ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
――そして、明くる日の朝。彼は当たり前のように起きて、当たり前のように……とはいかないちょっと苦労する朝食を済ませて、そのまま登校するはずだった。
「おはよう、玄斗」
「…………おは、よう……」
玄関先で佇む、この少女を見るまでは。
「えっと……」
「ああ、いいよ。うちの玄斗から話は聞いて……って、ほっぺ、どうかしたの?」
「……あの、歯が、抜けて……」
「へえ……」
「……君のとこの俺が、工具で……」
「あー……いや、ほんとうちの玄斗がごめんね。なんていうか、うん。ほら、あの人ちょっと勢いに任せだしたら止まらないっていうか……わりとあの見た目で猪突猛進気味なところがあるから……」
それはなんにしろ〝僕〟に限った話でもないのでなんとも言えない。考え出したらそれ以外の道をよそ見もしなくなるのが彼の欠点であり、またときには有効的な長所である。今回はそれがうまくはまった形だ。……歯が奪われてしまったのは、まあ、巻き込んだ代償というコトで彼の中でも納得自体はできている。
「てか工具って……もっとどうにかできなかったの……」
「それは俺が言いたいかな……」
「まあ玄斗だから仕方ないんだけど……っと、話してても仕方ないかな。よし、それじゃあ行こっか」
「あ、うん」
うながされて、玄斗は白玖の隣を歩いていく。……自分とは本来関わり合いのなかった少女だ。同時に、向こう側の十坂玄斗がとても強く想っていた相手でもある。それは一体、どういうところなのだろうか。たかだかゲームのキャラクターだから、なんて理由でもあるまいし。そのあたり気になってふと目を向ければ、視線がぶつかった。
「――ん、なに?」
「あ、いや……俺、っていうか……〝僕〟が惚れたのは、どんな人なのかな……と」
「ああ、なんだ、そういう……そうだねー、こんな人」
「……いや、それは分かってるけど」
「そりゃそっか」
目の前に居るんだし、と白玖は笑う。じっと見てきた彼とはまた違っても、彼女だってそのあたりは気になっていた。自分の知っているものとは違う想い人。それがどんな人間なのかというのは、気にならないというほうがおかしい。
「……玄斗は、まあ、そんな感じなんだね」
「! ……たった今までで、分かったのか?」
「いや、なんとなくだけど。そりゃあうちの人が無茶するワケだ。……本当そっくり。まあ、足りてないっていう部分が、ちょっと前までのうちの人と、なんだけど」
「……言い方が、難しいね」
「かな。まあ、そうかも。でもそうとしか言いようがなくてさ。……知ってる? あれでもうちの人はね、結構強いんだから」
「……それは、俺も知ってるよ」
なにせ何の躊躇いもなく自分の歯を麻酔なしで抜いた男だ。強いというよりかそれは狂っている。実際明透零無だった頃の名残なのでまあ正常と言えば正常なのだが、それに巻き込まれた真墨なんかはたまったものじゃなかった。帰ってきたらしばく。そう息巻いていた妹の姿に、なんだかんだで向こうの自分は想われているなと感心した。
「……それで、本題になるけど。まあ、事前に連絡はしてるからね。他は大丈夫として……」
「他……?」
「ああ、こっちの話。玄斗は単純に、放課後になったら屋上へ行くこと。でも、それだけに走らないこと。きちんと周りは見ること。でもって、ちゃんと、玄斗自身であること」
「……? 俺自身……?」
「うん。でないと意味がない。……私の彼氏が体張って頑張ってくれたんだから。そのあたり、ちゃーんと、見つけてほしいよ。私も」
そう言って、ちょうど別れる地点についた。健闘を祈っておくよ、なんて手を振りながら白玖は駅のホームへ消えていく。なんとも分からない。去り際、心のどこかでもうひとりの自分からかけられた声を思い出す。
「(零じゃ……無くす……)」
一体彼は、なにを伝えたかったのだろう。
◇◆◇
