ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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ハジメテの感情

 

 ふと、夢を見た。身に覚えはないけれど、まるで現実みたいな鮮明な夢。待ちに待ったなんて言えもしない高校生活。なにを感じることもなければ、きっと毎日を無為にすごしている。そんな中で、自分は、ひとりの少女と出会った。

 

『はじめまして。私の名前は飯咎広那。あなたは?』

『……俺は、十坂玄斗。よろしく、飯咎さん』

『うん、よろしく』

 

 にこりと笑う少女の顔が、ぼやけて映る。実際に見た記憶を繰り返しているのではない。それは■■を介して見た思い出のひとつだ。ただ、遜色ないだけの情報はたしかに揃っている。飯咎広那の笑顔は、つまるところ不鮮明だった。

 

『あ、また会ったねトオサカくん』

『飯咎さん』

『いまからお昼? 私も食堂行く途中で』

『そうなのか』

 

 少女と自分の仲は、そこまで悪くない。むしろ良好とも言えるものだった。なにせ■■は他人に対する思いというモノに差異がない。自分も、他も、ぜんぶを等しく冷めた考えで見ることすらある。偏に、それは一度生き物として壊れてしまったが故なのだろう。そんなものが、自分だった。

 

『ありゃ……席埋まってるね……』

『みたいだね。相席になるけど、大丈夫かな』

『え、いいの』

『? 飯咎さんがいいなら、別に』

『そう? なら遠慮なく』

 

 命の価値だとか、モノの善し悪しだとか、そういう区別ではない。生きているものと死んでいるものですら違いはない。塗り潰された真っ黒な画面を見ているようなものだ。ひとりひとりに違いはあっても、その中で優先順位が決まることはない。よく言えば皆に対して平等に優しくて、悪く言えば等しく誰にも無関心。

 

『と、トオサカくん……!?』

 

 そんな自分が壊れたのは、彼女の着替えを覗いてしまったときだった。単なる偶然。体育祭の準備中にたまたま空き教室で着替えていた少女の裸を、ばっちりと見てしまった。別にそれで人並みの性欲なんて持ったワケではない。ただ単純に、その衝撃にあるはずもない心を打たれた。

 

『い、いやっ、ちょ、み、見ないで……!?』

 

 綺麗な肌に浮かんだ惨たらしい傷は、彼女の人生があまりにも普通とかけ離れていることを知るに十分だ。それから、すこしだけ彼女を見るようになった。

 

『あー、うんうん! 大丈夫、任せて!』

『いや、平気だって! トオサカくん。私はほら、いまはぜんぜん元気だからね』

『え? ああ、もう……大丈夫なんだって……クロトくんは心配性だなあ』

『? どうかしたの、クロト』

 

 思えばそれは、他人だったからなのか。それとも今はもう戻らない時間に対するモノが、そのときの己にあったからなのか。立ち居振る舞いは、酷く似通っているのだろう。ただ、その根底にあるものは違っていて。

 

『誰かに優しくするっていうのは、とっても素敵なことだと思わない?』

 

 それが彼女の、信念で。

 

『でも――いいんだ。私はね、クロト。そうやって救われて、ここにいるから。それが、はじめて見た綺麗なものだったんだよ』

 

 それがなによりの答えだった。

 

『……君が、傷付くなんて、間違ってるって……!』

 

 人に無関心であれるのなら、たしかに優しくできるのだろう。誰かへの優しさを知ってしまえば、それに憧れてしまうのだろう。前者が■■で、後者が彼女だ。一度壊れきった心が示した人としての道になる。どうしようもないのは、そんな彼の一番に少女が入りこんでしまったコト。

 

『……そっか。でも、いいんだよ。何度も言っちゃうけど……』

 

 ■■の言葉は届かない。■■だからこそ届きもしない。それは分かりきった事実で、体感した現実で、そうなってしまった過去の話。だからもう、■■の役目は終わっている。二年間の付き合いで仲良くなった彼女と、決定的な別れをした夏祭りの日から。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……そうか」

