ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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言い忘れてましたがコレ、実は固定ヒロインじゃないんですよ
(´・ω・`)


よく口にしていたのは

 

 コツ、と軽い足音がアスファルトに響く。四埜崎蒼唯は風にさらわれる群青色の髪をおさえながら、ゆっくりと玄斗に近付いた。一歩、彼女の足が前に進む。反射的に一歩、玄斗の足が後ろに下がった。

 

「(あ……)」

 

 やってからしまった、と彼は内心で唇を噛んだ。もとより切れ長だった目がスッと極限まで細められる。……これまでの経験から順序立てて考えた結果、言うまでもなく目の前の少女は怒っていた。しかも、自分の不注意で。

 

「逃げる気かしら?」

「いや……」

「ええ、そうよね。あなた、逃げるのが得意だものね」

 

 カツ、とまたひとつ少女が歩を進める。別に逃げるのは得意ではない。ただ、苦手というワケでもないあたり、なんとなく玄斗は反論する気が起きなかった。おそらくは反論したところで十倍二十倍になって返ってくるのが目に見えている、というのもある。

 

「……あら、逃げないの?」

「……思えば、理由がありませんから」

「……そう」

 

 クスリ、と蒼唯はまたもや意地悪な笑みを浮かべて近付く。音を高く鳴らして、大きく踏み込んで、一歩。……今度は玄斗も足を引かなかった。理由なんて言ったとおりで、どうして初めはそうしたのか不思議なぐらい理由が見当たらなかった。ふたりの距離はわずか三十センチ。すこし腕を上げれば触れるほど。

 

「…………、」

「…………?」

 

 じっ、と眼前まで来た蒼唯が目を細めたまま見つめてくる。不躾とも言えるぐらい値踏みするような視線だった。が、居心地の悪さもなんのその。玄斗はそんなコトを気にした様子もなく、不思議そうに見つめ返す。すこし経ってその反応になにを思ったのか、蒼唯は近付けていた顔を離してひとつ息を吐いた。

 

「……本当に相変わらず、ね」

「そう、ですか?」

「そうよ」

 

 呆れるように短く答えて、蒼唯は玄斗の横をするりと抜けていった。自販機の前に立って小銭を取り出して、迷う素振りもなくボタンを押す。はじめからなにを買うか決めていたのだろう。そう思って玄斗が立ち尽くしていると、そこへ不意打ち気味に固いモノを投げられた。

 

「っと……缶、コーヒー?」

「微糖の缶コーヒー。どうせそれでしょう、あなたが飲むのは」

「……凄いですね。先輩」

 

 言外にどうして、と訊くと蒼唯はフンと軽く鼻を鳴らしてベンチに腰掛けた。

 

「誰かさんと一緒に居た頃があったのよ。それぐらい、覚えてはいるわ」

「……ああ。そういうこと、でしたか」

 

 たしかに、彼女と居たときに飲む機会は多くあった。納得しながら玄斗が手元の缶をじっと眺めていると、小さくなにかを叩く音を耳が拾った。トントン、と小気味よく響く音は先ほど蒼唯の座ったベンチからだ。見れば、無愛想ながらもしっかりひとり分のスペースをあけて、彼女がこちらを睨んでいた。

 

「……座らないの?」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 言って、玄斗もベンチに腰掛けた。午前中授業の放課後、昼食を自分で用意してまで残り、おまけに図書館を利用する生徒なんて殆どいない。校舎から伸びる廊下に人影はひとつも見えなかった。もちろんたったふたり、木製のベンチに並んだ彼らを除いて。

 

「…………、」

「…………、」

 

 そうして、そんな場所にあるべき喧噪があるはずもなく。互いに沈黙。衣擦れの音だけが会話代わりに響いていく。腕組みをして脚を交差させながら座る蒼唯と、缶コーヒーを手にいまだどこから切り出そうかと思案する玄斗。結局、さきに口火をきったのは彼だった。

 

「……そのメモ」

「これがどうかした?」

「いや……どうして、先輩が」

「私が持っていたらおかしいかしら?」

 

 指に挟んだそれを見せびらかしながら、蒼唯がからかうような笑みを深める。折り畳まれて文字は見えないが、破り方には見覚えがある。だいたいこれほどまでに生きていれば自分のクセぐらいは覚えるものだ。証拠は一切ないが、玄斗はそれが自分の残したノートの切れ端だと半ば確信している。

 

