ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
すこしずつでも付いてくる
そっと手を合わせながら、壱ノ瀬白玖はちいさく微笑んだ。乗り越えた悲しみ。潰れそうだった過去。それらは思って、いい記憶となるかどうか。決めるのは誰でもない自分なのだと、彼女はそう確信していた。
「(……善し悪しなんて、結局人それぞれ)」
他人にとっての不幸でも、自分が受けたものなら自分でどう受け取るかが問題だ。外野の声に耳を傾けるなんて以ての外。そうするならば、きっと、彼女は幸せであると言えた。胸を張って、はっきりと、手を合わせながら報告できた。
「(……だから、玄斗。これで終わり。やっと、私の番かもね)」
目を開けて、白玖は立ち上がった。今日は待ちに待った誰かさんとのデート日だ。きちっとおめかしもしている。これでお褒めの言葉のひとつももらえなければ、怒ってソッコー帰るぐらいだ。……ので、彼の進歩具合にはちょっと期待している。
「はてさて、鈍感野郎はどんな反応をしますかね……」
つぶやきながら、それを想像して歩くのは楽しそうに思えた。八月も半ば。蝉の鳴き声はまだ止まない。けれども本日は夕暮れ時を過ぎてからが本番だ。気合いは十分。準備も万端。あとは相手が来るかどうか。……もちろん、来ないなんて選択肢を脳内から除外して。
「――よしっ。行こうか!」
カラン、と履き物を鳴らして玄関を出る。今日は、祭りだ。
◇◆◇
デート、といって良いものかどうかというのは、真相を聞いてから玄斗がずっと思っていたことだった。八月某日。お盆にさしかかったこの時期では、家から近くの神社で夏祭りが行われる。毎年のことながら屋台や花火で大盛り上がりの行事は、今年も無事にやるらしい。境内にのぼる階段の前で待っていると、人通りがさすがに多かった。
「(夏祭りを一緒に回るのは……デート、と言って良いのだろうか……?)」
言うような気もするし、違うような気もする。そも、相手が白玖というのが絶妙に受け取り方を考えさせられた。なにせ彼女は幼馴染みだ。どうしても比べてしまうと、範囲が別におさまってしまう。五加原碧や二之宮赤音なんかであれば間違いなくそうであろうし、四埜崎蒼唯や三奈本黄泉だと高確率で傾く。が、壱ノ瀬白玖となると難しい。そのところ、玄斗はたしかに悩んでいた。
「(思えば、白玖にはぜんぜん、知られてないんだな……僕のこと)」
他四人が凄まじいだけかもしれないが、逆に近くにいる人間で珍しいとは思った。あの真墨を含めれば五人になる。どれこれも、核心に至らずとも手を伸ばしかけた猛者たちだった。心の壁をすり抜けるようなものなのだから、どうしようもないのが呆れる部分だろう。
「(それって、なんか……ちょっとだけ――)」
と、思いかけたところでぎゅっと後ろから手を回された。いきなりのコトに驚いて体が固まる。ちょうど顔を背中のあたりに押し付けた形で、両腕を玄斗の腹の前で交差させていた。逃がすまいとの意思表示に、一体なんなんだと身じろぎした。
「あの、ちょっ……」
「ふふ、だーれだ」
「…………、」
でもって、その一言で力が抜けた。
「……いたずらにしては急すぎるよ、白玖」
「わ、ばれた」
くすくすと笑いながら、ぱっと腕が離された。ふり向けば犯人の姿が目に見る。黒と白の混じった髪。濁りのない綺麗な目。日の光を忘れたように白い肌。そして――いつもと違う服装が、ひときわ彼女の魅力を増している。
「――――、」
「……どう? 感想は」
「……いや、すごく……似合ってる。浴衣、あったんだな……」
「ありますとも。私だって、ひとりの女子ですよー?」
「……そうだね。そうだった」
白玖は女の子だもんね、とうなずく玄斗。彼女からすれば内心合格点は超えていた。きちんと褒めた。どころか、お世辞でもない素直な感想とくれば赤点はあげられない。
「ごめん。変なこと、言ったね。もう一度言うけど、すごい似合ってる。綺麗だ、白玖」
「――――もう、そこまで言わなくて良いからっ……分かってるし……」
〝流石にこれは過剰威力だ。〟
そう言わんばかりに頬を染めた白玖を、玄斗は不思議そうに首をかしげながら見つめる。この男、成長しても鈍さはそこまで変わっていないのが致命的だった。
「と、とにかくっ! 今日は一日付き合ってもらうから」