考え事をしていれば、時間が経つのは早いもので。いくら繰り返しても答えは出ないまま、ついぞ六限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。号令のあとに教師が出ていくと、クラスには弛緩した空気が漂う。
「(……行かないと)」
鞄にそそくさと教科書類をつめて、下校の準備だけしておきながら席を立つ。まだ周りの生徒は談笑の最中なのが殆どだ。この賑やかさに紛れていけば不自然でもなんでもないだろう、と彼は歩を進めて、
「はいストーップ、
「そうですね、会長」
「……!」
がしっ、とふたりに腕を掴まれた。
「いやいや、あたしらにも役目ってものがあるからねえ?」
「ですね。ここは大人しく一言でも聞いてもらいましょう」
「……? えっと……?」
なにを言っているのだろう、と玄斗が首をかしげる。今朝に白玖が言っていた
「題して、『
「ネーミングセンスはどうかと思いますが、たしかそのようなことかと」
「あれ、そこ突っ込んじゃう? たぶん名付けたの
「最高の名前ですね」
「あはは! 紫水さん手のひらぐっるぐるじゃん♪」
キランと眼鏡を光らせる六花と、からから笑う碧。その視線が、一斉に、玄斗のほうを真っ直ぐ向いた。
「……ま、私たちから言うのは同じなんだけどね」
「ですね。まったく、困った会長です」
「……? っ!」
どん、と力強く背中を押される。ふたり揃って、前へ押し出すように。かつて肩を並べようと努力を重ねた少女と、かつてその隣に居られたらと望みを抱いた少女。同年代であるが故のハンデをも抱えてきた彼女たちからの――激励だった。
「頑張れ、零無。きっとあとちょっとだよ」
「一番はあなたです。ちゃんと、胸を張ってください」
「――――、」
振り返ると、碧も、六花も、笑顔のままこちらを見ていた。つまりは、そういうこと。伝えたい気持ち。送りたい言葉。その意味を、ここにきてはじめて理解した。ゆっくりとうなずきながら、少年は教室を飛び出していく。廊下をそのまま、駆け抜ける。
「(そうか……〝僕〟は……)」
走りながら考える。足りないのなら足せばいい。届かないのならその分だけ増やせばいい。掴み損ねたものを掴めと、言われているような気がした。そのための用意、準備。無茶をした向こうの己の魂胆が分かった。すべては、〝俺〟という人間をその場に立たせるために。
「(……っ、なんだって、そんな……!)」
そこまでするのだろう。自分で良いのなら、彼でも良いはずだ。むしろ彼のほうが良いはずだと。なにせいまの玄斗に足りないものを、その十坂玄斗は持っている。ならば、わざわざ付け足す必要もなく、なにをすることもなく、上手く行くのでは無いかと。
「――零奈ちゃん!」
「はい、準備万端ですわ、黄泉さん!」
階段の傍らに、ふたりの少女が見える。両端に立って、まるでその間を通り抜けろと言わんばかりだった。そのまま突っ切る。けれど、耳だけはしっかりと傾ける。投げかけられる言葉は、たしかにあった。
「大丈夫。先輩は、私のヒーロー、ですから……!」
「信じております。だから、玄斗様も信じてください。あなたを」
どちらも、一度十坂玄斗に救われた少女だった。壊れかけた心にも、できることはあった。ひとりの人間を暗闇の底から引き摺りだすことが出来た。そんな事実を叩き付けられて、ぽんと優しく背中を押される。勢いのままに、階段を駆け上がる。
「(俺、は……――っ!)」
屋上まではそこそこの段数を登らなくてはいけない。だから、その間に十分な時間があった。次の階が見えてくる。立っているのはふたり。見て、外して、歩を進める。声だけはしっかりと、聞き逃さないように。
「……来たわよ、橙野さん」
「みたいです。……うむ。玄斗」
ゆるく、叩いたかも分からない力加減で、手が触れる。片方はのんびりと。片方は、どこまでも優しく。
「いってらっしゃい、零無」
「大丈夫だ。玄斗は、いちばん綺麗なものだからな」
