ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
白玖と別れたその日の帰り道。ふと歩いていると、玄斗の横に一台の車が停まった。なんだろうと思って見れば、運転席にいつぞやの女性が座っている。
「飯咎さん」
「や、お久しぶりだね。少年」
元気かい? と煙草を片手に訊いてくる狭乎。それに「はい」と答えてみれば、彼女はどこか面白そうに目を細めた。ついといった風に、その綺麗な唇が歪む。
「……なんだろうな。ちょっと変わったな、君」
「かもしれません。飯咎さんは、相変わらずで」
「うむ。相も変わらずだ。で、どうだ。乗っていきたまえよ」
「いや、さすがに二度目は――」
「なんだい君。私の車には乗れないというのかね?」
くつくつと笑いながら、狭乎が片手でひらひらと誘ってくる。言うところの「俺の酒が飲めねえってのか」みたいなものかと玄斗は勝手に納得した。彼女に関してはそもお世辞がどうの以前に善意百パーセントで連れて行ってやると言っているような気もする。遠慮は大事だが、好意を無碍にしすぎるのもあれか。考えて、玄斗はちいさく頭をさげた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「はは、甘えろ甘えろ。子供だろうに。素直な子は、私は好きだな」
「そうなんですか?」
「ああ。……うちの娘も、大概素直なものだったからな」
「……そう、でしたか」
それにどう答えて良いかが分からなくて、思わずそんなありきたりな返答をしてしまう。けれど狭乎はそんな彼の反応を気にした様子もなく、玄斗が助手席に座り込んでシートベルトをつけたのを見届けて、ゆっくりと車を出した。夜も近くなった閑静な住宅街を、するすると進んでいく。
「……良い子だったよ。将来はなんだったかな……花屋になりたかったそうだ」
「花屋……ですか」
「ああ。優しい子だった。それでいて、私に似て美人だった。いまはもう、とんでもない美少女に育っていると思うな」
「……会うのがちょっとだけ楽しみですね」
「なんだ、君もそういう年頃らしい部分があるのか?」
「……それは別として、単純にそこまで言われると興味がわきます」
「なるほどそっちか。ふふ……つくづく、君は私好みの受け答えをしてくれる」
だから話していて退屈しない、と狭乎はハンドルをきりながら呟いた。狭乎とその娘である飯咎広那の話は、以前に玄斗も聞いていた。原因があって遠ざかっているとは言うが、親子が離れるほどのものなんてあるのだろうかと考える。……思えば、どれほどのものであろうと、零無は父親と縁が切れたことはなかった。
「あの。ひとつ、訊いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ。答えたくないなら私は言わないだけだからな」
「……じゃあ。娘さんは、いま、やっぱりお父さんのほうに?」
「……弟が引き取っているよ。そのあたり、複雑でね。まあ、私は後悔なんぞひとつもしていないんだが……あいつは、相当だろうなあ。私の顔を見れば文句のひとつはぶつけてくると思うよ」
紫炎をくゆらせながら狭乎が語る。どこかその表情は、翳がかかっているようでもあった。
「弟さんが文句を……ですか」
「それ以外に誰がいる。……あいつは優しいからな。私の選択をきっと恨んでいる。なにより、無関係というワケではないからな」
迷惑ばかりかけたものだ、とそこで彼女は話を打ち切った。これ以上は言わないということだろう。母親は娘と会えない。彼女の弟がその子を引き取っている。それだけの情報では、分かることもすくない。ただ、一筋縄ではいかない複雑な事情があるのだとは、なんとなく玄斗にも分かった。
「だからこそ、君とこうしてドライブするのは実のところ、結構楽しいんだ」
「……僕なんかで良いんですか?」
「ああ、良いとも。むしろ君だからこそ良い。……見ているとね、本当、思うんだ。自分でもどうしてと。後悔している。……私はもっと、うまくできたハズなんだがなあ……」
ぎゅっと、狭乎がハンドルを強く握ったのが見えた。心底悔しいのだろう。それはできなかった過去に対してか、こんな風になってしまった現状についてか。どちらにせよ、玄斗は返せるような言葉を持っていなかった。
