ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……お母さんはね、優しい、人だったんだよ」
暗い夜道で、彼女はそう切り出した。なにも話すことはない、と思っていたからだろう。玄斗は純粋に驚きつつも、うんとちいさく頷いた。彼女から話してくれるのに、聞かないワケにもいかないだろうと。
「ずっと……物心ついたときから、お父さんはいなくてね。お母さんひとりで、育ててくれてた。……なにかあったら、心配してくれて。不自由とかも、しなかったし。たぶん、そのときは楽しかったのかな……うん。楽しんでたんだと、思う」
「…………、」
「……五歳のとき、だったかな。お母さんに、お手伝いを頼まれたんだ。なにかは、分からなくて。でも、まあ、お母さんの頼みならって……引き受けて。そしたら、こうなっちゃった」
あはは、と広那が笑う。似ていると、いつしか言っていた笑顔。十坂玄斗と似ていると、そう評された表情の意味。それは、
「……それ、左目を隠してたんだな……」
「うん。……もう、見えないから」
「見えない、って……」
「…………聞いても、面白くないよ?」
「面白さは、求めてないよ」
「……焼けちゃったんだ。だから、もう見えない」
「……焼け、た……?」
訊けば、こくんと広那はうなずいた。焼けた。目が見えなくなる、というコトは少ないように見えて色々な状況でそうなる。玄斗は病気で最後の最後に視力を失った。傷を負って失明する人だっているだろう。だが、焼けた、というのは。
「……煙草の火をね。押し付けられちゃって。それから、ダメになっちゃったみたい」
「煙草……って……」
「……お母さん、よく、煙草を吸う人だったから」
「――――、」
優しい人だと、広那は言う。それは真実そうだったのだとして。ならばなぜ、そんな人物が娘の目に煙草を押し付けたのか。そこがてんで分からない。
「なんでそんな……」
「……いらなかったんだよ」
「……いらなかった?」
「私が、いらなかったの。いや、違うね。私は居ても、私が中に居たらダメだった。……意味は分からないけど、お母さんは、それを望んでたんだ。私じゃない私に、私がなること」
「……どういう、意味なんだ……それ……」
「分からない。でも、お母さんはずっと、そう願ってて。……だから、たぶん、壊れちゃったんだろうね」
「……君の、お母さんが、か……?」
「ううん。私」
なんでもないかのように、広那はそう言った。壊れたのは自分であると。そう認識しながら、少女は当たり前みたいに生きて、普通の人らしく振る舞っている。その歪さが分からない玄斗ではない。なによりそんなモノは自分が一番よく分かっている。壊れきった人間が、どんな不気味な生き方をするかなんて。
「……あのときは、言えなかったね。この傷も、そのせい。だから、全部終わったことなんだ。昔のことだし。お母さんは、もう、会うこともないって……思ってたのにな……」
「……都合で会えないとか、なのかな」
「そう、だね。……私と会うことは、おじさんが拒否してるハズ、だから……」
「……なら、それは」
「……捕まったんだよ、お母さん。それで」
驚きつつも、それもそうか、と半分納得する。それほどのもの、だったのだろうか。ならばなんとなく、広那が怯える理由も十分理解できた。……分からないのは、本当に、飯咎狭乎がどういった理由で我が子に手を出したのか。
「私が死んだら、もっと長かったかも。でも、すくなくとも、生活に支障は出ないぐらいだったから。……目とか、以外は」
「っ……その傷で、支障がない……って……」
「痛みは残らなくても良いんだって、言ってたかな。要は、私を一度、白紙に戻すのが目的で……あれ、どういう意味だったんだろうって、いまでも思うよ。お母さんは、なにが、したかったんだろうね……」
「……っ」
