ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ。三奈本さんはなにも悪くないんだし」
言って、玄斗は傘をすこし彼女のほうに寄せた。そう、なにが悪いかと言えば、決して彼女が降水確率八十パーセントの日に傘を忘れたことでも、こんなに雨が酷くなる時間まで残っていたことでもなく、たんに天気が悪かっただけだ。
「むしろ良かった。女の子を雨のなかずぶ濡れで帰すなんて、とてもじゃないけどね」
「……朝は降ってなかったのにぃ……」
はあ、と落ちこむ彼女は本当に申し訳ないと思っているらしい。単に玄斗が気にしない質なのか、それとも黄泉が余計に気にする性格なのか。どちらもありえるが、たかだか
「にしても、凄いな。雨」
「……そ、そうでふねっ!」
「……ふ?」
「す、すすすいません! なんかっ、あのっ、いきなり、緊張……しちゃって……!」
はわわわわ、と口元をおさえながら慌てる黄泉に、自然と笑みが漏れた。……本当に、本心から、自然と、うまく笑えたと思う。けれど、
「…………、」
彼女はそれを横目でちらりと見て、瞳に落胆の色を浮かべていた。些細な動作。意識しないモノ。それですら作り物じみた動きが混じっている。ならばどうすればいいのかと、悩みは尽きなかった。どうにも、昔から笑うのは得意じゃない。笑えないワケではないというのに。
「……だめかな」
「だめです。……せんぱい、笑ってるのに笑ってない……!」
「……それがいまいち分からないよ。でも、ありがとう。ちゃんと考えてみる。それで、自分なりに答えは出してみるよ」
「え――――」
言うと、黄泉は呆けたように足を止めた。ふり向いて、傘からはみ出ないようにその距離を詰める。すこしばかり、彼女は驚いているようだった。理由なんて考えるまでもない。
「大丈夫。これでも結構、分かってきたんだ」
「せんぱい……」
「だから、平気。これまでずっと、考えれば僕は恵まれていたんだと思う。だから、これからもそうなんだろうね」
ちょっと贅沢すぎるけど、なんて恥ずかしそうに頬をかいて玄斗は言う。なにが分かっているのかとか、贅沢だの恵まれているだのと言う時点でなにも分かっていないだとか、他のなにも知らないのかとか、黄泉が言いたいコトは沢山あって、どうにも我慢なんてできそうになかったのに。
「……やっぱりおばかさんです。せんぱいは」
「そうだろうね。でも、だから考えないと」
「……きっと、難しいですよ? いっぱい、苦しんじゃうんですよ?」
「そこはまあ、慣れてるから。ならなにも問題ない。それまで頑張ったぶんはなにかしらの結果で残っていくんだ。だって、いつかは報われるんだろう? そうなるぐらいは、僕もやってみせるよ」
「……そこが、おばかさんなのに」
おそらくは誰も言わなかった。気付いてもそこに目を向けなかった。触るべきではないと判断した。理由は様々だ。けれど、三奈本黄泉には分かっている。不幸に塗れていた彼女だからこそ理解する。その一点だけは、他の誰でもない――自分が触れるべき位置だ。
「慣れてるって、それがいちばんいけないんです」
「……でも、仕方ない。慣れてるんだから」
「慣れてるからって、それで片付けるのがいけないって言ってます! だいいち、慣れちゃいけません! もっと……先輩は、苦しんでいるところに、目を向けてあげないと」
「…………どうっていうこと、なくても?」
「です」
「……そっか」
気を付ける、と一言答えて玄斗は歩き出した。黄泉をともなって、並びながら歩道を進む。雨は一向に止む気配がない。今日一日は降り続けるだろう。なんとなく、そんな直感を働かせた。――ふと、そんなぼんやりとした視界に、一台の車を見た。そこまで速くはない。下手な運転もしていない。が、にしたって自動車の速度だ。とうぜん、雨のなかで走り抜けていれば飛沫があがるもので――
「ごめん」
「えっ?」
ちょうど、近くにあった水たまりを勢いよく駆け抜けた。
「――せん、ぱい……?」
どくん、と心臓が高鳴る。その暖かさに包まれている。香りに包まれている。なによりその腕で、逃がすまいと抱き締められている。その事実を認識した瞬間に、黄泉の理性は蒸発しかけた。
「なっ――――」
〝――――#$%&*@??$#&$#%!!??〟
もはや心中でさえ言葉になっていなかった。パニックである。なにせ目の前すぐ一センチもない近くに玄斗の胸板がある。制服越しのそれはほんのすこしの固さがあった。頼りなく見えて、案外安心する。……などと、考えている場合ではなくて。
「だ、だめ、ですよぅ……せん、ぱい……」
「……あぶな、かった」
