ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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牛歩更新


青い春に置き手紙

 

「新入生代表挨拶。代表、十坂真墨(トオサカマスミ)

「はい」

 

 ぼうと椅子に腰掛けていた玄斗の耳に、覚えのある名前が届いた。驚くと同時に、そういえばそんなコトもあったっけ、と思い出す。意外なことに地頭は自分より格段に上の妹は入試で全教科ほぼ満点だった筈だ。少し前、ぜんぶ百点を取れなかったと悔しがっていたのが懐かしい。……どう考えてもそれはおかしいだろう、と玄斗はツッコみたくなったのだが。

 

「……桜の花も舞い散る四月、暖かな春の良き日に、私たちはこの調色高校の門をくぐりました。まったく新しい環境に戸惑いや不安もありますが、なによりもこれからはじまる高校生活に――」

 

 ある程度暗記はしてきたのか、スラスラと挨拶を読み上げる妹――真墨に「おお」と内心で声をあげる。流石は本編攻略ヒロイン中いちばん頭が良いと言われていただけはある。とくに心配もしていなかった玄斗だが、ここまでくるともはや誇らしい。

 

「これからこの調色高校で学ぶ三年間は、私たちのかけがえのない思い出となるでしょう。ともに入学した仲間たちと切磋琢磨し、互いに協力し、励み合い、一歩ずつ着実に成長していきたいと思います……っ」

「(……ん)」

 

 ふと、壇上に立って顔をあげた真墨と視線がぶつかった。余計なお世話ではあろうが、がんばれの意味も込めてちいさく手を振っておく。想いはしっかり届いたのか、用紙を掴む真墨の指先にほんのりと力が込められたようだった。むしろ力が強すぎてちょっとシワが入っている。

 

「(まったく……)」

 

 そう思いながら笑顔を向けると、タイミングが良かったのか、真墨も同じようにニコリと微笑み返した。その頬が若干引き攣っているのは気のせいだろうか。ガラにもなく緊張してるのかな、なんて心配してみる玄斗だが、まさかステージで冷や汗かきつつ猫を被っている妹が内心で呑気に座ってあまつさえ笑いかけてきた兄にぶち切れているとは思うまい。

 

「最後になりますが、先生方、先輩方。ご迷惑をおかけするときもあると思いますが、精一杯尽力しますので、ご指導、ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願い致します。私たち新入生一同も、調色高校の生徒として誇りを持って、これからの学校生活を過ごしていきたいと思います。……新入生代表、十坂真墨」

 

 ぱちぱちとまばらに拍手が起こる。玄斗もにっこりと笑いながらスタンディングオベーションでもしたい気分だった。途中危ない部分もあったが、一度も噛まず、つまらずに言い切ったのは凄まじい。我が妹ながら末恐ろしいな、なんて感心していると、階段から降りる途中の真墨にじろりと睨まれた。

 

「(なんだろう……?)」

 

 もしや褒めたりなかったのだろうか。だとすると帰ってから追加で褒めなくてはいけない。今日の挨拶は良かったぞ、なんて笑顔で一言伝えるだけでも違うだろう。今夜はご馳走だな、と勝手に想像しながら玄斗は笑みを深めた。付け足すと、そんな彼の思い込みはとんでもない勘違いではあるのだが。

 

「続きまして、生徒会長挨拶。生徒会長、二之宮赤音(ニノミヤアカネ)

「――はい」

 

 知らず、その声を聞いた瞬間に背筋がピンと伸びた。凛と響く強かな声音。カツカツと床を鳴らすしっかりした足取り。無意識のうちに入れた玄斗のスイッチが切れるまで、ちょうど十秒ほどかかった。声を聞くだけでこれなのだから、対面すればどうなるかなんて考えるまでもない。

 

「……暖かな春の日差しに包まれて、本日も朝から清々しい一日になりました。そんな日に新しい仲間が増えたことは、実に喜ばしいことだと思います。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生を代表して、歓迎の言葉を述べさせていただきます」

 

 語りだしはおごそかに、けれども話し方はしっかりと芯が通っている。イメージでいえば中身がぎっしりと詰まっている感じ。今日も今日とて二之宮赤音は生徒会長として完璧に振る舞っている。その実態を知るのは、玄斗を合わせても片手で足りるかどうか。けれどもこちらは白玖と違って、イメージのブレなさが印象的だった。

 

「また、授業以外にも部活動やボランティア活動に参加することで様々な経験ができ――」

「……ねえ、玄斗」

 

 そんな彼女の話の途中で、隣に座った白玖がくいくいと裾を摘まんでくる。小声で訊いてくるあたり、なにか無視できないことがあったらしい。

 

「なんか、生徒会の人数……少なくない?」

「そうでも……ああ、いや、副会長がいないんだった」

 

 壇上に立つ生徒会長を含め、脇に控える生徒会役員は総勢四人となっている。結構大事な役職が欠けているのは、別に病気だとかやむにやまれぬ事情だとかではなく、調色高校に通っている生徒のなかではある程度有名な話のせいだ。

 

「うちの会長……赤音さんは、結構な理想家……っていうのかな。彼女のお眼鏡にかなわないと、生徒会には入れないんだ。だから、彼女の補佐役……まあ、右腕にもなる副会長の席は埋まってない」

「そうなんだ……なんか、厳しそうな人だね」

「そうでもない。ああ見えて結構さっぱりした人なんだ。まあ、僕を副会長に指名してきたときは、ちょっと驚いたけど」

「ふうん……玄斗が副会長に…………うん?」

 

 ぴた、と前を向き直りかけた白玖の体が固まる。生徒会にはあの生徒会長のお眼鏡にかなわないと入れない。つまり、彼女に認められなければ生徒会に入る資格すらないというコトだ。それを指名されたと言うのであれば、ちょっと、いやかなりこの少年は気に入られているのではないだろうか?

