ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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アナグラム瞬殺されてて草も生えない(真顔)もっと気楽にストレートに受け止めてくれてもいいんですよ?


四章幕間:彼のウラガワ ~十坂家の事情~

 

『なにもない。おまえはそれで十分だろう』

 

「――――、」

 

 ほう、とひとつ息をつく。頭はさっぱりクリアになっていた。十坂玄斗としてなら、なんてことのない事実。けれど彼はそれそのものではない。ひとつ皮を剥げば前世の記憶なんて嬉しくもないものが続いている。

 

「(いや、それも違うのか……)」

 

 地続きになっている以上、前世というのもおかしな話だった。明透零無の意識はいまもここに生きている。到底生きているなんて言えたモノではないとしても、遺ってしまっているものだ。なにかを撥ね除けたのでも、譲ってもらったのでもない。彼は真実、十坂玄斗としてこの世に生を受けた。

 

「(……同じ名前、同じ過去……)」

 

 ふと、自分のそれを振り返ってみた。原因なんてもっぱら、ひとつ下の彼女から聞いた衝撃的なコト。――アトウレイナ。同姓同名の少女がいる。そんな、直視するかどうか躊躇う現実を、さらりと、三奈本黄泉は叩き付けてきた。悪気も思惑もなかったろう。ただ、それを受け止めるのにすこし辛い部分が、玄斗にはあってしまっただけ。

 

「(誰かが、ぼくと同じ人生を辿ってるっていうことになるとしたら……)」

 

 ――それは、嫌だ。自分のコトならそれでいい。なんとかなる。ならなくたって、困るのが自分だけなのだから気にしないコトだってできる。けれど、他人があんな目に遭っていると思うと、どうにも良い気分はしなかった。それが、おそらくは想像もなにもできてしまって。

 

「(なくても傷付くし、罅は入る。……心の在処なんて、いまさら探り出そうとしたところなのに。そう思うと、もうあったんだ。……ただ、とても、歪なだけで)」

 

 幼少期の思い出は、とてもじゃないが普通とはかけ離れているのだろう。玄斗の感性ですらそれだった。体が弱くて他人との関わりもないまま、父親が仕事に行けばたったひとり家に残される。用意された食事は美味いか不味いかの前に雑で。量だって少なすぎないが足りるほどでもない。なにも言わなかったし、なにも主張はしなかった。けれど、だんだんと、自分の身体が決定的に壊れていくのは子供ながらに実感していた。――そうしてついぞ、階段から転げ落ちて病院送り。

 

「(……家の食事は本当に味気なかったし、病院食は薄味で量も少なめだったな……食べられなくなってからは、ずっと点滴だったし)」

 

 まともな食事の美味しさを知ったのはこうして生まれ変わってからのコトだった。反動かなんなのか、そのせいで見た目以上の大食いになってしまっている。……そのくせあまり体型が変わらないのは、ちょっと不思議だが。

 

「(比べると、やっぱり分かる。腕も体も健康的だ。あの頃のぼくの腕、本当、棒みたいですぐ折れそうだったのに……あばらも出てないから、横になって息もしやすい)」

 

 本当に恵まれている、と改めて思う。ご飯がおいしい。空気がおいしい。病気でもなく健康体。それでいて周りの人間から色々と教えられる。毎日綺麗な景色が見られる。色んなところが歩き回れる。それだけで、本当に、十分なぐらい恵まれている。

 

「(だからこそ、いまになって……あんなの、誰も経験しちゃいけないものだって、思う)」

 

 それこそ、あんな地獄を知っているのはただ一人でいい。性別がどうであれ、まともな人間にあの環境で生きていけというのは酷だ。そもまともな情緒というものが未発達であったからこそ、明透零無は壊れるだけで済んだ。

 

「(……だから多分、いまは駄目だ)」

 

 苦しんで、辛い目にあって、折れるほどの現実で生きている。そんな人間を明確に予想して知っている。だから今すぐにでもできることがあるのならするべきだ。だからこそ、考え抜いて結論を出さなくてはならない。

 

「(覚悟はいらない。向き合う理由も……ただひとつ。ぼくならそうだ。相手の気持ちなんて関係ない。肝心なのは……たった一手の方法)」

 

 どれだけ思いやったとしても、アトウレイナであるのなら心に訴えかける同情や悲観まじりの言葉なんて意味はない。それはいちばんよく知っている。ならばどうするか。簡単だ。いまの自分にはなにもできない。もっと考えて、答えを出すまでは動けない。闇雲に動いたところでどうしようもないのなら、必死で頭を働かせるのが賢明だ。

 

「(……だからすこしだけ、待っていてほしい。顔も知らないけれど、きっとその苦痛をどうにかしてみせる。……ぼくが、僕であるんだから)」

 

 苦悩するまでもない。単純に、考える項目がひとつ増えただけ。そもそもな話、自分がもうひとり居たって狂ってしまうほどのものでもなかった。狂気なんてそれこそ、はじめからハラんでいるかもしれないのに――

 

「お兄ー?」

「……ん。どうしたの、真墨」

 

 と、考えていたところへ扉の向こうから声がかかった。自室のベッドから体を起こしつつ、玄斗はうんと伸びをする。

 

「お父さんもうちょっとで残業から帰ってくるってー。あたし勉強してるし、お母さんもう寝てるし。ちょっと用意したげてって」

「分かった。にしても優しいね。普段なら気にもしなかったようだったけど」

「っていうお母さんからの置き手紙です」

「……なるほど。了解」

 

