ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
夏期休暇中の学校はとても静かだった。所用で登校した玄斗は、誰一人としていない廊下をすたすたと歩く。靴音の反響する音がいやに高い。外からは蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえている。時期が時期なのか、部活動中の生徒の声は聞こえなかった。正真正銘彼ひとり。カツン、カツンと廊下を進む。
「(なんだか、妙だ。……ここ最近は休まる間もなかったからかな)」
夜の学校ともまた違った異質さは、実際そうでもないのにそういう錯覚を起こさせる。考えるにはずいぶんな環境だった。一年前とは当然ながら、数ヶ月前の自分ですらハッキリ分かるぐらいに変わっている。それは偏に、彼を変えようとした誰かの努力と、彼自身が変わろうというコトを否定しなかったが故だ。
「――む、私以外にも人がいたのか」
「……え……?」
と、風に吹かれたように声が聞こえた。ふり向けば、夏用の制服を着た女子がひとり、後ろで一纏めにした髪の毛を揺らしながら立っている。すこし薄い赤毛の混じった髪。一見してシワの見当たらない服はそれが下ろしたてなのだろう。とても綺麗で、どことなく汚れを感じさせない彼女に似合っていた。
「……君は?」
「私か? 私は……なんだったかな……」
「……?」
「……ああ、そうだ。思い出した」
すい、と少女が目を合わせる。透けるような赤い瞳だった。とても輝いていて、明るいのに向こうが見えない。玄斗からしてみれば見慣れない、不思議な瞳。
「――
「僕は十坂玄斗。橙野さん……で、いいのかな」
「……いや、できれば七美と」
「じゃあ、七美さん」
「うむ」
うなずいて、少女――七美が笑う。とても綺麗な笑顔だった。綺麗に笑う人間は、総じてその他含めても悪いことがない。笑顔が苦手というのは言い換えれば人として絶大な欠陥を抱えていると言える。それでも持ち直せるものなのだから、なにが起こるか分からないという現実の評価も間違いとは言い切れない。
「いや、良いな。名前を呼ばれるというのは。実にこう、心がくすぐられる気分だ」
「……いままで、そういうことがなかったの?」
「まあ、そうだな。すこし、そういう機会には恵まれなかった。けれども知れた。いいことだ。ありがとう、十坂玄斗」
「……僕も下の名前でいいよ」
「そうか。では、玄斗……と。……ふふ。なんだか。楽しいじゃないか」
「……そう?」
「そうだとも」
ずいぶんと満足した様子な七美に、玄斗は首をかしげるばかりだった。どうにもよく分からない。名前を呼び合って楽しいというのは、まあ、そうすること自体が当たり前すぎてどうにもという感じだ。
「……ところで、もしかして転入生なのか?」
「む、よくわかったな。そうなのだ。九月からここに通うことになった」
ので、今日はその見学なのだ、と七美は答える。なるほどと玄斗はうなずいた。夏休み中に見学というのも熱心な話だが、誰もいないところで見るのは合理的だ。事前に下見を済ませておくにしても、二学期からであれば良い時期ではあった。
「……よければ案内でもしようか? ちょうど、時間も空いたところだったし」
「おお、それはありがたい。是非ともそうさせれくれると助かる」
ぱあっと花が咲くように笑う少女を前にして、玄斗は頬をかきながら顔を逸らした。素直なのは美点だが素直すぎるのもアレである。誰かにそう言われたことがあったようななかったような気もするが、目の前にすると気持ちが理解できた。オブラートに包むというコトをしなければ、言葉とはとてつもない衝撃になる。
「さあ、行こう。玄斗。時間は有限だ。私はすくなくとも、そう思うぞ」
「……僕だって同じ気持ちだよ」
「それはとても安心するな」
爛々と輝く瞳。綺麗すぎるまでの着られている制服。長く伸びたオレンジの髪。すこし変わった価値観と喋り方。なんだかおかしな気分に引き摺られて、玄斗は彼女と連れ添うコトとなった。
◇◆◇
学校案内なんてものはそれこそ玄斗もはじめてであった。普段使っている教室を紹介するというのは、気恥ずかしさというよりも新鮮さがある。ここがこういうものだと教えると、七美は「ほうほう」と気持ちのいいぐらいに反応を示した。
「教室がいっぱいあるんだな」
「まあ、人数が多いから」
「生徒数だな? いくらぐらいになるんだ? 三十人か?」
「三百かな」
「さんびゃっ……!?」
ずざっ、と話を聞いていた七美が露骨なぐらいびっくりしていた。紹介した教室数はすでに十を超えている。無駄にクラス数が多い調色高校は、それこそ一学年の生徒数は他校に引けを取らない。
