ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
今日はなんとも、大変な一日だった。ろくに整理もできないまま湯船につかって、玄斗はほうとひとつ息を吐いた。熱い風呂の湯が身に沁みる。ぼうっと天井を見上げてみれば、立派に色んなコトへ浸れそうだった。
「…………、」
ぴちゃり、と跳ねた雫の音を余所に深呼吸。あのあと、学校はつつがなく終わり、帰り道の途中で白玖とは別れた。家の方向は別。ちょうどふたりの家の間に挟まれるように、昔遊んでいた公園がある形だ。懐かしい思い出に笑みを浮かべて……やっぱり、いまだ慣れない幼馴染みの姿にちょっとだけ戸惑ってしまう。
「(……いや、じゅうぶん、分かっているつもりなんだけど)」
なんの因果か、はたまたバタフライエフェクトか。原作のゲームでは男だった壱ノ瀬白玖は、あろうことか立派な美少女になっていた。もとより女だったと知ったのがつい数時間前のことである。思い出しても首をかしげる。あの頃の白玖は本当に男子そのものだったから、前世の知識もあいまって余計に分からなかった。
「(慣れるまでは、すこしかかるかな)」
苦笑しながら湯船に体を預ける。慣れない幼馴染み、慣れない現実。けれども、言いたいコトは言えたのだろう。玄斗の中に残っているのは違和感のみで、内側にくすぶっているものはひとつもない。それがどことなく心地よくて、またひとつ息を吐く。
「……そうだね。悩むのは後からでも。今はただ、再会できたことを喜んでればいいか」
言い訳みたくそう言って、案外悪くないものだと玄斗は笑った。このときまで十年待った。そのために必要なこともしてきたつもりだ。その全部が無駄になったように思えて、すこしばかり焦りはしたけれど――そんなものですら、結局はどうでも良い。努力が実らない程度の不運は、自分の人生にあって然るべきだ。
「……もうそろそろ、君に一本線を引けると良いんだけど」
辛いことが沢山あったはずだから、その分は、という思いもある。友人キャラとして生まれたからこそ、
「(一を乗せると幸せ……だったっけ。もう、あんまり覚えてないなあ)」
辛い記憶と、イメージカラーの白。そこに込められた意味を知っているからこそ、玄斗としては複雑な気分になる。何物にも染まる白。自分の色が無いとも言える白色に、思うところがないワケではない。ゲーム開始当初の壱ノ瀬白玖は優柔不断で薄味気味だ。……ふと、白とか、色とか、なんかそこら辺の記憶に、引っ掛かるものがあった。
「あれ……?」
なんだろう、と玄斗は顎に手を当てて考え込む。イメージカラーは白。何物にも染まる真っさらなキャンバスとさえ言われた壱ノ瀬白玖をして、どこか、こう、歯車がうまく噛み合わないような感じがした。率直に言うと忘れかけていたイベントを思い出しかけている。たしか、主人公がルート確定したときに、ちょっとしたシーンがあって――
「お兄ー、携帯鳴ってるよー」
と、沈みかけた意識が高い声に引っ張られた。
「誰から?」
「ハク? って人……え、なになに。お兄の彼女?」
「違うよ。ちょっと待ってて。すぐあがる」
「ほいほーい」
湯船から立ち上がりつつ、どうしたのだろうと思案する。帰り際に連絡先を交換したので、電話をかけてくること自体は不思議でもなんでもないが……、
「(……なにかあったんだろうか、白玖)」
まだあまり状況が飲みこめていない以上、そういった不安が鎌首をもたげてしまう玄斗なのだった。
◇◆◇
『もしもし?』
「どうしたの、白玖」
『いや、別にー。ずいぶん遅かったけど、なにしてたの?』
「お風呂に入ってた。白玖は?」
『リビングでくつろいでる。もうちょっとしたら寝ようかなって』
電話越しの声は、心配とは裏腹に明るいものだった。昼間に聞いたときと変わらない。余計なコトだったな、と苦笑いを浮かべながら玄斗はそっと胸をなで下ろした。
「いきなり電話だって言うから。何事かと思って」
『ああ、ごめんごめん。なんか、声が聞きたくなって』
「物好きだね、白玖は」
『そうでもないよ? ほら、玄斗の声って安心するし』
そんな話は初耳だ。自分の声にリラックス効果があるとは思わないが、おおかた適当についた嘘だろうと軽く流す。
「はいはい。それで、本当の理由は?」
『あー、テキトーにあしらった。そういうの、私はよくないと思うなあ』
「白玖」
『嘘言ってないし。信じない玄斗が悪いし』
「む……それは、そうか」
なんだかそう言われると悪いような気がしてくる。ここ十年で随分と口撃の上手くなった幼馴染みは一枚も二枚も上手らしい。もともと玄斗はそこまで話すのが得意なほうではない。ので、ここは大人しく謝っておくことにした。
「ごめん、白玖。それで、声が聞きたいならもう聞いたと思うけど」
