ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
『ごめんなさい』
とても困ったような顔で、彼はそう言った。なによりも好きだった、ゆるやかな笑みをすこし崩して。
『その誘いには、のれません』
『どうして……っ』
『だって』
そして、どこか一歩引いた姿勢で。
どこか一歩後じさった表情で。
どこかひとつ線を引いたような様子で。
『――僕は、僕ですから』
そんな、ロクな理由にもならない、意味不明なコトを言ってきた。
『なによ、それ……っ!』
『そういうことです。……じゃあ、すいません。用事があるので』
『待っ――』
伸ばした手が空を切る。掴む前に彼の腕がするりと抜けていった。きっとそのときの私は酷い
「(……なんて懐かしい夢)」
浮かび上がった意識に、欠伸をかみ殺しながら窓を睨んだ。カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。寝起きはとくに機嫌が悪い。そういってからかってきたのは、一体どこの誰だったか。
「(……もう、一年になるかしら)」
あのいけ好かない男と関わりを絶ってそんなにも経つ。そんな予感めいた思考に、ふつふつと怒りが湧いてきた。こちらの行動パターンでも把握しているのか、はたまた偶然か、学校で会うことも滅多にないのに。
「……今日は厄日ね」
呟いて、ベッドから起き上がった。なにはともあれ平日の朝。面倒ではあるが、学生である以上は学校に行かなくてはなにもはじまらない。一先ず無性に腹の立つ男の顔は一旦忘れて、朝食でも摂ろうとリビングへ向かう。
――きっとそのときから、私はどこかで確信していたのかもしれない。
◇◆◇
玄斗が七時ちょうどに公園へ着くと、すでに白玖はベンチに座っていた。
「あ、おはよ。玄斗」
「おはよう、白玖。早いんだな」
「うん。久々に早起きしちゃって。おかげで三十分も待っちゃったよ」
あはは、と白玖はとくに機嫌を損ねた様子もなく笑う。普通の学生なら文句や愚痴のひとつでも言っていいだろうに、なんとも感心する心持ちである。が、彼女の気持ちはともかく知り合いを三十分も待たせたとあっては玄斗的によろしくない。無言で財布を取り出して、近くの自販機にまで足を運んだ。
「玄斗?」
「(……こういうときに、原作知識って便利だ)」
躊躇なくボタンを押して、ガコンと落ちてきた缶を差し出す。白玖はぽかんと呆けながら、「私に?」と自分を指差している。それがちょっとおかしくて、玄斗は笑いながらそうだよと答えた。恐る恐るといった様子で受け取る姿がなおさらだ。
「大丈夫、毒なんて入ってないよ」
「い、いや、そういう問題じゃなくて……どういう風の吹き回し?」
「春といっても朝は早いし。今日はちょっと寒い。鼻のさきも赤らんでるみたいだし、お詫びってことだよ」
「…………よく見てるね、玄斗」
「よく見えるからね、白玖は」
新雪を思わせる白い肌が寒さで赤みを帯びているのは一目瞭然だった。
「好きだろう、ココア」
「そりゃあ好きだけど……なんで知ってるって話だし。てか、気取りすぎだし……」
「ごめん。もっと格好良ければ、それこそ格好もついたんだろうけど」
「……ま、私だから特別に許してあげる。合格」
「なにが合格なのか分からないけど、それなら良かった」
言って、玄斗はさも当たり前のように白玖の横へ座った。彼女もそれを知っていたかのように数センチ横へ避ける。……が、動いてから気付いた。なんだかこの男、妙に異性との距離に慣れていないだろうか?
「……玄斗さ」
「うん?」
なんだい、と彼女のほうを向いて聞き返す玄斗。やはり絶妙だ。近すぎず遠すぎず、という距離を保っている。さらっと隣に座るあたりもちゃっかりしている。しすぎている。
「もしかして……彼女、いた?」
「ないよ。一度も」
「ふーん……の割には、あれだよね。こなれてるよね」
「まあ、デートなら何回かはしたことがあるから」
「――え?」
ざあ、と公園の木が揺れた。春風が小枝をざわめかせている。ついでに、白玖の心もざわついた。いや、まさか、とは思っていたが。この男が誰かと〝デート〟なんてはっきり口にするものかと――
「っていうのは冗談。本当は荷物持ち」
「なーんだ……って、いやいや。荷物持ちってそれ、え? うそ、女の子と? 買い物?」
「どこにそんな驚く要素があったのかは知らないけど、そのとおり。次の日はもう腕がパンパンで。あれは苦労した」
運動不足を実感した出来事だ、と玄斗は懐かしんでいるようだが、白玖にとってはそうでもないようで。
「じゃあ今度私とも買い物行ってね。いっぱい連れ回すから」
「君は鬼か……行くなら一週間前には言ってくれ。準備ぐらいはするから」
「よーし約束ね。破ったら許さないから」
「破らないよ。白玖との約束だし」
「……ふぅーん」
意味ありげな表情で見てくる白玖を、玄斗はじっと見返す。なんだろう、という心境がありありと顔に出ている。そんな彼とは対照的に、白玖はすぐさま切り替えてベンチから勢いよく立ち上がった。ひゅっと放られた空き缶が、いい音を鳴らしてゴミ箱へ入る。
「じゃ、行こっか。玄斗」
「……それは良いけど、ゴミは投げないように。行儀が悪いよ」
「はいはい、ごめんごめん」
「返事は一回」
「はーい」
「まったく……」
ちらりと白玖が後ろを振り向いてみると、呆れたような玄斗の顔が見えた。どことなく先生っぽい。教える立場というのは案外似合っていそうだが、教師に合っているかと言われるとすこし首をかしげる。たぶん似合わない、というのが彼女の結論だった。
「今日も午前中授業だっけ。入学式は私たちも出席するの?」
「まあ、そうだね。あとは普通に四限目までやって、あとは放課後……暇なら図書室で勉強でもするかい?」
「あ、いいね。私もちょうどそうしようと思ってた」
「ならいいかな」
何度か利用したコトがあるが、玄斗から見て図書室は静かで集中するにはうってつけだ。困ったときには参考書を引っ張り出せるという利点もある。なにより、あの空気は案外嫌いではない。一時期は入り浸っていただけに、慣れてしまったのかもしれない。
「(あ、でも、そういえば図書室って……)」
と、そんな折にふとした事に気付いた。なんでもない。取るに足らない心配というか、鎌首をもたげた不安の一欠片だ。まさか、と内心のざわめきを玄斗は無理やり受け流した。いくらなんでも、そんなタイミングが都合良く重なるものかと。
「(……大丈夫だろう。別に、やましいことがあるわけでもないし)」
そう、ただ、十年来の幼馴染みと一緒に勉強をするだけだ。一瞬だけ脳裏をよぎった相手となにがあったわけでも……ないが、それだけで意識するのは過剰かとも思えた。歩いていく白玖の背中を見ながら、ゆっくりと息をつく。
「ほら、玄斗。おいてくよー」
「……今行くって」
人生山あり谷あり。不幸に塗れるときもあれば、幸せでいっぱいにもなる。いまだ誰も知る由もないが、現状が幸福である以上、いつか下を行くときが来る。当人である玄斗自身にも、まさか自分の撒いたタネによって首を絞められるなんて、思ってもいなかったのである。けれども仕方ない。なぜなら――