ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「……十坂」
「うん、どうした? 鷹仁」
もぐもぐとおにぎりを咀嚼しながら答える彼に、木下鷹仁は頬杖をつきながら目を細めた。いきなり決まった副会長代理が「彼、辞めさせたわ」との会長の鶴の一声で来なくなって数日。相も変わらず第二数学準備室で――今回は鷹仁の用意した市販の――昼食をつまみながら、彼らの昼時はゆったりと流れている。
「おまえ、会長となんかあったのか」
「? あったけど」
どうしたんだ、いきなり……なんてあっさりと白状する男にため息がもれた。それもそのはず。すこしの間とはいえ玄斗の消費していた仕事が、ぜんぶ元の鷹仁へ返ってきたような状態だ。グロッキーである。もうしんどいやめたいつらいだるいと満身創痍になりかけている彼とは裏腹に、職務から解放された一般男子生徒の顔色は良い。ともすれば、生徒会に入る前よりも。
「なんだ。それは。……不仲か? 殴られたか? なら気にすんなよ、俺なんか思いっきりアッパーカットくらったことあるからな!」
「いや、それは自慢にならないだろう」
「……だな。自分で言ってて虚しくなった。てことは違うか……じゃあ、なんだ? もしやあれか? 甘ずっぱい恋愛でもしてやがったかあ?」
カマをかけたつもりでも、ましてや誘導尋問なんて行っていたワケでもない。そもそもそういった回りくどいやり方はこの少年に対してはほぼ無意味で、大抵の場合はストレートに聞いたほうが早かったりする。なので、
「まあ、そんな感じ」
「――――、」
たまたま問うたその言葉が、ど真ん中ストレートだった。
「……まじ、か?」
「うん。好きだって言われた」
「そりゃあ、あれか? 人としてって奴か?」
「……うーん、あの場でそういう理由は……ないと思うけど」
「――――」
馬鹿な、と震えながら鷹仁は立ち上がった。あるがままを受け入れる。目の前の事象に対して頭を回すことが稀な彼が、しっかりと状況を判断して、色々な要因を見渡したうえで結論を出している。そんなハズは、とパイプ椅子ごと鷹仁が後じさる。
「お……おい……十坂……おまえ……!」
「……なんだその反応。今日の鷹仁、ちょっと変だぞ」
「へ、変なのはおまえだこの野郎……! 嘘だろおい! いつも寝惚けてて鈍感で天然な唐変木がてめえのキャラじゃなかったのか! なんとか言え!」
「ちょ、っと、あまり、揺すら、ないで、くれ……」
がくがくと肩をつかんで前後に揺さぶる鷹仁と、思いっきり頭ごとシェイクされる玄斗。グロッキーである。
「……で、実際……なにがどうなったんだよ。おまえが」
「実際も……なにも……いま言った……とお……うっ」
「…………すまん。やりすぎた。許せ十坂。すべてはあの会長が悪い」
「いや……赤音さんは……悪くない……と……思う……」
さすさすと鷹仁に背中をさすられて、腰を折った玄斗が必死で呼吸を安定させる。三半規管の大事さを思い知った。ぐわんぐわんとボウルの中に入れられて回される生卵の気持ちとはこんな感じだろうか、なんて玄斗の頭には的外れの想像がよぎる。
「てか、それでなんて答えたんだよ。いや、もちろん断ったよな?」
「そこは保留にさせられた」
「……うん? した、じゃなくて、させられた……?」
「だね。しっかり考えて、自分の気持ちを見つけてから来いって。焦るなって。……考えてみたけど、そういうときに時間を与えるのは、悪手なんじゃないのかな」
「……そりゃそうだろ。勢いとノリに任せてその場の雰囲気でガーッと行くのが賢いやり方だ。そうすりゃ、あとは成り行きでなんとかなったりならなかったりする。恋は水物だ。重く考えすぎても軽く捉えすぎても駄目だ、ってのが俺の主張だったりするんだが……」
「なるほど」
恋は水物、とイイコトを聞いたように目を光らせてくり返す玄斗。余計に鷹仁は心配になった。なんだか前と比べて変わっているのが顔色だけではないような気がして、ちょっとだけ不安にもなる。もっと、こう、大事などこかに影響が出ていないかと。
「しっかり考えろって、赤音さんには言われた。時間をかけてもいい、じゃないんだ。時間をかけろ、って……となると、どうなんだろう……だって、赤音さんからすると、そのまま突っ切ったほうが良かったってことになるんだろう?」
「だろうな。あの女がそこに頭いかないワケがねえ。なにせ二之宮赤音だぞ? 生徒会切り盛りしてる〝学年二位〟の優等生だぞ? ……って、考えてみるとだ。おい、ナンバーワンになれねえのはアイツもじゃねえか! は、ははは! こりゃあなんともお似合いだぞ!? 二之宮! 二之宮だそういや! 一番には成れて――」
ぞくっとした。具体的に言うと、指向性の殺意を感じた。かなり濃いカンジの。
「……いや、やめておこう。これ以上の迂闊な発言は俺の首を絞める。むしろ飛ぶ」
「鷹仁?」
「なんでもねえ……で、話を戻すとだ。そのまま流れてくれたほうがこっちにとって嬉しいモンなのに、わざわざ時間まで用意した。その意味だったか」
「うん。何度考えても、納得のいく答えが出ない」
知恵を貸してくれ、とおにぎりをかじりながら玄斗が言う。あの十坂玄斗が本気で恋愛事に悩んでいる。これは大きな進歩だ、と鷹仁は感じ取った。言わば今までの彼は半分脳みそが死んでいるも同然だった。あるがままを受け取るばかりで、そこから追求したり思考したりという余裕を持たなかった。受け止めるのに精一杯だった心に、隙間でも出来たかどうか。なにはともあれ、鷹仁は息を吐いて彼のほうを向いた。
