ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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世界を超えて

 

 ――他人の気持ちなんて、昔から知っていた。なにせ見えるものがそれだけだ。とても分かりやすく、けれど絶対目には見えない(・・・・・・・)。そも知らなければならない理由が彼にはあった。たとえば、父親の気持ち。周りの大人の気持ち。父親の秘書の気持ち。自分を看てくれる医者の気持ち。そのどれもを見て――いったい、どれほど理解できただろう。

 

「(……心は複雑だ)」

 

 なんとなく、それだけは理解した。が、それ以上は踏め込めない。なにせ彼は心を知っても共感ができなかった。悲しい、逃げたい、つらい、死にたい。そう思うことすら許されない毎日。痛いとは思っても、涙がでることはない。苦しいとは思っても、陰鬱な気分なんて襲ってこない。明透零無の心は、未完のまま壊れていった。

 

「(それがどうにか、ここまで来れた)」

 

 言うなればこれはきっと、偶然でも、ましてや奇跡ですらなく。彼女たちが必死で築き上げてくれた、誰かのためにと一生懸命つくりあげた軌跡(・・)であろう。だからなんとなく、思い始めていた。答えるだけがすべてか。十坂玄斗は思い悩む。違うかも分からない。ただ、ひとつだけ言える事があるとすれば。

 

「(僕が僕らしくあること。それが……いちばんの、恩返しになるんじゃないかって)」

 

 成り行きのなあなあとか、心が弱ったタイミングとか、妥協や苦悩の果てに知恵を振り絞って選んだ答えなど、それこそ切り捨てられそうだ。赤音なら否定する。蒼唯なら文句を言う。黄泉なら眉間にしわを寄せる。碧なら曖昧に笑うだろう。そんな、あるはずもない答えを夢想していた。好意はあるが、相手からの好意もすべて受け取るわけではない。それはなんとも強いな、と玄斗は思った。どうしてあんなにも、彼女たちは逞しく生きていられるのだろうと。

 

「(……いや、僕が弱いだけか)」

 

 強くなったのは体だけだ。心はこれっぽっちも変わっていない――なんて漏らせば殴られそうなものだが。他人の気持ちなんて昔から知っている。分からなくても考えてきた。けれど、自分の気持ちなんて一切見ないままだった。碧のおかげで、やっとそれが見えた。たった一言、無自覚の奥底で望んでいたどこまでも甘い言葉は、思えば苦くて吐きそうになるほどだ。そんなモノはいらないと理性は必死に叫んでいる。でも、本心は違う。

 

「(……最悪だ。あんな、なんの意味もない人生で、頑張ったなんて言われたいなんて――)」

 

 なんと自分は傲慢なのだろう、とため息をついた。自分より酷い一生を送った人間なんてごまんと居る。自分より役にたった人間だって数え切れないほど存在する。それからあぶれたモノでありながら、一丁前に救いだけは本当のところで望んでいるのか。愚かだと玄斗は思う。それで救われてしまったのが尚更酷い。

 

「ただいま……と、玄斗か」

「父さん」

「まだ起きてるのか。もう十一時だぞ」

「……それは父さんにも言えるよ」

 

 悩んでいたところへ、父親が帰宅した。くたびれたスーツを脱ぎながら、リビングのテーブルへ腰掛ける。仕方ないので玄斗は冷蔵庫から夕食を取り出すことにした。……今晩の食事に、会話はそれほどなかったように思う。

 

「きついことを言うな。たしかに十一時は遅い帰宅だがな」

「母さん怒ってたよ。これでキャバクラ行ってたらしばくって」

「ははは、そんな夜遊びするワケないだろう?」

「口紅ついてるから拭いたほうがいいよ」

「おい、俺は息子にそんな教育をした覚えはないぞ」

 

