ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
権利でも義務でもなければどうでもいいという。
……馬鹿らしい。
――そんなのは、必死で頑張っている誰かへの冒涜だ。
幸せを語ったその人は、とても、幸せの味なんて知っていなさそうだった。
『だから、大丈夫』
なにが大丈夫なのだろうか。とてもその瞳はそう思えない輝きを放っていた。けれど不思議なことに、誤魔化している様子も、嘘をついているようでもなかった。ならば簡単なこと。人との意思疎通は三奈本黄泉のもっとも苦手とするところだ。けれど、他人を理解するという点においてそのセンスが発揮されるのは彼女の得意とするところだった。――この人は、己の不幸を認識していないのだと。気付くまでの時間はかからなかった。
『――――、』
なんて、虚しいのだろうと思った。なにも分かってはいない。幸福を語る本人が本当の幸せを欠片も理解していない。なのに、どこまでも救われている。三奈本黄泉という少女の心はそんな壊れ物のニセモノに、呆気なく救われるほどのものだった。
『……そう、なんですね』
途端に、彼女は心が軽くなった。息苦しい世界が嘘みたいに塗り替えられていく。自分よりも酷い歪み方をしていて、おおよそ手遅れになりかけた彼が、あたりまえのように幸せをあるものと語っている。そんな矛盾だらけの現実にこそ、希望を抱いた。ああ、本当に、なんてコトはない。比べればなんとも虚しい。だって、そうだ。目の前には自分以上に、心に罅の入った人間がさも当然のように生きている――
「(でも、それに気付けるのはきっと少ない……)」
それこそよく見ても分かるかどうか。その本質は透明で、ともすれば見落としそうなほど色がない。なにか別のものにこもってはじめて微妙な差異が現れるぐらい。けれども、そんな歪さに黄泉は気付いてしまった。無視はできる。初対面の少年にそこまでする理由なんてこれっぽっちもない。でも、そうはしなかった。想い続けて、信じ続けて、ここまでやってこれた理由なんてただひとつ。
「――わたしは、せんぱいに幸せを教えてあげたかったんです」
「……僕に?」
「はい」
例えば海のように蒼い彼女は、その名前を解き放って彼の存在を引き摺りあげた。例えば燃える夕焼けのように赤い彼女は、その壊れた思考回路に正常な線を繋いで人として生きることを望んだ。ならば、三奈本黄泉が与えるのは間違いなくそれだ。誰よりも不幸であるが故に、なによりも泥に塗れているが故に、真に綺麗だと言える
「難しく、ありません。……たとえば、道路の脇に咲いた花、とか……通学路の桜並木、とか……印象的な誰かの笑顔、とか……なんでも、いいんです。素敵って、思うものをせんぱいの心に映すだけ……それだけで、いいんです」
「……いや、でも、それぐらいは――」
「してません。……せんぱいは、見てません。ガラス越しの景色は、くもるだけです。……ちゃんと、見てください。せんぱい。わたしたちの身のまわり……とっても、素敵なんです」
そのぐらいは、玄斗だって知っている。世界は綺麗だ。目に映すのも贅沢なぐらい見事に仕上がっている。当たり前のようにそれを見て、音を聴いて、肌で感じて、鼻でにおう。すべて、自分にはもったいないぐらいの幸せだと思った。
「分かりませんか?」
「……いや、分かってる。君の言いたいことも、なにを伝えたいのかも。分かってるつもりだ……僕は」
「なにが……ですか」
「なに……って……」
「なにが……わかってるんですか……?」
言っている。口よりもその目が言っている。〝おまえはなにも分かっちゃいない。〟そう暗に告げている。そんなコトはない。この世界がどれほど鮮やかなんて分かりきっている。ただそれをなにも言わず受け入れられるほどのモノもない。だから、贅沢なのだ。言ってしまえば身の丈にあっていない。こんなコトなら、一生病室の中で過ごすのも悪くはないのだろうと――
「わかって……ないじゃないですか……!」
「三奈本……さん……?」
「あたりまえは……あたりまえです……! どうして、そんな、困った顔をするんですか……!? せんぱいは、生きてます! ここに、います! なのにどうして……どうして、そんなに遠い目をするんですか……っ!」
「…………それは」
どうしてか、それは分かった。以前より考えることは多くなった。その度に直面する。思考の沼にはまればはまるほど、自分はこの世の理から外れるべき生き物なのだと理解する。そも、約束されていたモノなどなにひとつなかったはずだ。ならば、シンプルすぎるほどに。――
「……要らないものかもしれない」
「……なにが、ですか……?」
「僕は別に、どうってこともないんだ。感じることもなかった。なら別に、知らなくてもいいだろう。……はじめからそうだ。用意されてなくても生きていられた。なら、これからなくても問題ない」
「…………っ」
その言葉を訊いた瞬間に、彼女の意識は沸騰した。
「――――」
「…………っ」
パァン、と大きな音が響く。ヒリヒリと痛みに頬が痺れる。見れば涙目のまま、黄泉は思いきり右手を振り抜いていた。いつも気弱で会話もどもってばかり。初対面ながらそんな印象を植え付けた彼女らしからぬ一撃に、言葉すら出なかった。――なんて、衝撃。
「――せんぱいのっ、アホぉーーーーーー!!!!!!」
「っ!?」
