ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
腕に巻かれるもの
つかつかと、十坂玄斗は書類の束を抱えながら廊下を突っ切る。歩幅は大きい。速度も気持ち速めだ。いつものんびりとした雰囲気を纏っている彼に、その生き方はすこし忙しなく見える。が、なにはどうあれ仕方ない。なにせ単純に時間が足りない。休み時間が終わるまで残りわずか、彼は急ぎ――けれど言いつけどおり決して走らず――生徒会室の扉を勢いよく開けた。
「赤音さん」
「違う」
「……会長」
「よろしい。うん、なに?」
「頼まれてた資料、まとめ終わりました。上から優先度順に、あとは日付で仕分けてます。あと準備室の備品、いらないものは段ボールにつめて棚に置いておきました。それから、音楽室の使用申請書が一通、体育館が一通、ハンコだけもらえれば先生に――」
「そ、じゃあ次、これもお願いね」
どさどさどさ、と分厚いファイルを五冊ほど重ねられた。急務ではない。見れば分かる。裸の用紙一枚渡された場合は要注意だが、きちっと綴じられている以上は終わった仕事だ。なので、これから渡されるものは後処理……率直に言ってしまえば整理になる。
「……赤音さん」
「違う」
「……会長。あの、すいません。やっぱり経験して分かります。僕には――」
「トオサカくん?」
にっこりと赤音が笑う。年相応らしい可愛らしさと、女子高生にあるまじき威圧を含んで。
「私、言わなかったかしら」
「……えっと」
「これは罰よ、って。――もとからあなたに拒否権はないわ。だいたい学校休んでどこへ行っているかと思えば、
「…………、」
「こほん」
気を取り直すように咳払いして、赤音は真剣な表情で言い放った。
「そんなの、我が校の生徒会長として見逃せないわ。たったの一ヶ月生徒会の仕事を手伝うだけなのだから、むしろありがたく思いなさい」
「……あの、じゃあ、この腕章は変えてもらってもいいですか?」
「却下」
「…………、」
内心の感想は決して口に出さなかった。が、目は口ほどにものを言う。えー、という心の声を見透かしたように、赤音は眉間にしわを寄せた。
「いい、玄斗。あなたの立場はたしかにお手伝い。生徒会の雑用。けれど、その能力に見合った役職は用意するべきだと、私は思ったの」
「……はい」
「率直に言うわ」
「はい」
「あなたもうこれからずっとその腕章つけてなさい」
「会長。それはいくらなんでも無茶です」
「なんでよ」
「いや、だって、洗濯するときはのけないと」
「……じゃあ、百歩譲って学校に居る間にしておいてあげるわ」
「そうですか。……あれ? なんか、話がずれてるような……」
「……そうね」
あれれ? と首をかしげる玄斗に赤音がちいさく舌打ちをうつ。そう易々と騙されてはくれないのは、単なる直感の鋭さか、案外頭の回転が早いのか。どちらもまあまあこの男は持っているが、運と言えばそれまでなようでもあった。十坂玄斗が生徒会に(仮)所属してから数日。調色高校第三十六代生徒会は、今日もにぎやかに忙しかった。
◇◆◇
発端は、白玖が漏らしたコトだった。
『それはそれとして悪い子は生徒会長に報告しておいたからあとで覚悟しておいてね』
『え』
そんなやり取りをしたのが土曜日の夜。予想通りというべきか、むしろそうならなければいけないというべきか、月曜日の朝に登校するなり玄斗は生徒会室に呼び出された。以来、罰と称して生徒会のお手伝いをわざわざ「副会長」の腕章をつけてやらされている。そのせいで通りすがる生徒の視線が痛い。
「(ていうか、学業の合間に雑用をするのはどうなんだ……? 授業に集中できなくなってもおかしくないと思うけど)」
もちろん玄斗には前歴があるので心配もないが、他は別だ。勉強しながら生徒会業務など生半可な生き方ではやっていられない。せいぜい潰れるのがオチだ。それほどの量ある仕事をド素人である自分に渡しているのだから、おそらく本職はもっと大変なのだろう。そう思って階段をあがっていると、向かい側から最近見慣れた姿が近付いてくる。
「……む、十坂さんでしたか」
「……
「お疲れさまです。会長からの