 むっと不機嫌な顔をする父親の前にレンジで温めたごはんを並べて。玄斗はいまいちどソファーへ戻った。最近にしては珍しく――なんだかんだ言って結局――深い方向へ考えているのは、真墨との不仲が原因だった。そも不仲と言っていいものかは分からないが、昼のアレ以降なんだかギクシャクしている。なので、自分の価値に罅が入っている。

 

「どうした、暗いぞ玄斗」

「……すごいね。分かりやすい?」

「自分の息子だ。それぐらい分からなくて親など名乗れん」

「じゃあ鑑だね、父さんは。親の鑑だ」

「…………ふむ」

 

 と、自慢げに「そうだろう」なんて言うだろうと思っていた父親は、言葉をぴたりと止めた。どこか、考え込むように。

 

「悩みなんて、深く考えてもいけないのにね。そう何度も思ってるのに、考えちゃうから大変なんだ。僕には、それぐらいしかできないから」

「……うむ。悩みか。抱えるのは、大変だ」

 

 しみじみと父親が呟く。なんだかその言葉には重みがあった。今年で四十になる親の重みだろうか。そう考えるとたった十もすぎないぐらいの時間を過ごしている玄斗だが、心はまったく成長していないのだと気付かされる。

 

「……そうだな。玄斗。どうして父さんが医者を目指したか分かるか?」

「それは……前に聞いたよ。たしか、他の医者が気に入らなかったって」

「そうだがな。……いちばんはじめにあるのがな。ある(・・)もんだ。……きっと世界でいちばん大切で、大切にするべきだった。そんな誰かをな、失ったんだ」

「…………父さんが?」

「いや……まあ……そうだな……すこし、昔話を聞いてくれるか」

 

 こくんと、玄斗はうなずいた。とくになにを思ったのでもない。ただ、それを聞くのを拒む理由がないままに答えていた。

 

「とても昔の話だ。……とんでもない、馬鹿な男がいたのだ」

「……馬鹿な、男……?」

「ああ。好きな女と結ばれ、幸せな生活を過ごし、仕事もなにも順調にいっていて、調子をこいた馬鹿な男が」

 

 それはいったい、誰の話だったのか。玄斗には分からない。なにせ、名前も聞いていない。

 

「いつまでも続くと思っていた幸せ。日常。これ以上はないという日々。……それが壊れるのはな、いとも簡単だ。なにせ一瞬で終わる。そして、目の前が見えなくなる」

「…………酷い話だね。手に入れるのって、ぜんぶ、難しい気がする」

「そうだな。だから、手放したらもう二度とは掴めんようなものだ。……男はな、二度とソレを掴めなかった」

 

 幸せの在処。それがありふれていても、手にできるものはほんの一部だとは思っていた。実際にそうだ。そしてそれすら手放してしまえば、きっと同じものは掴めない。父親の言うことは、とても理解できる。

 

「妻を病気で失ったんだ。それで、子供が残った。その子を育てていくうちに、心が狂っていくのが分かった。自分の子だというのにな。殺したいなどとなぜ思うのか。……あんなのは弱った心の見せたモノだというのに。それを幻と思う余裕すらなかったのだろうな。憐れなものだ」

「……そう、かな……」

「ああ、そうだとも。……思い出して、嫌になる。我が子を憎んでいたあの頃はな、地獄だとしてもだ。……()はきっと、その子に愛情を注げただろうに」

「――――」

 

 耳朶を震わせた声が、分からない。でも、分かる。それは、知っている音だ。

 

「父さん……?」

「……ふたりだ。病気でな、大切な人をなくした男を知っている。だから私は、医者になろうとしたのだ。が、それも母さんに会うまでだ。……本当、ままならない人生だな」

 

 くつくつと喉を震わせる。泣いているような笑い方。玄斗はそれに、どこか覚えがあった。古い古い記憶の片隅。知識として残ったものが、どこか、景色を連動させる。

 

「玄斗」

「……なに?」

「愛している」

「……いや、急に、なんなの?」

 

