ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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紅蓮の炎は鮮烈に

 

 優柔不断、八方美人、人たらし、女たらし、エトセトラエトセトラ。十坂玄斗という少年がそんなモノを身に付けてしまった理由はまあ、一言で表すには要因として複雑に絡み合っていた。第一、彼にとって人に好かれるというコト自体が元より当たり前ではない。自分は要らないものだと教えられて育ってきた。その勘違いこそ払拭されても、長い年月をかけて培ってきた価値観はそうそう変わらない。故に、彼はよく言えば真摯に……悪く言えばなにも考えずに好意を受け止めるのだ。

 

「(…………っ)」

 

 人から向けられる感情で、良い方向のものほど厄介なことはない。彼からすれば、それこそ悪意を向けられるのは苦しみこそすれど何分楽ではあった。なにせ嫌われるのは()()()()()()。そも彼が原作ヒロインと接しようとしたとき、好かれるという可能性を本当に一ミリも考えていなかった。――親にすら、好かれたことがなかったのに。

 

「(白玖っ……)」

 

 体が弱い幼少期は、ろくに外へも出られなかった。本格的に体調の悪化した少年期には、学校すらまともに通えなかった。青年期にはすでに寝たきりだ。そんな彼が、一体だれと絆を育んで、誰と親密になったのか。否、誰とも。父親からですら雑に扱われていた人間が、他の誰かと心を開いて関わり合うことなどできまい。相当な衝撃でもなければ無理な話だった。

 

「――――、」

 

 要するに、彼の生きてきた証すべてが現状をつくりだしている。歪に曲がりながらも生きてしまった罰だ。中途半端に人間になろうとした咎だ。十坂玄斗が、ではない。明透零無は、生まれてきてはならなかった。生きていてはいけない人間だった。

 

 ――そんな思考を、胸のお守りを握って撃ち砕く。

 

「(どうでもいい、なんだっていい……!)」

 

 真っ直ぐに前を向いて、玄斗は廊下を駆け抜ける。追いかける少女の姿は一向に見えない。多くは語らず抜け出した蒼唯の影は伸びてくることもない。だいたい、決めてしまえばそんなもの。謝罪以外のなにかを玄斗は言わなかった。だって、そうだ。謝る以外のすべてはまず、伝えるべき人物が他にいる。

 

「――どこへ行く気?」

「ッ」

 

 ふと、そんな声をかけられた。見れば壁に背中をあずけて、これまで静観を保っていた人物が腕を組みながら立っている。……壁にかけられた時計を盗み見れば、かなり()()時間だ。そも壱ノ瀬白玖が来たのだからそうに決まっている。

 

「赤音さん」

「閉会式まで一時間を切ってるわ。誰かさんが、挨拶をするんじゃなかったっけ?」

「……そう、ですね」

「いいのかしら? そのまま放り出して、恋人なんか追いかけちゃって」

「……赤音さんだって、去年、途中から抜け出して有志でバンドやったじゃないですか。鷹仁とか巻き込んで」

「いやー、あれは良かったわねえ。あいつ意外となんでもできるし。ほら、私趣味がギターだからつい、こう、発表の場から身を引けなかったというか、なんというか……」

 

 有名な話である。お昼をすぎて生徒会の姿が見当たらない、準備云々が滞ってできない、といったてんやわんやな実行委員をよそに、有志の発表ステージに堂々と立つ生徒会長がいた。本気で()()()演奏を披露して生徒の度肝を抜いたのも含めて実に赤音らしい。

 

「……って、それはどうでもいいのよ。要は、これから締めってときに重要人ふたりが痴話喧嘩しててどうすんの、って話。時間どおりに戻ってこれる保証もないでしょう」

「……それでも」

「行きたい? それとも行かなきゃ? 進行はどうすんの。木下でも対処できる案件? 他の役員への指示出しもそう。大体、理由もなにも伝えなきゃ周りはなにもすることができないわよ」

「…………っ」

 

 自分の役目を放棄していいのか。役職というのはこれがある。おろそかにすればそれだけ大勢の人間に迷惑がかかる。その行動にはときとして何倍もの責任が伴う。これからあとすこしでフィナーレを迎えるイベントの役目と、たったひとりの少女を自分勝手な理由で追いかけること。それを天秤にかけてそれでも進むのかと、少女は言っている。

 

「じゃあ、本題。その上で言ってあげるわ。――彼女は校門を抜けて右へ曲がったわよ。はい、どうしましょう生徒会長?」

「…………僕、は……」

「あー時間がない。時間がないわー。どうしよう。どうしようか十坂クン? んー? ほら、言ってみなさい? あんたはどうしたいの? ほらほら、ハリーハリー」

「……そんなの、追いかけたいに……」

「あー? なんですってぇ? きーこーえーなーいー」

「追いかけたいに、決まってます……!」

「あっそ、じゃあさっさと行きなさい」

 

