ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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第十四章 色が無くても――
白いキャンバスに染み付いて


 

「……玄斗」

「…………、」

「……ねぇー玄斗ぉー」

「……………………、」

「いつまでやってるの……?」

「もうすこし」

 

 そう言う少年は、真正面から白玖を抱き締めている。……というか抱きついている。玄斗にとっては感動の再会から一時間弱。すでに閉会式も終わった頃になっても、ふたりは未だに公園でくっついていた。

 

「なんなのぉ……今日の玄斗、なんか、おかしくない……?」

「おかしくない。白玖が白玖すぎるのがおかしい」

「いや完璧におかしいじゃん……」

「おかしくない」

 

 断固として言う玄斗に、白玖がため息をつきながら背中をさする。正直なにがなんだか分からないが、不器用なこの少年が真っ直ぐに甘えてくるというのは相当だ。なんだかんだで自分の弱さを他人に見せるのを無意識的に嫌っている節がある。これもまたいい機会か、なんて優しく受け止めることにした。

 

「……てか、寒いね……まだ九月じゃなかったっけ……」

「白玖がいないから、寒くなったんだよ」

「なにそれ……私は太陽かなにか?」

「うん」

「うんじゃないんですけど……あのあの、本当に大丈夫? 玄斗?」

「もう大丈夫。だって君がいる」

「(コイツ……!)」

 

 狙って言っているのだろうか。いや、今のトーンと真剣さとそれでいてスルリと出てきた流れからしておそらく天然だ。白玖は一瞬で理解した。十坂玄斗検定一級保持者の実力である。

 

「……ま、いいけど。これはこれで役得だし……」

「そっか。やっぱり白玖だ」

「はいはい。あなたの大好きな白玖ちゃんですよー」

「うん。僕の大好きな白玖だ」

「(コイツぅ……!!)」

 

 もしかしてこの男はここで襲ってほしいのではないだろうか。白玖は真剣に考えた。誰もいない公園。男女がふたりで強く抱き合っている。それでなにも起きないはずがなく……、

 

「(いいのか? いやいいよね? だって恋人だし。玄斗だし。いや、うん。これはほら、あれだから。ちゃんと愛し合う仲としてね? うん。まあ、やるべきコトやっとかないとね!?)」

「…………、」

「っ」

 

 ぎゅっと、抱き締める力を強くされた。

 

 〝ふぉわーーーーーー!!!???〟

 

 壱ノ瀬白玖、発狂する。おかしい。やっぱりおかしい。いや、いつもの玄斗もそれはそれでおかしいと言えるのだが、今日は一段とおかしい。うちの彼氏がこんなにかわいいわけがない。なんだかライトノベル一本書けそうなレベルの状況だった。

 

「……白玖」

「は、はいっ!」

「……もう、離さないからな」

「お、お願いしますっ!?」

「…………、」

「――、――」

 

 ぎゅっと、さらに抱き締める力が強くなる。

 

 〝――もうこれで終わってもいい……〟

 

 これ以上はない。壱ノ瀬白玖は世界のなんたるかを理解した。世界とはつまり今である。今がすべてである。玄斗、サイコー。その一言以外に出てこない。好きが溢れてたまらないなんていう歌詞や台詞を「ふっ」と鼻で笑ったこともあったが、存外自分が笑えたことでもないらしい。

 

「――白玖」

「……ん。なに……?」

「結婚しよう」

「ふぁっ!?」

 

 これ以上なんてあるのか。その事実に壱ノ瀬白玖の心が震えた。いや、まあ、年齢的にどう考えても無理なのだが。

 

「いっ、いや、もちろんするけど!?」

「うん。しよう。すっごい、はっきり分かった。僕は、君がいないとダメだ」

「いやそれ言いたいのは私なんですケド……」

「じゃあ同じだ。ふたりで、同じ。……いいな、コレ。やっぱり君じゃなきゃなあ……」

「――ったく、もう……」

 

 なんとも嬉しいことを言ってくれる。にやけてしまう顔を堪えきれないまま、白玖はそっと玄斗の頭を撫でた。なにが起きたのかは、依然として分かっていない。けれど、自分がいて、彼がいて、同じ想いを抱いている。それだけでなんでも出来て、なんでも叶うような気がした。きっと無敵だ。それさえあるのなら、毎日も輝いて見えるのだから。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 年に一度の行事は、無事終わりを迎えたようだった。離れがたい白玖と別れて、「どうしてコッチの私は玄斗と同じ学校に行かなかったのかな!? 馬鹿なのかな!?」と同一存在にキレる少女を見送ったあと。校舎に帰ってきた頃にはちょうど片付けがはじまっていて、玄斗もそれに参加することにした。

