ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
『――顔、暗いぞ』
おぼろげな夢を見ている。向こうが覚えているかどうかも分からない昔の記憶。幼い少年を前にして、彼はくすりと微笑みを浮かべた。
『目が赤い。こすっただろう。悪くなるからやめよう』
『…………、』
両の手首を握ってそう言うと、少年はすんと鼻を鳴らした。少し前から知り合った男の子は、彼のよく知るゲームの登場人物と同じ名前をしている。おそらくは存在そのものが同一と見ていい。だから、なにが起きたのかも知っていた。
『……玄斗……』
『泣くな、なんて言えないし、言わないけど……暗い顔ばかりもいけない』
『…………、』
どうしたもんか、なんて彼は考えてみる。本当にズルい生き様だと思った。事故であればまだなんとかなったかも分からない。だが、原因は病気だ。彼の努力云々でどうにかなる問題ではない。だから仕方ないと、割り切るのも難しかったけど飲み込んでいた。……その罪悪感に苛まれて、こんな似合わないコトをしている。
『でも、大丈夫ってことぐらいは言える』
『……大丈夫?』
『うん。大丈夫。いまはすごい悲しくて、きっと、僕の想像もつかないぐらい、白玖は辛いんだと思う。でも、大丈夫』
ああ、思えば、だから決めたのだ。そのときに、関係もなにも、誰がどうかも関係なく、そんな現実と直面した瞬間に決意した。例えどれだけ無謀だろうと、どんなに無理難題が壁になって立ちはだかっても。
『きっといつか、白玖を幸せにする。あと……そうだね、十年もしたら、きっと』
『――――ほん、と?』
『うん。だから、いまはいっぱい泣けばいい』
胸ぐらいは貸してやるから、なんてふざけつつ彼は言った。精神年齢だけで言えばちょっとぐらいは上。見た目は同じで変わりない。ただ、傍から見ればせいいっぱいの見栄も、眼前の少年にとっては酷く心に響くものだっただけ。
『玄斗ぉっ!』
『ふぐっ』
『お……おれぇ……おれぇ……!』
『(……く、苦しい……)』
ちなみにそのとき思いっきり首を絞められたのが今となっては笑い話だ。思いの外強く抱きついてきたものだから、一瞬渡っちゃいけない類いの川が見えた。三度目の人生は流石にないと思うので、ああいう経験はできるだけもうしたくない。
『……そうだね。やっぱり君は、笑ってるほうが似合ってる』
『おれが?』
『うん』
『……そっか!』
そう言って笑った顔を、なんとなく今も覚えていることに気付いた。屈託のない笑顔は真実少年によく似合っている。花咲く笑顔が似合う男というのもあれだが、思えばそんなCGがあったのを思い出した。……どこかのルートで、珍しく主人公の顔が映っていたものだから覚えている。それが酷く、ダブって見えた。
『……じゃあ、遊ぼうか。白玖』
『うん! 玄斗!』
だから、まあ、正直に言うと。十坂玄斗は、壱ノ瀬白玖という人間が少なくとも嫌いではなかった。
◇◆◇
目を覚ますと、案外頭のなかはさっぱりしていた。
「…………、」
そっと額に乗せていた氷嚢を退けて、上半身を持ち上げる。時計を見れば三十分も経っていない。玄斗が授業から抜け出したのが開始二十分経つかどうかといったところなので、もうそろそろ終わっている頃だ。
「あ、起きた?」
と、隣からつい最近聞いた声が飛んできた。反射的にふり向くと、イメージ通りのイメージと合わない美少女がベッドの側の椅子に腰掛けている。
「白玖……」
「大丈夫? その……なんか、ごめんね?」
「……いや、君が謝ることはないだろう」
ほうと息を吐きながら言って、玄斗は努めて冷静に状況の把握なんかしてみる。授業を途中で抜けたのはまだしも、あの会話の後に保健室まで行ったのはちょっと、気遣いが足りなかった。反省しつつ、玄斗は白玖のほうへ視線を移す。
「無神経だった。悪いのは僕だ。……ちょっと混乱してて。君が白玖だっていうのは……そうだね。すこし考えれば、納得のいく話だった」
まあ本音を言うと納得いっていないが。ついでに混乱もまだおさまっていないが。
「そう? それなら……良いんだけど」
