ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
――それは、仄かな。彼女の幸せが、当たり前のように叶う話――
◇◆◇
かつかつと、なにかを叩く音が聞こえる。靴音ほど高くはない。けれども、聞き逃すほど小さくもなかった。なんだろうと、玄斗は瞼を開けてゆっくりと部屋の中を見渡してみる。……そこに、見知ったひとりの少女がいた。
「……碧」
「ん」
すい、と手だけあげて返事をする
「なんでいるの……」
「なんでって、通してもらったから」
「僕の部屋に?」
「うん。どうぞーって、パパさんが」
「父さん……」
え、なになに、ああ碧ちゃんね入って入って玄斗なら部屋で寝てるからー、と適当に招き入れた父親の姿を幻視する。なんとも頭の痛い問題だった。なにゆえ自分の家はこうもプライバシーが弱いのか。
「……あたしが部屋にいたらイヤ?」
「イヤではないけど……でも、その、もう高校生だし。この歳でこういうのはどうなんだろう……?」
「普通」
「……普通、なのか?」
「普通。世の幼馴染みなら普通。みんなやってるから。だから普通」
「……それなら、まあ」
拒絶する理由もないのか、なんて勝手に納得する玄斗。ごり押し加減がいい感じに効いていた。なお彼がその真相を知るのは随分と先の話である。
「んで、おはよ」
「……?」
「おはよ、玄斗」
「……ああ、うん。おはよう、碧」
「……ん」
こくんと満足したようにうなずいて、碧は顔を埋めながら携帯弄りを再開する。するすると画面のうえを滑る音と、時折液晶に長い爪があたる高い音。なるほどこれが原因かとうなずいて、玄斗はゆっくりと起き上がった。……思わずにやけてしまった顔を隠す碧のコトなんて、これっぽっちも気付かずに。
◇◆◇
五加原碧と十坂玄斗は、いわゆる幼馴染みである。ちいさい頃から親同士交流があり、家は向かいの窓から渡れるほどの隣同士。が、そんな近場でありながらありがちな「屋根の上をつたって隣の幼馴染みの部屋に行く」というコトはしていない。どちらもそんなコトをやるような子供ではなかったし、なによりそれなら真正面から入ったほうがと玄関を叩くのが彼らだった。
「……玄斗。あたし今日部活遅いから」
「じゃあ待っておこうか? テニス部ってみんな優しいから、男子ひとりぼーっと見てても怒らないし」
「……それは男子じゃなくてあんただからだっての」
「え?」
「なんでもー?」
朝食を口に運ぶ玄斗に素っ気なく返して、リビングのソファーで碧はゆったりとくつろいでいる。他人様の家で、なんてのは今さらすぎる話であり、もとより昔から碧はこうして家に来ることが多かった。もはや第二の我が家である。慣れきってしまったせいで、玄斗も「あれ」と思いながらすぐに違和感が消えるのでなにも言えないのだった。
「……まさかうちの娘らに手、出してないよね」
「いや、ないだろうそんなの。そもそも向こうからそんな話が来ない」
「ほんとかなあ……」
「うん。だってほら、せいぜいが荷物持ち頼まれるぐらいだし」
「人数は」
「ふたりっきりで」
「……絶対断って」
「わかった」
まったくこの男は、と碧はため息を隠そうともしない。傍から見る分には良いが、近付けさせると駄目なのだ。深く関わったりしたらそれこそアウトである。なんだかんだで十六年。一緒に過ごしてきた時間はトップクラスである彼女から言わせると、接触で感染する遅効性の毒。本人にその気がないあたり、わりと真剣に勘弁してほしかった。
「おはようおに……げ」
「ん」
「おはよう、真墨」
寝惚け眼をこすりながら入ってきた真墨が、碧の姿を見て露骨にイヤな顔をした。ちいさい頃は仲良しだったというのに、今となっては犬猿の仲。どうしてだろうと玄斗は不思議に思いながらもぐもぐとパンを咀嚼する。どうしてもなにも理由はひとつしかなかった。
