ギャルゲーの友人キャラに転生したら主人公が女だった。   作:4kibou

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一章はもうすこしで終わり


星がまたたいたとき

 時間が止まる、という感覚は本当にあるのだと、あのとき玄斗ははじめて思い知った。

 

「これ、あげるわ」

「え……?」

 

 そう言って蒼唯から渡されたのは、青い花の描かれたしおりだった。たしか彼女が愛用していたもので、よく隣で本を読む玄斗の目にも覚えがある。要するに実際に見た記憶だ。別に、それはいい。それまではいい。が、それ自体を視た(・・)コトがあるというのが、玄斗にとってはいちばん壮絶な問題だった。

 

「……ブルースターの、しおり」

「あら、知ってたの」

「……ええ、まあ」

 

 苦笑しながら、内心は混乱でいっぱいだった。だって、そうだ。これを渡されるなんて、という予想外の出来事への衝撃が脳内を駆け巡っている。「アキホメ」ファンの間ではまあまあ有名な、四埜崎蒼唯の使うブルースターのしおり。彼の記憶違いでなければ、それはとても大事な場面――ヒロインの好感度が一定以上を達したとき、つまりルートが確定した瞬間に渡される〝キーアイテム〟のひとつだった。

 

「……どうして、これを……」

「理由なんて、まあ、聞いたところでどうしようもないでしょう? いいから、人からのもらい物は受け取っておくべきよ」

「…………でも」

 

 震える指先でしおりをつまみながら、同じように震える声で蒼唯に話しかける。動揺がこんな風に分かりやすく出るのは数ヶ月の付き合いになる彼女をしても珍しい。普段はもっとクールに、それこそ何事にも動じなさそうなものだから、その姿が傍から見てひどくおかしかった。

 

「もう、なにをそんなに驚いているのよ。そこまで反応することかしら」

「そりゃあ……だって、この、しおりは……」

「私が使っているものだけど? ……まったく、全部言わないと分からない?」

 

 駄目な子ね、と叱るように蒼唯が呟く。その光景が、玄斗の中のなにかと重なった。遠い遠い、薄れかけたおぼろげな記憶。ディスプレイ越しに映る静止画と文字の羅列。それが、現実として目の前にあるモノと不思議なぐらいリンクした。

 

「――あなたに持っていて欲しいのよ、それを」

『あなたに、持っていて欲しいの。……これを』

 

「――――っ」

「十坂くん?」

 

 がた、と思わず椅子を鳴らしてビクついた。心臓がバクバクと跳ねている。なにがなんだか、どれがどうなっているのか。正常に脳が動いているのかさえ分からない。けれど、必死に混乱と焦燥に塗れる理性で、玄斗は彼女にかけられた言葉を反芻する。何度も、何度も、噛みしめるように、確かめるように。……けれど、結局、どれだけ考えても結果は変わらなかった。

 

「えっと……渡す相手を、間違えてません?」

「あなた以外の誰に渡すっていうの? それこそ驚きよ」

「それは……もうちょっと、後に来る、誰か、とか……」

「……本当、会話が下手。そんな顔の知らない誰かとなんて、比べるまでもないじゃない」

 

 言いたいコトはそれだけ? と蒼唯は無言で告げていた。遠くを見つめる視線はどこか必死に逸らしているようでもあった。頬は……心なしか、若干赤く染まっている。そんな彼女に、玄斗は返す言葉もない。どうにも断れないまま、事の重大さに気付いたのは家に帰ってひとしきり落ち着いてからだった。

 

「(どう、するんだ……コレ……)」

 

 手元には青い花のしおり。ゲーム内でいう、ルートの確定を意味するキーアイテム。好感度が一定以上に達した証拠品。……もちろん、ゲームと現実ではなにもかもが違う。攻略ヒロインだって主人公だって、そこらにいる街の人々にしても実際に存在するひとりの人間だ。プログラミングされた画面のなかのキャラクターではない。感情を持った、心を持った、知識を持った、たしかに生きる人間だ。

 

「(――そんなこと、とっくの昔に分かってる)」

 

 だからこそ彼は原作知識なんてモノに自惚れず、現実と向き合った。実際に自分の耳で聞いて、目で見て、肌で感じるコトを重視した。そのための接触だ。わざわざ趣味嗜好を探るのに、前知識があってどうして手間をかける必要があるのか。……それを手間と思わなかったのは、おそらく、彼女との関係がそこまで悪くはなかったからだろう。

 

「(……でも、コレは……)」

 

 ゲームとは違う。現実との差異。逃げ道は、作ろうと思えばいくらでも作れた。正直に言って、嬉しくなかったといえば嘘になる。なにせ四埜崎蒼唯は彼が()、いちばん好きだったヒロインだ。見た目も、声も、性格も、なにもかもが心を占める要因たり得た。そんな彼女から直接手渡された、ブルースターのしおり(ルート確定のキーアイテム)

