ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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ダイブオクーレ


水面は揺れて

 

「はい、本の貸し出しですね。ちょっと待ってください」

「…………、」

「個室の利用ですか? じゃあ、こっちのほうにサインしてもらって……時間帯と、人数のほう、あと部屋番号をお願いします」

「………………、」

「あ、はい。その本なら大体北側の……」

 

 ぐっすりと眠る蒼唯の隣で、今日も今日とて十坂玄斗は図書委員の仕事をこなしていく。もはや一年時からやっていたお手伝いは慣れたものだ。誰かの記憶、経歴、在り方の違いはあっても、玄斗が過ごしてきたモノと現実はさほど変わりない。本の場所もなにもお手の物。正直、普段の図書委員より頼りがいがあるとは最近の生徒間での評判だ。

 

「(ていうか、本当起きないなあ……先輩)」

 

 今日はとくにぐっすりだ。すうすうと寝息をたてながら眠る蒼唯をよそに、玄斗はカウンターでひとり利用者をさばいていく。いつも通りの日常、といえばそれまでだが。最近の蒼唯は玄斗が隣に座って三十分足らずで起きるのだからどうにも変だ。まるであの頃みたいな快眠は、果たしてすこしだけ許されたという証なのかなんなのか。

 

「(まあ、起きていようがいまいが、僕のやることは変わらないんだけどね……)」

 

 目を覚ましたところで隣で平気な顔をしながら本を読むのが四埜崎蒼唯である。その部分だけは向こうもこちらも変わりない。どこまでいっても彼女は彼女。なので、玄斗も玄斗なりに変わりなく過ごすことが出来るというものだった。

 

「はい、全部で五冊ですね。返却までの期限は――」

「…………、」

「はい、はい。またお願いします。次の方ー……」

「…………、」

 

 図書委員の仕事は意外と大変だ。なにせ管理するのは図書〝室〟ではなく図書〝館〟である。そのトップに立っている少女はさも平気といった様子だが、実際やってみると相当な苦労を実感できる。なんだかんだで玄斗が手伝わなければ人並み以上の手際を発揮する図書委員長だった。

 

「(……やっぱり凄いな、蒼唯先輩)」

 

 そんなコトを思いながら、仕事を片付けていく。文化祭の準備は嬉しいことに順調そのもの。とくに問題も無くスムーズに進みはじめてくれた。あとは実行委員の頑張り次第、というところもある。生徒会である玄斗にまで回ってくる仕事は極端に減っていた。せいぜいが両校ですり合わせるところを緻密に決めていくだけである。

 

「(まあ、白玖との会議は楽しいから良いんだけど)」

 

 真面目な受け答えはしているが、それはそれとして幼馴染みとの会話は玄斗にとって貴重な時間だった。ただでさえ不足しているハクニウムを摂取する大切な機会である。とても大切な機会である。大事なことなので二度言った。

 

「(だからまあ、本当は早く帰って白玖と一緒に居るのが一番なんだろうけど……)」

 

 とはいえ、この図書館の管理者でありながら堂々と惰眠をむさぼる先輩を放ってもおけない。本日も無断欠席をした図書委員の代わりを務めつつ、蒼唯の隣でひたすら対応を繰り返す。そんなことをしていれば早いもので七時過ぎ。ほう、と玄斗が息をついた頃にはすでに斜陽が落ちきる頃で、下校時刻までほんのわずかというところだった。

 

「……先輩、先輩」

「……なによ……」

「もう七時回りました。帰りましょう」

「そう……あと一時間……」

「いや、洒落になりませんから……」

 

 そこまで待っていれば学校の門が閉まる。流石にマズいと玄斗が蒼唯を引き起こすと、彼女は意外なことにすんなり目を覚ました。

 

「おはようございます。先輩」

「……おはよう」

 

 もう夜なのに、とは言わなかった、ごしごしと目をこすった蒼唯が、すくっと立ち上がって歩いていく。慣れたものだ。そういった点で言えば、彼女も同じである。

 

「どこに行くんです?」

「……戸締まり」

「あ、はい」

 

 じろっと睨まれながら言われて、玄斗も反対側の窓まで向かう。これまた珍しいコトに「しなくて良いわよ」なんて小言もなかった。どこか引っ掛かる部分を感じつつも、そういう日がないとも限らないなんて彼は考えて。

 

「(あれかな。やっぱり公園で誤解が解けてるあたりがいいんだろうか)」

 

 分かる部分は多いが、分からない部分も多い。十坂玄斗をして人生初の予想外を叩き付けてきた女性。それこそが四埜崎蒼唯だ。とても彼の考えで測れる人間ではない。まあ、だからといってどうというコトもないのだが。