 

「おう会長。よくもまあすっぽかしてくれたな? お陰で俺は……」

「鷹仁……」

「去年より上手かったわよー、木下」

「クソがぁ!」

「しゃおらー!!」

 

 殴りかかった鷹仁が見事に背負い投げの要領で転がされていた。真昼の夕焼け、二之宮赤音。男子生徒ひとりぶちのめすぐらいはワケない実力者である。せきこむ鷹仁の姿がなんとも憐れだった。

 

「手加減してあげてください赤音さん……」

「女子に暴力ふるう方が悪いわ。正当防衛よ」

「てめえは女子っつうよりメスゴ――」

 

 めこっ。と、なにか言いかけた鷹仁だったものが踏みつけられてめり込む。たぶん、なんでもあり(ギャグ的な描写)のせいで。

 

「あはは。なに? メス……なんですって? メスシリンダー? 私は別にそんな授業で使うような器具とは違うんですけどー?」

「赤音さん、赤音さん。めり込んでます」

「足りないかしら……」

「やめてあげて……」

 

 玄斗の切実な願いに、赤音が鷹仁から足を退けた。生徒会の力関係は凄まじい。こんな状況でもなおしぶとく生き抜いてきた鷹仁も凄まじい。きっと辛い日は沢山あったんだろうな、なんて思わず同情してしまった。

 

「やっぱり会長は玄斗だ……こんな。こんなクソ女に……生徒会長を任せるなんざ間違ってる……!」

「だそうよ。よかったわね玄斗」

「僕は赤音さんほうがしっくり来ますけど」

「あら、そう? 私はあんたも良いと思うわ、玄斗」

「断然玄斗。どこぞのクソ女が会長はクソ」

「もう一回やる?」

「やらねえ!」

 

 がばっと立ち上がった鷹仁が距離をとる。流石は生徒会メンバー。対応が慣れきっている。やっぱりこれはこれで、と玄斗はうんうん頷いた。そう思っていたのは鷹仁も同じである。つい二時間ほど前まで。

 

「あはは…………、あ」

「……、」

 

 と、正面から歩いてくる見知った姿に気付いた。すぐそばで赤音のため息が聞こえてくる。なにがあったかは、まあ、それでなんとなく感付いた。仲の悪さは有名だが、それだけどちらも接する機会があるということで。実際のあるべきものだった関係性がどういうことなのかも、これまで見てきたものだった。

 

「……先輩」

「……言っておくけれど、私は一度も悔やんでなんかいない」

「…………はい」

「だから、せいぜい楽しんでおきなさい。なにかあれば、私がものにするから」

「……なにもないよう、頑張っておきます」

「ふん……」

 

 実に彼女らしい、それでいて十坂玄斗と四埜崎蒼唯らしい会話だった。それだけ言って蒼唯はスタスタと横を通り抜けていく。

 

「……頑固なやつ。年を取ったら老害になりそうね」

「あなたも人のコトを言えないわね。暴力女」

「あら、教育的指導よ?」

「度を超えたものはただの暴力というのよ、メスゴリラ」

「なっ――言いやがったわねこのクソアマ……!!」

「……よくぞ言ってくれたぜ」

「木下ァ!」

「うっす!!!!」

「あとで屋上ッ!!」

「おいおいおい、死んだわ俺……」

 

 死刑宣告を受けた友人に手を合わせながら、玄斗は目を伏せた。……しかしながらゴリラというのは森の賢者と言われるぐらいに温厚であって、その点で見れば色んな意味で赤音には似合わないと彼は思った。例えるなら虎だろうか。返り血を浴びた虎とかそういう感じのイメージがしっくりくる。

 

「……玄斗」

「あ、はい。なんでしょう」

「あんたも来い」

「っ!!??」

 

 エスパーか。玄斗はがっくりと肩を落としながら嘆いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 片付けも進んでくると、校舎にも人気のない場所が出てくる。にぎやかだった時間は徐々に落ち着きを取り戻していく。華やかではないが、緩やかな終わり。なんとか成功に終わった一大イベントにほっと胸をなで下ろしながら、玄斗はダンボールを抱えて廊下を歩いていく。