 

「(…………、)」

 

 どうするか。どうすれば良いのか。一日中悩み抜いた。授業もまともに頭に入らないほど必死に、玄斗は思考回路を働かせ続けた。心地よい今と、来るかも分からない未来。あるかも知らない予想図。天秤にかけて、悩み抜いて、ワガママですら正当化して――最後に選んだのはそっち側。

 

「(……やっぱり。そうだ。僕にこんなものは、いらない――)」

 

 結局、十坂玄斗は十坂玄斗でしかない。世にはびこるギャルゲーの友人キャラとして生まれたそのときから、選択もなにも、すべては決まっていたようなもの。

 

「(僕は――十坂玄斗は、先輩とこれ以上仲良くなっちゃいけない)」

 

 もらったしおりも。向けられる感情も。抱くはずの想いも。それが四埜崎蒼唯であれば、まとめてひとつ残らず壱ノ瀬白玖のものだ。彼が与えられるべきものだ。それを横取りなんてしちゃいけない。手を出すような真似なんて以ての外。己の役割はせめて恋のキューピッド。便利な友人キャラとして、彼の手助けをするだけ。

 

「(だから、いらない。そもそも、見返りなんて、ひとつも求めちゃいない)」

 

 言うなればエゴ。ぜんぶが自分の勝手な感情。なによりもあるべき優先順位は決まって変わることはない。ただひとつ、いつか遠くない未来で、壱ノ瀬白玖が当たり前のように笑える日々のために。

 

「(僕は――――十坂玄斗 (・・・・)じゃないといけない)」

 

 思えば、なにが間違いだったかなんて簡単なこと。はじめからそうだ。なにもせず、誰にも関わらず、ただひとり無関心に、自らの知識を信じて孤独に努めていれば。

 

 ――こんな馬鹿げた状況には、決してならなかったのである。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「お兄ー、ごはんできたー……って、なにしてるの?」

「……いや、なんでも」

 

 大事に仕舞っていたしおりを取り出して眺めていた玄斗に、ドアを開けながら真墨が声をかけてきた。フライパンを握っているあたりにわざとらしさを感じるので、大方様子でも見に来たのだろうと玄斗は直感した。

 

「それなに? しおり? 珍しいねー。お兄、滅多に本とか読まないのに」

「……そうでもない。一時期は、結構読み漁ってた」

「あー、去年の春ぐらい? たしかに読んでたねー。小難しそうなやつ」

「……真墨はもっと難しそうなの読んでるじゃないか」

「いやいや、あれぐらい簡単だから。お兄どんだけ頭残念なの」

 

 そりゃあ、作中屈指の天才と比べられたら到底敵わないぐらいである。

 

「……で、どうしたの。ご飯ならまだ三十分はかかるんじゃない?」

「えっ、なんで分かるの、お兄エスパー?」

「違うって。うちにひとつしかないフライパンに油がつかないまま真墨が持ってきてるからだろう」

「……ちっ、バレたか」

 

 けっ、と行儀の悪い反応を返しながら、真墨がフライパンを持ったまま部屋に入ってくる。エプロンまでちゃっかりつけているのが本当に用意周到だ。

 

「お兄さー……なんか、隠してない?」

「なにって……なにを?」

「いやそれ聞いてんのあたし。お兄会話下手か。あ、下手だったわ。ごめんねお兄」

「……たしかに下手だけど、いまそれを言われるのは結構くる」

 

 主に蒼唯関係のアレコレで。ちょうどしおりを持っているから特に。

 

「んー……まあ別にいいけどさー……ほら、なーんか、言い忘れてんじゃん? 頑張ってネコかぶって入学式乗り切った学年首席の妹にさ」

「……ああ。うん。今日の挨拶は上手だった。凄いな、真墨」

「うっわあテキトー……めっちゃテキトー……お兄そんなんじゃ彼女のひとりもできないよ」

「……いらないって、そんなの」

「ふぅーん?」

 

 玄斗の反論にジト目で睨んでくる真墨。どこか「本当かあこの馬鹿兄貴」と疑っているような視線だった。

 

「のわりには、悩んでるね。女の子関係でしょ」

「――凄いな。真墨、エスパーか?」

「違うって。そんなかわいいしおり、お兄が買ってくるワケないじゃん」

「……ああ。そう言えば、そうか」

 

 たしかにこのしおりは自分には似合わない。青い花なんてイメージからはかけ離れている玄斗が、しかも後生大事に取っているとあれば笑いのネタにでもなるだろうか。思いつつ、そうやって割り切るのも悪くはないかと自棄気味に思った。もっとも、する気はさらさらなかったが。

 