 

「……玄斗、それ……」

「あ、ごめん。この話はオフレコで。会長の誘いを断るとか、本当はありえないからね」

「でも断ったんだ……なんで?」

「なんでって……僕が彼女の副会長っていうのは、ちょっとね」

 

 苦笑しながら答えた玄斗の言葉は、曖昧ながらもたしかなモノがあった。どことなく納得いかないところがあるのだろう。本来は違う、とでも言いたげな声音だ。

 

「三年間の高校生活は、苦しいことも、辛いことも沢山あるでしょう。しかし、それを乗り越えたときに――」

「…………あ」

「? なに?」

 

 と、不意に彼女の鋭い視線が玄斗を貫いた。じっと、刃物よりも切れ味の良さそうな瞳がこちらへ向けられる。率直に言うと、これ以上ないほどに睨まれた。

 

「……白玖。静かにしてよう。目を付けられた」

「うわっと……しー、ってことね」

「そうだね」

 

 唇に手を当ててかわいらしくジェスチャーする幼馴染みに微笑む。結局それ以降、挨拶が終わるまで彼女から睨まれることはなかった。本当に目を付けていたのか、それともただの偶然だったのか。どちらか真相は定かではないが、一先ず、調色高校の入学式はつつがなく終わったのだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 調色高校の図書室は、校舎からすこし離れたグラウンドの隅に建てられている。大きさは図書館もかくやといったもので、蔵書数もそれなりに多い。おまけに勉強用ですこし広めの個室も用意しているのだから本当に学校様々だ。玄斗と白玖の目的はあくまで勉強なので、もちろん個室を利用することになる。個室といってもふたりがけのテーブルが用意されているので、ペアでも問題はない。

 

「それで、ここの式がこうなって……」

「あー、そういうこと。ここがこれで……」

「あ、違うよ。そこはこう。で、次がさっき言った公式を使うところで……」

「だよね。ってことはつまりこれで答えが出る?」

「そう。正解。やっぱり白玖は頭いいな」

「学年首席さんにはかなわないなー?」

 

 いまだに信じていないのか、それともネタにしているのか。ニヤニヤとしながら言ってくる白玖に玄斗は苦笑で返した。真実堂々と自慢できるようなものでもないため、他人(ヒト)から言われるのは複雑だ。一度やったことのくり返しであれば、よほど要領が悪くない限りはつまづくこともない。

 

「いまはそんなことどうでも良いから。とにかくほら、続けるよ」

「ちょっとー。せっかく褒めたんだからもっと良い反応しなよー?」

「はい、次は物理だね」

「……見えない見えない、私にはそんな教科書が見えない」

 

 ついでとばかりにいじめ返しながら、玄斗はできる限り丁寧に教えていく。実際、白玖の要領は普通と比べても良い部類に入る。教えたことをスルスルとものにしていく様子は彼からしても気持ちが良かった。そんなのだから、気がつけば随分と時間が経っていた。

 

「白玖、さっきの問題は解け――」

「…………、」

 

 口を開いて、玄斗はすぐに言葉を切った。ころりと転がるシャーペンと規則正しい寝息は、すくなくともフリ(・・)ではないようだった。連日の疲れでもあったのか、それとも単なる寝不足か。今朝は早起きしたと言っていたからそれもあるかもしれない。途中で寝たら起こそうと思っていたが、実際に寝顔を見るとそんな気も引けてきた。

 

「……まったく、もう」

 

 玄斗は着ていたブレザーを脱いで白玖にかけながら、ノートの端を小さく破ってペンを走らせた。

 

『飲み物を買いに行ってくるよ。起きたらちょっと待ってて』

 

 ちょうど喉が渇いていたところだ。そう書き記した切れ端をそっと白玖の手に握らせて、静かに玄斗は席を立った。図書館から校舎への間には自販機とベンチがある。そこですこし小休止でもしてこようかと、小銭をポケットに突っ込んで個室を出る。わざわざ離れた理由は言うまでもなく、幸せそうに眠る幼馴染みの邪魔をしないためだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 校舎の壁に設置された時計を見ると、ちょうど三時を回った頃だった。昼食はふたりとも適当にコンビニで済ませたから、それ以降なにも飲まず食わずだったことになる。

 

「(意識すると、肩が痛いな)」

 

 コキコキと首に手を当てて鳴らしながら、玄斗はほうとひとつ息を吐いた。学生とはいえずっと同じ体勢で集中していれば肩もこる。疲れも溜まる。休むには本当にちょうどいいぐらいの時間帯だな、と自販機の前まで来たときだった。

 

「――まだこんな可愛らしい真似してるのね」

 

 ざあ、と風に吹かれて枝葉が揺れる。ふり向けば深い青色をした長髪が見事に揺れていた。が、なにより目を引くのはその手元だ。……遠目ではよく分からないが、おそらく白玖に握らせたはずの切れ端が彼女の指に挟まれている。

 

「……先輩」

「久しぶりね、十坂くん」

 

 群青の髪をなびかせながら少女――四埜崎蒼唯(シノザキアオイ)は、くすりと意地悪な笑みを浮かべるのだった。




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