ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
直接的な描写がなければセーフ理論では結構頑張ったと思う。
「――――、」
ふと気付けば、赤音は夕暮れに染まった生徒会室の机に寝転んでいた。ぼんやりと浮かんだ意識はおぼろげで実感がない。手足がまるで痺れたように動かなかった。起き上がろうと腹に力を入れてみるが、それも無為なことに終わる。
「え……?」
直後、鼻孔をくすぐるわずかな香りに脳を焼かれた。見れば目の前にはいつぞやの男子生徒が、じっとこちらを見つめながら手首を掴んでいる。
「(……おさえつけられてる――?)」
体はピクリとも動かない。呼吸も脈拍も正常だ。思考だってぐるぐるといまさっき動きはじめた。なのに、意識と肉体に隙間があるように、うまく身体のほうが言うことをきかない。
「……玄斗?」
「…………、」
「ねえ。……これはいったい、どういうこと」
キッと睨みつけると、彼は瞳の闇を深くした。なんだかそれが、笑って見える。口角は一切あがっていないのに、彼の笑顔を幻視する。そんな不思議な錯覚に襲われたとき、
「っ……、」
どん、と力強く机に押し付けられる。乱暴に、けれどどこか気遣うような優しさで、一定の距離を保ったままにふたりの体勢が変わる。ちょうど、見上げた位置に少年の顔が見えた。
「なに、すんのよ……! くろ――」
息を呑んだ。心臓がどくりと跳ねる。
「……と…………?」
「…………、」
いつもとは違う。なにが。分からない。混乱している。ガラにもなく、二之宮赤音は現状に頭が茹だるような思いだった。顔が近い。吐息を感じるほどの急接近に、事実呼吸が止まりかけた。知らず唇が震えている。いつもは毅然と、大胆に、的確に、堂々と生きてきた二之宮赤音が、少女さながらのやられっぱなし。……彼女にとってはなんだかやっぱり、釈然としない。
「……っ、いい加減に、しなさいよ……! 退いて、玄斗」
「……嫌です」
「退け」
「嫌です」
「この……っ」
押さえつけられた両手に力を入れる。いくら女だからとなめてもらっては困る。彼ほどの力ならば振りほどくことなど容易い。そのはずだ。なにせ彼女の実力は一般的な男子生徒を袋叩きにできるほどには高い。なのに、
「……っ……!」
「……必死ですね」
「あたりまえ、でしょう……! 一体こんな真似して、なんのつもりよ!」
「なにって――」
そんなの、分かってるくせに。
「っ!!」
幻聴が耳朶を震わせた。いや、鼓膜だけではない。それを伝って入ってきた脳までもが揺らされる。誰もいない生徒会室。夕暮れに染まった密室で、残された男女がふたり。あまつさえ彼は自分を押し倒している。どう考えても、それ以外にはないようだった。
「ばっ……ばかじゃ、ないの……!? あんた、それがどういうことか分かって……!」
「……もしかして、怖いんですか?」
「――――っ」
声が出なかった。それではなんの意味も無い。図星をつかれたと自分で言ったようなものだ。腕に入れていた力が抜けて、ついぞ抵抗の余地が消えていく。震える唇はきっと怒りだけのものではない。わずか数センチ。身じろげば触れそうなほど先に、彼の顔がしっかりと見える。
「――かわいい。赤音さん」
「…………っ!!」
かあ、と頬が真っ赤に染まる。夕陽と同じ色だ。見分けはつきづらい。けれど、自分自身であればまったく別だ。やけに血の巡りだした顔まわりが、うっとうしくてしょうがなかった。
「あんた、ね……! 年上をからかうのも、いい加減にしておきなさいよ……っ!?」
つと、彼の手がスカートに伸びた。まずい、と今度こそ必死の抵抗を試みる。駄目だった。片手一本、たかだか標準的な男子の腕ひとつ、振りほどけないほど自分はか弱いものだったか――?