『まだ三十秒も経ってないからね? もうちょっと話そうよ。……嫌ならいいけど』
「……別に、嫌とは言ってない」
その訊き方はズルいだろう、とため息をつきながら玄斗はベランダの柵に背を預けた。ふり向けばカーテン越しにチラチラとこちらを伺う妹の姿が見える。なんでもないよ、という風に手を振ってみたが、どうにも納得した様子はない。むしろ怪訝そうに眉を顰めている。どうしてだろう、と玄斗の疑問は増すばかりだった。
『じゃあまずひとつ。これは単なる好奇心なんだけど』
「? うん」
『玄斗って、彼女とかいたりする?』
「いないけど」
即答だった。躊躇もなにもない断言はもはや男子としてのプライドとかそういうモノを捨て去っているとも取れる行為である。単純に、この男に至っては気にしていないだけなのではあるが。
『へー……じゃあ、いい人とかいないの?』
「……どうしたんだ、急に。紹介してほしいのか?」
『いや違うけど。わたし女だし。ていうか、紹介できるの?』
「学校で有名な女子については人並みぐらいに知ってるよ。趣味とか、好きなものとか」
『ふぅーん。へぇー』
「……その反応はなんなんだ」
『別にー?』
なんでもー、と素っ気ない態度で相づちをうつ白玖。理由はすくなくとも玄斗の視点ではさっぱり不明。曖昧な返事をしてくる幼馴染みに、なんでなんだと困り果てるばかり。
『でもそっかあ。玄斗は独り身かあ』
「……この年で独り身もなにもないだろう」
『そうかな? ……そうかも。まだまだどうなるかは、分からないからね』
「まあ、うん。……ああ、そういう君はどうなんだ?」
『どう、とは?』
「彼氏」
『……いませんー。なにー、なんか文句あるのー?』
「いや、全然」
ふてくされたような白玖の声に、玄斗は思わずクスリと笑った。半ば確信していた事実ではあったが、本人にとっては気になるものなのか。やっぱりイメージとはズレているが、白玖らしいと言えばらしかった。なんだかんだで、玄斗もこの状況に少しずつ慣れてきている証拠だ。
『あーもうっ。これもそれも全部玄斗のせいだよ。お詫びとして明日は一緒に学校行ってよねー』
「それぐらいならいいけど、毎日でも」
『じゃあ毎日。二十四時間三百六十五日』
「白玖は僕をコンビニかなにかと間違えてないか?」
『玄斗のいるコンビニなら毎日行ってあげるよ』
「からかいに?」
『正解』
電話越しに笑う声が聞こえてくる。まったくもって敵わない。見た目は可愛らしくなったが、中身は別の意味でもっと
「バイトはしてないから、そうだね。明日は七時に公園で」
『うん。そのぐらいかな。ちょっとコンビニでも寄っていく?』
「……結局行くんだな」
『接客してくれないのー?』
「僕が〝いらっしゃいませ〟とか、笑顔で言ってたらどうする?」
『笑う。めっちゃ写真とる。ついでにSNSに動画あげる』
「……バイトをはじめても白玖には勤務先は教えないでおく」
『冗談だって。まあ、笑っちゃうかも知れないけど』
たしかに似合わない、というのは玄斗も自覚している。友人キャラムーヴでさえ必死だったというのに、それ以上にコミュニケーション能力が必要そうな仕事は不向きだ。そんな無駄な努力を終わらせてくれた主人公(♀)に感謝すべきかどうか。女子の情報集めに奔走していた高校一年は、今を思えば案外軽くも思えた。
「……用件はそれだけでいいかな。そろそろ十時だけど」
『あ、ほんとだ。……そうだね、良い時間だし。今日はこれぐらいにしとこっか』
「今日はって……明日もする気なのか、白玖は」
『言葉の綾です。するかどうかは、明日の私が決めることだよ。たぶん』
「……なんか良いこと言ってるみたいだけど、それは明日の自分に丸投げしてないか?」
『いやいや、気分次第、気分次第。……それじゃあね、玄斗。おやすみ』
「うん。おやすみ、白玖」
通話を切って玄斗は室内に戻る。春先のベランダは流石に寒い。夜風が身に沁みて、もう完全に湯冷めしてしまっている。それでもどこか、玄斗の心には体温とは関係ない充足感があった。
「……お兄が電話とか珍しー。だれだれ。やっぱりガールフレンド?」
「だから違うって。しいて言うなら友達」
「しいて言わないなら?」
「幼馴染み。……入学式、明日だろう。はやく寝ておきなよ」
「あっ、露骨に話を逸らした。話題を逸らしましたよこの兄貴は」
やましいことがあると言っているっ、なんて指をつきつけてくる妹に笑い返しながら横を通り抜ける。別にやましくはない、とは玄斗の内心だ。ただ、話の内容を素直に言うのはすこしばかり気恥ずかしかった。
友人の妹キャラは大抵次回作あたりで解禁されたりされなかったりする攻略キャラではと思わないでもない。
>白に黒が混じってる髪
ほぼ答え。