ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……いや、そんなことはないけど」
きっぱりとそう言う玄斗に、碧の苦笑が一瞬だけ固まった。が、それも刹那。すぐに表情を取り戻した彼女は、どこか作り物じみた笑顔で眉を八の字にしながら続ける。
「いやいやー……ほら、それこそお世辞はいいって。だって、さあ……」
「? うん」
「……十坂、あたしのこと……その、避けてた……じゃん?」
「――――、」
ああ、なるほど、と玄斗は内心でうなずいた。やはり人をよく見ている。彼女の観察眼はおそらく調色高校のなかでも随一だ。普段は部活のテニスなんかで使われる才能が、ひとたび日常において効力を発揮した影響は凄まじい。例えるなら、なんとなく感じ取るのではなくそうだと直感する。ルートが固定された状態でいちばん早く、いちばん鋭く壱ノ瀬白玖の歪みに気付いたのは彼女だったはずだ。
「……そうだね。あんまり、深く関わらないようにはしてた」
「だ、だよねー……! いや、ほんと、あたしなんかした!? って思ってさあ……あー、えっと……理由、とか……聞いても、いい?」
「理由なんてないけど」
「え――」
ひゅっ、と呼吸が変に止まった。心臓が締め付けられるとはこういうコトかと理解する胸の軋み。碧のなかに浮かんだのは悲しみではなくて、「どうして」という疑問だ。それがしっかりとしたカタチになる前に、ボロボロと霧散して――
「なんていうか、それは僕の責任で、僕のせいになる。……ごめん」
「……へ?」
――崩れ去る寸前に、そっと支えられてしまった。
「……あ、え……っと……どういう……あはは……十坂の、責任?」
「うん。ちょっとした、僕の問題。だから五加原さんが気にすることはないよ」
「そ、そう……なんだ……あは……あー、そっかあ。あたしのこと、嫌いじゃないんだ」
「? うん。だって、嫌いになる要素がない」
またもやきっぱりと、玄斗は真剣な顔でそう言った。おそらくこの場に本日の首謀者兼共犯者がいれば「相変わらず会話が下手……!」と怒り心頭だったろう。それぐらいの脈絡のなさと、言葉選びのなさ。彼のそれはもはや会話というのもおこがましい、独り言じみた言い方だった。
「さっきもそうだけど、五加原さんは人をよく見てる。僕がメニューを軽く見ただけで決めたって感付くのは素直に凄いと思うし、誰かを気遣えるのは良いことだと思う」
「え、ぅ、や、と、十坂……っ?」
「人を気遣うのって、凄い難しい。予測なんてアテにならないし、人それぞれ考え方だって違うのに、いくら考えたって分かるわけない。なのに五加原さんはそれができて、分かったうえで誰かのために動いてるってことになる。……それって、普通に素敵なコトとは違うのかな」
「すっ、すて、素敵か、どうかは……! わかん、ない……けど……」
「でも僕は凄いと思うし、素敵だと思う」
「――――っ!」
まったくもって会話が下手。おそらくこの場に本日の首謀者兼共犯者がいればまっさきにその頬を殴り抜いている。おもに怒りで。
「それに、なによりこれがいちばんだと思うんだけど」
「…………もう、なんなわけぇ……?」
「嫌いな人と一緒にご飯は食べないよ。ましてや、誘われても普通は断る」
「――――――、」
先ほどまで俯きかけていた碧の顔が、ぱっと上がった。玄斗は若干苦笑しながら、食器を置いて彼女のほうを向いている。学習という名の無駄なあがきがそのとおり裏目に出た。必要以上の接触を避けていたのは、きっとずっと前からバレバレだったのだろう。誰かに嫌われる辛さは彼もすこし知っている。たったひとりであれ、重いモノは重い。それはちょっと、目の前の彼女が背負うようなものではないと思った。
「でも、納得いった。今までのことも察してたんだ。本当にごめん。これからは気を付ける」
「……え? あ、うん……」
「そういうことだから。五加原さんはぜんぜん嫌いじゃない。それじゃあ、また。相席ありがとう。今日は一緒に話せて楽しかった」
立ち上がりながら玄斗がそう言うと、碧はぽかんと呆けたまま彼のほうを見ていた。そこまでおかしなコトは言っていないはずなので、動きに問題でもあったのだろうかと斜め上の方向に振り返る。そちらに関しても変な動きはしていないはずだが、色々と自信のない玄斗では確信を持てなかった。席代代わりにそっとふたり分の伝票を持って、ついぞ席を離れようとしたとき