「本当に変わらないわ。こうやってコーヒー片手にひとりで息をつこうとするのも」

「……悪いですか?」

「さあ、どうかしらね。別に、私の印象なんてあなたには関係ないでしょう」

 

 その言葉で、心にトゲが刺さったワケではない。けれど、なんとなく続けられる言葉があったのだろうな、と玄斗は直感した。それがなんなのかは、あまりよく分からなかったが。

 

「……白玖に、あの子に置いて来たものです。あとで返してあげてください」

「失礼ね。私が他人のものを盗るとでも思っているのかしら」

「……じゃあ、そのメモは一体?」

「そうね。あなたの今後の態度次第で、望む答えを用意してあげてもいいわ」

 

 ――返してほしければ態度で示せ。と、遠回しに脅されているのか。玄斗にとっては片手間に残したメモの一枚。大して価値のない紙切れであるが、なんとなくそれを他人に握られているのは気恥ずかしかった。分かりました、と降参の意も示してため息をひとつ。彼は困ったように笑って、くるりと蒼唯のほうを向いた。

 

「具体的に、なにをすれば?」

「私のする質問に正直に答えること。嘘は許さないわ」

「……どうぞ」

「じゃあまず。彼女はなに?」

 

 なに、と言われても。玄斗は頬をかきながら、すこし頭をひねってちょうどいい答えを探す。まあ、なんだかんだ言って、やっぱり、

 

「幼馴染み……になりますかね」

「そう。ならふたつめ。個室を使ってまでなにをしていたのかしら。ふたりっきりで」

「勉強を……っていうか、先輩も僕と個室使ったことあるでしょう」

「……それは別にいま言うことではないし関係ないわええ全く」

 

 早口で言い切ってふいっと蒼唯がそっぽを向く。ちらりと玄斗から見えた顔が赤かったあたり、なにか気に障ることでも言ってしまったのだろうか、なんて彼は自分の言動を思い返した。……そこまで酷いコトは、言ってないような気がするのだが。

 

「んんっ……それで、三つ目。彼女、あなたに随分と寄って(・・・)いってるようだけど――離れようとしないの? それとも、まだそこまでいってないのかしら」

「――――、」

 

 思いがけない一撃だった。油断していたところを、胸の中心から撃ち抜かれた気分になる。避けていたような的の中心、心の在処に土足でいきなり踏み入られたような感覚。一瞬、本当に玄斗は言葉を失ってしまった。

 

「……先輩、それは」

「勝手に近付いて、勝手に人の(コト)を踏み荒らして、飽きたら離れて。徹底したみたいに逃げて。忘れたように。そんなコトを、彼女にもするつもりなんでしょう?」

「違います。先輩、聞いてください。それは、」

「なにが違うっていうの? 私は、私はあなたの――」

 

 はっとして、蒼唯はそこで言葉を切った。思いがけず出た、という風な最後の一言がなんなのかも説明する暇もなく口を噤む。それ以降、よりキツくなった瞳が玄斗のほうを見ることもなくなった。赤音の正しさを秘めた強いモノとは違うが、四埜崎蒼唯の視線だって十二分に武器となる。それが、長い前髪に隠れて翳っている。……こういうときに上手く言えない自分の不器用さが、玄斗は嫌いで許せなかった。

 

「……すいません、って言っても、仕方ないかもしれませんけど」

「…………ええ、仕方ないわね。だって、何に謝ってるかも分からないもの」

「そう、ですね。だから……はい、なんて言ったらいいか、分かりません」

「当たり前よ。……あなたは、そういう人間だもの」

 

 断言してうつむく蒼唯は、彼程度の言葉でなんとかできるような雰囲気ではなかった。いちばん初めに「会話が絶望的に下手」だと突っ込んできたのも彼女だったか。たしかにそのとおりで、玄斗自身もそれはよく分かっている。心を読むことも、相手の気持ちを理解するということも、その気持ちにあった言葉をかけるというのも苦手だ。なにせ分からないことが多すぎる。分からないから、答えが見つからない。答えが見つからないから、あいまいな答えに頼るしかない。

 

「でも。僕は別に、ぜんぶがぜんぶ、そうじゃないと思います」

「……なにを」

 

 小さく答える蒼唯を余所に立ち上がって、玄斗は自販機の前まで移動した。硬貨はもとより自分で買うつもりだった分がポケットに残っている。なにも分からないが、なにもかもが分からないワケでもない。すくなくともいま、分かることはちょっとでもあった。