ぐっと、玄斗は拳を握った。似ていると言われた笑顔の正体。一度は掴んだ当たり前の幸せを、壊されたあとの人の姿。それは言わば、十坂玄斗の人生を真逆にすれば近しいものができる。ないからこそ手に入って気付いたものだ。ならば、あったものが無くなれば、どれほどの絶望に匹敵するだろう。
「……結局、最後まで分かんなかった。辛くて、苦しくて、途中から自分がなんなのかも分かんなくなって……そんなときに、おじさんに見つけてもらった。偶然、お母さんの家にやってきて。私を見つけて、ごめんねって……ずっと、謝ってくれたんだよ。なにも、おじさんは悪くないのに」
「……狭乎さんの、弟なんだっけ」
「みたいだね。あんまり、それ言うといい顔しないんだけど。……だから、私はそんなおじさんに救われたんだ。それが、良いなって、思えちゃって」
「……そっか」
「うん。なんか、好きだなって。誰かのために、そうやって、手を伸ばせるのは。とっても綺麗なことだなって……思って……」
ちらり、と玄斗を覗き込む。彼はそれに、こてんと首をかしげた。別人であれば、分からないのだろう。それはそうだといま一度内心で呟いて、広那は微笑みをつくる。
「……一度、それを君に否定されちゃったけど」
「え。なんで?」
「それを君が言っちゃうの……? ……まあ、そうだね。たぶん、私自身、問題はそこなのかも、しれないんだけどね」
「……?」
「なんでもない。……あ、ここだよ。ここが、私の家」
そう言って立ち止まった彼女の指差す先に、一戸建ての家が見える。玄斗の実家よりもすこし小さめな、橙野七美の豪邸とは……まあ、あれは比べるものが違うのでナシとして。すこし小さめの一軒家である。
「……ありがとう、トオサカくん。色々と、嫌な話しちゃったね」
「いや……それは」
「私はもう、大丈夫。……ほら、トオサカくんも、笑って。笑顔だよ、笑顔。そのほうが、きっと良いから」
「飯咎、さん……」
「――僕は笑顔じゃいられないなあ」
「!」
不意に、そんな声が届いた。見れば玄関の扉を開けて、眼鏡をかけた男性がこちらへ向かってきている。物静かというよりは、酷く落ち着いている。暗いというよりも悟りを開いた仏僧を思わせる波のない雰囲気。信じられないほど、彼には攻撃性がなかった。
「おじさん」
「遅い時間までなにをしてたんだい? ……っと、そっちの君は、はじめましてだね」
「あ、はい。十坂玄斗と言います」
「トオサカ……ああ、広那ちゃんが言ってた、あの会長さ――」
「わ、わーわー! いまはそれ違うからっ! ほんと!」
「??」
慌てる広那をよそに、玄斗がひとり首をかしげる。彼は知らない。というか知る由もない。まさか〝俺〟が、結構なぐらいのところまで彼女に迫っていたのを。
「……ちょうどいい。君と一度、話してみたかったんだ。どうだい、お茶だけでも」
「えっと……」
「……おじさん……」
「? その様子だと、君も訊きたいことがあると思って言ったんだけどね」
「あ……」
にこりと笑った男性に、思わずといった風に声が漏れた。……遠慮するのを見越しての台詞だろうか。心の中を見透かされたみたいで、なんとも言えなくなる。
「……じゃあ、お茶だけ……」
「うん。僕もそう言ってもらえると助かる。広那ちゃんの学校生活は、常々気になっていたんだ。さあ入って。小さい家だけど、歓迎するよ」
「……変なコト訊かないでね、おじさん」
「どうだろう?」
からからと笑う男性の後ろを広那が、そのあとを玄斗がついていく。この人が、飯咎狭乎の弟。たしかに容姿はどこか、共通するような部分が見え隠れしている。が、性格も雰囲気もまったく違っていた。姉弟と言われても、気付かないぐらいに。
「ほら、十坂くんも。……ああ、自己紹介がまだだったね。僕は飯咎
いま一度、彼――優慈は笑う。それだけで、ちょっと理解できた。なるほどたしかに、この笑顔を見たのなら、憧れてしまうのも無理はない。
>おじさん
作中屈指のめちゃくちゃ良い人。いやー飯咎家は良い人尽くしだなあ!
>傷
虐待の痕と左のお目々が見えないよってぐらいなのでへーきへーき(へーきじゃない)