ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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ちなみに主人公の境遇は未登場のキャラ含めると最低ではなかったりします。となるとこの程度の人生経験で壊れているコイツは軟弱者……?(心がざわつく音)


抽象的なかたち

 

 才能がない。能力がない。運がない。技術がない。知識がない。道具がない。そんな後付けだらけの理由が、どれも違っていたのだと気付いたのが一年前。すべての原因は自分自身にあったのだと、三奈本黄泉は理解した。

 

「…………、」

 

 灰色がかった景色。鮮やかとは言い難い日常の風景。すさんでいた過去の映像。それらにぜんぶ色を付けた切欠が、十坂玄斗その人だっただけ。

 

「――――うん」

 

 だから、理由なんてそんなもの。きっと他の誰かに助けられたなら、その誰かに心を奪われている。けれどこの場に生きる三奈本黄泉は、間違いなくそこに生きていた十坂玄斗に心を救われて、ずっと彼を想い続けた。言ってしまえばそれは、ありふれた可能性のひとつでしかない。もとより人生に明確な答えなどありはしない。ゲームや物語のシナリオなんかではないのだからそれも当然。……そんなコトにすら気付かない人間は、きっとどこかが壊れている。

 

「……辛い、悲しい、泣きたい、めげたい……」

 

 呟いて、黄泉はそっと絵筆をとった。絵を描くのは好きだ。自分という色を付けていく。その瞬間だけは殻に閉じこもって逃げ続けていた自分ではなくなっていくような気がして、なんとなく好きになれそうな気がしていた。――そんなコトも、昔の話。

 

「ぜんぶ……ぜんぶ。思ったら、ちいさなこと」

 

 幼い頃に両親を亡くして、姉と一緒に親戚に引き取られた。引っ越しさきで色々と困ることもあった。一足先に成人した姉が働き始めて、良い相手を見つけた矢先、その人が事故に遭って二度と帰らぬ人になった。優しい人だった。俯きがちな自分にも自然と接してくれる穏やかな人だった。それから姉の心も身体も壊れていって、これより下の現実なんてそうそうあるものかと街をふらついて。

 

「……酷いなあ。わたしの、人生」

 

 悲しくなかったと言えば嘘になる。ずっと幸せであったかと訊かれると、素直にうなずけはしない。でも、それでいいのだ。きっと、過去がどんなに辛くても、今までがどんなに恵まれていなくても、その先なんて誰にも分からないのだし。

 

「(でも、いい。……だってせんぱいに会えた。わたしはきっと恵まれてる。歩き方も道の探り方も、それで見つけられた。だから、次は――)」

 

 ――向こうの番だ。

 

「……待っててね。せんぱい」

 

 どうして絵を描くのか。楽しいから。好きだから。けれどなによりも彼女は――

 

 

 ◇◆◇

 

 

 朝の予報どおり、夕方になって雨が降ってきた。生徒のいなくなった校舎から電気が消されて、人の気配も散った放課後。玄斗が帰る頃にはもう土砂降りで、傘をさしていないと制服どころか下着まで濡れるのが目に見えている。持ってきていた黒い傘を手に校門まで歩いていると、ふと外から見た四階の一室だけ、煌々と明かりがついているのに気付いた。

 

「(あそこは……たしか)」

 

 ――直感か、はたまたただの好奇心か。玄斗はさしていた傘を畳んで、すぐさま昇降口まで引き返した。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 カツカツと、誰もいない廊下を歩く。雨雲のせいで夜でもないのに校舎は暗い。節電をうたう調色高校のルールとして、放課後は部活動以外で教室の電気をつけるのは原則ナシとなっている。薄暗いというべきか、薄明るいというべきか。どちらかというと前者を選びたくなるのは天候のせいもあるのだろうと、なんとはなしに玄斗は思った。

 

「…………、」

 

 目的地は四階の端。一階の昇降口からは長い階段をのぼって、すこし歩いた先になる。校内に人影はない。雨ということでグラウンドから響く運動部の声もない。吹奏楽や軽音楽部も今日は練習はないと小耳にはさんでいた。――とても、静か。

 

「(……ああ、なんだろう)」

 

 そんな静けさに、不意に、懐かしさを覚えた。音がない。声が聞こえない。外界とは隔離された世界。それは彼がこの世に生まれる前に体験したものだ。なにも完全に無音というワケではなかったろう。ただ、末期はすでに耳も壊れていた。目も一日に数分開けられたらマシなぐらい。寝たきりのままゆっくりと死んでいく束の間の、なにもないあっさりとしすぎた空間。そんなものを、不思議と、今日に限って想起した。

 

「(あれはもう嫌だな……眠りたくても全身の痛みで目が覚めるんだから、案外楽なもんじゃないし)」

 

 それに比べれば、多少の怪我なんてどうというコトもない。本当に駄目なとき、人体というのは不思議と見事に動かなくなるものだ。それでいて生半可に痛覚なんか残っていたら、熱さと刺激が入り交じった地獄を見る。そんなものをほとんど毎日。頭が狂わなかったのは幸でも不幸でもなく、そもはじめから狂っていたからこそだろう。

 

「(でも、静かなのは嫌いじゃない。こうやって、色々と考えるのも。……結局、その程度なのかもしれないな)」

 