「ちょっ、ま……だ、だめ!」
「なにが、駄目なんですか」
「ぜんぶよっ! あんた本当っ、なに考えてんのよ! ここがどこだか――」
「でも、誰もいません」
「っ……」
いまいちど心臓が跳ねた。そうだ。誰もいない。見ている生徒なんてひとりもいない。どころか、教師たちだって通りすがる気配がない。静かな校舎にはふたり分の息遣いだけが響いている。そうやって考えて、気を抜いた瞬間にするりと脱がされた。
「あ……」
「……意外です。赤音さんも、そういう反応するんですね」
「……っ、ふざ、けんな……! 信じらんない、こんな、こんな、コト――」
「でも、赤音さん。嬉しそうです」
「――っ、ち、違うっ! 嬉しくなんて、そんなの……!」
あるワケがない、と。言おうとして、彼の真っ黒な瞳に映る自分が見えた。上気した顔、潤んだ瞳、冷や汗かどうか張り付いた雫が夕陽に煌めく。どこか、なにか、変な期待をしているように。見れば見るほど、ただの――
「ち、違うって……だって……こんなの……っ、玄斗……っ」
「どうして?」
「私は……、わたし、は……生徒会長、なん、だから……」
「それがどうしたんです。別に、良いじゃないですか。生徒会長である前に自分は自分だって言ったのは、赤音さんでしょう」
「そ、そうだけど! そ、それとこれとは話がべ――」
「――っ、――……!」
「……すいません。素直に驚きました。赤音さん、そんなにかわいい声、出るんですね」
「なに……っ、言って……んっ――!?」
咄嗟に口元をおさえた。そうでもしなければ声が漏れてしまう。それは色々と問題だ。万が一近くに人でも居たら学校生活が終わる。なにより生徒会長としてそんなコトをしていたとなれば大変だ。奥歯を砕けんばかりに噛みしめながら、ただひたすらに耐える。
「誰もいません。赤音さん」
「……だか、っ……ら……な、に……?」
「我慢、しなくても良いと思います」
「――っ、ふ、ざ、け……!!」
――あ、やらかした。そう思った瞬間にはひときわ大きく腰が浮いて、ぜんぶ抜けたあとだった。上手いコト体に力が入らない。頭がぼうっとしている。なんだかふわふわ浮ついていて、雲の上に立っている気分だった。足下がおぼつかない。膝から折れたのを誰かに抱きとめられた。悔しいことに、この男である。
「はっ――、は――っ……!」
「……大丈夫ですか? まだ、一回目ですけど」
「……く」
「?」
「しばく……! あんた……あとで絶対……しばく……っ! 人の、体を……勝手に、こんな……してくれやがって……!!」
「……参ったな」
どうしたもんか、と少年は遠くを見た。悪気があるのかないのか。さてと頭をかいて、肩で息をしながら睨みつける赤音のほうを向く。
「それじゃあまだ、足りてないぐらいなのに」
「――――!」
赤音は今度こそ、自分がメチャクチャにされる未来を垣間見た。
◇◆◇
「ばっ……やめ……! 声っ、漏れて……!」
「ふっ……ぅう……んんっ、ぅ――」
「――あ、だめっ、いまは無理っ、ちょっと! 待って、くろ――」
「はぁ――っ、ふ、ぅあ…………」
「…………へ?」
「え? いや、ちょおっ――!?」
「う、嘘でしょ!?
「ひっ――ぅ……っ! こ、のぉ……っ……ぅあっ……!!」
「――ぅうっ……ケダ、モノ……っ!!」
「あ――っ、っ!!!」
「――――は、ぁ――――…………っぁ……」
「……かげん、しなさいよ……ばかあ……」
◇◆◇
「――――!!」
がばりと飛び上がるように目が覚めた。時刻は朝の七時過ぎ。ちょうど目覚ましの鳴るすこし前のタイミングだ。……が、いまの彼女にとってはそんなコトよりも重大な問題が脳内を占めていた。
「……なんてユメ見てんのよ私は……」
思わず自己嫌悪に陥る。思春期とはいえとんでもないモノを見たものだ。まさか普段仕事をしている生徒会室の長机で、腕章もなにもつけたまま、あまつさえあの男に――その、なんというか、
「(……疲れてるのかしら。最近、忙しかったし)」
はあ、と心地の悪いため息をついて、ゆっくりとベッドから立ち上がる。だいたい、いくらなんでも夢にしたって彼があんな行動を取るわけがない。なんだかんだで根は真面目だ。嫌がる相手に迫るというのは、死んでもしないだろう。……まあ、夢の誰かさんは嫌がっていなかったそうなのだが。
「(――って、やめやめ! なにを引き摺ってんのよ二之宮赤音!)」
ぶんぶんと頭を振って否定する。そういえば夢の自分も彼のあまりにもあまりな行為に少女さながら頭を振っていたか。駄目だった。ぜんぜん抜け出せそうにない。
「……今日学校で会ったら絶対しばく……!」
これよりあと五時間十六分後。理不尽な暴力が己を待ち受けているとも知らず、十坂玄斗は笑顔で彼女に挨拶をするのだが、それはまた別の話――
小ネタ:本編では明かされないというか活用する気のなかった設定
・十坂玄斗もとい■■■■は実を言うと絶倫ベッドヤクザ
……さあ次から四章だよ! うん! はい撤収――!