「……ごめん。それでもって……」
「?」
くすり、と彼は薄く微笑みながら、
「おかえり、白玖」
「――――、」
そんなコトを、言ってのけた。
「……うん。ただいま」
「……本当に、白玖なんだな」
「……そりゃあ、もちろん」
「ちっちゃい頃、一緒に遊んだ公園の木に彫った言葉は?」
「表裏一体っ」
「……白玖、だな」
「……白玖、ですよ」
ふたりして、同時に噴き出した。まったくもっておかしい。こんなにも同じなのに、違うとカテゴライズしかけていた自分に。まったく変わっていない親友に。自然と笑みがこぼれた。――本当に、なにを悩んでいたのだろうと。
「……なんか、いまのやりとり夫婦みたいだ」
「ふう゛っ」
「?」
げほごほ、と咳きこむ白玖。それを不思議そうに見つめる玄斗。原因が一切分かっていないあたり、むしろ狙ってやっているのかと思うぐらいの大暴投だった。
「……もう、なに言ってるの、ばか玄斗」
「ばかとは失礼な。これでも学年首席になってる」
「え? うそ? 玄斗が!?」
「……そんなに驚かなくてもいいだろう」
もともと成績はそんなに悪い方ではない。加えてちょっとしたズルもある。主に二回目というあたりがそれだ。なので、本腰を入れて勉強に取り組んでみればなんとか死守できる程度には良い。たしかに彼自身の性格から見て、意外なところではあるが。
「それじゃあ今度教えてよ。ほら、私、物理とか苦手で」
「でも国語は得意だろう」
「――な、なんで分かるの……?」
「君のことだからなんとなくそうかな、って。鎌をかけただけ」
わなわなと戦く白玖の震えが止まる。ちょっとした嘘を混ぜた玄斗の問いかけは正解だったようで、見ればほんのりと頬が赤い。鎌をかけたのは本当だが、分かった理由としては「公式の設定」というつまらないものである。性別が変わっても苦手得意科目は変わっていないらしい。
「にしても、変わったね。白玖は。当たり前だけど、最初見たときは気付かなかった」
「まあ、男の子だと思ってたらね……」
「それもあるけど、いまの君、すごく綺麗だろう。一目惚れしそうだった」
「……惚れてくれてもいいけどー?」
「……考えておく」
「……ふふっ、なにそれ」
実際、ちょっとドキッとしてしまったのは内緒だ。その後のインパクトで色々と吹き飛んでしまっていたが、正直白玖がかなりの美少女なのは否めない。だからなんだ、と片付けるのは難しいものだが、ことコレに至っては十坂玄斗はプロだった。
「とにもかくにも、元気そうで良かった。やっぱり白玖は笑顔が似合う」
有り体に言ってしまえば、すさまじく鈍く、それでいて天然だった。
「……ああ、もうっ。玄斗は変わってなさすぎ。そういう、ストレートなところとか」
「そうかな」
「そうなの。あれだよ、黒ひげ危機一髪してるみたいな気分になる」
「……いや、さっぱり分からない」
こう、刺す場所を間違えるとびっくりするというか。たまたま当たってしまうと避けようがないというか。
「でも、安心した。やっぱ玄斗は玄斗なんだって」
「? まあ、僕は僕だけど」
「そうだね、玄斗だもんね。……うん。戻って来て、良かった」
そう言ってうなずく白玖に、どことなく気にかかる部分があった。なんだか分からないが、痛くはないけれど気になるトゲのような。しばし逡巡して、玄斗がそれを訊こうと口を開いたとき、
「……あ、予鈴」
「……授業」
「だね。どうする、まだ休んでいく?」
「……いや、戻るよ。あと一時間ぐらいは頑張らないと」
「ん、そっか」
すっくと立ち上がりながら、ふたりして保健室を出る。養護教諭の教師が居ないのは疑問だったが、そう言えば奥から小さな寝息が聞こえてきていたのを思い出す。……きっと席でも外しているのだろう。会話を聞かれなかったコトもある。気付かないフリをして、玄斗はそっとドアを閉めた。残り一時間の授業は、せめて問題なく乗り切ろうと思いながら。
◇◆◇
「…………、」
「あれ、
「あ、うん、いま行くー!」
「早くしなよー、次あんたの苦手な現国でしょー」
「あははー…………」
「…………」
「……」
「
言葉の端々から香るモノを表現していきたい今日この頃。