「こんな――……へ?」
「いや、本当にごめん。三奈本さんは……大丈夫そうだね」
なら良かった、と笑う玄斗の髪からしずくがぽたりと落ちた。おかしなことに、傘をさしているというのにだ。……見れば、背中側から横にかけてびっしょりと濡れている。
「な、なにしてるんですかっ!?」
「いや、水飛沫が。ほら、女の子は濡れたら色々と困るだろうし」
「だからって、こんな……!」
「嫌だった?」
「そっ、その訊き方は反則です!」
「だね」
自分でもずるいと思った、なんて彼は申し訳なさそうに白状するが、そこは大した問題でもない。いや問題ではあるが。そこまで彼が行き着いているという事実に黄泉は泣きそうになったが、それはともかく。
「ふ、拭かないと! 風邪、ひいちゃいます!」
「大丈夫。どうせ雨だし。家に帰ってからでいいよ」
「でも……っ」
「――そこの少年! すまない! 大丈夫か!?」
と、後方から声をかけられた。ふたりしてふり向けば、すこし行ったところで先ほどの車が停まっている。意外というか、なんというか。明らかに車高の低い
「あ、はい。問題ありません」
「本当か? 結構思いっきりぶちまけたぞ、私は。……ちょっと待ってなさい」
と、女性が車から降りて傘もささないままに駆けてくる。白いワイシャツとパンツスーツをゆったりと決めた姿からして、仕事帰りだったのだろうか。どことなく玄斗はその姿に、煙草が似合うだろうなという感想を覚えた。……どうしてかは、分からないが。
「うわあ……これは問題だろう……いや、本当にすまない。配慮が足りなかったな。ずぶ濡れじゃないか」
「いえ、本当に大丈夫ですから、そこまで謝ってもらわなくても……」
「そういうワケにも……なにしろこっちは大人なんだ。君たち、見たところ学生だろう。なら、年上としてカッコ悪いところを見せるのもな……」
おどけるように言う声は、けれどこちらに断らせまいとする意思が込められていた。嘘はなにひとつついていないだろう。真摯な人だ、と思う。しかしながら見知らぬ女性にここまで言われてしまうというのは気まずいと、こっちもハッキリ言おうかなんて視線をあげた瞬間――
「――――、」
「…………?」
ばっちりと、目が合った。その瞳がぐっと見開かれる。まるで、なにか、信じられないものを見たように。
「……すばらしい」
「え?」
「――いや、なんでもない。悪いコトをしてしまった。それで提案なんだが、どうだろう。乗っていかないか? もちろん彼女さんも一緒に」
「か、かのじょ……っ」
「? 違うのか?」
「……えっと、あの、それはともかく、そこまでしてもらうのは……」
本当にこちらこそ申し訳ない、と玄斗は一歩後じさる。こちらにお節介を焼いているあたり、すくなくとも悪い人ではないのだろう。が、だからこそ余計に申し訳なくなってくる。だいたい、悪気もなく水飛沫を飛ばしたぐらいでわざわざ車を停めるような人間が一体いくらほどいるものか。
「いいんだ。やらせてくれ。ついでに、制服のクリーニング代もかな。そも君たちが負い目を感じる必要なんてないだろう? 任せてくれ。私はこれでも、元大学教授だぞ?」
まあもう何年も前の話だが、と薄く笑みを浮かべながら彼女は言う。なるほどどうりで、と思うと同時にうまい話運びだとも思った。慣れているのかどうなのか。疑問を抱えたまま、女性はくるりとふり向いて手でこちらへ来るよううながした。
「ほら早く。このままでは濡れてしまうよ。なんならそっちの彼女さんから連れていこう。それともそっちの娘からしてみると、彼が先のほうがいいかな?」
「……良いんですか? 本当に」
「だからそう言っている。これは私の過失だ。だから私に払わせてほしいとも。……まったく、お姉さんが格好付けようとしているんだから、ちょっとはうまくやらせてくれないものかな?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
応えると、その人は嬉しそうに笑った。とても、とても、それこそ「こういうものか」と彼が理解してしまうぐらい綺麗に。
「……やっぱりいいな、君」
「……? なにか……?」
「ううん。なんでも。ちょっと、良いと思ってね。君たちを見ていると、思い出すんだ」
それは一体なにをなのか。訊く間もなく車に乗り込んだ女性に続いて、玄斗と黄泉も続いて入っていく。当然ながら何事もなく、その日は無事に家へ辿り着いた。
ちなみに「活用班」は「壱ノ瀬白玖」ではなかったりします。
……「なにが?」っていう方はそのまま無視していただいて結構です。「分かってんだよなあ……」って人はちょっと、あの、しー、で。