 

「やっと、分かった」

 

「君は、そうだったんだな……〝俺〟」

 

「でも、違う」

 

「やっぱり違うよ。……〝僕〟だから、分かる」

 

「間違ってるのは、君だ。()()()()

 

 

 ◇◆◇

 

 

 翌日のこと。落ち着いてもう一度、と誘ってきたのは意外なことに広那のほうからだった。彼女は彼女なりに、あのとき自分の口から言えなかったのが申し訳ないらしい。そんなのは気にしない玄斗なのだが、どうにも断るという選択肢も思い浮かばず。結局は放課後、近くのファミレスまで足を伸ばしたのだった。

 

「……昨日は、ごめんね」

「だから、謝ることは……」

「ううん。……色々、迷惑かけちゃったから……」

 

 迷惑なんかではない、と玄斗は静かに首をふる。そこにどんな意味があろうが無かろうが、話をしようとしてくれたコト自体に意味はあった。お陰で、見えてきたものもある。結局のところ彼は部外者でしかない。それを再確認するには、十分すぎるコトだった。

 

「……その、さ」

「うん」

「トオサカくんは……いつから、その、違うの……?」

「……十月ぐらいから、だったかな。それまでの僕とは、違う部分とかなかった?」

「えっと、それは……ああ、うん。言われてみれば、そうかも……」

「……飯咎さんと〝俺〟は、結構近かったと思うけど」

「えっ――」

 

 がばっと、少女が顔をあげる。玄斗としては言い方の問題。広那からすれば、聞き慣れた誰かのもの。その反応に、いや、と彼は手を振った。

 

「ごめん。そういうことじゃ……いや、いまのは僕が悪かった。すこし、紛らわしい言い方をしたね」

「あ……いえ、その……ごめんなさい……」

「……だから、謝ることはないんだ」

 

 多すぎる謝罪に、玄斗はいまになって蒼唯の気持ちが分かったような気がした。なるほど。ここまで何度も繰り返していれば、禁止令なんて出したくなるのも理解できる。誠意としては大事だとしても、望むべき言葉こそが違う。そんな事実に、今更ながら思い至った。

 

「……でも、違うんです。クロトとは……その、なんて、いうか……」

「……、」

「私が一度、ふっちゃったみたいな、ものですし……」

「そうなんだ。……でも、そうなると、ちょっと。ね」

「……?」

「いいや。……僕から言うべきじゃ、ないか」

 

 ふっと笑ってコップの水を含む玄斗に、広那はどういう意味かと不思議な表情をするばかり。ちょうどすこし前、誰かの記憶を覗いてしまったからこその直感だった。実におかしい。見れば目の前の少女は、自分には何ともなくても〝彼〟にはどことなく気を向けているようだった。その理屈が、分からない玄斗ではない。

 

「……見ていないにもほどがあるよ。結局、惜しいところまで行っていたじゃないか」

「? えっと、あの……」

「ああいや、こっちの話。気にしないで」

「私は気になるな、少年」

 

 ――デジャブというものを、ここまで最悪な形で実感するコトになるとは、彼もこのときまで思わなかった。なにせ昨日の今日である。たしかに近くに居るというのはそうなのだが、にしても狙ったようなタイミングだった。……いいや、事実狙ったのであれば、それは。

 

「……狭乎さん」

「一日ぶりだ。十坂くん。それと、広那」

「ぁ……」

 

 にっこりと笑う飯咎狭乎に、前日のような不意打ちじみたものがない。ちらりと目を向けた娘から視線を移動して、次に玄斗のほうを眺める。確信は、そこでいった。

 

「昨日は落ち着いて会話もできなかったからな。いや、また会えればと思っていたんだが……まさかこうも早く再開できるとはね?」

「……そうですね。僕も、同じです」

「とっ、トオサカ、くん……?」

 

