ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
――うずいている。
『ほら、笑うんだ。広那』
……うずいている。
『どうした? ……まさか、嫌なのか?』
うずいている。
『……ふむ。それは、困ったな……』
とても、とても。
『じゃあ、こうしよう――』
どうしようもないほどに、うずいている。
『ああああああああああああああああああッ――!!』
『な? ほら、面白いだろう。だから……笑ってみせてくれ。 』
拭い去れない過去の記憶が、うずいてうずいて堪らない。
『おまえはきっと、笑えるはずなんだ――』
そんな、遠い昔の記憶。目を覚ましたわたしは布団をはねのけながら、珠のような汗を貼り付けて肩で息をしていた。傍らに、心配そうに座る親代わりの彼が居る。
「……大丈夫かい? うなされていたけど」
「……大丈夫。ちょっと、暑かっただけ……」
あはは、と笑って彼に返した。きっと、あのときよりもずいぶんと、素敵な笑顔を浮かべながら。
◇◆◇
「まあそれはそれでどうでもいいが」
「え」
真相を打ち明けると、父親はなんでもないようにさらりと答えた。ついで残していたワインを一口に飲み干す。揺るぎない、動じない。これと決めた態度で佇む彼は、頼りがいのあっていいものだが……
「どうでもいいって……」
「おまえが居て、わたしが居る。ならば、それがどこでどうだろうがどうでもいい。だいたい、ゲームの内容なぞとっくの昔に忘れている。……その娘はたしか、おまえを模して秘書の書いたものだ」
「僕を……?」
ああ、とうなずく父親に、自然と次の一杯を注いでいた。父親の顔は赤い。すでに酔ってきているようだった。口調が乱れているのもそのせいか。面倒くさいからみがないだけ堅い人なのは根っこからかと、今さらながらに玄斗は思う。
「気持ちのいいものではない。おまえの境遇を少女が受けた。もちろん、おまえであっても気持ちがよいことではない。……だが、それにしたってわたしたちの関与するべきところでもないだろう」
「で、でも……」
「でも、なんだ?」
「……そう、分かってる人がいるのに、見捨てるなんておかしいよ……!」
「わたしはそう思わん。自分の手の届く範囲ですら溢しそうになる。それ以上広げるなど、馬鹿のすることだろうよ」
言ってしまえば、他人のことなど知ったことかと。父親は冷徹にそう言っている。厳しい言葉だ。同時に、深い重みの込められた言葉だとも思った。一度取りこぼしたが故に、その大切さを彼は嫌ほど知っている。もう二度となくすまいとする不器用な彼のやり方なのだろう。
「おまえはそうじゃないのか? 零無。おまえの手は、広いのか」
「……ぼく、は……」
「答えを強いているわけではない。聞いている。わたしは関与する気などない。だがおまえはどうなのかと問うている。……どうだ」
「…………ぼくは……、」
見慣れたはずの冷徹な父の目がいやに刺さる。とても、心臓が震えてまともな思考なんてできそうになかった。けれども考える。十坂玄斗にとって考えるというのは生きることだ。だから、生きている以上考えることはやめられない。自分とまったく同じなら、なおさら。すこし違うとしても、よっぽどだろう。そんな誰かを、見捨てられるか。
「……ぼくは、なんとかしてあげたい」
「……それは、その子のためにか」
「違う」
「ならば、誰のためだ?」
それに、玄斗はハッキリと視線をあげて、
「――誰でもない、ぼくのために」
力強く、そう口にしたのだった。
「……そうか」
「……そうだよ」
「……ならば、良いか」
くすりと微笑んで、またグラスに口を付ける。すでに半分は飲み干していた。ボトル一本空にするとなると、相当な量になる。強いのか弱いのか、酒を飲んだことのない玄斗には分からなかったが、すくなくともチューハイ一缶で潰れるほどのものでもないらしい。
