ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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告発とか発覚とか

「あ、あはは……」

「…………、」

 

 制服に着替えた広那が、曖昧に笑いながら玄斗を盗み見る。裸を見られた、というのは女子として十分恥ずかしがる要素だった。二度目という点を除けば、だが。

 

「…………トオサカくん?」

「…………、」

 

 すっと、玄斗が視線をあげる。顔の左半分を覆い隠す長い前髪。何重にも巻かれた首元のマフラー、手袋、長袖の制服にタイツ。できる限り肌の露出をおさえた格好は、単なる寒がりではないのが明白だった。

 

「……飯咎さんは」

「え、あ、うん」

「……誰かに、その……いじめとか、受けた……のか……?」

 

 詰まりながら、言おうかどうか迷って、聞かなければどうにもならないと問いかけた。それは無闇に心に触れる台詞だ。問いかけるなら、それ相応の覚悟を持たなくてはならない。もしも、そんなコトがあって、未だにあるのなら。

 

「ああいや! 違う……っていうか、あの、君には一回説明してるはず……なんだけど……」

「……そっか。そこから、だね。飯咎さん」

「え……?」

「僕は君の知る十坂玄斗じゃない。ごめんね。今まで」

 

 頭を下げる少年に、広那は信じられないといった風に息を呑んだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……学校だと、誰に聞かれるか、分かんないからね」

 

 こっちの方がいいんだ、と少女は微笑む。メニューをぱっと広げながら、どれにしようかなんて悩みはじめた。すこし離れた明るめの喫茶店。店内に流れる音楽は気持ちアップテンポで、大勢の客が居るせいか賑やかだった。

 

「でも、そっか。トオサカくんは、別人だったんだ。……どういうワケでそうなってるのかは、分かんないけど。じゃあ、知らないワケだね」

「……前の僕は、それを見てどんな反応をしたんだ?」

「どう、って……まあ、同じ、かなあ……? すごい驚いてて。すごい……うん。心配、してくれた……んだと、思う」

「…………そっか」

 

 余程だったのだろう。おそらくはそれが転機となった筈だ。無色透明だった十坂玄斗が、はじめて自分の色を付けたとも言う。自分との違いがそこにはある。まともな手順なんてそれこそあるかも分からないものは踏んでいない。すくなくとも玄斗とは異なったやり方で、いまの自分を確立させた。

 

「……飯咎さんは」

「……うん」

「……一体、どうして……そんな、コトに……?」

 

 恐る恐る、といった様子で触れる。良いのかどうかが分からないが故の躊躇だ。そして、それを気にした様子もなく返すのが目の前の少女で。

 

「ああ、いや。そこまで気構えなくてもいいよ。もう、終わったことだし……」

「終わったこと……」

「そう。……私の傷はね。これは――」

「――広那?」

 

 どこか聞き覚えのある声に、玄斗は自然とふり向いた。それは、タイミングとして奇跡的とも言えたのかも知れない。なにも知らない玄斗からすれば、そのとおり。視線の先に立っていたのは、いつかに相見えた、

 

「……お、かあ、さん……?」

「――ああ。久しぶりだね、広那」

 

 飯咎狭乎は、ニコリと笑ってそう言った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「元気にしていたか?」

「……は、はい」

「そうかそうか、いや……あいつのトコロならそりゃあ元気か」

 

 くつくつと笑う狭乎に、広那が短く答える。玄斗の記憶では、彼女は長年娘に会っていないと言っていた。それはこちらでも変わりなかったらしい。久方ぶりになる親子感動の再会――なんて、気楽に見ていられるほど和やかな雰囲気ではなかった。

 

「(飯咎さん……?)」

 

 見るからに、広那の様子がおかしい。付き合いの殆どなかった玄斗でも分かるほどだ。〝俺〟ならもっと細かく分かるだろうか。自分の辿った先にそんな人間的なモノが芽生えているかは微妙だったが、それぐらいあってもらわなくては困る。

 

「しかしまあ……すっかり大きくなって」

「っ」

 