「あとすこしだったんだ。あとすこしで……ぜんぶ、できていたんだ。なのに、そんなタイミングで、梯子を外されたようなものだ。あの時は目の前が真っ暗になったな。恨んだよ、身のまわりのぜんぶ。……それでもあの娘だけはと、願っていたのになあ……」
「……大事、だったんですね。娘さんのこと」
「……そうだな。大事だった。ずっと、ずっと、大事にしていたんだ。私はな」
車は進んでいく。見慣れた景色は決して早すぎない速度で、けれど直ぐさま過ぎていく。街灯もつきはじめた夜の町。時折照らされる狭乎の顔は、とても、暗いなにかを我慢しているようだった。
「……すまない。ちょっと話しすぎた。今言ったことは忘れてくれ、とにかく、私は君とこうしてデートするのが楽しいというコトだけ覚えてくれればいい」
「からかわないでください。デートって、誤解を招きますよ」
「そういう反応をしてくれるから気に入っている」
くつくつと口の端で咥えた煙草を揺らしながら狭乎が笑う。意地悪な人だ。同時に、玄斗はどこか不器用な人だとも思った。自分が他人のことを言えたような義理でもないが、そんな彼でも感付くあたりは相当である。きっと触れ合っているその心には、誰かへの想いがあってしかるべきなのに。
「……後悔は、減らしていくものだと思います」
「……なんだい。いきなり」
「僕に道を示してくれた人は、そう言ってました。あとで悔やむぐらいなら、いま悔やんでも自分のしたいことをしろと。……それは、無理なことですかね?」
「……無理じゃないさ。だが難しいな。先に立たないから後悔という。思ったときには遅いんだよ。もう、遅かった。……せめて、あいつがあの日、気まぐれなんて起こさなければ」
「気まぐれ……?」
「……なんでもない。さあ、ついたぞ。ここが君の家だろう」
ふと外を見れば、ちょうど玄関の前だった。時間を忘れるぐらいには玄斗も話に夢中になっていたのだろう。狭乎からすれば運転に気を取られて漏らした言葉も多かった。降りていく少年に気付かれないようため息をつきながら、無事に車の外へ出たのを確認して笑顔を浮かべる。
「ではな、少年。また機会があればそのときに」
「はい。……それと、飯咎さん」
「ん?」
窓を閉めようかと思った矢先、そうやって玄斗から声をかけられた。そのまま去るものかとばかり思っていた狭乎にしてみれば、不意をついたような一瞬。彼はとても自然に笑って、さもなんでもないことのように、
「いつか、娘さんとまた会えるようになればいいですね」
「…………、」
そんなコトを、言ってのけた。
「……ふ、ふふ。あはは……」
「……? 飯咎さん?」
「はは、はははは……っ、ああ、すまない。そうだな……」
まったくもって、笑うしかない。本当に、笑うしかなかった。狭乎はそれはそのとおりだと笑っている。涙なんて似合わなさすぎて、そうするしかなかった。
「……いつか私も会いたいよ。私の、愛娘と」
言い残して、飯咎狭乎は夜の町に消えた。玄斗はそれを見送って、そっと玄関のドアを開ける。ようやくの帰宅だ。なんだか最近は一日が充実していると思いながら、ひとつほうと息を吐くのだった。
◇◆◇
「……また会えるようになるといい、か……」
先ほどの玄斗の言葉を思い返して、ふっと狭乎は笑みを浮かべた。まったくなにも知らないくせにとんでもないコトを言ってくれる。が、それはまあ正直なところの話でもあった。彼女だって、それは望んでいる。
「……そうだな。一度、会ってみたいものだよ」
薄れてはいないが、風化してきた記憶の片隅。そこに残る我が子の面影を、それ以上を、見てしまったからこそ向き合える。あのとき、おそらく自分はもっと上手くやることができただろうにと。
「……一言でも、伝えたいんだがなあ……」
十坂玄斗という少年は、彼女にそんな想いを抱かせるほどのものだった。
「――すまない。本当に、すまない。広那」
肩の力を抜きながら呟く。その謝罪は、きっと、誰かに向けてのもので――
「最後まで育てることができなくて、すまなかった」
きっと、とてつもない意味が込められていた。
五章ラスト一話……! いける……!(なにが)
ちなみに彼女は結構なキーパーソンなのでノーヒントを貫いていきたい。感想はたぶん明日ぐらいから返せるかなあと。
ひとつ言えるのは、そこまで面倒くさい状態ではないってことですかね。