 広那の対面の席から立ち上がって、ゆっくりと移動する。近付けるのはやめたほうがいい。なにより、狙いが逸れているのなら不要な接触は彼女のためにも避けるべきだった。あんがい、こういうときに限って都合の良い〝人間〟をしている。狭乎の瞳は、真っ直ぐ彼を映していた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……ぜんぶ、聞きました」

「ほう」

 

 にっと、向かい合うように座った狭乎が面白そうに笑う。広那は玄斗の隣で、どこか居心地悪そうに俯くまま。それで沸き上がるなにかを〝関係ない〟と切り捨てた。矛先を向けるなら、決して自分の役目ではない。ただ今は、事実と記憶を合致させるだけのものがほしかった。

 

「彼女に、なにをしていたのかも」

「ははあ。優慈のやつだな? あいつはお喋りだからな。君にも言ったか」

「…………、」

「おそらくなにも理解していないだろうに。……だから、その子がそんなコトになる」

「っ」

 

 そっと胸ポケットから取り出した煙草を咥えながら、狭乎が広那へちらりと視線を送った。なにを考えているのだろう。玄斗にはそのあたり、まったく分からない。が、ひとつだけたしかなコトはある。ライターを取り出して火を付けたのを見計らって、真っ直ぐに手を伸ばした。

 

「!!」

「ちょっ……と、トオサカ、くん……!?」

「……、」

 

 手の中でいやに焼ける感触がする。消えるまでの一瞬、熱はとんでもないものだった。これは痛い。手のひらですら眉がつい動いた。直接これを目に当てられた痛みなんて、想像を絶するだろう。玄斗は握りつぶした煙草を手の上に乗せて、そっと狭乎のほうへ差し出した。

 

「あの、煙草、ダメですって。ここ、禁煙席ですから……」

「…………っふ、ふはは……なんだいそれっ……はは、はははっ――ああ、いや、すまなかった。これは失礼をしたね」

「いえ、ちゃんと貼り紙ぐらい読んでください」

「本当に申し訳ない」

「…………、」

 

 ぽかんと口を開ける広那に、玄斗はひらひらと手を振って笑顔をつくった。たしかに痛い。火傷というのは結構なものである。けれどもまあ、比べればなんてことはなかった。それぐらいの痛みなら、昔に嫌というほど味わって慣れきっている。

 

「ははっ……ああ。いいなあ、君はやっぱり。それそのものが段違いだ」

「そうでしょうか」

「ああ、そうとも。……娘もな、良いところまで言ったんだぞ? 本当に、もうすこしで見えてくるところだった。それをまあ、あいつが余計な真似をしてくれて……」

「……余計な真似、ですか」

「ああ、そうだとも。あいつが言うから試しにしてみたっていうのに……おまえ自身の手でこうもぶち壊すとはとんだ奴だ。もうすこしうまく手を加えられなかったのかと……」

「……っ」

 

 隣で震える広那に、ふと、火傷をしていない拳からも血が出ているのに気付いた。……冷静になれ、と言い聞かせる。いまの自分が、なにを怒るというのだろう。たかだか部外者の、十坂玄斗が。

 

「本当に惜しかった。できることなら、最後まで面倒をみてやりたかった。……それももうおしまいだ。そんな失敗作に成り果てるぐらいなら、いっそ私が壊してやればよかったな。まったく不細工だ。なあ広那。おまえ、よっぽどだぞ」

「っ……わ、たし、は……」

「……、」

「その点、君はいいよ。十坂くん。実にいい。そいつを育てていたから分かる。君のそれは、ある程度完成したうえで後付けされた人間性だ」

 

 ――すこし、心が揺らされた。決して、悪い意味ではなく。……ああ、いや、どうなのだろう。悪い意味といえば、そうかも分からない。

 

「出来上がったモノは壊すのも簡単だ。おそらく君は強固な造りをしていておきながら、罅が入る隙間というのもまだ存在している。そこが良いんだ。一枚や二枚ではない。君という人間を素直に眺めたとき、その一番下地にあるのは〝なにもない〟なんだ。それが君のすべての構成要素を支えている。違うかな?」