上がる、上がる、上がる。背中を押されている。足が止まらない。止めることはできない。彼の知らない彼に向けての言葉が、いまの彼に届いている。それが、胸をうつ暇もなく力に変わっていく。なにせ、十坂玄斗は明透零無で。
「――さあ、ついぞラストよ。蒼唯」
「……最後っていうのは、気に喰わないけど」
「文句言うな。……ほら、やるわよ」
「……仕方ないわね」
正面に、赤と蒼が見える。もっとも強烈に、向こうの彼へと爪痕を残した少女たちだ。その奥に屋上へ続く扉が見えた。最後には相応しい。そう考えた誰かの意思を、彼はあますところなく感じ取った。どうりで、本気だ。
「後悔なんて吹き飛ばしなさい、玄斗。あんたはそれができるはずよ」
「謝るんじゃないわよ、レイ。それよりも先に、言うことがあるでしょう」
バシン、と強く背中を叩かれる。すべてが繋がって、すべてが力になる。それがたとえ付け焼き刃のものだとしても、元からある何かを起こすのには十分な燃料になる。
「――だから、君でいてね。君だからいいんだよ。会長クン」
最後に、そんな言葉をかけられた。桃色の髪の少女が、顔を見せずに過ぎていく。掴んだドアノブが、ぐるりと回って。……ゆっくりと、屋上の扉が開いていく。光が埋め尽くす一瞬。その先に居たのは、あるべき光景は――
◇◆◇
穏やかな風、静かな空気。そのなかで、彼女と対峙する。
「……ぁ……」
「…………そっか、あなたは」
目の前の少女が、こぼれた声にくすりと笑った。それだけで、分かるものがあったのか。
「――おかえり、クロト」
「……うん。ただ、いま……」
もっと他に言うべきことがあるのに、それが真っ先に出てきた。心臓が高鳴っている。今までの出来事は、うっすらと知っている。玄斗を通して見ていた景色だ。飯咎狭乎の行いを見て、間近で感じて。
「……久しぶり、だね。なんか……」
「……ああ。そう、だね……」
「……クロト、さ。いきなり、私にはなにも言わなくなるから。てっきり、そういうことなのかと、思ってた」
「っ! そんな、こと……!」
真冬を目前にした放課後。空は夕焼けだった。冷たい空気とは対照的に、遠くに沈む太陽がどこまでも明るい。
「……言ったじゃ、ないか。俺は、君が傷付くのは……ダメなんだって……」
「……そうだね。言ってた。それで、私がそれを拒否したのも」
「っ……」
なにが、俺でなければダメなのだろう。受けた言葉はたしかに力だ。だが、どうすれば良いのかなんてさっぱり分からない。なにをどうして、この状況を自分に託したのか。いや、もとより最初に託したのは、こちらだというのに。
「……私はそれでいいって、言ったよ。でも、クロトはそれじゃダメだっていう。……なんで、なのかな。たぶん私は、それが分からなくて、それがちょっと悲しいんだ」
「なんで、って……」
「……ねえ、クロト。なんで、なのかな……」
どうして、私の生きる意味を否定したがるのかと。暗にそう言っているようだった。なんで。そんな理由を考えたコトは、なかったか。でも、理由なんてなくて。ただ、彼女が誰かのために傷付いて、壊れていくのが、どうしても耐えられなくて。
〝じゃあ、それは、なぜ?〟
「――――っ」
心臓が跳ねる。声が聞こえる。受けた声が、頭をかき乱す。頑張れ、胸を張れ、大丈夫、信じろ、いってこい、綺麗だ、後悔も吹き飛ばして、謝るよりも先に、自分でいて。――その、心のうちを。
「俺、は……」
本当の、自分の言葉で伝えろと。
「ボク、は……!」
『――零じゃ無くして来い』
意味が、そこにあるのなら。
「――ボクは、君のことが好きだ!!」
「…………え?」
震えるぐらい、声を張り上げていた。呆然とこちらを見る広那と、目が合う。なにを言っているのだろう。でも、言うならそれしかない。あるはずがない。だって、本心なんて、言ってしまえばそうなって。
「だから、傷付いてほしくない。君自身を大切にしてほしい。苦しまないで、ほしいよ! 好きなんだ! 当たり前だろう!? だって、ボクはっ……そう、思って……っ!」
「…………クロ、ト……」