「まあ、それはもちろん」
「じゃあ、はい」
「?」
す、と白玖が「ん」と言いながら手を差し出してきた。数秒悩んで、頭上に電球を浮かべた玄斗はポケットから財布を取り出した。そっと彼女の手のひらに乗せる。
「はい」
「殴るよ?」
答える前に弁慶を蹴られた。顔を引き攣らせて玄斗が悶える。
「――っ、ご、ごめ、ごめ……ん……?」
「にぶちん。馬に蹴られればいいのに」
「馬は……そこらを……歩いて、ないよ……?」
「……二回も泣きたいとは、なかなかの趣味をお持ちで」
「ぜ、前言撤回……!」
いまのは僕が悪かった、と謝る玄斗にため息をつく。まったくもって本当に、と愚痴のひとつでも言いたい気分だった。折角気持ちが乗ってきているのだから、そこはするすると言って欲しいのがワガママな乙女心である。玄斗以外にはする気もなければしようともしない軽い小突き合いだってしてしまうのも当然だった。
「……はい、もう一回チャンス」
再度「んー」と白玖が手を差し出した。手のひらを上にしてなにか寄越すようにそっぽを向きながら待っている。財布はいつの間にかポケットに返されていた。が、それを出しても先ほどの二の舞にしかならない。「蹴られるのが好きなのかな、玄斗は?」と笑顔で白玖に脅される未来しか見えなかった。
「…………むむ……」
「……はーやーくー……」
「え、っと……ごめん。ヒントが……欲しい……」
「えー? ……じゃあ、もう、特別だよ」
「うん」
呆れるように笑う白玖は、うなずく玄斗の隙をついてふらりと手を伸ばした。その細い指が彼の手首に触れる。唐突な接触。けれども驚きよりかは、どこか心地よさのほうがあった。軽く握って、手のひらの前まで持ってきて、いたずらが成功したように白玖は笑う。
「――言ったでしょ? 今日はデートだって」
「あ…………」
それで、なんとなく、繋がった。
「……そっか、そうだった。デートだったね、折角の」
「そうだよ。先に言ってたのに。そんなことも忘れるなんて、玄斗サイテー」
「うん、本当に最低だ、ごめん――」
そうして、そっと、玄斗は白玖の手を握った。
「……ふふ、上出来」
「ありがとう。……こういうの、なんだか恥ずかしいね」
「そりゃあそうでしょ。でも、悪くはないんじゃない?」
「……まあ、そうなのかな……」
「どうなの?」
「……そうかも」
「そっか」
答えると、白玖はまたもやちいさく笑った。今日はとくにご機嫌だ。最近は色々なところをフラフラとしていたから、きちんと彼女と話せていなかったのもある。久しぶりの距離感を正しくするには、これぐらい強引なほうが効くのかもしれない。玄斗は勝手にそう思った。都合の良い解釈だとか、ねじ曲げた理論ではなく、真剣にそんなコトを考えてみた。とんでもない思い違いである。
「じゃあ、どこに行く?」
「屋台見よう、屋台。焼きそばとかあるかも」
「いいね、三つぐらい買おうか」
「……なぜ三つ……?」
「白玖がひとつと、僕がふたつ」
「ここでも食欲は不変なんだ……」
まあ玄斗らしいかも、なんて漏らしながらふたりは長い階段をあがっていく。ひとつの学期を締めて、おだやかな長い休暇の最中。夏祭りは盛況だ。人も沢山で賑やかな様子になっている。玄斗と白玖は、そんな中に自然と紛れこんだ。ゆっくりと、人ごみに消えていく。
……繋いだ手は、ほんのりと熱かった。
七章開始です。ここでひとつの区切りといきたい。
正直ルート分けしようか迷ったんですがいまの自分にそこまでの気力がないので一本化して逃げ切ります。大丈夫、ラブコメ主人公の中でもうちの子はきっと上位レベルでどうしようもない屑系主人公だって信じてる……!
ひとつ数字を思い浮かべて、あてはまるものを教えてください。 【ルート分岐① 再】
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1~5のどれか
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6~9のどれか
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0、または10
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それ以外