 どん、と赤音は乱暴に玄斗の背中を押してそう言った。ふり向いたさきには仁王立ちでふんぞり返る赤毛の少女。彼は目をぱちくりとさせながら、その姿を見つめている。どこまでも困惑した様子で。

 

「……と、止めるんじゃ、ないんですか……?」

「んなわけないでしょ。大体、あたしだって去年似たようなコトしてるしー? 生徒会の役目とかクソ食らえってコト沢山やってるしー? 今更誰を責めるもないじゃない」

「赤音さん……」

「だからほら、さっさと行った。あとのことは仕方ないから、まあ()()()()()()()()()()

「それって……」

「本当、鈍いわね。あんた、目の前にいる人物を誰だと思ってんの?」

 

 そんなのは、考えるまでもない。

 

「――はい。ありがとうございます。赤音さん!」

「はいはい。いってらっしゃい十坂クン。いまだけは特別、借り受けてあげるわよ」

 

 ひらひらと手を振って、赤音は走っていく玄斗の背中を見送った。まあ、おそらくうまくはいかないし、どこかで躓くとは思っていたが、まさか理由がこんなものだったとは。馬鹿らしすぎて赤音もちょっとどうかと思う所存である。

 

「……さて、と。それじゃあいっちょやりますか。先ずはどこぞの馬鹿女からね」

 

 彼が眼前を抜けるときに漂った香りは、非常に覚えがある。鼻に染み付くレベルで覚えがある。それが誰のものなのかなんて分かりきってしまうぐらい。だからまあ、なにがあったかもなんとなく想像はできた。逃げるように出ていった白玖。それを全速力で追っていった玄斗。とくれば、必然。

 

「(よぉーし。久しぶりに笑い飛ばしてやれるわね!)」

 

 なお、引き受けた理由に本人の個人的な感情が無いとは言っていない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――あらあら、フラれちゃった?」

「…………っ」

 

 静寂を切り裂くように、教室へ入ってきたのがひとり。見るまでもなく耳で理解できる声に、蒼唯は思わず歯噛みした。彼女がこういうトーンを発するときは、絶対的な優位に自分が立っていると確信したときだ。

 

「……笑いたいならそうしなさい」

「ぷっ、く、っふふふ……あは、あはは! あははははははは!!」

「本当に笑うコトないじゃない!」

「笑ってなにが悪いのよ!」

 

 そう言ったのはあんたでしょうが、と言われて舌打ちで返す。たしかにそうだ。そうなのだが……今の笑い声には多大な悪意が込められている気がした。

 

「はっ。で、なにしたわけ? あいつに。彼女さんが逃げてたけどー?」

「……別に。目の前でちょっと唇が当たっただけよ」

「うわー……それ当てたって意味でしょあんた……うわー……まじかー……いやあんたよくあいつに嫌われないわねえ……」

「当たり前でしょう。彼自身が嫌っていないんだもの」

「うっわ、こいつ遂に言いやがった……分かりきってやってるあたり、本当タチ悪いったらありゃしない」

「うるさい」

 

 そっぽを向く蒼唯に、赤音はあからさまにため息をついた。どうしてこんなところだけ子供っぽいのか。彼女に夢を抱くような下級生……が居るのかどうかは知らないが、うまい具合に拗らせたものだ。……原因が自分にもちょっとあるあたり、無視できないのがまたなんとも。

 

「だって、彼は……私が……っ」

「……あんたが、なんなのよ。まさか、まだ分かってないわけ?」

「……なにが、よ」

「あらあら。これは本当に分かってないみたいね。最初にちょっかいかけたからかしらあ? だったら笑えるわね本気で。一番最初に踏み出した奴が一番大事な変化を見逃しているわけだし」

 

 笑う赤音を、蒼唯はじっと睨んだ。一体なにを言っているのか分からない、といった具合に。

 

「……もうあの子はひとりで立って歩いて行けるの。それを、ちゃんと認めてやりなさい」

「――それは……っ」

「私たちがなにかする必要もないのよ。あの子はあの子の足で歩いて、ちゃんと歩いて行けるんだから。……邪魔しちゃダメよ。あの子の人生だもの」

「………………そう、ね…………」

 