 

「はい、どうぞ」

「…………?」

 

 スッと、彼女の視界に入るよう持っていくと、恐る恐るといった様子で蒼唯はソレを手に取った。玄斗が自販機で選んだ飲み物だ。青い。冷たい。クールで沈着。そんな印象とは裏腹に、案外なものが好きであるのは昔から知っていた。

 

「いちごオレ、好きだったでしょう、先輩。忘れてなんていません。そのぐらい、僕だって覚えてます」

「――――っ」

 

 すこし微笑みながら言うと、彼女は驚くように目をしばたたいた。ざあ、と風に吹かれていまいちど枝葉が揺れる。

 

「       ……っ」

 

 そんな一瞬に、耳に届くかどうかという小声で、なにかを言われたような気がした。

 

「……先輩?」

「――なんでもないわ。やっぱり最低よ、あなた。気持ち悪い」

「……すいません」

「だから、何に謝っているのか分からないわっ」

 

 勢いよく立ち上がって、蒼唯はスタスタと図書館のほうへ戻っていった。結局メモも返さないまま、玄斗はその背中を呼び止めるのも憚られて、はじめと同じように自販機の近くで立ち尽くす。

 

「……あ、いた」

「……白玖」

 

 と、入れ替わりで顔を出したのは幼馴染みだった。中へ入る蒼唯の横を通って、あたりまえのようにこちらへ笑顔のまま駆けてくる。切れ端はもちろん蒼唯の指に挟まったまま、彼女の姿はついぞ見えなくなった。すれ違いざま、わずかに首が動いたのは、果たして目の錯覚かそうでないのか。

 

「……どうしたんだ、白玖」

「それはこっちの台詞。いまの図書委員の先輩だよね。顔、怖かったけど。なんかあったの?」

「いや、別に……しいて言うなら、僕が悪かった」

「なにしたの玄斗……」

「なにもしなかったから、かな……」

 

 空笑いしながら言うと、白玖も疑問符を頭の上に浮かべながら首をかしげた。当然だ。玄斗ですらなにがなんだかあまり深く理解していない。

 

「にしても、よく僕がここにいるって分かったね。探したのか?」

「いや、これ握らせたの玄斗じゃないの? あとはい、ブレザー。この時期にまだその格好は寒いでしょ」

「え……?」

 

 ぴら、と白玖の見せた切れ端には、たしかに自分の筆跡でメモが書いてある。間違いなく先ほど眠っていた彼女の手に握らせたものだ。が、そうなると疑問がわいてくる。去り際、見えなくなるまで、蒼唯は切れ端を指の隙間に挟んで握っていた。ならばなぜ、自分の残したメモは白玖の手元にあるのだろう――?

 

「どしたの。狐につままれたような顔して」

「いや……ちょっと、腑に落ちなくて」

「? ふーん。まあいいや。ほら、とにかく早く着てって。ワイシャツだけとか見てるこっちが寒いよ、もう」

「……分かった。分かったから、急かさないでくれ」

 

 ほらほらと迫ってくる白玖をなだめながら、玄斗は静かに息を吐いて苦笑した。考えても分からないものは仕方ない。いまはとりあえず、この騒がしい幼馴染みの存在に感謝しなくてはならないだろう。……考えるのはきっと、そのあとでも十分なぐらい時間が余るはずだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 速めていた歩みを緩めて、彼女はちいさく息をついた。なんともままならない、と心中で後悔の呪詛をくり返す。陰鬱で、嫉妬深い。そんな己に嫌気がさして、また負のオーラが増していく。

 

「……本当に、気持ち悪い」

 

 指に挟んでいた切れ端を開いて、彼女は持ち歩いている手帳にそっと仕舞った。久方ぶりすぎて言いたいコトも言いたくないコトも噴き出てしまった。仕方ない。なにせ向こうはどうであれ、彼女はしっかりと意識していたのだから。

 

「今さら、なんなのよ。…………ばか」

 

 名前とは裏腹に赤く染まった頬を隠すよう俯いて、貸し出しのカウンターまで戻る。彼に買ってもらった好物(・・)のいちごオレは、きちんと潰さずしっかり持ったまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はたして。

 

『先輩へ。飲み物を買ってきます。起きたらすこし待っていてください。 ――十坂』

 

 そう走り書きされたノートの切れ端は、誰に向けてのものなのか。 










※気持ち悪いは自分に向けての言葉だったりします。




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