 脈絡もない、と訊ねれば父親はくつくつと笑った。またその姿が、どこか重なる。

 

「いやな、どうにも面白い。母さんは照れていた。真墨は……きもいだなんだとゴミを見るような目で見てきたな。そしておまえは、困惑している」

「まあ……うん……ていうか前の真墨、それが原因か……」

「三者三様だ。どれも違って面白い。……最近のおまえを見ているとな、思い出すんだ」

「……その人の、こと?」

「ああ。……伝えたいこと。言いたいコト。沢山あるんだろうな」

「……そうなんだ」

「そうだとも。……一度もな、言ってやれなかった。おまえを愛しているとな」

 

 どくんと、心臓が跳ねた。それは、紛うことなき彼のモノ。

 

「……そう、だったんだ」

「ああ、そうだ」

 

 言葉が途切れる。音がうるさい。心臓がいまだに跳ねている。まさかそんな、と思考回路がぐちゃぐちゃだ。でも、けれど、なによりも。――ああ、それは。その言葉は。

 

「……でも父さん。良かった……ような、気がするんだ」

「……なに?」

「きっと……それは、ね……届いてる。たぶんだけど、そんな気がする。だって――」

 

 視線が合う。交錯する。父の瞳が開かれた。なにか、とんでもない事実に気付いたように。

 

「――きっと、その子はとっても幸せだよ。いま。だって、その言葉を、しっかり聞き届けたんだから」

「――――――、」

 

 カラン、と箸が転がる。父親の手から滑っていた。それはあるべきモノがこぼれた音で。そして、すべてが繋がる音だった。

 

「――――ああ、そうか」

 

 顔をおさえる。表情を隠す。鉄面皮。そう思っていた誰かの顔が、その光景と重なってしまう。どこまでも、どこまでも――強固なカタチとして。

 

「なんだ……これは……はは、私は――っ、なにを、していたというのだ……っ」

「…………、」

「は、はは――はははは……! ああ、ああ……そうか、そうなのだな……おまえは……」

 

 指の隙間から、見慣れた瞳が覗いた。きっと幻覚。けれど同時に真実でもあった。なんとも縁が深い。深すぎて、切っても切れないぐらいなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おまえはずっと、そこに居たのだな……レイナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 うなずく零無に、彼は堪えきれなかった。

 

「――――く、はは……あはははは! ああ、そうか! そういうことか! まったくおまえは……ああ、もう……本当に――っ」

「……どうして泣いているの」

「ははは……馬鹿が。泣くだろう。おまえはずっとそうだ。私を……いいや、私こそは……言わねば、ならなくてな……っ」

「…………、」

 

 ぐっと、父親が拳を握る。血が滲んでいた。玄斗はそれを見つめている。ただ真っ直ぐに、静かに。その声を聞き逃すまいと。

 

「……すまなかった。レイナ。おまえを、愛してやれなくて」

「……ううん。いいよ。許してあげる」

「……優しいのだな、おまえは」

「別に、そんなことないけど」

 

 苦笑すれば、彼も曖昧に笑った。なんだか距離感がむず痒い。

 

「……ああ、それと。もうひとつ。ずいぶんと遅くなった」

「そうだね。もう十一時だから」

「違う。……あの日、おまえに言えなかったんだ。だから、な」

 

 向かい合う。出かけるときはたしかに言った。少年が倒れた日、それ以降はもう交わされなかった唯一と言って良い家族の挨拶。

 

「――ただいまだ、レイナ

「……うん。お帰りなさい、お父さん」

 

 複雑に笑って、父親はそう言った。玄斗は花開くような笑顔でそれに返した。流れる雫が止まらない。歪にねじれた家族の絆。その根底を覆す事件は、こうしてひそやかに明かされたのだった。






というわけで……いやこれはバレバレでしたね。はい。もうなにも言うことはありません。

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