ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
「あれ、お兄なにやってんの」
珍しくリビングでなにかを弄っている玄斗に、ひょいと真墨がソファーの後ろから顔を出した。見ればノートパソコンである。またなにかしらエクセルだのワードだので小難しいモノを作っているのかと思えばそれも違うらしい。そう――画面には、綺麗な女の子のイラストが映し出されていた。
「いやまじでなにやってんだ!?」
「ギャルゲー」
「ええ!? うそ、お兄がっ!?」
「……なに、その天変地異でも起きたみたいな反応」
「いやそうもなるわ!!」
うわ、うわ、うわわわわ――! と無駄にあわてふためく十代の妹。もう高校一年生である。そろそろ落ち着いて欲しいと思う反面、真墨が騒がなければ「なにか病気なのかな」と心配するぐらいには彼女のイメージが固定されている。それはともかく、
「久しぶりにやってみたけど、面白いね。やっぱり。こういうのは結構いいよ」
「いや……妹にギャルゲー勧めんなよ……てかお兄まじか……経験あったのか……」
「ずいぶんと昔にね。ちょっと気が向いてもう一度してみたら、これがなかなか」
そう言いつつ玄斗は画面から目を離さない。一向に顔を背けようともしない。仕方ないので、真墨もゲーム風景を覗いてみることにした。ちょうど時間帯が放課後に入ったらしい。夕暮れの校舎をバックに、どこへ行くかという選択肢が浮かんでいる。
「お兄これどうすん――」
「ん?」
言い切る前にクリックが終わっていた。
「いや早えよ!? 爆速じゃねーかおまえ!」
「いや、大体ヒロインの特徴と性格は覚えたから。あとはまあ進めていくだけだし」
「ええ……なにその玄人思考……やだお兄きもい……すげえわ……ドン引く……」
「大丈夫、ちゃんとテキストは読んでるから」
「いや黙読も早すぎだろ目ぇどうなってんだ」
そも玄斗だってリアルタイムアタックをしているのではない。なので別にそうスピードを意識することもないのだが、久方ぶりのゲームに知らず心が躍っていた。単純に楽しくて仕方ないのである。前世の入院中で唯一の楽しみとも言えた恋愛シミュレーションゲームはその筆頭で、もうとにかく昔の感覚が戻ってきてテンションがまずいことになっていた。
「…………、」
「うっわあ……スーパー無言プレイ……ガチじゃん……もうこの人ガチじゃん……」
「……真墨」
「……なに?」
「悪いんだけど冷蔵庫からお水持ってきて」
「水道水でも飲んでろよ」
ズバッと言い放ってみたが、それで大した反応も返ってこない。仕方ないので、本当に仕方ないので、真墨は冷蔵庫からペットボトルを一本取りだしてゲームに夢中な兄のほうを見た。いまだに瞬きもせずパソコンの画面を凝視している。
「(……ちょっと試してみーようっ♪)」
キッチンの収納棚からストローを一本取りだして、ペットボトルのキャップを外した飲み口にそれを刺した。単なる好奇心、というよりは今ならやれるという謎の確信だった。そっと回り込むように玄斗の隣に座って、さも当然と言わんばかりに「はい」とペットボトルを差し出す。と、
「(……おお)」
案の定、彼はディスプレイから視線をきらずにストローを咥えた。そのまま真墨が手に持ったペットボトルの中身をぐんぐんと飲み干していく。
「(うはあ……これやばあ。なんかあれだわ。ちいさい子供じゃんお兄。小動物かよっ)」
奇しくもその気持ちは五加原碧の膝枕をしたときの感想とよく似ていた。肝心の男子が気付いていないという点と、それ含めて「やべえ」という思考回路に陥っている点がである。
「…………、」
「(……かわいい)」
「………………、」
「(……はっ。いやいや、お兄がかわいいとかありえないから!? あたしなに考えてんだ!?)」
