ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
一度でもそれを感じたコトがたしかにあったのなら
ああ、そうだろう。
間違いなく、そいつは必ず
ヒトとして、ましてやきっと
――生き物として、どうしようもなく狂っている――
夕方から止んだ雨雲が影も形もなくなった翌日。部活動に所属する生徒たちが午前中のみの練習に励み、帰宅部に分類される彼らが平和な日常を過ごす土曜日。十坂玄斗はそのドアを開けた瞬間、壮絶なまでの震えに襲われた。
「――――、」
ぞくり、と鳥肌が立つ。感情によるものではない。そもそもそんな可愛らしいものが玄斗のなかに存在するかと言われれば首をかしげる。間違いなく、けれどたしかに、彼だけが鋭敏に感じ取れる殺気。……まさしく、
「……お邪魔、します……?」
ぎい、と今日だけはいやに重い扉を開いて中に入る。廊下に明かりは一切ついていないが、晴れた日の昼前だ。視界は十分に確保できる。ただ違和感があるとすれば、人の気配が極限まで消されていることだった。
「(……いや、いつもだろう。だいたい、この家には……)」
そう、たったひとりしかいない。玄斗はそのひとりに呼ばれて休日にここまで足を運んだのだ。道中はなんとも思わなかったが、こんな場面と対峙すれば気持ちも揺らぐ。目下の心配事は家主の姿が見えないことだろう。最悪の想像が脳裏によぎる度に、そんなハズはと考えを正す。自然と高鳴る心臓をおさえつけて、そっと歩を進めた。
「…………、」
ぎし、ぎし、と踏みしめた床が軋みをあげる。音は遠くまで響くが、家のなかで広がりは途切れる。視覚だけではなく聴覚まで総動員して、周囲の状況を冷静に把握する。こういうとき、感情と思考の繋がりが薄くて良かったと芯底思う。
「……白玖?」
と、そこで探していた家主の後ろ姿を視界におさめた。カーテンを閉じて、電気もつけていない真っ暗闇。いや、厳密に言うならひとつだけついている。彼女が立っている台所の、あわい蛍光灯の光だけが。
「(……なんだ、無事なのか)」
ほう、とちいさく息をつく。張りつめていた意識が弛緩した。女子高生のひとり暮らしというのは安全面から考えてもどうかというものだ。鍵をかけ忘れたなんて一瞬の油断でさえ、取り返しのつかなくなる可能性がある。が、とりあえず無事ならなによりだ。低い姿勢から立ち上がって、玄斗はそのままリビングに足を踏み入れた。――その直前まで放たれていた殺気が、いったい、誰のものだったのかも考えずに。
「白玖、こんなところでなにして――」
音が響いた。なにかを叩き付ける鈍い音。ゆっくりとふり向いた白玖の顔に、暗い影がかかってよく見えない。
「……おかえり、玄斗」
「……白玖?」
「昨日は、なにをしてたのかな。学校、休んで」
玄斗は分からない。彼女がこんなところで待っていた理由も、そのいつもとの違いの原因も、ましてや――しっかりと右手に握られた銀色に閃く刃物も。
「……それは」
「言えないの?」
「……うん。ごめん、言えない」
だからこそ……いや、仮に気付いていたとしても、彼は素直に答えた。言えないものは言えない。言葉を選ばず、胸に飛来した思いをそのまま口にする彼らしいやり方だ。けれども悲しきかな。この場合においては、悪手と言わざるを得なかった。
「そうなんだ……言えないような、ことなんだね」
「……まあ、そうなるのかな。でも、こればっかりは――」
「言えないようなコト、したんだね……どこの馬の骨とも知らない、女と」
――きっと壱ノ瀬白玖に前世があれば、人を殺す術を持っていたに違いない。すらりと構えられた
「えっと……は――」
「悪い子だね。玄斗は」
音もなく白玖は跳ねた。一瞬で玄斗の眼前まで迫る。距離は近い。すぐにでも刃が届く。避ける間隙はあったかどうか。なにも考える時間もなく、なにをする余暇もなく、
「悪い子には、お仕置き……しなきゃ」
躊躇いもなく、さも慣れたように。
「……は……く……?」
十坂玄斗の胸に、断罪の刃を突き立てた。
「教えてあげる、玄斗。――これが、誰かを
「…………!」
間近で見えた白玖の瞳と目が合う。口角をつり上げて、彼女は綺麗に笑っている。笑いながら、ぐっと手に持つ凶器に力を込めた。鋭い先端が優しく玄斗の胸を押す。まるで吸い込まれるように、どこか沈んでいくように。
――カツン、と彼女の持つ包丁は柄に戻っていった。
「……は……く……?」