「ま、待って!」
ガタン、と椅子の揺れる音が響く。振り返れば碧が机に手をついて立っていた。店内の照明によるせいか、気持ちその顔色がいつもより良く見えた。
「な、名前! その、下の名前で、いい、から……」
「……うん。分かった。じゃあ、また。
「う、うん! ま、またね! ……く、
手を振って、くるりと踵を返しながらレジまで歩いていく。予想外の出費に財布は痛いが、だからどうということもない。大体使えるときに使うのが賢いお金の使い方だ、とどこぞの誰かが言っていたような気もする。食事にありつけただけ幸運だ、と玄斗は代金を払って店を出た。
◇◆◇
十時ちょうど。無事帰宅し、家のなかにも入るコトができた玄斗がシャワーを浴び、来たるべき期首考査のために参考書とにらめっこしていたとき。不意に、聞き慣れた電子音が耳に届いた。電話の着信音だ。すぐに掴んで、そっと液晶に目をやった。
「(……なんていうか、本当律儀だ)」
十時といって十時ちょうどなあたりがとくに、と思いながら玄斗は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『私よ。……言わなくても、分かってたわね』
「ええ、まあ」
『あなたと電話で話すのはこれがはじめてかしら。……顔が見えないのは、難しいわね』
「ビデオ通話っていうのもありますけど」
『いやよ、恥ずかしい』
「ですか」
笑って答える玄斗に、電話越しの向こうは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。不自由だからどうするのかではなく、それを楽しむのもまたやり方だと彼女は言っていた。時折口にする難しい言葉は、なんとも玄斗からしても反応に困るものばかりだ。
「そういえば、見ました。ムスカリ」
『そう。……どうだった?』
「綺麗ですね。でも、やっぱりぶどうみたいです」
『……
「ありがとうございます」
『褒めてないから』
あれ? と首をかしげる玄斗。まあ、ある意味では褒めるべきなのかもしれない。
「あ、でも、レシートはなんだったんですか? 会計間違いとか、その確認で?」
『……あなた、それでも学年首席?』
「はい、これでも学年首席ですけど……」
『一度その看板を返すコトをおすすめするわ。それか脳みそを縦に割りなさい』
「……? すいません」
『十四回目』
容赦ないカウントに玄斗の頬がひくついた。そういえば、暗くなってすっかり忘れていたがまだ〝今日〟の範囲内だ。
「……なにをすれば?」
『本当に潔いわね。なら……そうね』
すこし間を置いて、うんと蒼唯のうなずく声が聞こえる。そこまで悩んでいない、軽い要求だと良いのだが、と玄斗は一縷の望みをかけて、
『味気ないから、名前で呼びなさい』
「……それだけ、ですか?」
『……それだけとはなによ。あなた、一回も私の名前呼んだことないじゃない』
そういえば、と思い返して玄斗は気付く。はじめから、それこそ初対面の挨拶からずっと彼女のことは先輩としか呼ばなかった。名字はもちろん、下の名前なんて以ての外だ。たしかにそれは、人付き合いの経験がすくない玄斗をしてどうかと思わせる説得力があった。
「……えっと、
『――――っ、ば、ばか、ばかじゃないの!? あ、あああなた年下でしょう!? と、年上にはもっと敬意を持って……!』
「す、すいません。
『……まあ、それで許してあげるわ』
はあ、とついた息にこめられた想いはどんなものか。真実それは蒼唯にしか分かるまい。ただ、仕方ないといった風に言う彼女の様子からして、悪いものでもないのだろうと玄斗はなんとなく直感した。それからおおよそ一時間。ふたりのどうでもいい会話は、街の明かりがぽつぽつと消えていくまで続いた。
名前なんてただの飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。
ちなみに主人公がまともな人間らしい思考とか感情を持っているという仮定での想像はわりと面白いのでそういう感想は見ていて楽しいです。