ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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二章幕間:彼女のウラガワ ~たとえばこんな話~

 

「――――、」

 

 呼ばれている。誰かになにかを呼ばれている。意識は暗い底の底。深い眠りの最中で、でも、脳を揺らすような誰かの声を聞いた。

 

「――――い、――――、」

 

 声はだんだんと大きくなる。うるさいと寝返りをうった。それでも相手は諦めた様子もなく、むしろボリュームを大きくしてきた。なんてことだと、彼女は頭を抱える。今日は土曜日につき、待ちに待った一週間に二日しかない休日だ。そんな日ぐらいゆっくり寝かせてくれと――

 

「……蒼唯。起きて、もう八時になる」

「…………?」

 

 なんだか、その声が耳朶を震わせすぎて、思わず目を開けた。

 

「え……?」

「あ、起きた」

 

 おはよう、と目前の男が微笑む。すらっとした体型と、地味だがどちらかと言えばぎりぎり整った容姿。目立たない外見がどこか安心感を漂わせる、彼女の意中の相手。

 

「朝だよ。ご飯、もう僕が作っておいた」

「……あなたが……?」

「? うん。でも、変わらないな。やっぱり朝は弱いね」

 

 ――先輩、寝起きはとくに機嫌が悪いですよ。そう言ってきたコトを思い出した。もうあれから――そうだ。あれから、十年(・・)は経つ。

 

「……ごめんなさい。寝惚けてたみたい」

「いいよ。気にしない。とりあえず、着替えて降りてきて。せっかくの朝ご飯が冷めたら勿体ないからね」

「……ええ、そうね」

 

 くすりと笑って返すと、彼は寝室から出て行った。本日も仕事であろう、最近になってやっと慣れてきたスーツ姿に頬が緩む。あまりの色気に会社で変な虫がつかないか心配になるほどだ。いまのところそんな兆候はないので、大丈夫だと思いたい蒼唯なのだった。

 

「……ひとまず、起きないと」

 

 主婦の自分が寝坊とはまったくもって情けない。素早くクローゼットから服を取り出しながら、彼女は階下のリビングで待っている()に思いを馳せた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「でも、ちょっと珍しいね。蒼唯が寝坊なんて」

「……そうかしら」

「うん。今まで僕が起きるより前に布団から出てたから、朝は新鮮だった」

 

 たしかに彼と暮らし始めてから早起きを心がけている蒼唯だが、今日はどうにも起きられなかったのだ。理由はぼんやりとしてよく分からないが、たぶん、なにかやむを得ぬ事情でもあったのだろう。でもなければ、八時台までぐっすり寝ているなんてありえない。

 

「疲れてたのかしら……そこまで無理はしていないつもりだけど」

「無理じゃなくても家事は疲れるだろう。だから土日は僕に任せてくれても」

何度も言ってるけど(・・・・・・・・・・)、それは却下。仕事してるあなたに任せられるワケないでしょう」

「……頑固だね、蒼唯は」

「お互い様よ」

 

 そう言ってご飯をつまみながら、そっと周囲を見渡す。……さっきはああ言ったが、どう見ても部屋の至る所が微妙に綺麗になっている。鬼の居ぬ間に……とまではいかないだろうが、自分が寝ている間に行われたのは明白だった。

 

「(まったく……)」

 

 この男は、と内心で頭を抱えながら味噌汁を啜る。昔からこういうところは本当に変わらない。余計なお世話だと何度言っても聞かないのだから筋金入りだ。人の強がりぐらいは見て見ぬフリをしてほしいものだが、そのレベルを彼に求めるのは酷か、と蒼唯は考えを改めた。

 

「それより、時間大丈夫なの」

「……む、ちょっとまずい」

 

 腕時計を見つめながらそう言って、彼が朝食をてきぱきと胃袋に詰め始める。ぱちんと手を叩いたのはそれからちょうど三十秒ほど経ってのこと。迅速に食事を終わらせた彼は、スーツの上着を羽織りながらスタスタと玄関のほうへ歩いていった。

 

「待って、鞄。忘れてるわよ」

「……本当だ」

「持ってくるわ。靴、履いてなさい」

「ごめん、ありがとう」

「お互い様よ」

 

 今度は笑ってそう言った。呆気に取られたように一瞬固まった彼が、次の瞬間には笑顔を浮かべて廊下を歩いて行く。それに伴って、彼女も先ほど横になっていた寝室まで歩を進める。ふたりの私物は大概がそこだ。彼の通勤用鞄を持って、気持ちはやめに階段を駆け下りて玄関へ向かう。

 

「はい、これ」

「ありがとう。助かった」

「これぐらいするわ。なにせ……〝  〟、だものね」

「……そうだね」

 

 ふたりして顔を見合わせながら微笑む。もう五年にもなる生活だが、飽きるにはほど遠い。むしろあと十年は余裕だろうと蒼唯は思っている。そんな感情が顔に出ていたのか、困ったように彼が苦笑を浮かべた。それもまた、相変わらずよく似合っている。

 

「幸せそうだね、蒼唯」

「ええ。私いま、とっても幸せだわ」

 

 言うと、「そうか」とだけ彼は応えた。大事なときに限って口数が減る。きっと率直な感想こそを大事にする彼生来のものだろう。曖昧なものばかりが内側で飛び交うから、せめて自らの心から漏れた感想だけはストレートに伝えようとする律儀さだ。それがまた、蒼唯にとっては好ましい部分だった。

 

「それじゃ、そろそろ行ってくるよ。今夜は早く戻る」

「仕事、落ち着いたの?」

「ぜんぜん。でも、無理してでも戻るよ」

「? どうしてかしら」

 

 次はまったく、と彼が思う番だ。蒼唯から鞄を受け取って、玄関のドアノブに手をかけながらそっとふり向く。蒼唯は、未だに答えに行き着いていないのか首をかしげていた。

 

「――結婚記念日。今日ぐらいはせめて、ね」

「…………そう、だった、わね……」

 

 驚きつつ反応すると、彼は笑みを深めてドアを開けた。白い光に向こうに、ゆっくりと体が吸い込まれていく。出勤だ。蒼唯はうっすらと穏やかな表情を浮かべて、家から出るその人に向けてこう言った。

 

「いってらっしゃい。――レイ」

「うん。いってきます、蒼唯」

 

 そのまま真っ白な光がふたりを包んで、やがて、無機質な音に鼓膜が叩かれたのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「――っ!」

 

 跳ね起きて、すべてを察する。かあ、と彼女は頬を赤く染めつつ枕を手に取った。

 

「(……な、なんて夢を見てるのよ、私は!)」

 

 そうして小一時間、蒼唯は愛用の枕と熱烈なキスをし続けた。




 これにて二章は終わり、次は三章です。


個人的に幕間は実質話が進まないので一気に投稿したい気分。




ちなみに>原因:名前呼び

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