なにが足りないかなんて、それこそ〝僕〟には分かりきっていた。一度は辿った道だ。どれほど理由や理屈を並べても、そこに繋がる心を示さなくてはなんにもならない。それをひとつも口に出していないであろうことは、同じ十坂玄斗として察せた。上出来だ。もはや、言うコトもない。
「無茶なんて、するな! 怪我も、苦しいことも、ぜんぶっ……ダメ、なんだ。嫌なんだよ……君のことが、それだけ、大事で……だから、そんな姿、ないほうが良いに決まってるのに……!」
「……うん。……うん……」
「なのにっ……なのに、ボクはっ……ああ、いや、違うっ……それなら、ボクが!」
言葉がまとまらない。思考回路がめちゃくちゃだ。なのに、考えることだけはハッキリしている。たったひとつ、貫いた想いだけが。
「――ボクが! 君のコトを、半分背負う!!」
「…………うん」
「だから……っ、だから、お願い、なんだ……もう、危ない真似なんて、しないでくれよ……違うんだ。大層な理由なんて、これっぽっちもなくて。ああ。ああ……っボクは、君に、ボク自身が、傷付いてほしくないって、思ってるだけで……」
「……そっ、かぁ……」
違うと否定されて。それは間違いだと言われて。でも、その根底にあるのが彼女をすくい上げるようなモノだったとき。はたして、人間はどういう反応をすればいいのだろう。
「――っ、好き、だ……! 広那、さん……!」
「……それ、は……」
「好き、だったんだ……っ、いま、気付いた。俺は、君のことが、なによりっ……」
「……やめ、てよ。……そういうこと、言われたら、さあ……あ、あはは……は……」
ぼろぼろと、涙が出てくる。固まった関係も、固まった言葉も、固まった心も。溶ければそれは雫となって落ちていく。
「――っ……なん、で……泣いてるん、だろう……私……っ」
「……俺だって、聞きたいよ……それは」
「だよ、ね……あは、あはは……うん。でも、さあ……でも、なんだよ。うん、うん。それでも――――」
◇◆◇
――不意に、目覚ましが鳴った。寝惚けた手で、強引にその音をとめにかかる。……昨日までの記憶があいまいだ。時計を見れば時刻は午前六時半。そろそろ起きる時間帯と言えば、まあそうとも言える時間帯で。
「(……九月、一日……?)」
首をかしげながら、玄斗はゆっくりと起き上がる。清々しい天気だ。なんだか驚くぐらい良いもので、ついぞカーテンなんか開けて外を見た。――眩しくて、手をかざす。
「……ん?」
と、そこで気付いた。いつもの寝間着ではない。だいぶボケていたのか、どうやら制服姿でベッドへ潜りこんだらしい。
「(うーん? ……なんか、こう……)」
なにかあったような気がして、首をかしげながら踵を返す。本日より二学期だ。制服であるというのは、その点に関してちょうどいい。そのままドアノブを捻ってリビングに向かおうとして――
「(? ……これ、って――)」
胸ポケットにある丸いナニカに、数秒間だけ瞠目した。
「――――、そう……か……」
いま一度空を見る。見上げた色は綺麗な青。透き通るような晴れ間に、自然と笑顔がこぼれた。願いは成就した。はじめの原因となった他人への助力ではなく、彼が自力でそれを解いた。そうした結果、なのだろうか。
「――やればできるじゃないか、〝俺〟」
もう届かない独り言を呟いて、玄斗はゆったりと部屋を出た。きっとすでに妹がいて、母親がいて、父親が変なコトを喋っているに違いない。そんな日常だ。あるべき姿である。これから待っているのは、平凡そのもの。
「(……それが良いんだ。それで。きっと)」
いつもどおりの日常。それこそが結局いちばんの幸せなんだと、玄斗は思った。
名前:飯咎広那
性別:男
年齢:16
趣味:とくになし
特技:笑顔
イメージカラー:なし
備考:本作の主人公。いつも笑顔を絶やさず、誰かを思いやる気持ちに溢れた少年。そんな彼にはすこしだけ、深い事情があって――?
(アマキス☆ホワイトメモリアル2公式攻略ガイドブックより抜粋)