 立ち上がって、ドアの方まで歩いた。廊下へ出ると妹がびくっと驚きながら「じゃ、じゃあ」なんてそそくさと走り去っていく。たしかにいまのはちょっと驚かせてしまったかもしれない。悪いコトをした、なんて思いながら玄斗は一階のリビングまで向かう。時刻はすでに、夜の十一時を回っていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……ただいま」

「おかえり、父さん」

「ん? ……玄斗か」

 

 それから父親がリビングに入ってきたのは、三十分を過ぎるかどうかという頃だった。こちらを見るなり薄く微笑んで、鞄をソファーへ放り投げる。ネクタイを緩めてふうと息を吐く姿に、大分疲れているだろうことは予測できた。

 

「悪いな、遅くなって。母さんは?」

「もう寝てるって。真墨は勉強」

「勉強? あいつがか。いらんだろう」

「……たしかに、そういえばそうだった」

「逃げたな……」

 

 反抗期の娘め、と冗談交じりの舌打ちと共に父親が椅子へ座る。聞いたところによると中間管理職ほどの地位についた父親は、こうして時たま帰りが極端に遅くなる。平常時でも七時は回っていたりするので、そこはなんともなところだが。

 

「……もうちょっと早く帰ってきてもいいんじゃない? 母さんも愚痴ってたよ」

「む、そうか。……俺としちゃあ七時もかなり早いんだがなあ……」

「え、そうなの」

「まあ定時は五時だから大分だな」

「遅いよね……」

「遅いな……」

 

 まったくもって敵わん、と肩を落とす父親をよそに、玄斗は冷蔵庫から母親の用意した料理を取り出す。ラップをかけて放り込まれたものだが、レンジで温めればそこそこの味は保ってくれるだろう。炊飯器の保温は切っていなかったので、ご飯はそこから取ることにした。

 

「……おまえも立派になったなあ。昔はどうなることかと思ったが」

「そう?」

「ああ。なんたって泣かない子だったからな。そんなのが長男だ。もう俺も母さんも慌てふためいて……」

「……たしかに、そんなに泣かなかった……のかな……?」

「ああ、まったくだよ。普通はもっと泣くし、夜泣きなんてロクに寝られなくなるんだぞ? 子育ては大変なものだって染み付いてたから余計にだ……ま、その分なのか知らんが、真墨はぎゃーぎゃー泣いてくれたが」

「ああ、泣いてた泣いてた。あの頃は可愛かったね」

「なにをいう。いまも可愛いだろう」

 

 自慢の愛娘だ、と胸をはって言う父親がなんだか面白かった。仕事熱心なくせに、公私を分けるのが上手いが故だろう。なんとなく、玄斗もつられるように笑った。

 

「そうだね。真墨はいまも可愛かった」

「ちなみにおまえは可愛くないぞ」

「いや、それぐらい分かってる」

「――かっこいいだ。父さんに似て引く手数多と見た。なにしろ俺はこれでも医大生でな。若い頃はそれはもうモテたもんだ」

「……知ってる、何回も聞いたよそれ」

 

 あの頃は青かったなあ……と遠くを見る父の姿はどこか幼かった。はっきり言えば子供っぽさがある。もう四十を過ぎるというのにその少年心はどうなのかと思わなくもないが、いつまで経っても少年の心を忘れないのが男だったか、なんてどこかの言葉を思い出した。まあ、たしかに、言えているかもしれない。

 

「でも、医者にはならなかったんだよね」

「まあな……いや、母さんと出会う前ならぜんぜん良かったんだが……なにぶん勤務時間がなあ……」

「……いまでもこんな遅くなるんなら大して変わらなくない?」

「ばかおまえ、変わるぞ。本当、医者なめたら駄目だぞ。まあ父さん医者は嫌いだが」

「目指してたのに?」

「おう。他の医者が気にくわないから俺がなろうとしてた。それだけだ。いまは一般企業で働くサラリーマン……落差だろうなあ……」

 

 いまいちどため息をつく父親の背中に哀愁を垣間見た。中間管理職。それは世間において胃薬が手放せなくなる役職として色んな意味で有名だ。実際そんなコトになるのかと言うと、絶対にないと言い切れないあたりが社会の闇を表していた。

 

「…………、」

「っと、できたよ。はい、あとご飯とお茶」

「ん、すまん。……なあ、玄斗」

「? なに」

「……いや、なんでもない。ちょっと、昔を思い出してな」

 

 浸ってたんだ、と父親は不器用に笑った。その顔がどこか泣きそうに見えたのは、偶然か、それとも真実目の錯覚であったのか。玄斗にはいまいち、判別がつかなかった。

 

「――ん、うまい。やっぱり母さんの料理は天下無双だな」

「……天下一品じゃなくて?」

「どっちも同じようなものだろう? ちいさいことを気にするな。みみっちい神経質な男になるぞ」

「父さんの息子だからそうはならないよ」

「……だから心配なんだが」

「?」

「いいやなんでも。なんでもないが、なんでもある。……うん。ないのにある。不思議だ。はっはっは……あるもんだなあ、玄斗」

「……えっと、なにが?」

「なんでもないものが、だ」

 

 そう言って笑う父親の言葉は、いまいち理解できなかった。





>玄斗くんがカッコイイ……?

父親は超絶イケメン。それでいて一途。


>泣かない子

やめろ、文章の粗を探るんじゃないっ 矛盾とかはそっと目を閉じてほしい……

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