ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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おかしい……これは黄色ちゃんヒロインのはずなんだ……


omaegaokasii

 別に、自分の生まれを不幸だと感じたことはなかった。人生が他人より劣っているという自覚もなかった。ただ、自分にはこれがお似合いなのだとは、なんとはなしに理解していた。

 

『医者から聞いた。治る見込みはないらしいな』

 

 父親が冷たい声でそういった瞬間を、いまでも覚えている。心が冷えきっていくとはこういうコトを言うのだと思い返していた。時折相手をしてくる父の秘書がどんなに優しくても、そこに一筋の光を垣間見ても、一日経てば泡と消える。それぐらい、自分にとって幸せとは触れれば壊れるシャボン玉のようなものだった。

 

『動かないのか。おまえの足は』

『……うん』

『なぜだ。なぜおまえは……いや、言うまい。ああ、そうなのだったな。……どこまでも、おまえはそうなのだったな』

 

 黙って父親の言葉を受け入れる。なにが言いたいのかは、大体分かっていた。そんな体になってなんになると、暗に父は言っている。まったくもってそのとおりだ。心を抉る言葉は事実自分の心を抉っているのだろう。けれど、どうなっているかは分からない。そも痛みを覚えるモノさえなければ、どうなっていても問題ない――

 

『……ままならんものだ。治療費、入院費……財産の限りが無いわけではない。これほどまで使われて、どうしてなにひとつ前へ向かん』

『……ごめんなさい』

『謝るな。余計に気が参る。……おまえはもう、なにも言うな』

 

 言って、父は顔を覆うようにして椅子へ座った。静かな病室にふたりぶんの吐息が混じる。すべからく、この世は生きにくい。世間がどうだとか、世渡りだどうだという話ではない。単純にいまの自分では有害なモノが多すぎる。はるか昔の自然が溢れていた星なんてとっくの昔に果てている。肺を焦がすガスや網膜を傷付ける粉塵に塗れた現代で、どうにも厄介な体に生まれついた。けれどもたぶん、それぐらいが似合っていたのだろう。

 

『……ああ。こんなことなら、おまえなぞ生まれてこなければ良かったのに……』

『――――、』

 

 ついと言った風に漏らした父の言葉に、結局、なにを思うこともなかった。衝撃、悲観、落胆、呆れ。そのどれもすら浮かばない空虚。本当に自分にはなにもないのだと、そのとき気付いた。憐れだ。憐れすぎて、流す涙すらない。でもきっとそれが似合っている。なぜならそう、この名は体を表して、この名は意味を表して、

 

 〝零だから一もなくて、無いのだからなにもあるハズがない――〟

 

 ――明透零無。その名前に込められた意味こそないとしても、どうせ十坂玄斗の本質はそこにしかない。だからとても難しい。考えるコトでさえもせいいっぱい。未来の幸せなんてそれこそ、想像した瞬間に自己嫌悪で死にたくなるほど、自分にとっては無理なコトだった。……だから当然、自分なんかが誰かと一緒に心の底から笑うような未来予想図も、うまく描けないままなのである。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「真墨」

「んー? どったのお兄」

「好きだ。僕の恋人になってほしい」

「っ!?」

 

 がったーん、とソファーで寝転がっていた真墨の体がゲインした。いじっていたスマホがくるくると弧を描いて絨毯のうえに落ちる。フローリングにダイレクトアタックしなかったのは不幸中の幸いか。近くにあったクッションをがばっと抱きかかえて、真墨はいきなりトンデモなことを言ってのけた兄から距離をとるようソファーの端に寄った。

 

「い、いいいいいきなりなに言ってんの!? 頭大丈夫かお兄!?」

「……うん。まあ、普通はそうなるよね。ああでも、予測できるからあんまり意味はないのか……」

「……え? いや、あの……ちょっとー? あのー? ……お兄?」

「ごめん。ありがとう真墨。まあ、分からないことだらけだけど、すこしぐらいは参考に」

「いや待てよ!?」

 

 すっとあまりにも自然にリビングから出て行こうとした玄斗の肩をがっしりと真墨が掴む。微妙に指に入っている力が強い。

 

「真墨、痛いよ」

「痛いのはあたしの心だ!? いきなり告白なんかしてきて、それで答えも聞かずにスルーとかどういう神経してんの!?」

「? いや、聞いただろう。ほら、頭が大丈夫かって」

「答えてねえよ! お兄相変わらず会話下手か! なんならもう一言待ってくれてもいいわ!」

「でも、待っても結果は同じみたいだし。というか、同じだろう? 兄妹で恋人なんてまずありえないんだし」

「……っ、それ、は……そう、だけ……ど……!」

「?」

 