 そっと狭乎が頭に手を乗せる。それに、肩を跳ねながら広那が受け入れた。……じっと、黙って、俯きながらその場を動かないようにしている。

 

「おまえと離れ離れになったのは小さいときだからなあ。覚えているかい、広那」

「う、うん……」

「そうか。ふふ、いやあ、本当に懐かしいなあ……その、()()

「っ!」

 

 すい、と頭を撫でていた狭乎の手が髪に隠された顔の左半分へ伸びる。広那の髪色は茶髪の混じった薄い黒髪だ。それにうまく溶け込む具合で――玄斗も今の今まで気付かなかった――眼帯がかけられていた。

 

「これはちょっとやりすぎたな。すまない。もう見えないだろう?」

「……ぇ……ぁ……」

「おいおい……そこまで怖がらなくても、なあ? 広那。いま話しているのは、お母さんだぞ?」

「……っ、ぅ……ぁ……あ……」

「……なるほど。あいつの()()はずいぶんとちゃんとしていたみたいだな。ここまでとは」

 

 まったく、と狭乎が悪態をつきながら広那の隣に腰掛けた。()()()()()メニューを拾い上げて、ぱらぱらと目を通したあとに店員を呼ぶ。それから、やっと玄斗のほうを向いた。

 

「少年は、なにか頼むか?」

「……いえ、僕は」

「そうか。ところで君は、うちの娘とどういう関係になるのかな。そこら辺、私はすごく気になるんだが」

「……それは、ちょっと難しい話になりますけど……」

「なんだい、それ」

 

 くすっと狭乎が笑う。隣の広那は、変わらずすこし震えていた。……たった数度の会話で明確な違いは判明した。向こうとは違って、自分は飯咎狭乎と一度も遭遇していない。これが初対面ということになるらしい。

 

「――ああ、でも、君は」

「……?」

「ふふ。いや、なんでも……なくはないが。ふはっ……なあ広那。おまえ、彼と仲良くなったのか? それともなりたかったのか? どちらにせよ、おかしくてたまらないぞ」

「っ…………」

「いやあ、素敵だ。私は飯咎狭乎という。君は?」

「……十坂玄斗、です」

「十坂くんか。よしよし、覚えたぞ? ずいぶんと、ふふっ……」

「…………、」

 

 ……会話は、成り立っている。以前に玄斗が会ったときと、大体の要素は変わっていないようにも見えた。けれど、明確に違うものがひとつ。それはたぶん、玄斗自身のように中身からまるっと違うとか、白玖のように辿ってきた結果がずれているとか、そういう問題ではなく。

 

「……君を見ていると、本当に後悔の念がわいてくるよ。あのとき、私は盛大なミスをしたんだとな」

「……ミス、ですか」

「ああ。なあ、広那」

「っ……」

「……――――、」

 

 はあ、と狭乎が大きくため息をつく。それにまた、広那の肩がびくんと跳ねた。普通じゃない。どう見ても異常だ。ただ、玄斗にはその異常性がなんなのかの判断がつかない。

 

「……広那。どうした。そんなに、私が怖いか?」

「ぁ……ぃ、や……」

「そう思ったのか? ……いや、違うな。だとすれば気付いたか。もうすこしだったからな。うまくやられたというわけだ。大概だな、あいつも」

「……っ、わ、たし、は……っ」

「広那」

 

 次こそ。変な呼吸をしたような声が出た。見ている玄斗は、単なる部外者になる。それに何も分からないまま首を突っ込んで良いものか。思い出すのは、向こうの狭乎の言葉で。

 

『……大したことじゃないよ。ただ、間が悪かったし、私が原因でもあった。あれは、しくじったなあ……本当。もっとうまくやれたと、いまでも思うよ』

 

『会ってないし、都合で会えないんだ。ちょっと、面倒くさくてね。……我が子の成長ぐらい、見せてくれてもいいだろうに』

 

『だからこそ、君を見ていると嬉しいんだ。なんだか娘に重なってね。君は。……本当、見ればみるほどに、よく似ている』

 