「てかさ、入学式で思い出したけどさ。昼のあれ、なに? お兄煽ってんの? 人が必死こいて挨拶読み上げてんのにニコニコ笑って手まで振ってきて。もうあたしマジでキレる五秒前だったからね?」

「ごめん。応援してたんだ。頑張れって」

「いやもっと真面目に応援しろよ馬鹿兄貴」

 

 ごもっともである。

 

「……とにかく、真墨が凄いのは分かってる。人一倍頑張り屋だからね」

「ふふん。もっと褒めればいいよ。お兄は所詮あたしには勝てないんだから」

「そうだね。真墨には勝てないな」

「ふっふっふー」

 

 そう言って腰に手を当てながら笑う妹に、すこしだけ力が抜けた。悩みは晴れないが、すこしでも雲を蹴散らしてくれたのは嬉しい限りである。玄斗は感謝の意も込めて、近くまで来ていた真墨の頭に手を置いた。

 

「ん。色々と、ありがとう。真墨」

「……!? …………!!??」

 

 がばっ、と頭を撫でられた真墨が大袈裟に飛び退く。ウサギもびっくりのジャンプ力だった。一瞬で玄斗の腕の範囲から逃れている。

 

「ちょっ、ちょちょちょ! いきなり頭撫でるか普通!? お兄、女の子とのボディタッチに慣れすぎじゃない!?」

「……兄妹だから気にすることもないと思うけど」

「いやいや! いやいやいやいや! お兄ちょっと冷静になろう? あたしたち兄妹だよ? 禁断の関係だよ? 距離感は適切がいちばんでしょーがっ!」

「……真墨、大丈夫?」

「そう訊きたいのはこっちですけどお!?」

 

 バタバタと慌てる妹に玄斗は一抹の不安を覚える。なんだろう、こう、人の風呂には勝手に脱衣場まで入ってくるくせに、こっちが間違えて風呂の途中に脱衣場まで足を運ぶとめちゃくちゃキレてくるような。そんな理不尽がひしひしと伝わってくる。

 

「だいたいお兄は異性との距離感というものを……」

「あ、電話」

「いや聞けー? ちょっとー? あなたの妹が良いコト言おうとしてますよー? 聞け?」

「もしもし」

「いや聞けよマジで」

 

 まったくこのお兄は……と言いながら部屋を出ていく妹に手を振って、玄斗は携帯に耳を当てた。相手はおおかたの予想どおり、昨日と同じだった。

 

『あ、玄斗? いま大丈夫?』

「うん。大丈夫だけど……どうかした?」

『どうもしないけど。ほら、私って基本、家にひとりだからさ。誰かの声は聞きたくなるんだよ。どうしても』

「……ひとり、なのか」

『そう。あれ、言ってなかったっけ?』

「……うん。初耳だよ」

 

 識ってはいたが、知りはしなかった。歴史は変わっていないのだと今さらながら玄斗は実感する。多少の覚悟はしていたつもりだ。向き合えるようにと心の準備もしていた。が、実際にその話と直面してみると、どうしても腰は引けた。

 

『まあ、色々あってね。私がこっちに戻ってきたのも、そういうこと』

「そっか。……明日、ちょっと顔を出してもいいかな」

『顔って……え? うちにってこと?』

「ダメかな」

『……い、いやいやいや! ぜんぜん! おーけーだよ玄斗! えっと、じゃあ準備、掃除もしなきゃ……あー、えっと、玄斗は洋菓子と和菓子どっちがいい!?』

「……そこまでしてもらわなくても。ちょっと、立ち寄るぐらいだから」

『それでも私的に準備は必須なの!』

 

 夕飯はどうする? 作ろうか? 出前? 外食っていうのも良いかもね、なんて楽しげに予定を想像する白玖に苦笑しながら、玄斗はふと窓の外を見上げた。都心からすこし離れた田舎町故か、夜空に瞬く星はうっすらとどうにか見える。

 

「……挨拶ぐらいは、しとかないとね」

『――そっか。そうだね。じゃあ、一緒にやろっか。明日、どうせ帰り道は途中まで同じなんだし』

「うん。……ね、白玖」

『どうしたの、玄斗』

「僕が約束を破ったことって、あったっけ」

『……ない、かな。すくなくとも、私が知ってるなかでは』

「そっか」

 

 ならいいんだ、と玄斗はうなずいて顔をほころばせた。問題は山積みで、色々としなければいけないコトも、考えなければならないコトもある。けれど、一先ずの方針は決まった。明日がすこし、頼りがいのある未来に思えた。




・昔に誰かさんの残した古い書き置き
・最近誰かさんにもらったいちごオレ
・毎日の仕事は基本的に本の貸し出し
・いつも使っている青い花柄のしおり























ちなみに小数点以下のIFの可能性でうまくいった場合、花言葉のとおりになります。
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