「……また朝から来てるんですか五加原先輩。そろそろ迷惑とか考えませんかね?」
「あはは……真墨さあ。玄斗の前だよ」
「いいんだようちのお兄は寛容だから」
「玄斗」
「真墨、喧嘩は駄目だぞ」
「卑怯者っ!」
「いやあ、まだまだあたしには勝てないでしょー」
ひらひらと手を振る碧にぐぬぬぬと拳を震わせる妹。仲は良いのだか悪いのだか。玄斗の向かいにドスンと座った真墨は、そのまま「いただきます」と乱暴に手を合わせて朝食にがっつきはじめた。いわゆるやけ食いである。
「……ね、真墨」
「……なに」
「もう碧だって何年もあんなんだし、いまさら突っ込むところじゃなくないかな」
「ふふっ」
「ばかっ! お兄なに言ってんの! ここはガツンと一言いっとかないとあたしのチャンスが――じゃなくてっ! というかそこ笑ってんじゃねーよくそう!」
余裕のある含み笑いがまた真墨の神経を逆撫でする。イライライライラと心のなかにカリカリとした感情がたまっていく。決壊寸前である。
「いやまじで意味分かんないし……なんでお兄はあんなヒトでいいわけ……」
「? そりゃあ、碧が碧だから」
「玄斗」
「……別に、恥ずかしがらなくても」
「分かってるなら言うなっ」
くるくると髪の毛を弄りながらそう言う碧に、玄斗が苦笑して「ごめん」と謝る。またそのやり取りに真墨のムカムカがたまっていく。よろしくすんな破局しろコノヤローとふたりのすべてを呪わんばかりである。
「先に言っとくよ。お兄、ぜったいあの人駄目だからね。途中で不倫するからね。いい、覚えておきなよお兄。たぶんイケメンとかにソッコーでなびくからね」
「ああ、それは大丈夫。碧だから」
「……わかってんじゃん」
「いいやなにもわかってねーよっ!」
見てみろあの姿を! と真墨がびしっと碧をさす。
「真墨、箸で人をさすのは行儀悪いよ」
「ずっと! ずぅぅうっとスマホ弄ってるんすよ!? ありゃもう二人目のキープ君と連絡とってんだよ間違いないね! お兄から取るモノ取っておさらばだよ本当マジラブ百パーセントっ!」
「うーん……そうなの?」
「そうだよっ!」
「いやいや、違うに決まってんじゃん」
「ほら」
「犯人はみんなそう言うに決まってんだろアホかお兄!!」
ちなみに碧がずっと携帯で見ているものは画像である。もちろん玄斗に見られてはいけない類いの。ならばそういうコトかと言われるとそれは断じてない。簡単に説明すれば、まだ起きていない時間に部屋の勉強机で待機、そこから携帯を弄っている、気付かれる心配はそれこそ皆無、とくればそれしかなくなる。
「真墨」
「なんだよ泥棒猫」
「あとであんたにも一枚あげるから」
「…………ちっ」
「?」
と、それで真墨はすんなり引き下がった。なんだろうと玄斗は依然首をかしげるばかり。当の本人は知る由もない。まさか自分の寝顔を撮った画像が、ふたりの間で結構な価値になっていることを。
「(……ま、良さそうだしいっか)」
ギスギスしているならともかく、収まったのなら良いコトだ。とくに首を突っ込んで自分から藪を突きに行く必要もあるまいと、うなずきながら食事に戻る。そんなある日の、もはや見慣れた光景となった――十坂邸の、朝である。
◇◆◇
――そう。きちんと分かっている。ああまで言ってくれた人なんて、もはや誰一人も現れないことを。後に続く誰かなんていないことを。
『よく、頑張ったね』
『頑張った。……頑張ったよ、玄斗。だから、もう大丈夫』
『あたしが……いまは、あたしが居るから』
『あたしが許して、あたしが認めてあげる。頑張ったよ、玄斗。もう我慢しなくていいよ』
『いっぱい泣こう? 泣いて、それから……笑おうよ。だって、そのほうがいいよ』
『もう――玄斗だけの
あるべき形から逸れた世界。夢のような少女に傾いた天秤の果て。それは優しくも大切に、誰かを包み込む暖かさだった。
※ちなみにこの世界線だと碧ちゃん大勝利玄斗くん救済済み恋人エンドです。