『ああ。本当、その、笑った顔とかがね――』

 

『子供のために泣けるのは優しい人だろうね。……でも残念なことに、私はちょっと優しくないんだ。それと、すまない。情けない姿を見せた』

 

『……もしも会ったりしたら、よろしく頼むよ。なんとなく君とは縁がありそうだ』

 

『……いつか私も会いたいよ。私の、愛娘と』

 

「…………、」

 

 そう言っていた人は、目の前にいる。実際にその娘と会っている。偶然、という形はきっと狙ってもいないものだ。けれど、そうなるとどうなる。額面どおりに受け取った言葉では、いまの状況がどうしても合致しない。

 

「ぁ……ぅ……」

「……最悪だな。愛娘をこんな風にするとは。まったくもって分からん男だ。()()()のためにしてやったというのに。あげくこうもぶち壊されると、こっちが文句を言いたくもなるな。――折角、もうすこしだったというのに」

「……ぉ、おじさん、は……!」

「うん?」

「っ……おじ、さん、は……悪、く……」

「いいや、違うだろう? 広那。いま話しているのは、違うぞ?」

「……ぁ、……っ……!」

「……あの」

 

 だから、嫌な予感がしていた。別人ではない。同一人物とするのなら、その言葉にすべて裏が潜んでいたコトになる。……思えば、不思議な反応だった。うまく誤魔化したような言葉の連続だ。それに昔の玄斗はまったく気付かなかった。浮き彫りになったのは、現状を見てからというもの。違う方向性? 経験の差? 違う。彼女はまさしく――過去と比べて〝ガワ〟が剥がれている。

 

「うん? どうした。十坂くん」

「……狭乎さんは、飯咎さん……広那さんの、お母さんなんですよね」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、どうして彼女はそんなに辛そうにしているんですか」

「……っ、トオ、サカ……くん……」

「…………ふむ」

 

 すっと、狭乎の瞳が玄斗を見る。

 

「……そうか、君は……うん。いやあ、実に良いな。十坂くん。君は」

「……? あの、質問の答えに」

「なっていないね。でも、だから良いんだ。……まあ、話にもならないんじゃ、しょうがないな。私はやっぱり失礼しよう。ではね。広那。十坂くん」

「ぁ…………」

「…………、」

 

 がたり、と席を立って狭乎が去っていく。入れ違いで、声をかけようかどうか迷った店員が向かってきた。注文を取りに来たのだろう。

 

「……飯咎さん」

「っ……ぁ、あは、は……」

 

 曖昧に笑う少女に、なにもないとはどう考えても思えなかった。落ち着いて話をする、というのはどうにも。飲み食いするにもなんだか、と玄斗も立ち上がる。

 

「……行ったよ。狭乎さん。外にも姿は見えない」

「…………うん」

「僕らも出ようか。外で出くわすことは、ないと思うよ」

「…………そう、だね……」

 

 震えのおさまった少女の手をとって、店員に断りつつ店を出る。あたりはすでに暗くなっていた。同じぐらいに、広那の顔色にも明るいものがない。沈むぐらいの雰囲気に、彼女の抱えるモノの重さが感じ取れた。

 

「……家まで送るよ。放っておくと、いまの君、倒れそうだ」

「……ごめん……でも、別に、良いんだよ……?」

「よくはない。……顔、真っ青だ」

「っ……そ、っか……本当、ごめん」

「謝らなくても」

 

 飯咎広那と、飯咎狭乎。離れ離れになった家族だと、玄斗はずっと思っていた。いつかは会って笑顔で話すのだろうと、勝手な想像すらあった。けれども、真実は違う。どこまでも、どこまでも、現実というものが違っている。

 

「…………っ」

 

 それは、いまだかすかに震える少女が物語っていた。






>飯咎狭乎
実は向こうとの違いが一切ないという珍しい人。いい人いい人(てきとー)



>飯咎広那
お母さんに怯えるとかとんだ愛娘ですね(目逸らし)

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