ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「さ、どんどん食べてくれ」
「…………、」
にこり、と満面の笑みを浮かべる女性に、玄斗はほのかに引き攣った笑みで返した。通りすがりの高級車に水をかけられて約一週間。制服も無事綺麗になり、何ごとも万事解決といった矢先、件の人から誘いを受けたのだった。……どうしてか、食事の。
「……あの」
「うん? なあに、遠慮することはない。こう見えて私は結構生活に余裕がある。それこそ、男子学生なんていつまでも養えるぞ?」
「……それは、見てれば分かります」
「そうか?」
ならほら、と彼女はにこにこと笑ったままメニューを渡してくる。場所は家から近場のファミレス。当初は夜景が綺麗に見えるというビル何階に設置されたレストランでの食事だったのだが、玄斗の必死の要求でここまで下げてもらった所存だった。さすがに、一介の高校生が超のつくほど高級レストランを奢ってもらうのは気が引ける。
「見たところ高くても五桁いかないようだ。これなら何品でも頼んでくれて結構。まあ、初めの予定どうりであっても君には自由に食べさせたわけだが」
「……いえ、さすがに、向こうは」
「苦手か? まあ、その辺も私が悪かった。もっと君のコトを考えるべきだったな、次からは気を付けよう」
そう言って、彼女もメニューを手に取って眺め始める。新鮮といえば新鮮だ。だいたいにおいて接してきたのが同年代に限定されるが故に、こういったときの十坂玄斗は基本的に受け身だ。だからこそ、明確な完成された年上の牽引力というのは凄まじかった。
「何にする? 本当に気兼ねしなくていいぞ? 何度も言うが、これでも小金持ちだ」
「…………、」
はたして、父親に聞いたところ「そんな外車乗ってるのは金持ちだろう」なんて真顔で言ってくるような人間を、小金持ちと言って良いものか。
「……じゃあ、その、一品だけ……」
「一品? おいおい、成長期の男の子だろう。もっと食べないと。遠慮されると財布を膨らませて来た私のほうが恥ずかしいじゃないか」
「…………六品ほど」
「うん、よろしい」
うなずいて、女性がチリンと呼び鈴を鳴らせばすぐに店員がやってきた。一通り注文をしたところでひと息。コップに注がれた水を口に含むと、その様子を目前の彼女がじっと見ていることに気付いた。……なんとも似合うことに、片肘ついて手に顎なんか乗せている。
「……どうか、しましたか……?」
「いいや、なんでも。しかし、いいなあ……君を見ていると、娘を思い出すよ」
「……あの。失礼ですけど。おいくつで……?」
「遠慮はいらないさ。歳なんてそう気にする質でもないんだ。三十八だよ」
「さんじゅっ……!?」
ガタ、と椅子を揺らして玄斗が腰を浮かせる。それほどの衝撃だった。若作りにもほどがある。見た目だけで言えば二十台前半……老けていても後半だとすっかり思っていた。それがよもや、十も予想を過ぎているとは。まこと不思議な人体の神秘だ、と息をつきながら玄斗は席を直す。
「おいおい、リアクションが大きいぞ。そんなに驚くことかい?」
「……ええ、まあ。すこし……その、大分、若く見えて、綺麗だったので」
「――ああ、もう、そういうことを言うな。大人をからかうと痛い目にあうぞ。とくに女性はな。気を付けたまえよ、
「え……あ……はい。すいま……せん……?」
くつくつと笑う女性の表情は、とても喜色に満ちている。思わず見ているこちらまでも笑ってしまいそうな勢いだった。それほどまでにストレートな感情表現をしている。冷たいとも言える固い態度とそのギャップが、どこか玄斗にとってもまた新鮮だった。
「……というか、あの、名前……言いましたっけ……?」
「聞いてないとも。君を家まで送ったとき、表札で知っただけなんだ。なんで、私はそろそろ君の名前を聞いてみたい」
「あ、はい。僕は――」
「いやいや待ってくれよ? ここは私からだ。なにせ、聞きたいと私から言ったんだ。こっちからしなくては、君に失礼になる」
「あ……はい。それじゃあ」
「うむ。では僭越ながら……なんて、堅苦しすぎるな。普通にいこう」
こほん、とひとつ咳払いして、彼女はすっと肩の力を抜いた。その姿に、一瞬だけ見惚れる。本当に不思議だ。まるでどこかの隙間に入るみたいに、その一挙手一投足が突き刺さる。だから玄斗はその自己紹介からも、一秒たりとて目を離せなかった。
「私の名前は
「……そうは見えませんけど」
「なら素直に嬉しい。女性はね、いつだって若く見られると心が躍るものなんだ」
「……ですか」
笑う彼女は、良い意味で年相応らしくない。頬をうっすらと赤くしながら話す様子は、それこそまだまだ二十台前半で通じるぐらいだ。実年齢とのギャップにどうしても困惑するが、そも気にしていたってどうというワケでもない。気を取り直して、彼もすっとお辞儀をしながらゆっくりと言葉をつむぐ。