うおおおおと内心で頭を抱えても行動には出せない。なにせ持ったペットボトルをまだ玄斗が飲んでいる。当然手は離せない。ちなみに考えていたことは前述の碧とまったく同じである。男子当人に問題があるのか、それとも彼のほうに群がる女子に問題があるのか。
「お、お兄? そろそろ飲むのやめよー?」
「んっ」
ぱっとストローを離した。それですんなりとゲームを続ける。素直だ。
「(いや子供かよ)」
そう思ってしまった真墨は悪くない。すべてはらしくもなくゲームなんかやって夢中になっている十六歳児が悪い。自分は悪くない。ため息をつきながらペットボトルを置いて、よっこらせと立ち上がる。そうしてリビングの扉に向かって踵を返せば――ちょうど休みの父親が立っていた。
「……なにしてんだおまえら」
「邪魔。どいて。あとくさい」
「はっはっは。……真墨、俺なんかおまえにしたか……?」
「いやこの前くそきもいコト言ってきたし」
「いやあれは日ごろの気持ちをだな……」
「日ごろからあんなコト思ってるほうが重すぎてきもいわ」
ピタリ、と真正面から見据えて父親が鋭い視線を向ける。
「きもいか」
「きもいわ」
「きもいのか」
「きもいんですわ」
「……そうか……」
「うわあやだこの人……がちへこみしてる……」
ごめんねーちょっと言葉のナイフ強かったかなー大丈夫ー病院行くー? なんてトドメをさしにかかる真墨。色んな意味で容赦がなかった。父は娘に弱い。おそらくは全国の大抵の家庭で反抗期にあたり直面する現実だ。パパ臭い。その言葉に心折られた父親なぞ数知れず。もはや概念的破壊兵器であると言ってもいいのかもしれない。
「……で、なにやってんだ」
「復活早いなおい。……お兄がギャルゲーしてる。珍しく」
「ほう」
ギャルゲー、と繰り返すように父が呟いた。ああ、これが同じ穴の狢ってやつか、と真墨はうっすら察した。親子揃ってなんというか。いや本当になんというか。元医大卒のくたびれたサラリーマンがギャルゲーとかちょう似合わねえと思いながら、真墨は横をすり抜けて玄斗のほうまで歩いていく父親を見送った。
「どんなもんだ、玄斗」
「うん。だいたいやれてる。イベントも逃がしてないみたいだし……初回だからそんなにCGは気にしなくてもいいのかな」
「そうか。……うん。これ、キャラクターの位置はもうすこし左のほうが見やすいだろう。文章も上にいきすぎだ。下ろせないのか? ……ああ。そうか、コマンドの……いやいっそメニューでまとめるとしたら……だとすると音声……いや、ボイス関連だけ配置を……」
「なんか父さん詳しいね」
「……おう、すこし昔かじってたことがある」
「なんだこの無駄に万能クソ親父……」
医療知識あり、社会経験あり、ゲーム関連の知識はちょいありぐらいか。そんなのが自分の父親というのがわりと信じられない。なんというか、こんなコミュニケーション下手くそな人間でもやれることはやれるんだという可能性を垣間見る。
「というか長いな、ロード」
「うちのパソコンスペックが低いから」
「設定は弄ってないのか」
「まあ動くから良いかなって」
「それもそうか」
やいのやいのと話し始めた男衆ふたりを置いて、真墨はそっとリビングから出た。いくらなんでもあの世界に入ろうという勇気はない。というか興味もない。男二人が騒いでいる空間というのもある。自分の部屋に戻ってくつろごうと階段に足をかけた。……扉一枚隔てた向こうからは、まだ談笑の声が聞こえている。
『ここは下じゃないか?』
『上だよ。前の会話でたしかそんなコトを言ってたから』
『なら上か? いやでも前の文面からしたら下が濃厚じゃないか?』
「……いや上でも下でもくそどうでもいいわ……」
いま一度ため息をつきながら階段をあがる。玄斗が変わってから起きた、十坂家のちょっとした事件。それがなんに繋がるのかは、まだ誰も、知る由もない――
直ってからの零無くん書きやすいし書いててすごい気持ちいいんだけど物足りないよねっていう。