「心無いことを言ったがな、手を出せるならそれに越したことはない。ただ、ソレをする以上は責任を持たねばならん」
「……責任」
「ああ。……私の言えたことでもないがな。こうでもしないと父親をやれんのだ。すまない、零無」
「……いつも父親やってるよ、父さんは」
「そうか?」
「そうだよ」
言うと、どこか安心したように父が微笑んだ。うとうとと船を漕いでいる。力の抜けた手からグラスを奪って、ボトルと一緒に持ってテーブルから離れる。父親の言葉は意外なほどに重たい。彼が負うべき責任。それは一時的に浮ついていた、なにかを思い出させようとしていた。思えば初めから。十坂玄斗はなぜ、必死で生きようとしていたのだろうと。
◇◆◇
その日の深夜。そろそろ玄斗も布団に入ろうかと言う頃に、電話がなった。誰かと思って画面を見れば、これまた時間帯にしては珍しい……コトもない相手である。夜更かししてるなあ、なんて思いながら彼は通話に出た。
「もしもし」
『あ、起きてた。こんばんわー、白玖です』
「こんばんわ、玄斗だけど」
『いま、あなたの家の前に居るの』
「え――――」
がばっ、と飛び起きてカーテンを開けると、玄関前の道路が見える。ぽつんとひとつだけ明かりのついた街灯。淡い光源はそれだけで、もはや民家の光も消えている。午前一時過ぎ。あたりはすっかり静まり返っていた。
「……なんだ、いないじゃないか」
『冗談。ふふ、騙されたでしょ』
「ああ、すっかり騙された。これは、白玖にご飯を奢って貰わないといけない」
『えー、やだよう。玄斗いっぱい食べるんだもん』
「成長期だからね」
『いやあれは成長期って量じゃないと思う……』
碧にも突っ込まれた食事量を幼馴染みにも言われて、すこしお腹を摘まんでみた。ほどよい筋肉と皮ぐらいしか感じられない。すくなくとも太ってはなさそうである。我ながらちょっとした人体の神秘だ。
『ま、仕方ないから今度わたしの手料理を振る舞ってあげよう』
「いいのかい?」
『ふっふっふー、よきにはからえ』
「ありがとう。えーっと……ああ、そうだ」
『うん?』
「マイスイートハニー白玖、なんて……冗談だよ?」
『――ごめん玄斗いまのちょっともう一回』
「え、なんで?」
嫌だよ、と照れながら答えると電話の向こうから伝わる圧が強くなった。単なるおふざけであるが故に二度も言うのは流石に羞恥心が堪えきれない。ほどよく冗談を交えた会話、というのはいまのところ彼女や鷹仁とのみ成立する珍しいものである。あと真墨ともそうであるか。なにはともあれ、そのなかの貴重なひとりなので、口が滑るのも仕方ない。
『わたし、給料は三ヶ月分でって言ったよね?』
「なにそのライトノベルのタイトルみたいな……深夜のテンション?」
『そんな感じ。愛してるよマイダーリン、なんちゃって』
わりとストレートに言われてドキッとした。どうも最近はこういう言葉に慣れなさすぎていけない。見えていなかったものが見えてきた所為だ。好意に慣れていないのもあって、真っ直ぐな感情表現にはどうしてもふとした瞬間に戸惑ってしまう。
「……で、なんのよう?」
『わ、あからさまに話題を逸らした。よしよし。本題に入ろっか。――玄斗』
「うん」
『わたしと――デート、しない?』
どこか、遠くで。誰かの心臓がドクンと弾けた。どこか、近くで。誰かの心臓はピタリと止まった。約束も誘いも突然に。電話口の向こうからは、小さな吐息が聞こえてくる。逃げるワケには……もちろんいかない。十坂玄斗は意を決して、「いいよ」と短く素直に答えた。季節は夏。蝉も泣き止んだ深夜の街。最後の物語が、ついぞ幕を開ける瞬間だった。
というわけで個人的にクソ長かった六章終了。幕間やってくですよ。
やっぱ主人公物足りねえなあ……物足りなくない? と思いつつ筆を走らせること数日。ごめんねやっぱ全体後半のプロット書き換えるわ! それで満足する! となったのが昨日でした。はい。
あー誰か五等分の花嫁で風太郎(♀)を攻略するヒロイン勢(♂)とか書いてくんねえかなあ……