「……うん、正解。そっちは……」
「いえ、とくになにも。そもそもその仕事量は……いえ、なんでも。別に、ええ、なんともありません」
「…………そっか」
なんかあるんだな、と玄斗は察した。おそらくはこの大量のファイルについて。その正体かあるいは単純な量についてのものか。どちらにせよ嬉しくないものだろうと予感しながら、身長に階段をのぼっていく。
「……お手伝いいたしましょうか? すこし、あなたひとりでは危ないような気がしますが」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう。気持ちだけもらっておく」
「そうですか。ならばいいのですが」
言って、スタスタと彼女は去っていった。紫水
「…………、」
「――大変そうね」
「っ……と……」
続くように、また階段の上から声がかけられた。生徒会室は一階だ。自教室のある三階までのぼるには、すこしばかり距離が長い。そのせいだろう。
「……
「彼女、あなたのコトを気に入っているから。……きっとまだ増える」
「……それは、なんとも。困ります」
「でしょうね」
薄い黒髪を揺らしながら、少女がこくりとうなずく。灰寺
「貸して」
「……えっと、これを、ですか?」
「それ以外になんと受け取るの」
「……いえ。大丈夫です。このぐらい」
「……そう」
ならばいいわ、と彼女はスタスタと玄斗の横をすり抜けていった。ふたりとも同じような会話をして同じような結末を迎えている。二度あることは三度ある。もしや次もあるのでは――と冗談まじりに考えていたとき。
「あれ、玄斗じゃん」
「……白玖」
「なにその荷物? って、あれか。生徒会か……腕章が輝いてらっしゃる」
「……冗談はよしてくれ」
「ごめんごめん。ああ、持つよ」
言うが早いか、ひょいっと白玖は玄斗の抱えるファイルを半分ほど持って隣に並ぶ。断る暇すらない早業だった。
「白玖……」
「なに? 別に私はほら、暇だから動いてるだけだし? 誰にも助けを求めずにやろうとしてるオトコノコの心配とかしてないし?」
「……そんなに頼りないか、僕?」
「そんなことないけど、無理はしてほしくないかなあ」
最近の玄斗は疲れていそうだし、という幼馴染みの一言が地味に響いた。たしかに十坂玄斗は疲れている。それはもう疲れている。連日の慣れない激務に追われて家に帰っては妹に頼んで湿布を貼ってもらう毎日だ。思いっきり構えて「てーい!」と叫びながら貼ってくるのは良いがその威力はもうちょっと考えてもらいたい。お陰様で高校生ながら玄斗は若干腰痛気味だった。
「休まないと駄目だよー。倒れちゃったら元も子もないし」
「それぐらい分かってる。寝たきりとか、御免だからね。僕は」
「本当に思ってる?」
「思ってるよ、本当に」
――本心から、そうだとも。寝たきりなんて御免だ。あれほど退屈な時間の過ごし方もあるまい。過ぎていく日々を数えながら窓の外に意識を傾けるのは、せめてあと数十年の期間が欲しいと思う玄斗なのだった。
◇◆◇
はあ、とひとつ赤音は息をついた。
「……ままならないわね」
背中をあずけて力を抜くと、古びた椅子がぎしっと音を鳴らした。生徒会室の備品は年季が入っている。古すぎるワケでもないが新しいコトもないそれらは、私立校の事情的に見ても買い換える選択肢にはならないだろう。そんな中で、沈み込むような息をくり返す。
「でも、ま、悪くないわね。思った以上に――うん。悪くない」
笑って、彼女は窓の外を眺めた。まだ梅雨時にも入っていない午前の空。青い背景の下には点々と雲が流れるのみで、どこか澄んだ空気を感じさせる。
「……本当、分かんないものよ。まったくどうして……ね、玄斗」
空いていた席も、腕章も、彼女の机から消えた現在。それがたった一時の契約であったとしても、思わずにはいられないコトがある。つい口に出してしまったのは、きっとそういう感情が脳裏をよぎったからで。
「私、やっぱりあんたのこと欲しいみたい」
くすりと微笑んで、彼女は少年のまとめ上げた書類に目を通した。
というわけで三章スタート。赤色の彼女でございますよー。
え? 新キャラ? HAHAHA。ただのモブでしょモブHAHAHA