「……どうですかね」

「当たりだな? そういう言い方をするっていうことは、おそらくビンゴだ。だからいいんだ。十坂くん。そこの失敗作とは違う。君は現時点で完成されていて、そうでありながら巻き戻しの効く原石みたいなものなんだよ。ああ、いい。本当にいい。いいなあ、君は。――なあ、どうやったらそうなるんだ? 君は自分を客観的に見るコトもできるだろう? それこそ人らしくなくできるはずだ。じゃあどうして? そこが知りたいんだ。なにかの影響か? 友人? 兄弟? それとも親……母親か、父親か」

 

 唾を飲んだ。その一瞬を、狭乎は見逃さない。

 

「なるほど父親だ。そうだろう? 君がそうなったのは……いや、厳密に言うなら君という人間の元になる形をつくったのが父親だ! さぞうまくやった人なのだろう。君の父親はなんとも素晴らしいな! これほどまでうまく人間を壊せるものか!」

「…………、」

「同類なんだろうかな? 違うとしてもこんな偶然があってたまるかっ……! なあ、どうなんだ十坂くん。君のお父さんは一体君にどんなことをしたんだい? どんな状況で、どう接して、どうすれば君みたいな人間が出来あがる? 教えてほしいな。なにせ先人の知恵になるんだ。知っておきたいと思うのは当然だろう? なあ!」

「――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おまえはずっと、そこに居たのだな……レイナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは殆ど、反射的なものだったように思う。気付けば立ち上がっていた。爪の食い込んだ左手で引き寄せれば、狭乎の顔が近付いてくる。ゆっくり、ゆっくりと。スローモーションを見ているような一瞬。――正直、頭が、沸騰した。

 

「トオサカくんっ!!」

 

 轟音を立てながら転がる姿に、熱を持った思考が暗く冷えた。冷静になったワケではない。一周回って心が冷えきっていくのが手に取るように分かる。殴り抜いた拳が、たしかな感触を伝わらせている。

 

「なっ、な、なに、を……!?」

「…………、」

 

 慌てる広那をよそに、テーブルを回り込んで倒れた狭乎の襟を掴んだ。ことコレに関してだけは、〝俺〟に感謝をしなければならないほど。なにせ向こうでは、そう思えるのかすら分からない。

 

「……あんたと父さんを一緒にするな」

「っ……い、たいな……十坂、くん……」

「あの人が、どんな想いで、どれだけ苦しんで、どんなに辛い想いをしてきたのかも、知らないだろう。僕だってそんなの知るか。でも、分かってる。父さんは、おまえみたいな奴なんかとは違う……!」

「……は、はは……ああ。そういう顔も、できるのか……ますます……」

 

 いいな、と。そう溢す狭乎を放って、玄斗は広那の手を掴みながら踵を返した。

 

「ちょっ……あの、とっ……トオサカ、くん……!」

「……ごめん。でも、あれは最悪だ」

「え……」

「ああ、本当に嫌だ。なんだあれ。……くそ。なんだって、あんな――」

 

 それは真実、今まで知らなかった感情だ。知る由もなければ縁もないであろうものが、飯咎狭乎という人間を前にして芽生えている。

 

 

 ……本気で最悪だ。

 

 

 彼は、生きていて初めて、心の底から誰かを殺したいと思った。








>俺玄斗
一回「傷付いてほしくない」的な感じで告白したら「ごめん無理」と返されて心託しちゃった系主人公。無理だと悟るのが早いなおまえ(他人事)なお中身の関係でそこまで言った男が全然気にもせずそれを機に他の女子とイチャイチャしはじめていた模様。僕玄斗最低だな。


>狭乎おねーさん
おまえ本当すごいな! と褒めてたら殴られた。悪いこと言ってなくない?(純粋な目)


>広那ちゃん
俺玄斗との関係性を全部見破られてもはや玄斗的に笑うしかないのは彼にとってもある程度の成長の証。お互い好き合ってるのに拗らせてるのは本当笑うしか無い。


>僕玄斗
こいつすげえお父さん大好きだぜ?

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