 言わば、失敗というのならそれこそやり過ぎた。脆く崩れそうだった彼は、完璧に叩き壊されて直されて、これ以上ないほどのものを身に付けた。もう二度と、十坂玄斗は迷わない。その心が砕け散るコトはない。だからこそ、やり過ぎたと言える。

 

「そんだけ。言いたいコトがあるなら言ってあげなさいよ。あいつと恋人ちゃんの邪魔をしない範囲内でね」

「……赤音は、それで良いのね」

「良いに決まってんでしょ。私、こう見えて尽くすタイプだから」

 

 笑う幼馴染みに、気分こそあがらないまま笑みがこみ上げた。たしかにそうだ。こんなにも堂々と、天上天下唯我独尊なんて言ってしまいそうなほど自分を中心に考えまくる彼女だが、そのわりに好いた相手にはかなり甘い。

 

「……昔からそうだったわね、あなたは」

「どうかしら。そんなのは忘れたわ」

「そうだったのよ。……甘すぎて、息が詰まりそうなぐらいだったから」

「……ふん。そりゃあ悪うございました」

 

 

 ◇◆◇

 

 

 立てば魔王、座れば暴君、歩く姿は重戦車。かつて、そう(木下鷹仁の内心限定で)思われていた人物がいる。隠さずに言うといまは懐かしき生徒会長、二之宮赤音がそれだった。忘れもしない本日よりちょっきり一年前。

 

『木下! バンドやるわよバンド! あんたドラムはできる!?』

『はあ!? できるわけねえだろ!? つうかこのあとは閉会式だ準備はどうする!』

『どうでもいいのよそんなことは! ってことで行くわよ! アーユーレディ!?』

『ダメです!』

『しゃおらーーー!! 行くわよ調色生徒会ぃーッ!!』

『おい話を聞け馬鹿かあんたは!?』

 

 ――あれは、地獄だった。煌々とあたるスポットライト。沸き上がる歓声。なぜだか順応しはじめた生徒会残り約二名。ノリノリの会長。おかげでやったこともないドラムをいきなり担当する羽目になった。そこで失敗するのではなくそこそこの成果を出すあたりがなんとも泣きたくなる。

 

「(まあ今年はそんなコトもないし、二之宮赤音はおかしな状況のせいで静かだし――)」

「あー、これよこれこれ」

「――――――、」

 

 なるほど、フラグとはこういう風に回収するものらしい。生徒会室の扉を開けてずかずかと入りこんできた闖入者に目を向ける。……惜しいことに自分の耳は腐っていなかったらしい。声の発信源には、件の重戦車がいた。違う。二之宮赤音がいた。

 

「……あー、なんですか二之宮先輩? 申し訳ないんですけど素人は帰ってもらえませんかねえ。こちとらこれから大事な役目が残ってるんすよ」

「ふうん? ねえねえ。いつからそんな偉そうなクチをきけるようになったの? ねえ、木下? うんうん?」

「…………は?」

「なーにー? 副会長になっちゃって調子乗っちゃった? なんでもいいけど、私にとってのあんたは書記。その腕章なんて勿体ないわねー。ああ勿体ないわねえー!」

「いや、おいおいおい……なんの冗談だこりゃあ……! 玄斗ぉ! おい玄斗ぉ! 玄斗はいねえのかちくしょうっ!」

「他は……六花と九留実か。……九留実?」

「……なんでございましょう」

「……なるほど」

 

 ふんふむ、と赤音がうなずく。おしとやかに灰寺九留実は紅茶を含んでいた。その裏で、なんだろうこの不安感と首をかしげながら滝のような冷や汗が背中をつたう。

 

「まあいいわ。あんがい変わりないかも分かんないし。それに、あいつと一緒だったなら大抵平気でしょう」

「……おい、いや、なにがどうなってる」

「諸事情につき玄斗がアレなので、私が助っ人会長してあげるのよ。さーバリバリ働いてビシッと締める! 終わり良ければすべてよし! 緩く染まりきった全校生徒に、二之宮赤音の衝撃を叩き付けてやるわ……!」

「……そう言ってギターを構えるのはどうなんだ、助っ人会長さん」

「やらない?」

「やらねえ!」

 

 叫びながら、鷹仁はわずかに。本当にわずかに、口の端をつりあげた。十坂玄斗の生徒会が悪くなかったワケではない。むしろ心地よかったぐらいだ。けれど、それとはまた別で思い入れがあるのも事実。

 

「(ホンット……ドMか俺は……)」

 

 これでこそ、二之宮赤音を筆頭とした調色高校生徒会、である。








>赤色(元)会長ヒロイン
八面六臂とはまさにこのこと。こんな強かな女の子がエッチな夢見て赤面するワケないんだよなあ!

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