ついで、右耳から声が突き抜けた。大音量も大音量。もはや爆音とも言うべき叫び声は、静かな校舎で余計に反響した。距離数センチの間に壁もなにもない状態で受けた大声で、玄斗の聴覚はキンキンと耳鳴りがなっている。
「……っ? ……っ!?」
「……!!」
困惑する玄斗と、ギッとらしくもなく睨みつける黄泉。とても同じ少女とは思えない鋭さが垣間見えている。そんな光景に、どこまでも脳が震えた。……おそらくは大声の効果も含めて。
「あほです、ばかです! せんぱいは、おおばかものですっ!」
「な……にを……」
「未来に幸せがあるって言ったのはせんぱいです! なのにせんぱいにはそれがないんですか!? そんな都合のいいことがあるんですか! そんなのないです! ありえません! 不愉快です! なら、わたしが……っ」
ぎゅっと、手を掴まれた。強い力だった。少女の力だ。振りほどけないワケではない。なにも運動をしてきた体ということもない。ずっと筆を握り続けてきた、ちいさいのに女性らしさの消えはじめた荒れた手指だった。けれど、それは決して嗤われるようなことではなく――
「わたしがっ、背負います……っ! せんぱいの不幸ぐらいどうってことありません! だってわたしは不幸です! 運がないです! ひとり分ぐらいなんてことないんです! それでせんぱいが幸せになれるなら、いくらでも背負います!」
「……やっぱり、分からない。どうしてなんだ。君は。……なんで、一度会って、ちょっと話しただけだろう? なのに、なんで……そこまで、言えるんだ」
「そこまで!? せんぱいにとってこれってそこまでですか!? 変ですか!? 違います! 変なのはせんぱいです! わたしはわたしの……っ」
ぎゅっと、黄泉が胸の前で手を握った。儚くも強く美しい。それをここまで体現した動作も珍しかろう。見とれるように、見惚れるように。ぼうっと視線を引かれた玄斗のほうへ向かって、
「――わたしの大好きな人の幸せを願うのが、変なことですか!?」
とても、強烈な弾丸を撃ち付けてきた。
「……僕は、君の好意を断ったのに?」
「関係ないです! わたしの好きはわたしの好きです! せんぱいなんかに関係ありません! だから、ぜったいにせんぱいにだって拒否させません! ぜったい、ぜったい幸せを知ってもらいます!」
「……悪いけど、知ってるんだ。だからこの話は終わりってことになる。幸せぐらい、僕はもう……」
「いいえ! ぜんぜん! だって、そうじゃないですか! せんぱいは……せんぱいは……っ!」
幸せぐらいは知っている。笑っているのがそうだ。嬉しいのがそうだ。心が揺れるのがそうだ。言わば脳から発する電気信号の一種だ。そういうカタチだと知っている。そういうものだと知っている。自分には縁のないものだと知っている。自分にはなかったものだと知っている。自分にはないものだと知っている。自分には不要なものだと知っている。自分がそう感じてはいけないものだと知っている。自分にはこれからも縁のないものだと知っている。自分には一生かかっても届かないものだと知っている。自分には一生かけても手を届かせてはいけないものだと知っている。なぜならそう。簡単に、単純に、明透零無には元からそんなものを収めるスペースが用意されていなくて――
「一回も幸せだと思って笑ったことなんかないくせに!」
「――――」
なにを見た。なにを見抜いた。分からない。なにも知らないハズだ。なのに、その言葉は酷く刺さった。図星だ。そのとおり。いくら頭で考えたって、そういう反応だと理解していたって、きっとホンモノである心の底からはわいてこない。ただの真似事。言わばニセモノ。明透零無の歪な笑いは、そこを起点としたものだった。
「許せません! 許しません! そんなの誰が許したって、私だけは許してあげません! せんぱいには幸せを知ってもらいます! 素敵だって思うことを知ってもらいます! だってわたしは、そのために――」
なんとも脆弱だ。剥がれた中身はすぐ外へ出る。無いに等しい十坂玄斗の殻なんて、プロとも言える彼女たちの手にかかればこのザマだ。ものの見事に、丸裸にされていた。
「こんなに沢山、描いてきたんですから――!」
「…………、」
〝――――ああ。〟
そうか、とひとつだけ納得した。勢いよく何枚もの画用紙が舞い上がる。深い蒼の広がる海や、夕焼けに染まった街の風景。大地を照らし続ける黄色い太陽に、幾本の日差しが降り注ぐ深緑の自然。紫の花に橙の葉、淡い桃色をした茎と灰色に染まった果実。虹のような色を持った千本もの
「……贅沢だ。やっぱり、僕には」
「贅沢なんかじゃありません。当たり前です。権利とか義務じゃありません。だいたい、そんなのわたしは認めません」
「……どうして?」
「わたしは……っ、掴みたいものを、掴みますっ。何度、折れても……くじけても……きっと、いつか、報われるって信じてます。だって、それが――」
……ああ、それは。
「それが、せんぱいに教えてもらったことなんですから――!」
いつぞやの男が口にした、軽すぎるにもほどがある、空虚な言葉の強さだったろうに。
気弱系後輩だと思った? 残念不幸に塗れて立ち直ったクソ強メンタルちゃんだよ。正直白玖さえいなけりゃ黄色ちゃん独走レベルで玄斗まがい(明透零無)ブレイカーだったりする。
……そういえばヒントもろに出したけど気にしないでください。まだ後だから。あとヒロインもひとり増えたから。大丈夫大丈夫。玄斗とか目じゃないやつが残ってるだけだから(満面の笑み)