほしいなあー」

「いや……知らない知らない。僕は別に、父さんが女子高生口説いてたとか知らないから」

「玄斗。母さんと来なさい。慰謝料たっぷりもらって良い生活させてあげるわ」

「ごめん半分冗談だから」

 

 半分は本当である。女子高生を口説いていた、というよりすでに口説き落としてずいぶん経ったあとだった、というのが正しい。魂レベルの恋愛事だと一体誰が想像できただろうか。

 

「……でも、本当、母さんは父さんのどこが良かったの?」

「顔かしら」

「率直だ……」

「あと、そうしないとって思ったのもあるし。言わば、使命感? でも、案外良い人だったのよ、お父さん。いまはおかしいけど」

「あはは……」

「まあ、いまはいまで、ちょっと、懐かしい匂いなんて、感じちゃったりするんだけど」

 

 ふふ、と微笑んだ母親がそっと視線を移した。テレビの端に飾られた家族写真。そこに映った誰かを見て、うんとうなずく。

 

「懐かしいの?」

「そうねー……もう何年も前かしら。頑固親父みたいな人が居てね。私、その人が大嫌いだったのよ」

「そこは好き、とかじゃないんだ……」

「大嫌いよー? だって、なーんにも気付かないし。私の気持ちなんて見てくれないし。勝手にひとりで抱え込んでいくし。気難しいからそれで弱っていくし」

 

 本当嫌いよ、と吐き捨てる母親。でも、どうしてだろう。その顔はどこか、嬉しそうに見えた。

 

「とことん嫌いだったわ。もう、その顔ぶん殴ってやったぐらいだから。強めに」

「……容赦ないんだ……」

「っていう作り話を息子にできたらいいな、とお母さんは思いました」

「ええ……」

 

 がくっ、と肩の力が抜けた。なんだと息を吐く。良い話かと思っていたのに、とジト目を向ければカラカラと母親は笑って誤魔化した。妙に真剣な表情で言うから本当のことかとすっかり信じてしまった。

 

「だって、そんなの都合が良すぎるじゃない。お母さん、都合がよすぎる話は嫌いなの。幸せなのは大歓迎なんだけど、それも程度があってのものでしょー?」

「……そうかな。僕は、幸せなことに上限なんてないと思う」

「もちろんそうよー。……でも、やっぱりそれはダメかな、お母さんは。都合がよすぎるお話は、物足りないもの」

「そうなのかな……?」

「うん。ちょっと、なにか欠けてるぐらいがちょうど良いの。玄斗は、違う?」

 

 ……どうだろう。彼は彼なりに、考えてみた。幸せならばそれでいい。幸せになれるならそれでいい。見つけたのならそれで。そう思うのは、間違いなのだろうか。

 

「……僕は好きだよ、ご都合みたいなハッピーエンド。馬鹿みたいでも、夢みたいなことでも。無いよりも、有ったほうがいいから」

「そっかあ……じゃあ、玄斗はお母さんと違うね。寂しいなー」

「ちょっと、暑いって」

「もう、なによー。……でも、そうねえ」

 

 ぎゅっと息子を抱き締めながら、母親がぽつりと漏らす。

 

「違うものね、玄斗。だから良いのかもね。……私はそういうの、したくないし、しちゃいけないと思うのよねえ。だって、お母さんだから」

「どういう意味……?」

「そういう意味。ひとつ言うとね、なにかを好きって胸を張れるのは良いコト。それで、そんな好きを形にできるのはもっと凄いコト。……作家さんになれるかもね? 玄斗」

「僕に文才はないかな」

「そうでもないわよー? なにせ、私の息子だもの」

「なにそれ……」

 

 過大評価だ、と玄斗は苦笑する。母親からの期待が重い。ついでに抱きついてもたれかかっているのは……重いというと怒られそうなので、あえて軽いと内心で自分に言い聞かせる。

 

「だから、よろしくねー。玄斗?」

「なにを……?」

「無いものを、よ? だって玄斗はハッピーエンドが好きなんでしょう?」

「……?」

 

 首をかしげる玄斗に、母親は笑顔を浮かべたまま立ち上がった。どうやらお風呂に行くつもりらしい。普段からわりとぽやぽやしていて掴みどころのない母親だが、今日は一段と分からない。でも、それもまあ彼女らしさか。

 

「……まったく、母さんは母さんだなあ……」

 

 ちょっとだけ良い気分になって、玄斗はそのまま横になった。今日は、いい夢が見られそうだ。






>魔法の時間
透明なものを残してます。というだけ。


>母親
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