「とんでもないんだな……三百だとは。そんなに同年代に近い人がいるのか……」
「いるよ。そりゃあ。日本中でならもっといるんだし」
「そ、そうか……そうなのか……ふむ。なんとも、驚嘆だ」
三百、三百……とうわごとのように呟く転入生。かなり人の少ないところでいままで過ごしていたのだろうか、なんて玄斗は考えてみる。全世界で何十億という数字になる。人なんてそれほど溢れるぐらい居るというのに、それを知らないというのは明確な違和感に繋がった。
「……七美さんって」
「うん?」
「ここに来る前は、どんなところにいたの?」
「どんな……まあ、田舎だ。とてつもない山奥になる。野犬もいてな。ああ、あと猪肉が美味しい。あれ、ここらではあまり手に入らないんだ」
豚や鳥ならスーパーで売っているのだが……と、またもやズレた転入生。玄斗が他人のコトを言えた義理ではないが、なるほど田舎というなら価値観の違いというのもうなずける。そもここらがわりと田舎気味ではあるが、ド田舎に比べればまだ都会的か。
「でも、学校とかはあったんでしょ?」
「あった。が、私はここがはじめてなんだ。すごく不安だが、同じぐらい楽しみで仕方ない」
「……え、はじめて?」
「ああ!」
元気よく答える七美に、今度は玄斗が困惑した。はじめて。人生初の学校生活である高校生活がはじめて。まあ文面で見るとおかしくもないが、事実はとても頭が混乱しかけた。十坂玄斗、自らの正気を疑うのは人生で三度目だった。
「……よ、よく試験とか受かったね……」
「覚えるのは得意だからな。ギリギリと言われたが、それはこれから頑張っていけば良い」
「それでいて前向き……すごいね、七美さん」
「そう言われると、私も嬉しい。照れくさくもあるのだがな」
――が、思えば玄斗だってそうだったように、別に学校でなくても勉強はできる。それこそ彼の前世なんて丸々そのままで、ゲームと勉強で体が動くときは知識をため込む毎日だった。体が動かなくなってからはもちろんペンも取れないので寝たきりだったが。
「私には足りない部分が多い。そのあたり自覚して、しっかりしていきたいんだ」
「……そう思えるのはすごいと思う。それが難しい人は、いっぱい居るから」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
自分も含めて、とはあえて言わなかった。足りない部分が多い。そんなことを理解したつもりになって知らなかったのは彼自身の過ちだ。心に秘めておくのが、やり方というものだろう。
「ふむ――……ところで、玄斗」
「……ん、なに?」
「気になっていたのだが、アレはなんだ?」
と、七美がさしたのは赤い長方形の大きな機械。休み時間になればこの時期、誰もが群がる廊下のオアシス。C○CA-COLAの文字が側面に描かれた箱。どこからどう見て、答えはひとつしかない。
「なにって、自販機だけど」
「どういうものなのだ?」
「どういうって……もしかして、自販機……知らない?」
自動販売機、と繰り返してみるが七美は首を振るばかりだった。そんなまさかと思いながらポケットに突っ込んでいた財布を取り出す。
「ほら、ここ。穴があるだろう」
「うむ。あるな」
「ここにお金を入れて」
「ふむ」
「で、ボタンを押す」
「ふむふむ」
ガコン、と勢いよく取り出し口に飲み物が落ちてくる。ビクッと肩を震わせたのがすこし可愛らしかった。
「な、なんだ……?」
「はい、これ」
「……ペットボトル……、! 飲み物か!」
「うん。お金を入れると、こうやって買えるようになってる」
そっと手渡すと、七美は「冷たいな!」とか「すごいぞ、ホンモノだ!」なんて子供みたいにはしゃいでいる。なんだか世間知らずのお嬢様を見ている感じだった。お嬢様というよりはお姫さまのほうが近いかも知れない。思わずクスリと微笑むと、はっとそれで我に返った七美が玄斗に詰め寄った。ものすごい勢いで。
「魔法みたいだ! すごいんだな、玄斗!」
「いや、すごいのは僕じゃなくて、この機械だから……」
「なるほど、そうか! うむ、街は便利だな。村とは比べ物にならないというのもうなずける」
うんうんとうなずく少女に、なんだかなあと玄斗は苦笑した。こうも慣れていない反応をされると、立場はどうであれくすぐったいものである。そんなちょっと変わった転入生との一日。その日の夕方は、彼女の髪のように仄かな橙に見えた。
◇◆◇
「……む。そういえば、飲み物をもらったお礼を言うのを忘れていたな……」
七章ではちょっとしたアンケート取ろうと思います。まあ簡単な質問に答えていただければという感じなので参加してもらえると嬉しい。
え? それでなにか変わるのかって? HAHAHA
…………活用班の攻略難易度だよ?