ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。 作:4kibou
木々を抜けた暗闇のさき。祭りの明かりからすこし離れた静かな広場。風にさらわれる髪をおさえながら、白玖はくるんとふり向いた。人気のない森のなか、唯一と言って良いほど夜空がよく見える。
「……すごいな」
「でしょ? この前見つけたんだー」
お祭りが楽しみで下見に、と付け足しながら白玖がくるくると回る。とりわけ今は人気の多い場所も嫌ではないが、静かであるというのはやはり落ち着く要因のひとつだった。玄斗からしてみても、良いと思わせるモノがある。そんな空間で、ぽすんと彼女は座った。
「ほら。隣、隣」
「……はいはい」
「はいは一回」
「はい」
「よろしい」
くすくすと笑う白玖の隣に腰を下ろしながら、いま一度夜空を見上げる。それは暗い街の闇みたいで、海の底のようで、救いのない深みさえ覚えて――
「なーに辛気くさい顔してるの」
「……いや……」
「もったいないよ。最近、やっと綺麗に笑うようになったのに。思い悩むのは、あとにしておいても良いんじゃない?」
「……そう……かも、ね……」
別に、思い悩んでいたワケでもなかった。ただ、そこから引き摺りあげられた事実が、いまだにちょっと、信じられないではいた。
「……白玖は、もしかして」
「うん?」
「ぜんぶ、知ってたり……?」
「だからあ……言ったじゃん。私はぜんぶ知ってますよーって」
なんでもないように白玖が応える。それだけで、なにを確かに言ったワケでもないのに、納得してしまうものがあった。人間同士。所詮は相互誤解。だとしても、彼にとって壱ノ瀬白玖という少女の存在はとても大きかった。その一言に、なにもかもを許してしまうぐらい。
「すっごい嫌な話をしちゃうけどね」
「嫌……?」
「うん。まあ、単純な心の問題。自分より酷い人がいたらさ……なんか、どうでもよくなるじゃん?」
「……それ、って」
「まあ、私の場合、気付いたのは後になってからだけど。でも直感はあったよ? あ、この子おかしいなーって」
「……そんなにだったのか……」
「だって玄斗おかしいもん。気持ち悪いし」
「うっ……」
ずきっと心が痛んだ。露骨に顔を歪めると白玖がまたもや笑ってくる。
「そういうとこ、良いと思うよ」
「なにが……?」
「今までの玄斗なら、絶対曖昧に笑って流してた。ちゃんと受け止められてる」
「…………そっか」
「そう。だから、まあ、複雑だけど、私は嬉しかったりします」
おかしいと言われて、傷付く。気持ち悪いと言われて、落ちこむ。そんなのは大抵の人間が持っている感情だ。当たり前みたいなコトでもある。それすら曖昧でともすれば〝無かった〟自分であれば、そうなるのだろう。とても、人らしいとは言えない。
「……考えてたから、かな」
「なにを?」
「ゼロなんだって。なにも無いって。思ってたから……そうあろうと、してたのかもしれない」
「ふーん……零に、無い……ねえ……」
明透零無。その名前に込められた呪いじみた意味も、結局は父親自身から否定されて目が覚めた。いまの玄斗は彼自身が掴んだ未来の賜物とは言い難い。周りから支えられ続けて、ようやく辿り着いたスタートラインに立っただけ。問題はこれからになる。
「……ちなみに、白玖はそれ、どう思う?」
「いやあ……まあ、私だったら……零じゃ無い……って、無理やり解釈したり?」
「……っ。……その、心は?」
「だって、そのほうが素敵だし。たぶん、自分の子供とかにそんな意味、つけちゃうかもね」
「こど、も……」
――見たコトもない。聞いたコトもない。けれど、なにか、とんでもないレベルで。重なる部分があったかと言われればそも……ないのだけれど。
「……白玖、なんだよな?」
「ええ……? 急になに? そこまでおかしかった?」
「そうじゃ、なくて……」
「……?」
「なん、ていうか……いまの君――」
似ている、と玄斗は思った。聞いたかぎりの薄い情報。写真だけの仄かな記憶。あったこともない誰か。例えば、明透零無を作り出したのが彼女なのだとすれば。いまある十坂玄斗をつくりだしたのは間違いなく壱ノ瀬白玖で。だからこそ、ズレていながら重なった。