「――っ、ぷ、あ、あはは……! く、玄斗ってば、そんな、必死そうな顔、しちゃって……っ!」
くすくすと笑い続けながら、白玖は閉めきっていたリビングのカーテンを開けた。いまのさっきの筈なのに、その陽光が妙に玄斗にとっては懐かしい。先ほどまで刃物と認識していたそれがよく見える。遠目からでもおもちゃと分かる、出来の悪い偽物だった。
「これ、引っ込むやつ。まさかこんな上手くいくなんて、思わなくて……ふふっ、でもいい顔見れた。あー、いまの写真とっとけば良かったなあ」
「……なに、を……」
「学校さぼってどっかほっつき歩いて、あまつさえこんな可愛い幼馴染みのメッセージを既読全スルーしてくれた罰だよ。むしろこれぐらいで済んでありがたく思ってほしい」
「……なんだ。そういうことか」
壁にあずけていた体重を戻して、ゆっくりと玄斗が体勢を立て直す。いきなりのことで驚いていたが、理由を聞けば納得だ。おおかた懲らしめようとして思いついたのがこういうコトだったのだろう。さすがはよく考える、と玄斗は関心しつつ頭を下げた。
「その件についてはごめん。別に、白玖のことを邪険にしたわけじゃないんだ」
「私を放っておいて他の女と遊んでたのにー?」
「うん。だから今日はこうやってちゃんときた。穴埋めになるのかは、分からないけど」
「……ぜんぜんなりませんよー。三ヶ月分の指輪ぐらい用意してくれないと」
「なんだ、白玖。そういう夢とかあったのか。ならそれは僕じゃなくて、君の好きな人に言うべきだと思う」
――いやだから玄斗に言ってるじゃん、とは口にできなかった。恥ずかしさとかそういうのは二の次にして、なんとなく自分からストレートに言うのは負けた気がするのだ。重いだなんだと言われようが彼女だってれっきとした乙女の心を持っている。
「……で、なにがあったの?」
「なに、って?」
「とぼけない。なんか、あったでしょ。どっちかっていうと良いコト」
「……すごいな。もしかしてエスパーか、白玖」
「違うから。だいたい、玄斗のことなら私はなんでも分かるしー?」
「……それは、勝てないな」
苦笑する玄斗と、鼻を鳴らして胸を反らす白玖。男子高校生ならその成長著しい一部に目でも引きそうなものだが、こと彼にいたってはまったくの無関心。ひとつ笑顔をゆったりと消して、諦めたように息をついた。
「……ちょっと、心のつっかえが取れたんだ。すこしだけ」
「ふーん? 女の子と遊んで?」
「まあ、端的に言うとそうなるのかな。……改めてみると弁解のしようもないぐらい最低じゃないか?」
「そうだよ。さいてー、玄斗さいてー」
「ごめん。許してほしい。できることならなんでも――」
「ん? いまなんでもするって言ったよね?」
食い付きが尋常じゃなかった。ちなみに荷物は壊れていない。というか持ってすらいない。電波が乱れた。
「じゃ、今日一日付き合ってよ」
「ああ。そのぐらいなら良いよ。なにに? 買い物?」
「……玄斗はさ」
「?」
「いっぺん、本当に、心理学を勉強したほうが良いと思うよ」
「うん、分かった。今度本屋にでも寄ってみる」
おそらくはそれでも治らないだろうな、と幼馴染みの筋金入っている鈍さに白玖はため息をついた。律儀なのは美点だが。律儀すぎるのもアレだ。
「(……ま、いっか。玄斗、なんか嬉しそうだし)」
できることならその顔は自分がさせてあげたかったが、大事なのは誰がどうするかではなく彼がどうなるかだ。その相手が自分であれば文句なしいちばんの幸せな結末だが、いまはまだ急ぐときでもあるまい。おもちゃのナイフをポケットに仕舞いながら、白玖はちいさく笑顔を浮かべた。
「ところで白玖は、花とか詳しいか?」
「うん? なに、いきなり。あんまり詳しくないけど」
「ムスカリっていう花があるんだけど、あれ、ぶどうみたいなのに花なんだって」
「あ、それは知ってる。ムスカリかあ……ふーん……」
「ちなみに好きな花とか、あったりするのかい?」
「ああー……それは、そうだねえ……」
すこし悩んで、白玖はちょっとだけ口角をつりあげながら、こう答えた。
「――アネモネ、とかかな?」
そうなんだ、と玄斗が返す。きっと意味のほどは、彼女だけが理解したままだった。
>おもちゃのナイフ
別に七ツ夜とかは書いてない
というわけで二章終了! 閉廷! 解散!
幕間は二話だヨ! まだ先輩のターンだね長いなあ!(やけクソ)
でもメインヒロインは白玖ちゃん(♀)なので主人公を救えるのが必然的に彼女でしかなくなるというアレ。……いや、うん。もう余計なアレコレは言わないでおこう。