 うーんだとかあーだとか言いつつ視線を投げては切る真墨に、なんだろうと玄斗が内心で首をかしげる。思い返してもそこまでおかしなコトは言っていないはずだ。いきなりの告白試し(・・)はたしかにおかしかったが、それにしたって引き摺るようなことでもあるまい。変だと思いながらも、その違和感をそっとしまい込もうとしたとき、

 

『――考えなさい』

「…………、」

 

 その言葉を、都合良く思い出した。いけない、と頭を振って真墨を見る。分からないことをそのままになんて、赤音との約束に反する。分からないなら考えるべきだ。分からないからこそ考えるべきだ。放っておいても状況は一切好転しない。おかしな反応を示す妹に、あらゆる可能性を夢想して――

 

「……もしかして真墨は、違う?」

「――!!」

 

 ……当たった、と玄斗はたしかな感触を得た。どうして、と困惑の表情を浮かべる妹は新鮮であると同時に酷く辛そうだった。脳死。思考停止。引っ掛かっても無視してきたあらゆる事象を見つめ直すとこうも違うのかと、彼は改めてその言葉の重大さを思い知った。

 

「……ち、違うわけないじゃん! お、お兄のこと、そういう目で見るとか……! いやちょっと、本気でありえないし!?」

「……真墨」

「だ、だってだって兄妹だし! あたしたち血が繋がってるからね! そういう……あーっと、なんていうの、気持ち? とか、持ってても気持ち悪いだけだし――」

「真墨。……自分に嘘は、ついちゃ駄目だ」

「――――っ」

 

 ぎり、と奥歯を噛みしめる妹に、なんとなく直感してしまった。思考回路は弛ませない。あらゆる可能性を探ればいずれは真実に近付いていく。……その真実が決して良いものだとは言えなくても、自分で考え抜いた自分の答えだった。端から玄斗は目を逸らす気も、気遣ってフリで誤魔化す気もなかった。

 

「…………なんで、さ」

「うん」

「急に……そういうこと、やるのかなあ……」

「……ごめん。今日、三奈本さんに告白されて。二回も断ることになって、どうすれば良いかを考えてた」

「なに、それ――――……いや本当になにそれ。え? ミナモトさん? え? ……うちのクラスの三奈本黄泉ちゃんじゃないよね?」

「そうだけど」

「いやなにやらかしてんだこのばか兄貴!?」

 

 うわわわわー! と叫んで真墨が後じさる。とてつもないリアクションだった。

 

「それで、うまく告白を断る方法を考えてみたんだ」

「あ、うん……わりとまともな思考だった……」

「結論から言うと、僕が結構好きだと思う人に実際告白を拒絶された気持ちを知れば、ヒントがでるんじゃないかと思った」

「駄目だこいつ途中からナナメ上の方向にずれてやがる……!」

 

 考えるのは良いことだ。良いことなのだが、その方向性は確実に間違えている。真墨は自分の兄の頭のやばさというか弱さというかボケさに頭痛を覚えた。

 

「ていうかそんなコトのために妹に告白するか普通!? いきなりすぎてビックリしたわ!」

「いや、だって真墨は結構好きなほうだから」

「――っ、うるさい! ああもうホントうっさいわ! ほんとうっさいわこのクソ兄貴! さっさと自分の部屋でオナって寝ろ!」

「……こら。女の子がそんな言葉使っちゃ――」

「ええい黙れーーー!!!」

 

 ついには抱えていたクッションを投げ出す妹に、「ああ、これは完全に失敗だった」と玄斗は察した。なにより今思えばこそだが、とんでもなくデリカシーのない行いをしてしまったような気もする。知らぬ存ぜぬで済ませられるなら警察はいらない。気付いてしまった以上は向き合うべきで、知ってしまった以上はきちんと認めるべきだ。

 

「……ごめん、真墨。でもひとつだけ言わせてほしい」

「なんだよもう……ほっとけよー……クソお兄のくせにほっとけよう……」

「真墨がどんな気持ちだとしても、僕と真墨は家族だよ。繋がりなんてそれこそ、生きている以上はきれることもない」

 

 悩む必要はないからね、と一言残して玄斗は去っていった。本当に自分の部屋にまで戻ったのだろう。いきなりの告白まがい。いきなりのカミングアウト。流れに乗せたようなついと口にでかかった本心。まさかこんな、と真墨は頭を抱える。

 

「(うわー……最悪ぅ……)」

 

 思いつつ、投げ捨てたクッションを掴んで顔に押し当てる。熱くなった頬を隠すことだけが、いまの彼女のせいいっぱいだった。  


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