「……いや、なんでもないよ」
「? ……変な玄斗」
「変でいい。……でも、そっか……」
「んん……?」
「やっぱり、良かった。……僕は、僕で。本当に良かったと、思う」
旧姓はたしか、白河といったか。ひとつの美しさ。ひとつの幸せ。なにもないなんてことは無く、ただそれ以上を望んだ誰かの願い。それが込められた名前が、いまとなっては心を温めるモノになっている。本当に、心底、彼は――明透零無であって良かったと。
「……明透一美、だっけ」
「……?」
「知らない?」
「知らないけど……え? 誰? 同じ高校?」
「違うよ。でも、うん。……なら、良いんだ」
似通っている、というコトは色んな取り方ができた。偶然のレベルでそういうものなのか、はたまた記憶だけが抜け落ちているのか、もしくは単なる生まれ変わりなんてファンタジーか。シロとイチ。そのどちらもが含めた意味合いに、また玄斗は笑った。
「……ひとつだけ、聞いてもいいかな」
「なにを?」
「もう、答えは出てるんだけどね。でも、ちょっとした質問」
「だから、なに?」
優しい問いかけだった。急くようなものではない。ただ、「分かっているよ」と言いたげな声。思えばそう、最初から。本気の本気で、はじめのはじめからだった。十坂玄斗が行動に移した原初の理由。そこにあるべきものはただひとつで。
「僕はこれから、どうすれば良いと思う?」
「――なんだ、そんなこと」
「…………、」
そんなこと。そうだ。言ってしまえばそれで済むこと。当たり前のように誰もが考えていること。自分の行く末さえ他人に聞いてしまう少年のことを、彼女は笑いもせずに受け止めながら言った。
「そんなの、決まってるよ」
「……どんな風に?」
「玄斗らしく生きていけばいい。玄斗の思うように、生きていけばいいんだよ。そのために私がいて、他の誰かがいて……なにより、玄斗がいるから」
「……僕らしく」
「そ。……玄斗は、玄斗の思う玄斗であるようにね」
「……うん。分かってる」
なにが大事か。どれを取るべきか。そんなものは分かっている。ただ普通に、幸せに生きていたいと願いながら、心の底でそれを否定していた愚かな男を知っている。だから受け入れてしまえば簡単なこと。なにかに笑って、涙を流して、月並みな日常の幸せなんかを知って。ただ、それらしく生きていく。
「だね、僕も……見えた。僕の答えが。やっと」
「……ふぅーん。ちなみに、どういう?」
「それはまだ秘密」
「えー!」
そんなのはズルだ、とでも言わんばかりに白玖が詰め寄る。――瞬間。
「わっ!」
「……おお」
遠く、暗い空に花火が散った。
「うわあ……圧巻だね」
「たしかに……」
続けてあがる打ち上げ花火は、腹の底にまで響くような音だった。どんどんと鼓膜を震わせて身体に染み渡る。かつては病室から眺めるしか無かった光景を、こんなに贅沢な場所で、こんなに贅沢な状況で、こんなに贅沢なままに見ていられる。それは、とても、幸せなことでしかない。
「綺麗……」
「…………、」
言うべきか、正直迷った。後ろ髪を引くのは、きっと違う誰かのもので。でも、自分に嘘はつくべきではないと、誰もが言っていた。だから、誤魔化すのはなしだろう。
「……白玖」
「うんー?」
「――君のほうが、綺麗だ」
「――――っ!!」
ぼん、と白玖の顔が一瞬で真っ赤に染まる。ぐるんと首をこちらに回して、ぱくぱくと言葉にならない文句を投げてきた。笑う。十坂玄斗はとってもらしく笑う。なんのしがらみもなく、なんの憂いも無く。ただ彼らしく、笑い続けた。
「――本当、綺麗だ。白玖」
だって、何度も言うが、そのとおり。いちばん初めに抱いた想いは、
アンケートの結果、大体これ主人公に甘い世界確定しちゃっててもうなんとも言えない。もっとこんなド屑系主人公は地獄の底までブチ落としても良いんですよ! すくなくとも作者はこいつに調子こいたハッピーエンドなんて与える気はさらさらなかった。いやハッピーにはするけどね?
いや、露骨にそういう択を用意してたのに少ないのは予想外ですよ……?