「僕は十坂玄斗って言います。調色高校の二年生で……ありきたりに言うと、学生、でしょうか」
「ほうほう、なるほど。玄斗。十坂玄斗か……」
うん、といまいちど女性――狭乎はうなずいて。
「よし、覚えた」
ぱっと、花開くような笑顔を浮かべるのだった。
◇◆◇
料理も到着して、ちょうどふたりともが箸をつけはじめた頃だった。ふと玄斗はさきほどの会話を思い出して、なんとはなしに聞いてみた。
「そういえば狭乎さん。娘って言うのは……」
「うん? ――そのとおりだが」
「……本当に、娘さんが?」
「ああ。……まあ、ずいぶんと会っていないのだがな」
もう十年近くになるか、と彼女はどこか遠い目をしながら言った。意外だった。娘が居るというのもそうだが、なによりそんな事情を抱えていることも。
「どうして、そんなに……?」
「……大したことじゃないよ。ただ、間が悪かったし、私が原因でもあった。あれは、しくじったなあ……本当。もっとうまくやれたと、いまでも思うよ」
どこか後悔しているように、狭乎は語った。否、実際に後悔しているのだろう。きっと自らの愛した娘とのすれ違いか、なにかがあったのだ。玄斗はそう受け取った。
「それで、何年も会っていないんですか」
「会ってないし、都合で会えないんだ。ちょっと、面倒くさくてね。……我が子の成長ぐらい、見せてくれてもいいだろうに」
「…………、」
その言葉が本心からであるのは、流石に理解できた。もとよりぜんぶ彼女は本心しか言っていない。だからこそ、玄斗の心にはストレートに伝わる。まるで狙ったみたいに、鋭く切り込むように。
「それは……とても、残念ですね」
「だな……だからこそ、君を見ていると嬉しいんだ。なんだか娘に重なってね。君は。……本当、見ればみるほどに、よく似ている」
「……そうなんですか……?」
「ああ。本当、その、笑った顔とかがね――」
なんて、言った瞬間だった。
「ちょっ……狭乎さん……!」
「え……?」
一筋、彼女の頬から雫がこぼれる。喉の震えも嗚咽もない、静かな涙だった。どこまでも透き通っていて、泣いている姿さえ綺麗に見えるぐらいの。
「……ああ。泣いて、いたのか……すまない。別に、悲しいわけではないんだ……ただ、本当に、嬉しくて……案外、涙もろくなったものだな。昔は鉄面皮とさえ言われた女なんだぞ?」
「……娘さんを」
「……?」
「子供を想って泣けるのは、良い人だと思います。きっと……表情に出なくたって」
「……ふふ、そうだね」
くすりと笑って、狭乎はコップの水で喉を潤した。細い指先で涙を拭き取りながら、「ごめん」と頭をさげる姿に沈んだ様子はない。ただ、やはりどこか心残りであろうことは、玄斗でもしっかりと見てとれた。
「私もそう思うよ。子供のために泣けるのは優しい人だろうね。……でも残念なことに、私はちょっと優しくないんだ。それと、すまない。情けない姿を見せた」
「いえ、そんなこと」
「……うん。君のそういうところは、素直に好ましいな。本当、イイ男になるよ、玄斗くんは。……私の娘も、しっかり育っていれば同じぐらいかな」
フィルター越しのなにかを見据えるように狭乎が呟く。間違いなく、見ているのはきっとその人物だったろう。あのように懐かしい目をしているのは、ずっと昔、母を語った父親が見せていたモノに似ていた。
「……もしも会ったりしたら、よろしく頼むよ。なんとなく君とは縁がありそうだ」
「それは……分かりませんが。名前は、なんていうんです?」
「――ヒロナ」
溢すように、狭乎はそう言った。するりと、口内から抜けるように。
「
「……わかりました」
応えると、やっぱり狭乎は嬉しそうに笑った。本当に綺麗な笑みだと玄斗は思う。いつかそんな風に笑えたらと、らしくもなくそう思ってしまうぐらいに。――彼女の笑顔は、とても完成されているらしさがあった。
◇◆◇
「……ん?」
「――ね、どうしたの」
「迷子? ……お母さんとはぐれちゃった?」
「そっか……うん。よしっ!」
「ならお姉ちゃんも一緒に探してあげる! だいじょーぶ! きっと見つかるよ! だってふたりだもん!」
「ほら、だから、ね。笑って――笑顔、笑顔っ」
「笑っていこう! そのほうがきっと、楽しいからね!」
「え? ……ああ、違う違う。ファッションだから。お姉ちゃん格好つけてるだけだからね。眼帯っていうの。格好いいでしょー?」
「えー? そう? お姉ちゃんは好きだけどなー? 髪もそこまで悪くないと……むむ……」
「ん? ……あ、あれ? そう!? 見つかったの!? うわあー良かったあー!」
「うん、うん! じゃあね! もうお母さんの
「――笑顔、笑顔っ!」
>
うーんこの
そして三章終了。ラストでこの人出せて良かったです。ちなみに狭乎さんは怪しくもなんともないですよー。だって嘘“は“ひとつも言ってないからね。