 

「(うん。蒼唯先輩だし)」

 

 あっちにはあっちでなにか事情があるのだろう、と気にすることなく窓を施錠していく。気にならないというワケではないあたりがミソだ。流石に今になってまで小さな変化をすっぽりすっかり見落とすほどではないと、ぼんやり次の鍵へ手を伸ばした。

 

「あ」

「……、」

 

 ぴたり、と手が重なった。彼女がちょうど締めようとしていたところへ持っていってしまったらしい。これもこれでいつものコトと言えば、いつものコト。玄斗は「すいません」なんて謝りながら手を退けようとして、

 

「…………、」

 

 がっ、とそれを蒼唯に掴まれた。

 

「……あの?」

「……、」

「いや、えっと……先輩?」

「…………、」

 

 じっと、無言のまま蒼唯が鋭い視線を向けてくる。それで、引っ掛かっていたモノが違和感に切り替わった。どうにも様子がおかしい。いや、厳密には四埜崎蒼唯としてその行動はなんらおかしくはないのだが、四埜崎蒼唯としてどこまでも間違っている。……玄斗はわけの分からない自分の理論に混乱しかけた。冷静に、冷静に。

 

「(いやそこまで焦ってるわけではないけれど……)」

「…………、」

「……あの、無言で手をにぎにぎしないでください……」

「……………………、」

「……えっと、先輩?」

「……なんでもないわ」

 

 そう言うと、蒼唯はなんでもない様子でそのまま踵を返した。ぱっと離された手には温もりが微かに残っている。……やっぱりおかしい。なにかあったのだろうか、なんて玄斗は彼女の背中を見つめる。

 

「……どうしたの」

「え、あ、いや……」

「帰るわよ。……それとも、このままここで一晩過ごす?」

「……それはご遠慮願いたいです」

「ならさっさとしなさい。まったく……」

 

 呆れるようにため息をつく蒼唯に、「すいません」と謝りながら後を追う。

 

「……すぐ謝る」

「あ、そうですね。じゃあ、分かりました、で」

「…………、」

「ちょっ、痛っ、足踏まないでください……」

「うるさい」

 

 ローファーは武器だ。本気で他の誰かさん(過激な生徒会長)から蹴り抜かれたコトのある彼からすれば手加減しているのが丸分かりなほどだったが、まったく効かないというワケでもない。

 

「……どうしたんですか?」

「別に、なにもないけれど」

「…………、」

「…………じろじろ見るな、ばか」

「先輩」

「……なんなの」

「毒舌の切れ味が弱いです。風邪ですか?」

「馬鹿にしているのならいますぐあなたをこの暗くて無駄にだだっ広い図書館にひとり閉じ込めて帰ってもいいのだけれど?」

 

 ニコリ、と蒼唯が微笑んだ。見事だ。こう、背筋を震わせてくるあたり彼女から滲み出る怒気を垣間見る。なるほど、体調不良というのは単なる玄斗の勘違いらしい。当たり前みたいな四埜崎蒼唯だ。それは違いない。

 

「(……うん? なら、なんで違和感なんて……)」

「ほら、ぼけっとしない。本気で閉じ込めるわよ、()()()()

「……だからそれは困りますって……」

 

 ――まあ、なにもないならそれでいいか。そう考えて、玄斗は蒼唯と共に図書館から出た。すでに夜の帳は下りて、校庭の仄明るい照明がついている。遠くを見れば街の中心に向かってまばらな光。すっかり冬も間近といった時間帯の暗さ。

 

「暗いですね」

「そうね。……ちょっとだけ、新鮮だわ」

「そうなんですか?」

「そうもなにも、あなたは――ああ、いえ。なんでもないわ」

「?」

 

 こてんと首をかしげる少年に、彼女は薄く笑みを浮かべるだけ。その真意を知るものはひとりとしていない。焼き直しではないけれど、繰り返すような話ではある。

 

「ふふ……まあ、そういうことよ」

「……?」

「なんでもいいでしょう。あなたはあなた。私は私よ」

「まあ、そうですけど……?」

 

 言わば、それは彼女にとってどこまでも幸せだった時間だ。ついぞ壊されて別の形に修復されたとはいえ、そこにあるのならすこしぐらい味わっても罰は当たるまい。……単純に。彼女は彼女として、彼に〝しおり〟を渡すまでの穏やかな時間は、ちょっと心が浮つくぐらい良いものだったのだから。 






>ブルーパイセン
蒼唯「(こういうのも懐かしいからアリで。続行で)」




大体年内には終わりそうなので頑張っていきたい

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