「……案外アホウだな、十坂」
「かもしれない。勉強が出来たって、頭が良いとは言えないんだな、やっぱり」
「言えてるな。……ま、簡単なことだろ。そんなわざわざ、そういう空気まで作っておいて待たせるってのはよ」
とても簡単な、答えを突きつけるために。
「そんだけ大事なんだよ。その
「……ああ、そういうこと……なんだ」
「そういうことだ」
「…………そっか。やっぱり」
「?」
くすりと、玄斗はちいさく笑った。思えば鷹仁はそんな顔をはじめて見たのかもしれない。曖昧につくったようなものではなく、困ったように眉を八の字にしたのでもなく。
「――優しい人だね、赤音さん」
本気で、本心から、心情を吐露したような表情で、彼は笑っていた。
「……んだよ」
「?」
「ちゃんと笑えんじゃねーか。……
「…………なんだ、それ。本当に、今日の鷹仁はおかしいぞ」
「うるせえ。てめえがおかしいからだ。ったく、本当によお。おまえってやつはもう――」
まったく世話を焼かせる。いちばん初めに頭にきて殴って、それで謹慎中の身になっていたところをノートやら課題やらを家まで運んできて、なおかつなんだかんだで悪くはない位置にはまってしまった。気付けばそうなっていた。鷹仁自身にもその気がなければ、きっと玄斗にもそんなつもりは一切なかったろう。だから、この関係は偶然に塗れたひとつの友情の形だ。
「――本っ当に
にっこりと歯を出して笑いながら、鷹仁は玄斗の額を指ではじいた。
◇◆◇
同時刻。数学準備室とは離れた三年教室前廊下にて。
「――お膳立てありがとう。おかげで上手くいったわ」
「…………、」
赤と蒼が、接触した。
「おいおいやべーぞ……会長と四埜崎さんが……!」
「ぐ、
「が、がんばれ会長! 負けるな四埜崎さんっ!」
「はいはい賭けた賭けた! ジュース一本から誰でも参加オーケーだよー!」
「会長に一本!」
「いいやここは四埜崎さんに五本かけるぜ!」
「ばかやろう全部持ってけドロボー! 十八本だ! 会長っ!」
「……ここじゃうるさくて敵わないわね」
はあ、と息をつく赤音に、ゆっくりと蒼唯が踵を返した。冷徹な、どこまでも冷めきった視線が彼女に向けられる。
「……別に、周囲の雑音に気を取られるほど暇な生き方はしていないわ」
「あらまあ、とても優雅なコトで……じゃあ、私が彼に好意を示したっていうのも、あなたにとっては雑音に入るのかしら?」
「――――!」
お膳立てありがとう。最初にかけられたその言葉の意味を、蒼唯は瞬時に理解した。ついでに、目の前の女がやってくれたコトに関しても。……玄斗が生徒会の手伝いをしているというのは耳に挟んでいた。それぐらいは無視しようとしても入ってくる情報だ。だからなんだと聞き流していたが――
「ええ……とても耳障りな
「……そうこなくっちゃ」
言って、にぃっと赤音が口の端を吊り上げながら笑う。偶々なのかなんなのか、ちょうど、十坂玄斗が学校を休んで遊んでいたと思われる日に、同じように無断で登校しなかった不届き者がいる。
「サボり癖は昔からだものね、
「……息を抜いていると言って欲しいわね。あなたの方こそ、そういう適当なくせに締めるところだけ締めてればいいというような楽観視は、直したほうがいいわ」
「残念、それが私っていう人間性よ」
「とても認めがたい人間性だわ」
短刀なんかではない。ふたりして槍を握りながら穂先で突いている。そんな言葉の応酬に、生徒一同は大盛り上がりだった。賭け金という名のジュースがどんどんと積み上げられていく。もはや教室はお祭り騒ぎである。それで良いのか三年生。
「気付いてるのがあんただけ、なんて思わないことよ。でもって、それもあとすこしで剥がれるわ。……そこからが、まあ、スタートかしらね?」
「……なにを言っているのか分からないけど、
くるりとふり向いて、蒼唯は歩を進めた。二之宮赤音と四埜崎蒼唯。そのふたりの仲が悪いというのは、調色高校に在学する生徒の間ではわりと有名な話である。が、
「――私は一切、あなたに後れをとるつもりも、負けるつもりも、ましてや譲るつもりだってない」
「――その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」
ふたりの間柄が幼馴染みであるということを知るのは、ごく少数である。
「……ま。それはそれとして」
ざっ、と今まで蒼唯のほうを向いていて視線がギロンと教室ヘ向く。効果音つきで。それはもう蛇に睨まれた蛙もかくやといったものだった。
「受験生のくせに調子に乗ってはしゃいでるバカどもは、ちょっと、ここらで一回教育したほうがいいと私は思うわ」
「「「「――撤収っ!」」」」
「逃がすかっ!」
うわーやめろーしにたくなーいなどと悲鳴をあげる生徒を千切っては投げ千切っては投げしながら、赤音がずんずんと人ごみをかき分ける。本日はお日柄もよく。調色高校三年C組は、なんとも平穏な休み時間を迎えていた。
これぐらいしても許される範囲にたったのでまあひとつ。
というかプロット段階の過去がうーんちょっとまあうーんって感じだったので中和しつつ進めないと書けない。まだ序盤だから今までの不幸描写とかそりゃまあジャブになりますとも。
っていうかよくBadEnd想起する人多いけどこれ自体はブチ壊れて狂った子供をただ救うためだけの物語だからね! 治すことはあっても壊すことはないからね!