 死んだとはいえたかだか(・・・・)自分のコトだ。たしかに恐ろしくはあるが、そうなって苦しむのは己しかいるまい。ならばそこまで気にするような問題でもないように思えた。死を理解する。死に様を既知とする。それは生き物としてあるまじき欠陥だ。生きている以上、死を容認するのは困難にすぎる。ましてや真実体験してそれでもなおというのなら、ソレは壊れているという他ない。――ああ、まさしくそのとおり。とっくの昔に、とうの彼方に、明透零無は壊れてしまっている。

 

「(それも、もう、何度考えたか分からない答え――)」

 

 結局、命の価値でいうならソレがもっとも下だ。なにせ生きている価値がない。死ぬことを知って、死ぬことをそれもまた有りだとするのなら、これ以上に生きていてどうしようもない人間もいないだろう。だったら簡単なこと。いずれはそう、いくら悩んでもその答えがチラついている。なにかを切り捨てる。そのなにかに一番当て嵌まるのは、まさしく自分なのではないかと――

 

「(……ん。ここか)」

 

 考えているうちに、目的地へついた。見上げたプレートには美術室の文字。ゲームでいう場所としては、彼女(・・)がいちばん接点のあるところだった。そっと扉に手をかけて、ガラリとスライドさせる。――あたり一面は、足の踏み場がないほどの画用紙で埋め尽くされていた。

 

「(――すごいな……これは)」

 

 なにかしらの描かれた用紙は乱雑に置かれている。加えて机や椅子も散らばっていて見映えが悪い。一体なにがどうなっているのかと絵を一枚つまんで……その内容に、どこか、心が揺れた。

 

「(……うすい、黒?)」

 

 べったりと、隅から隅まで灰よりかすこし濃い黒が塗られた一枚。絵というよりはただ塗っただけというほうが似合っている。不思議な模様もなにもないシンプルなものだった。そうっとその絵を横へ置きながら、また紙を拾って道をつくっていく。

 

「(こっちは藍色……で、これは……赤色かな。混じってるから、よく見えない)」

 

 青みがかって、赤みがかって、ついぞ黒というには不気味な色ができあがっていた。おかしな絵だと思いながら、用紙を拾いわけて先へ進む。絵というのは不思議だ。黒になにを混ぜても黒にしかならないものだが、これが画用紙の上だとすこし違う。黒にも細かな違いが出てくるし、色がなくても白が残る。透明なんて、それこそ。

 

「(…………!)」

 

 と、しばらく繰り返してやっと絵画らしきものを見つけた。真っ白な背景に、薄く色のつけられた水晶玉がひとつ。その向こう側に、混じり合った不気味な黒が映っていた。……それは、どこか。

 

「どこか、あなたに似ている」

「!」

 

 びくりと肩が跳ねた。視線をあげた先。顔を向けたそこに、探していた少女の姿を見た。

 

「……三奈本さん」

「待ちました。……ううん、ずっと、わたしは待っていたんです。せんぱい」

「……どうにも分からない。最初からそうなんだ。……君は一体、僕を……」

「わたしは……わかってます」

 

 気付けば、彼女はひとつもどもってはいなかった。一対一ならうまく話せるのか、この場所がそうさせるのか。玄斗に詳しいところは分からない。ただ、彼女の瞳が真っ直ぐこちらを見ているのが意外で――いや、思えば、学校で押し倒されたあのときも。

 

「知ってました。せんぱいのこと。……むかし、いじめられてたことがあるんです。だから、人の目を見れば、だいたいのことわかっちゃうんです。……どんなに参ってても、ふと目を合わせたぐらいでも、ちゃんと」

「……凄いな。ああ、でもそれは……たしか、感性の話だっけ」

「どう、なんですか、ね……でも、わたし、ちょっとだけそのことも、良いって思えちゃってます」

「……そうなんだ」

「はい」

 

 なんともまあ、見事にやられている。これで三度目。二度あることはともいうが、この調子であれば誰であってもこうなのかという予想すら浮かんでしまう。出会いを重ねて思い出を増やしたふたりとは違う。たった一度、刹那の邂逅でその本質を見抜かれた。さっぱり忘れていたわけではない。ただちょっと抜け落ちていた。その類い希なセンスが発揮されていたのは、壱ノ瀬白玖との初コンタクトの数会話で「まさにそのとおり」な評価を叩き付けていた原作からも分かる。そんな相手に、ましてや彼女だとも知らずに漏らした彼の素顔をさらした状態で、見破られないはずがなかった。

 

「色の付かないガラス玉……透き通ってて中身がなくて、割れやすいのにそれを気にもしていない……せんぱいは、そんな人でした」

 

 故にこそ、三奈本黄泉の評価に間違いはない。かねてより無色透明だった明透零無は、色がなければなにもない。そこにあるべきよう見えていたのは、透けて見えた別のモノだ。だから、本気で難しい。自分というのも。それで考えるのも。そんなモノの幸せを夢想するのだって。

 

「……だから、せんぱい。わたしはずっと、会いたかったんです」

 

 到底、自分が死ぬという現実がちっぽけすぎて呆気なくなるほど。

 

「せんぱいに……ずっと。ずっと。わたしは、せんぱいを――」

 

 信じられない、ものだったのだ。





>無色透明 明透零無

主人公のイメージカラーが無色透明でアトウレイナちゃんのイメージカラーが透明のみなのはここが理由。まあ大したところでもない。



わりと良い感じに直ってきてるのでここらで一回叩き割っても面白いんですけどね。

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