 

「(……うん、なんだかんだで、良かった)」

 

 大変ではあったが、結局のところ取り戻せた部分が大きい。大きすぎて今もなお大切さを再認識するレベルだ。壱ノ瀬白玖がいる。自分のよく知る壱ノ瀬白玖がここにいる。それだけで随分と景色が変わる。なんとも、心地よい。

 

「(さてと……たしかこのダンボールはここで――)」

 

 がらり、と器用に空き教室の扉を開ける。普段は誰も通らないような片隅の、半ば物置とかした一室だ。どのあたりに置いておこうか、なんて視線を前にあげて――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――、」

 

 

「………………、」

 

 

 

 

 

 

 

 呆然と、こちらを見る少女と目が合った。

 

「…………と、とお……さか、くん……?」

 

 見つめ合うふたり。段ボール箱を持った少年。対する少女は、これまた防御力の低い格好をしている。有り体にいえば下着姿だった。白い肌が露出している。まだ薄明るい窓からの光で、それが見えた。とんでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ああ、本当に、とんでもない。思わず、玄斗が荷物を落としてしまうぐらいには。

 

「――……飯咎、さん……」

「……あ、その、い、いや……あのぉ……」

 

 恥ずかしげに少女――飯咎広那は脱いでいたワイシャツをつかんで体を隠す。それでも下半分は覆いきれない。おそらくは衣装かなにかから着替えていたのだろう。それらしきものが制服を置いた机とは反対側に積まれている。けれど、そんなものはどうでもいい。なにより映らなかった。理由なんて単純に。目の前の少女の姿が、その身体が、あまりにも目を引くもので――

 

「…………きみ、は…………」

「――あ。……えっ……と……あれ。二回目、じゃないかな……? ()()、見るの……」

「――――ッ」

 

 〝……そうか。〟

 

 ぜんぶ、理解した。〝僕〟の知らなかったこと。〝俺〟だけが知っていたこと。頑なに訴え続けていた誰かのこと。そのぜんぶが、なんだか見事に、繋がった。飯咎広那の肌は、女の子らしい綺麗なものだった。冬の月を思わせる玻璃のような白さ。それはたしかに、目を引く要素として十分。でも、違う。そんなものが、玄斗の目にとまったのではない。

 

 〝俺は最初っから、ぜんぶ、これを知ってたんだな――〟

 

「……トオサカ、くん……?」

「…………、」

 

 生々しくはない。おそらくは古いもの。ただ、その量と、範囲と、深さがあまりにも常識からかけ離れていた。どうりで袖の長い服を着ていたのだと察する。じんましんが出るからと隠していた逢緒とは似ているようでまったく違う。あれはいざというときのため。これは、既にあるものを隠すためなのだろう。

 

「……君は」

「…………あ、あー、うん。……えっと……その……」

「…………、」

「と、とりあえず、その……服を、着させてくれると、嬉しいかなー……って……」

「…………ごめん」

 

 明るく言った少女に、静かに扉を閉めて、背中をあずけた。廊下には段ボール箱から転がった備品が散らかっている。それを掃除する気にもならない。瞼の裏に焼き付いた光景が、頭を占めてならなかった。ずるずると、その場に座り込む。

 

「(――なんだ、あれ……)」

 

 見えた部分だけでも、火傷と、切ったようなそれと、変色した肌が見えた。歪に歪んだり凹んだ部分もあったように思う。あんなのを見ればこのトオサカクロトの体なんて比べものにならない。それほどに、ボロボロになった肉体の有り様。

 

「(……ああ、そっか。君が――〝彼女〟か……〝俺〟)」

 

 一度は、見たコトがある。それは、なにもない彼にどれほどの衝撃だったのだろう。玄斗でさえも震えるような光景を、彼は見てどう思ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 ――飯咎広那の体には、消えない傷が幾つも浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 







>彼女
着込む系メカクレ少女。なお着込む理由を彼女自身の口から真相なんて言ってない。真夏でも長袖で(あっ……ふーん)した人も多いかもしれない。


さあやろうか! もう二部はじめてからずっとずっとこれがやりたくて仕方なかった! いくぞぉ!! オラァ!!!!

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